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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第九章 勇者よ神の剣を手に取れ。全ては未来の為に

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94 食べたい、食べたい、僕はそれを


 真っ暗な廊下を歩く。一歩歩くたびに体へと纏わりつくねっとりとした冷たい空気。不快感を掻き立てるような異臭。何かが腐ったような腐敗臭と、鼻をつんざくほどの消毒液のニオイ。深く吸い込めばそのニオイに意識を持っていかれてしまいそうだ。

 エスティアは深く吸い込んでしまわないように注意しながらその体に魔力を纏う。冷たい汗が背中を流れ落ちていく。


 暫く歩いていると、エスティアの研ぎ澄まされた聴覚が何かを捉える。あまりにも小さな音は注意していてもはっきりとは聞こえない。が、それは目的地から響いていることに気付いたエスティアは表情を硬くし、歩み続ける。

 ピチャン、グチャリ。そんな音が次第に耳へと届くようになる。水音と何か柔らかい物を潰すようなそれにエスティアはより一層表情を硬くする。


 またしばらく歩くと、ボソボソと誰かの話し声が聞こえてきた。弱々しくもどこか楽しそうな男の声にエスティアの左目が赤紫色へと燃え上がっていく。左目が激しく訴える“奴を殺してくれ”、と。


「大丈夫。絶対に殺してみせるよ」


 言い聞かせるようにそう言ったエスティアは腰の魔剣を引き抜き、それを振り上げ――目の前の鉄扉へと振り下ろす。

 全てを切り裂く漆黒の牙は頑丈そうな鉄扉を切り裂き真っ二つに内側へと倒れ、鈍い金属音が響く。その瞬間、体を叩きつけるように鋭い薬品臭が吹きつける。あまりのニオイにエスティアは片腕で鼻を覆うと一歩踏み出した。

 

「あぁ、これはあの村の青年のか。懐かしいなぁ」


 そこには一人の男性が大きな棚の前でブツブツと喋りながら何かをやっていた。ガラス同士がぶつかるような、木とガラスがぶつかるような音に混じって時たま聞こえるはグチャリという音。それはまるで、片手で果物を潰すようだと考えたが、それをすぐに蹴り飛ばす。

 エスティアは鼻がニオイに慣れ、鈍感になると同時にその腕を下ろし、彼へと声をかける。


「ベルトラン。アンタの人生はもう少しで終わるけど、なにか言い残すことはある?」


 ブツブツと呟いていたベルトランはピクリと肩を震わせると、そのまま振り向きもせず「うーん」と軽く唸った。が、棚を漁っている手は止まらない。


「難しいね。一言では終わらないな。それに、まだ死ぬわけにはいかない。あと少しで僕の研究が完成するんだ……それまで待ってはくれないかい? そしたら、君の聞きたいことに全部偽りなく答えてあげよう」


 エスティアはグッと魔剣を握り締め、そっと左目へと手を翳すと、息を吐き出した。話なんて聞かず、今すぐ殺したっていい。だが、きっと()()()()は知りたいはずだ。


「……どうして、あの子たちを生み出したの」


 緊張からか、僅かに声が震える。エスティアは右目を閉じ、左目だけで彼を鋭く睨む。こうしている時は自分ではないような気がした。

 ベルトランは棚を漁りながら、頷く。背中を向けているためにどんな表情をしているかはわからないが、彼の背中からは寂しげな雰囲気が漂っている。


「そうだね……瞳の研究をするうえで瞳の力を最大限に発揮できる人間が必要だったから、かな」

「……そんなことで……っ!」

「――だけど」


 左目を燃えるような赤紫色へと変化させたエスティアが噛みつくように口を開いた瞬間、ベルトランが遮るように言葉を零す。その声は酷く落ち込んでいる。そのことに気が付いたエスティアはグッと思わず口をつぐんでしまう。


「僕は、僕は、ただ、彼女の為に家族を用意してあげたかったのかもしれない。……彼女――リーザベルは沢山の子どもたちに囲まれて暮らしたいと言っていたんだ。でもね……僕は、ダメだった。彼女に家族を用意してあげられなかった」

「……どういこと?」

「僕は、子を生す能力が無いってことさ」


 吐き捨てるように言ったベルトランの表情はわからない。が、エスティアは大きく左目を見開き、静かに「ごめん」と謝った。たとえ、彼が殺さなければいけない程のクソ野郎だとしてもエスティアは言わせたことを申し訳ないと思ったからだ。

 おそらく、彼女が同じ立場だとしても、同じように謝っただろうとすぐに想像できる。が、ベルトランはまさか謝罪されるとは思わなかったようだ。


「そうか、やっぱり君たちは本当にいい子なんだね。……ははは。……話を続けようか」


 カチャカチャと瓶や何かがぶつかる音が響く。


「リーザベルはそんな僕にいつも優しくしてくれた。できないのなら、養子を貰えばいいでしょと言って笑いかけてくれた。僕はそんな彼女の優しさにいつも救われていた……だけど、彼女は……はやり病にかかり、死んでしまった」


