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13.

 我が息子 カーティス=ランドール へ

 この手紙を読んでいるということはきっと俺の日記も読んだことだろう。そしてすべてを知ったのであろう。

 お前は俺のしたことを自分勝手だと恨むかもしれない。だが俺はそのことに対して謝りはしない。最後の最期までこの手紙を何度も書き直したがやはり俺は俺のしたことを悔いてはいないからだ。

 俺にとってお前とエルはエルナから与えてもらった大切な子どもだ。俺はお前たちをただ大切にしたかった。そして強い人間に育ってほしかった。

 そして俺がいなくなった後も強く生きていけるように育て上げた。苦労なんてしてほしくはなかった。

 お前たちは俺の予想を超えて、何ともたくましい人間に育っていった。

 お前が一人で商談を済ませた時、もう俺がいなくとも大丈夫なのだと悟った。お前のことだから、これからもうまくやっていくことだろう。

 何と言っても俺とエルナの子どもだからな。

 ただ一つ気がかりがあるとすれば、それはルナのことだ。

 お前も知っての通り、ルナは俺とエルナ、カーティスとエル、その誰とも血のつながっていない。

 あの子は孤児だった。

 孤児だったあの子を引き取って家族にした。あの時の判断を今では正しかったのかどうかはわからない。だが俺はルナを家族にしたことに対しては一切の後悔はない。

 あの子もまたお前たちと同じように大事な俺の娘だ。

 だが、それは俺の独断だ。

 今の形を、俺が作り上げた家族という形をお前たちにそれを強要するつもりはない。

 だから、選べ。

 この形を続けるか、否か。

 既にクラウンには話をつけてある。

 お前がどのような選択をしたとしてもきっとあいつはお前を助けてくれるだろう。お前は遠慮なくあいつを頼るといい。

 だからお前はどうしたいのか、お前の意思で選択をするといい。

 俺が選んだように、次はお前が選ぶ番だ。

 何、焦る必要はない。

 考える時間はいくらでもある。気長に考えるといい。

 グレン=ランドール

 ◇◇◇◇


(孤児? 血はつながっていない?

 この髪は、この目は、お母様のものではなかったというのか。)

 手から手紙はすり抜けて行った。それに続くようにしてルナは膝から崩れ落ちた。

 ルナの中でずっと信じ続けていたものが全て崩れ落ちたのだ。

(お姉様の代替品にもなれず、ランドール家のつながりさえない私は何があるというの?――答えは簡単だ。何も、ない。)

 家族だと思っていた人とは血がつながっていなかった。そして兄は、手紙の受取人のカーティスはそのことを知っていた。知っていて、何も言わなかったのだ。

 あんなにボロボロになるまで何度も読み直した手紙――それはきっとカーティスの気持ちを表しているのだろう。

(お兄様は、カーティス様は、私を家族だとは思っていないのだろう。

 あの優しそうな顔もしぐさもすべて嘘で、宰相の嫁であることだけに利用価値を見出しているのであれば……。私にできるのは何だろう。捨てないでほしいとすがる? いや、そんなことはできるはずはない。私がお姉様、お兄様だと思っていた人達には、お父様が亡くなる前、そして亡くなった後もお世話になっている。例え知らなかったとしても赤の他人である私を妹として扱ってくれたのだ。

 そんな優しい人たちに、私にできることなんて限られている。彼らにとって価値のある人間であり続けること、これが最善で唯一の方法なのだろう。)

 そう決めたルナはカーティスに手紙を見たことを知られないように、手紙を元あった本の間に挟み、再び本棚の空きスペースを探した。

 ルナは自分の右足の直線状の位置に空きスペースを見つけ、本棚のくぼみにピースのように本を埋め込んだ。

「ただいま」

 玄関から響くカーティスの声にルナはびくりと体を震わせる。

 先ほどまでは、あの手紙を読むまでは、心待ちにしていたカーティスの帰り。だが、今のルナにとっては恐ろしいことだった。

 手紙を勝手に読んでしまったことを彼に気付かれてはしまわないか、気が気ではなかったのだ。

 もし気付かれてしまったら……。

「ルナ? ただいま」

 出迎えに来ないルナに何かあったのかと心配したカーティスは急いで玄関から書斎まで走り、彼女の元まで駆け寄り顔を覗き込んだ。

「お、おかえりなさい」

 お兄様と言いかけたルナは慌てて口をふさいで、おかえりなさいと言い直した。もうルナには『お兄様』と呼ぶことはできなかった。呼んで拒絶されることが何よりも恐ろしかった。

