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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第八章 貴女に全てを託す

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89 この沸き上がる憎悪を抑える意味なんてないでしょ?



 立ち上がった二人はアリスたちの元へと戻るために廊下を歩いていた。繋いだ手はもう離れないといわんばかりにきつく指を絡めている。

 心地の良い体温は二人の間を行き来し、どちらかがキュッと力を込めては、お返しだと力を込める。それを何度も繰り返す。


「あの二人、まだ戦ってるかな」

「うーん。どうだろう……でも、アリスとお姉ちゃんの二人が勝てない相手なんていないよ。あんなバケモノが相手ならなおさらね」

「そっか……」


 そう言いながらエスティアはふと、なんとなしに天井を仰いだその時だった。何の変哲もない暗闇が広がる底だが、彼女は何かの気配を感じ――シュティレを抱き寄せその場から飛び退いた。


「――わっ」

「ごめん、ちょっと、我慢しててね」


 驚くシュティレを抱きかかえたエスティアは着地と同時にもう一度床を蹴り、タンッ、タンッ、と先ほどまで立っていた場所から十分距離を取った瞬間、眩い光が天井から降り注いだ。エスティアは目がかすむほどの光から守るようにシュティレを抱きしめたまま背を向けた。


 ただの目くらましが目的だったのか。光が収まると、エスティアはシュティレが無事なことを確認すると、肩越しに振り向く。すると、エスティアが先ほど立っていた場所に一人のローブを身に纏った男が爽やかな笑みを浮かべながら立っていた。

 茶髪に茶色の瞳の男は、いかにも魔法使いだといわんばかりの杖を持っている。エスティアはその男を見た瞬間、言いようのない違和感に包まれる。だが、それはすぐに果てしないほどの()()が生み出したものだと気付く。

 シュティレも同じ感情のようだ。握られた手に力が篭っていることに気が付いたエスティアは彼女を下ろし、男へと体を向けた。すると、男は爽やかな笑みを携えたまま口を開く。


「初めましてだな、奴隷商人」


 少し高めの青年のような声。まるで友達にでも会ったかのような軽い挨拶は爽やかな笑みと相まって、自然と彼に親しみを覚えていただろう。だが、二人はその瞳を憎悪に染まらせながら目の前の男を鋭く睨みつけていた。

 男はそんな二人を見ると、軽く肩を竦めた。その行動に二人は表情を険しくさせる。すると、男はシュティレの方へと視線を向ける。気づいたエスティアが守るように隠す。

 あの顔を見ているだけで吐きそうだ。声を聞いているだけで激しい頭痛が襲ってくる。それは、激しい怒りと悲しみと罪の意識が心臓を握りつぶそうとしているせいだろか。


「そこの君は、久しぶり、かな?」


 その言葉で二人は確信する。いや、もう目の前に男が現れた時点でわかっていたのかもしれない。ギュッとシュティレの手を握りながら、エスティアは静かに魔剣を引き抜き、切っ先を男へと向ける。

 黄金の右目が憎悪に燃える。それに反応するように魔剣もその刀身からドロドロと魔力を垂れ流す。ベタリ、ベタリ、と濃い血の風が漂い始める。


「お前が、スライか?」


 自分でも驚くほど落ち着いた声。だが、それがどこまでも冷たく鋭いことは誰が聞いても明白だろう。男はフッと鼻で笑うと、口元を大きく歪めて答える。


「なぁ? そんな回りくど言い方してないでよ、聞けばいいだろ? お前が私の家族を殺した勇者ですか? ってさぁ」

「――ッ」


 その言葉にエスティアは両瞼を限界まで引き上げていた。何も入っていない左目が生温い空気を吸い込みゾワゾワとした感覚が走り抜けるが、エスティアは気にするそぶりは見せず、ただ目の前の男を見つめることに全神経を注いでいた。

 カタカタ、と魔剣を持つ手が震える。背中を冷たい汗が流れ落ちていく。すべての水分がその流れる汗となったのか、滲み出る魔力へと変化されてしまったのか、体が渇きを訴える。


――コロセ、コロセ、コロセ。


「あぁ、わかってるよ……」

「エスト……?」


 心配そうな表情でシュティレがエスティアの顔を覗き込み、ゴクリと息を呑んだ。なぜなら、彼女が見たこともない笑みを浮かべていたからだ。

 すべての感情など捨て去ってしまったかのような。いや、全ての感情を()()に塗りつぶされてしまった笑顔は、壊れた玩具の様にぎこちなかった。


――コロセ、コロセ、生まれてきたことを後悔させてやれ。


 酷く淀んでいても、どこか澄んでいるような不思議な声が脳みそと心を撫でる。冷たくていて燃えるような熱を秘めたソレが体を満たしていくと、言いようのないほどの突き刺すような飢えがエスティアを取り囲む。