 低く暗い声。それは彼の悲しさを嫌というほどに乗せており、エスティアは小さく息を呑む。


「悲しかった。こんな僕を認めてくれるたった一人の大切な人だったのに……あぁ、そうか、思い出したよ。……僕はそれを叶えるために彼女たちを創ったんだ。でも、ダメだった。せっかく、家族を用意して、リーザベルも蘇らせたのに――彼女は別人だった」

「――ッ!」


 ベルトランが棚を漁る手を止める。振り向きはしないものの、彼の雰囲気が一変していくことをエスティアは肌で感じ取る。ビリビリとしていてヌチャリと纏わりつくような不快感しか与えてこない異様な空気は酷く冷たい。

 ダンッ! と彼が勢いよく棚を殴る。すると、棚に置かれたいくつもの瓶がその振動によって床へと落ち、甲高い悲鳴をあげその中身を散らす。エスティアはその飛び散った中身を見た瞬間、息ができなくなった。

 コロコロと転がるいくつもの白い球体。水気のあるそれはオレンジ色のライトに照らされてらてらと輝いている。エスティアの前まで転がってきたそれは――人間の瞳だった。

 色とりどりの虹彩を持つそれらは、コロ、コロ、コロ、と転がり壁にぶつかったりしている。なかには、割れたガラスの破片が突き刺さってしまったようで、転がらずその場でジッとエスティアやベルトランを見つめている物もあった。


 エスティアは静かに後ずさろうとして両足にグッと力を込めた。脳裏に浮かぶ幼き日の記憶。この目がどういう経緯で来たかなんてわからない。だが、もしかしたら同じ目に遭っている人だっているだろう。目の前の奴はそういうやつなのだから。

 魔剣を力いっぱい握りしめる。が、彼女を支配するのは憎悪ではない。ただ純粋な怒りだった。ベルトランはそんなエスティアに気付ていないのか、怒り任せに言葉を続ける。


「蘇った彼女は最初、喜んでくれたんだっ。なのに、なのに……ッ! 彼女たちがどうやって生まれたのかを知った瞬間、彼女は僕を軽蔑したんだ!」


 ブチュ、という音が響く。エスティアはわずかに視線を動かしたことを後悔した。なぜなら、その音は、彼が足元に転がっていた目玉を踏みつぶした音だったのだから。飛び出た中身をグリグリと踏みつぶし混ぜていく。

 エスティアはまるで自分の瞳を踏みつぶされたような気分になり、思わず口を片手で押さえた。ベルトランはザリザリと靴に付いた水分を床へと擦りつける。すると、いくらか気分が落ち着いたのだろうフーっと長く息を吐き出す。


「すまない。取り乱したね……だけど、悲しかったんだ。僕は彼女の為にこんなに頑張ったのに……」

「だから、()()()()()()()()()()本当に別人にしたってわけだ」


 エスティアの挑発的な言葉に彼の肩がビクリと跳ねる。だがそれは驚きで跳ねたわけではない。強い怒りが現れたためだ。彼の体から滲み出るように魔力が体を覆っていく。


「なにを言っているんだい? あれは、彼女の――」

「ウソつくなよ。知ってんだよ……テメェが……蘇ったリーザベルから瞳を引っこ抜いてあんなおぞましいもんを埋め込んだのをさ!」


 エスティアはそう怒鳴って鋭く睨む。その両目は色は違えど、強い怒りを燃え上がらせている。そう、彼女は知っている。嫌がるリーザベルから瞳を奪った彼の酷く歪みきった顔を。強い怒りの炎で自分が焼き尽くされてしまうのではと考えてしまうほど、体が熱を放出する。

 グツグツと煮えたぎるような赤黒い魔力と黄金の魔力。加えて虹色にも見える不思議な色をした魔力が激しく渦巻き、辺りに充満していく。


「拒絶されて悲しかった? 違うだろ! アンタは最初っから、リーザベルのことなんか見てなかったんだ。先に拒絶したのはベルトラン! お前だろうが!」


 魔剣の柄を握りつぶしてしまいそうなほどエスティアの手に力が篭る。が、魔剣の柄はビクともせず、逆に彼女の右手の皮が引き裂け漆黒の籠手から血が流れる。魔剣を伝って床へと落ちていくそれはまるで、魔剣が泣いているかのようにも見える。

 エスティアはギリギリと痛む左目に顔を歪めながら、一歩踏み出す。脳裏に浮かぶ彼女の大切な家族たち。それが、自分の家族ではないとわかっていても、エスティアの左目からはぽたりと血混じった涙が零れる。


「お前が()()()を捨てたんだ……絶対に許さない。お前だけは絶対に許さないぞぉぉっ! ベルトラァァァァンッ!」


 まるで爆発するようにエスティアの体から魔力が噴き出す。それは台風となって周囲の物を巻き上げひき潰す。だが、ベルトランを包む魔力が守っているのだろう。棚から瓶を取り出した彼はゆっくりと振り向く。