 カーティスはルナの行動を少しいぶかし気に見ていたが、やがてルナの手や足を確認した。

「何もないならいいんだ」

「あの、ご心配をおかけしてしまってすみません」

「どうしたんだ、ルナ? 急にかしこまって」

「ごめんなさい」

「? まあ、いい。ルナ、ルーカスから贈り物だそうだ」

「ルーカス様からですか?」

「ああ。ラーク」

「は。ルナ様、こちらになります」

 ルナが謝ったことを不思議に思いながらも、カーティスはラークから報告のあったものをルナに渡した。カーティスはさぞルナが喜ぶのだろうと思い、「開けてみろ」と笑顔で言った。

 ラークが差し出したものは黄色い薔薇の花束とアクセサリーケース、そして1通の手紙だった。

 花束をまとめるリボンはエルの髪の色と同じ、炎のような赤色。そこにはルナの髪の色と同じ空っぽな白い文字で『DEAR』と書かれていた。

「ルナ?」

 ルーカスからの贈り物を受け取ったルナはそれらをじっと見つめていた。そんなルナを心配し、声をかけたカーティスの言葉にルナははっとした。

「あ……、はい、なんでしょう?」

「何かあったのか?」

「えっと、その……」

 ルナは迷った。この黄色い花束の意味をカーティスに告げるべきかいなか。

 そしてふとルナの頭の中に先ほどの手紙がよぎった。

(この花の意味を告げたらこの方は何というだろう? 捨ててしまわれはしないだろうか……。もう宰相の妻ということでしか価値のない私をこの方は……。いや、どちらにせよ私はもうここにはいられない。)


 グレンに子どもとして認めてもらえたからこそ、ランドール家の家族の一員として何年もの間、この場所にいることを許してもらえた。本来ならばグレンが亡くなった時点でルナの役目は終わりで、居場所だってもうこの屋敷には用意されてはいなかったのだ。それを、ルーカスに姉、エルの代替品として妻に迎えてもらって、ここにいることのできる期間を延長したに過ぎない。

(もう代替品としての役目を終えた今、私がここにいる権利はもうない。私が『ルナ=クロード』と名乗ることも、『ルナ=ランドール』と名乗る権利ももうない。私はただの『ルナ』になる。)

 ルナは誰に与えてもらったのか今ではもうわからないその名前を、誰かの代わりなんかじゃなくて自分自身に与えられたものだと信じて、たった一つの、自分だけの名前にすがった。

 あまりにもたくさんのことがありすぎてルナは頭の中で出来事を一つ一つ紐解いていくことで精いっぱいで涙なんて出なかった。

「ルナ?」

「あの……馬車を貸していただけませんか?」

「馬車? ああ、そうか。もう……行ってしまうんだね」

「はい。もう……いられませんから」

 ここにはもういられない。権利を持ったものしかいることを許されないこの場所にもうとどまることはできない。

 たった数日前にこの場所にはまだ自分の居場所があるなんて信じたあの日が懐かしく感じる。確かにあったはずの場所にはもう自分の居場所はない。ルナはドレスの裾をくしゃりと握りしめた。

「……わかった。……出してくれ」

「かしこまりました。すぐに準備いたします」

「よろしくお願いします」

 カーティスが部屋から出たのを見送ってからこの屋敷を訪れるときに持ってきた、以前エルからもらった籠に荷物を詰め込んだ。

 荷物と言っても、初めに入れておいたガーベラも桃もカーティスに渡しているため、先ほど渡されたばかりの黄色い薔薇とアクセサリーケースだけだ。それだけ入れてすぐに階段を下りて玄関まで急ぐ。ルナが玄関までたどり着いた頃にはもう馬車は用意されているようでそこにはソワソワとしたカーティスの姿があった。彼の近くまで駆け寄り頭を下げる。

「準備が終わりました」

「……ルナ。元気でやるんだぞ」

「…………はい」

 カーティスは頭に二回、ポンポンと手を置いた。そしてルナは最後の別れのようにかけられた言葉を胸に刻む。馬車に乗り、だんだんと遠くなっていくランドール家を小さな窓の中から見つめる。あの場所にはもう戻れない。

