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16.

「ここがお前の部屋だ」

 ヒューイが立ち止まった先にあったのは、そこにたどり着くまでに通ったドアの中で一番大きなドアだった。

「ここ……ですか?」

「ああ、そうだ。狭いけど我慢してくれよ」

 そういいながらもヒューイが開けたドアの先にはクロード家でルナに与えられていた部屋と同じくらいの大きさがあった。違うところといえばここには色や物があふれていることだろうか。

 本をぎっしりと蓄える本棚に、大人が4人は寝転がれるであろう天蓋付きのベッド。それにこの場所には不似合いな使い込まれた勉強机と、クローゼットに至っては4つもあるのだ。

 まるで今まで誰かがここに暮らしていたのではないかと思えるほどにこの部屋には生活感がある。クロード家のルナの部屋よりもずっと、人が暮らしているのだとわかる部屋だ。

「あの、ここって……」

「何年も使われてないけど、一応掃除は毎日欠かさずしてるからな。汚くはないぞ」

 毎日掃除しているという言葉の通り、床には埃一つ残っていない。何年も使われていないのだという彼の言葉が嘘ではないかと思うほどに綺麗だ。それに机の上には読みかけの、しおりの挟まった本が埃をかぶらずに積んである。やはりこの部屋はつい今朝まで使われていたのではなかろうか。不思議に思って部屋のあちこちを歩き回るルナをヒューイは何も言わずに眺めていた。一周回り終えたころにようやくヒューイのことを思い出したルナは彼の元へ駆け寄った。

「あ……。すみません」

「カッツェ。お前、この部屋、気に入ったか?」

「はい」

「そうか……」

 慣れない名前で呼ばれたはずのルナは全く違和感を覚えなかった。それはヒューイが当たり前のように呼ぶからだろう。ヒューイはルナの頭をポンポンと軽くたたき「いくぞ」とルナに次の場所に移動することを促した。

 それからヒューイに連れられ、ルナは屋敷内の様々なところを回った。食堂に案内するときも、共同浴場に案内するときもルナとヒューイの後ろにはぞろぞろと人が群がってきた。

「ほらほら。お前ら、散れ散れ」

 ヒューイは集まってくる人を追い返そうとするそぶりを見せながらも、本気で追い払う気はないようで、ルナとヒューイの後ろにはどんどん人が増えていった。最後にはルナが連れられた際に目隠しを取ってもらった場所――応接室に案内され、ルナが入ったのを確認したとたんにヒューイは意地悪そうな顔を浮かべてドアを勢いよく閉めた。そしてルナに「座ってろ」と言いながらソファを指さす。

 ルナがヒューイに言われた通りにソファに座ると、彼は向かいのソファに座ることなく、先ほど閉めたドアを背中で押さえつけた。そして外から与えられる衝撃に耐えながら、器用にも腹を抱えて笑った。そんな子どものように楽しそうに笑うヒューイを見てルナもつられて笑ってしまった。誘拐犯と被害者という関係性はすっぽりと頭から抜けてしまっていた。

「カッツェ、やっぱりお前には笑顔が似合う」

 ヒューイはしみじみと何かを思い出すようにルナに向かって言った。その時、彼がドアから背中を離していたものだから、外の人たちは急に支えるものがなくなって栓をなくした浴槽の水のようにどんどんあふれてきた。

「いってぇ……。って、ひどいじゃないですか、ヒューイ!」

「なんだ、文句でもあるのか?」

「あるに決まってるでしょ? カッツェを独り占めするなんて横暴よ!」

「俺たちだってカッツェに会えるのを楽しみにしてたんだぞ!」

「まあまあ」

 自分の主張を押し通すため、前へ前へと近づいてくる人たちをヒューイは大きな手でいさめるようなポーズをとる。だがそれでも収まる様子はない。

「だってカッツェがここに帰ってくるのは……!!」

「ミレー、やめろ」

 一番前に立っていた女の口を後ろの男がふさぐ。相手に聞こえなくなってもなお女は口を動かし続けていた。

「はあ……」

 ヒューイはそんな女に向かってため息をつきながら、ルナの元へ来て手を差し出す。ルナはその手を頼りに、身体が沈み込んでしまいそうな柔らかいソファから立ち上がった。

「あの、カッツェと申します。どうぞ、よろしくお願いします」

 これから一緒に過ごす人たちだ。そう思いルナは男から与えられた『カッツェ』という名前で挨拶をする。すると口をふさがれている女は男の指の間に爪を立て、引きはがした。そして何もなかったかのように取り繕って、ルナに向かって手を差し出す。