 エスティアの魔力によって部屋の温度が急激に上がっているのだろう。首筋に汗を浮かべながら振り向いた彼には――顔が無かった。ナイフで無理やりそぎ落としたように血まみれで、ボトリ、ボトリ、と血や肉片が剥がれ落ちるように落下している。

 おぞましい見た目となり果てたベルトラン。だが、今のエスティアにその程度、怖気づくに値しない。もっと、酷い物を見てきた。自分を殺したくなるほどの体験もしているのだから。


「ふふふ、はははははははははははははははははっ」


 どこから声を出しているのか。先ほどと全く変わらない普通の声で彼は大声を上げて笑う。が、その声はどこまでも無機質でいて感情を感じさせない。喉が震えるたびにボロボロと剥がれ落ちるように肉片が床へと散らばり、血が降り注ぐ。

 ベルトランは、右手に持っている瓶のふたを開け、その中に入っている瞳を取りだす。それは光を飲み込むほどの黒色を携えていた。それを見た瞬間、ゾクリとしたなにかがエスティアの背筋を駆け抜ける。

 そして、本能が教える。あれは、ただの黒い眼球ではない。もっと、おぞましい何かだ、と。ベルトランはその瞳を良く見えるように動かすと、穏やかな口調で言う。


「エスティア、君は瞳の構造を知っているかい?」

「……は?」


 突然、なにを言っているのか。駆け出そうとしていたエスティアは完全に出鼻をくじかれ、気の抜けたような声を思わず漏らす。ベルトランは軽く肩を竦める。真っ赤な血が滴るそれの表情はわからないが、まるで出来の悪い子どもでも見ているような雰囲気をエスティアは感じ取る。

 そして、ベルトランは持っている瞳をグニグニと軽く押す。


「どうして、こんなに柔らかそうな物体が球体を維持できているか知っているかい? それはね、この外側――強膜(きょうまく)と呼ばれる部分が形を作っているおかげなのさ。瞳の中でも一番頑丈で、外からの衝撃からも守ってくれる部位でもあるんだ」


 そう説明した彼はどこからかメスを取り出すと、それへとメスを差し込んだ。鋭い切れ味のためか、音もたてずにその銀色の身を沈めると、彼は器用に動かし中から黒色のナニカをほじくり出す。

 ドロリ、とメスが抜かれた傷口から透明なゲル状の何かが床へと落ちる。ベルトランは、「ああ、これは水晶体(すいしょうたい)だよ」と興味なさげに言う。

 取り出したその黒色のナニカ以外には興味がないのだろう。ベルトランは瞳だったそれをポイっと放り投げる。ベチャ、という音が響くがエスティアはあえてそれを目で追おうとはしなかった。彼から目を離してはいけないと思ったからだ。


「この黒色は……まぁ、なんとなくわかるだろうけど説明してあげよう。これが虹彩(こうさい)と呼ばれる部分であり、魔力の塊だ」

「魔力の……塊……?」

「そうだよ。皆は瞳が魔力を持っていると思っているようだけど、本当は違う。この色がついている虹彩が魔力を生み出しているんだよ。そして、その魔力の強さによって、虹彩の色が決まるんだ。だが、僕が瞳についてわかったのはここまでだ……どうして、君の瞳ができるのかというとこまでは結局わからなかった」


 本当に無念に思っているのだろう。顔のないソレからでもヒシヒシと彼の悔しさが伝わってしまったエスティアは苦虫を嚙み潰したような表情で魔剣を握り締める。


「でもね、もうそんなことどうでもいいんだ。僕はやっと()()()()()を創り出すことに成功したんだからね」


 ベルトランは暗い雰囲気から一変、楽しそうに声を弾ませ、魔剣のような漆黒に包まれている虹彩を大事そうに掌で持ち、真っ赤な血を滴らせる顔を近づける。


「これがあれば、君の瞳なんて霞むだろう。それほどの魔力を集めて作り上げたんだから」

「……そんなに凄い奴ならアンタ程度の人間じゃ使いこなせないでしょ」


 エスティアがそう言うとベルトランは「そうだね」と、答える。が、その声色は明るくエスティアの言葉など全く気にしていないようだ。


「この瞳を創るうえで、僕は一つの結論を見つけたんだ。適合しない瞳をどうやって自分へと適合させるか」


 持っている虹彩へと顔を近づける。エスティアはその行動にとてもつもない嫌悪を抱いた。このままにしてはおけない。そう考えると同時に、彼女は弾かれるように駆け出し、魔剣を彼へと振るった。


「ベルトラァァァァンッ!」


 漆黒の剣が彼へと迫る。だが――遅すぎた。


「それはね」


 虹彩を自分の口元へと持っていく。真っ赤な肉塊は形容しがたい音を立てながらそれを飲み込んでいく。次の瞬間、ベルトランを中心に突風が吹き荒れ、エスティアはその風に殴られたかのような衝撃と共に部屋の端まで吹っ飛ばされてしまう。


「――()が変わればいいんだ」


 そう言って笑った彼の体は縦に――真っ二つに裂けていた。



 






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