 あたたかいグレンの手のひら。

 いつでも自分を見てくれたエル。

 大切な家族なのだと思わせてくれたカーティス。

 幸せだった思い出に浸りながら揺られていく。

 一つでもあの家の役に立つことはできたのかはわからない。そんな自分を置いてくれたあの家に感謝を込めてルナは目を閉じて小さくなっていくランドール家に頭を下げた。

 ガタガタと道の凹凸に合わせて揺れる車内。何度も籠の中を確認しては目をそらす。何度見ても薔薇の色も、リボンに書かれた文字も変わることはない。それでもルナは何度も籠の中の薔薇を確認した。そしてアクセサリーケースに手を伸ばしてはまた手を引っ込めて。中身なんて確認できなかった。それが何を意味するのか、知りたくはなかった。

「ルナ様、つきました」

 御者の声で慌てて籠から顔をあげる。馬車のドアは開かれ、御者の手に手を乗せてゆっくりと馬車を降りていく。少ない段を降りて、地上に足をつくと御者は何も言わずに頭を下げながらルナを見送った。ルナはそれに答えるように少しだけ頭を下げてから、クロード家の屋敷に向けて進みだした。

「ただいま戻りました」

 そして約1週間ぶりにクロード家の屋敷に入る。屋敷に入るまでも重たかった足は屋敷に入ってからも今なお重たかった。

「ルナ様おかえりなさいませ」

「ルーカス様は今……」

「まだお戻りになられていません。先に夕食を召し上がられますか?」

「いえ、ルーカス様にお話ししたいことがありますので……」

 いつもならルーカスはとっくに家に帰ってきている時間である。帰ってきていないということは今頃エルの元にいるのだろうか。まだ妻であるはずのルナには一方的に離縁を告げて……。

(ルーカス様にとって私はもう捨てた相手なのだろう。)

 そう思うと締め付けられるように胸が苦しくなった。

 この屋敷に来る前から捨てられたことなんて分かっていたのに、もう自分の居場所なんてどこにもないのに……。なぜ今更こんな気持ちになるのか、ルナは自分の気持ちが不思議で仕方がなかった。

 ただ何事も知らないように、いつも通りに単調に話す使用人に少しだけ救われたような気がした。

「ただいま」

「ルーカス様、おかえりなさいませ」

 久しぶりに聞くルーカスの声に、ルナはなるべく声をふるえないように、いつも通りにできるように気を付けたつもりだった。だがそんなことはおかまいなしに声はみっともなく震えてしまっている。けれどルーカスはルナのそんな些細な変化など気にしていないようだ。

「ルナ、ルナ! 帰ってきてくれたんだな!」

 ルーカスは顔をあげないルナのもとに駆け寄り抱き着いた。初めてのルーカスの態度。それはルナの想像していた態度と違い、反応に困った。

「え、ええ」

 もう切り捨てると決めた相手。もっと邪険に扱われると思っていた。それほど私と離縁できることが嬉しいのであろうとルナは少し寂しくなった。

「ルーカス様、お話があるのですが今お時間よろしいでしょうか?」

「ルナも夕食がまだなのだろう? 夕食を一緒に食べながら話そうじゃないか」

 ルーカスはルナの話よりも夕食を取ることを優先したいのかルナに手を差し伸べた。きっとつかめということだろう。ルナにとっては一生に何度も体験したくはないような話だった。ルーカスの帰りを待つ間、震えてしまう身体を何度も手でこすって自分を励ました。それなのに、ルーカスにとってこれからの関係は食事のついでに話すようなことだった。

(ルーカス様にとって私は代替品の役割すら果たせなくなってしまったのだろう。きっと私はもうこの人に価値を見出してもらえない。)

 ルナは顔をあげず、こぼれそうになる涙を必死でこらえながら、口から言葉を絞り出した。

「あなたの気持ちをお受けいたします」

 たったこれだけ。

 この一年間の感謝を伝えたり、自分の思いを伝えたり、もっといろいろとルーカスに話したいことを考えていたはずだった。伝えきれないだろうそれらを、ルーカスに数分だけ時間をいただいて、その時間で話せるようにまとめていた。けれどそれらを口にすることは出来なかった。

 それでも忙しいルーカスの時間を奪ってしまったことに反省をし、ルナは花束とアクセサリーケースを入れておいた、エルからもらった籠をルーカスから差し出された手に乗せた。

「…………ルナ?」

 ルーカスは籠とルナを交互に見ながら、ルナの行動の意味を分かりかねているようだ。

 そんなルーカスにルナは「お幸せになってください」と深く一礼をし、今しがた彼が歩いてきた方向へ去っていく。

 ここを出るまではまだ自分は『ルナ=クロード』であるとルナは自分に言い聞かせながら、途中早足になりそうになるのを、こぶしを握りしめながら手のひらに爪を立てて何とか我慢した。

 そんなルナをルーカスはただ口を開けて眺めていた。


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