「私、ミレーっていうの。よろしくね、カッツェ」

「よろしくお願いします」

 ルナがミレーの握手に答えると後ろの男はミレーの肩をつかみ、思い切り右へ押しやった。

「俺、コニー」

 差し出された手をにぎるかどうか迷いながらもルナは押されたミレーが気になった。目だけをそちらに向けるとミレーは少し乱れた服をなんてことないように正していた。コニーはケガがないことにほっとしているルナの手をもう片方の手で包み込むようにして握手をかわした。それから同じようなことを何回も繰り返していると、ルナの後ろに立っていヒューイの腹がグルグルグルと獣の鳴き声のような音を発した。

「ご飯にしましょ」

 誰だかわからない女の声を皮切りに皆、ぞろぞろと並んで狭いドアから出ていく。

「あー、腹減った」

「今日のメシなんだろうな〜」

 去っていく人たちの後ろ姿を見ているルナの腕にミレーは腕を絡めた。

「ほら、カッツェ行くわよ。ご飯がなくなっちゃうわ」

「あ……はい」

「……いきましょう」

 戸惑うルナの手をずっと近くにいたのであろうルーシィがつかむ。そして背中をコニーが押して、ルナは先ほど案内された食堂へと向かった。

 食堂につけば、先ほどはなかったはずの大きなお皿が等間隔に並べられている。そのお皿の近くの席はすでに埋まっており、残っているのはどこもお皿から離れた席ばかり。ルナが適当に開いた席に座ろうとすると、ミレーはルナの身体を引き寄せた。

「ダメよ、カッツェ。ほらほら、あんたたちそこどきなさいよ」

 ミレーはすでに席についていた男たちの背中を押しながら無理矢理空いている席に追いやった。そしてルナの肩に手を置き軽く体重をかけ、開けた席につかせる。

「さっきの方たちは……」

 どうやら席は早いもの順で決まっていないようだ。そしてミレーにどけられてしまった男たちはのろのろと歩いてきたルナたちよりも早く来て、この席を選んだのだろう。ルナはそんな彼らの場所を奪ってしまうことに罪悪感を覚えた。チラチラと男達の方を気にするように見てしまうルナの肩をコニーはポンと叩く。そして席を追いやられた男たちのほうに親指を向けた。

「カッツェ、あいつらの顔見ろよ。こういう時は一言、いえばいいんだよ」

 コニーの大きな声に、男たちは何かあるのか?とルナ達の方を不思議そうに見ていた。

 ルナは男たちに向かって「ありがとうございます」とぺこりと頭を下げた。すると男たちは嬉しそうな顔で豪快に笑った。

「たくさん食べろよ」

 カップに口をつけて告げられたその言葉は真っ直ぐで、席を取られたことなんてまるで気にしていない様子だった。そのことにルナはほっと胸をなでおろした。

「ほら、カッツェ。これ、うまいぞ」

「あ、これも」

「こんなに盛ったら食えねえだろ」

「食える分だけ食えばいい。ほら、カッツェ」

 ルナの周りに座る人たちは皆、彼女の小さなお皿にどんどんおかずを入れていく。そんな状況が理解できず、ルナは思わず固まってしまっていた。

 こんなにたくさんの人に囲まれての食事など初めてなのだ。

 食事といえば決まって口をつぐんで目の前に出された料理を食べるだけ。こんなに会話であふれる食事なんて、一度もない。ルナが固まっている間に周りの人たちは何やらもめていた。それでも彼らはとても楽しそうだった。そんな人たちに囲まれて、ルナは久しぶりに会う家族と食卓を囲んでいるような気持ちになった

(誘拐犯と人質なのに……。ここにいるとそんなこと、忘れてしまいそうになる。気を許してはいけないはずなのに……。)

「カッツェ?」

 ミレーはうつむくルナの顔を心配そうに覗き込む。けれどルナが気付かずに考え込んでいると、ミレーは男たちに叱責した。

「ほら、あんたたち! 程度ってもんをだね……」

「だって……」

 ルナが顔をあげるとそこには山積みのおかずと、叱られてしまった子犬のような元気のない男たちがいた。


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