 突き刺すような血の臭い。それは、彼女の体を纏うようにうねる魔剣の魔力だ。吐き気がするほどのそれはすっかり嗅ぎ慣れている。そして、今の彼女にとってそのニオイはどこまでも心地よかった。


「はは……」


 乾いた笑い声とも取れない音がエスティアの口から零れた。震えていた魔剣の切っ先がピタッとその震えを止める。キュッと握られた手の震えも止まっていた。


「そうか、お前が。いや、やっぱり、お前だったんだな。……シュティレ」


 冷たい声から一変、優しい声で呼ばれたシュティレはキュッと強く彼女の手を握る。振り向いたエスティアは今にでも壊れてしまいそうな表情で笑っている。

 小さく揺れる右目。これから何をするかなんて聞かなくてもわかる。シュティレは小さく頷くと、そっと手を離す。と、同時に彼女へと魔力を流す。

 溢れ出る力に満足げに微笑んだエスティアは口パクで「ありがとう」と言うと、スライへと振り向いた。もう、その顔に先ほどのような優しさは一ミリたりとも浮かんでいない。ただ、目の前の敵を殺すことしか考えていない奴隷商人(復讐者)が立っていた。


「やっと、だ」


 顔を上げ、エスティアは獣のように吠える。


「やっと見つけたぞぉぉぉぉおおおおおおッ! スラァァァァイッ!」


 その咆哮はまるで大砲でも撃ちだされたかのような声だった。声が反響すると同時にエスティアは魔剣を両手で握りしめ、うるさそうに耳を塞いでいるスライへと斬りかかる。

 かつてないほどの憎悪を受け取った魔剣がかつてないほどの漆黒の魔力を吐き出す。生者ですらその魔力で腐敗させてしまいそうなほどに濃密なそれをスライはバックステップで躱す。そして、そのまま追いかけてくるエスティアへと手を翳し――


「フレイムアロー」


 周りの空気が歪むほどの熱量を秘めた炎の矢がエスティアへと迫る。直撃すればその熱によって彼女の体は一瞬のうちに燃やし尽くされてしまうだろう。だが、彼女は避けることなど考えていない。

 まず、正面から飛んできた炎の矢を魔剣で叩き壊す。パリン、という音が響くと同時に体を捻るとそのままわき腹を狙ってきていた矢を叩き壊し、同じように逆のわき腹を狙うソレをも叩き壊した。

 流れるようにすべての矢を叩き壊したエスティアはスライを睨む。体中に魔力を纏ったその姿は死を連れて歩く死神のようだ。


「殺す。絶対に殺す。切り刻んで、グチャグチャにしてから燃やし尽くして殺す。お前の存在なんてなにも残してやらない。その灰すら燃やし殺す」


 ユラリ、と体を揺らしながら一気に加速。スライへと魔剣の切っ先を突き出す。目にも止まらぬ速さだが、スライはひらりと躱して、魔法を放つ。どこからともなく現れた水の拳がエスティアの腹部を叩く。

 ドゴン、と重たい音が響く。骨の髄まで響くような鈍痛が体を駆け抜けるが、今のエスティアに痛覚というものは無い。シュティレと魔剣のおかげで痛覚を限界まで感じられなくなっているのだ。


――コロセ、コロセ。その血も全て喰らい尽くそう。我らの果てしなき憎悪を使え。


 冷たい水のようなそれがエスティアの心を取り囲み、様々な声が混じったようなそれで囁く。いや、囁くというよりは悲鳴に近いかもしれない。エスティアはまるで肉食獣のように犬歯を剥き出しにして叫ぶ。


「スラァァァアアアイッ!」


 それは、酷くいびつな叫び声だった。燃える憎悪に包まれながらも氷のように冷たく淀んだ悲愴が混ざったソレは声とまるで無数の人間が同時に叫んでいるようだ。


「――ハァァァァァアアアアアアアアアアッ!」


 水の拳に殴られ宙に浮かんでいたエスティアは体勢を立て直し、落下速度を利用して魔剣を振るう。が、スライは避けようともせずに、彼女へと手を翳す。その瞬間、淡い光が視界をかすめた思った時には、エスティアの体は吹っ飛び天井へと叩きつけられていた。


「エスト!」


 シュティレがすぐさま回復魔術をエスティアへとかける。そして、そのまま流れるような動きで不可視の弓を構え放つ。

 バシュン、という音が響いた次の瞬間、エスティアへと放たれていたスライの魔法がシュティレの放った矢と衝突し軽い衝撃音と共に水蒸気が広がり辺りが白んだ。
















「斬り裂けぇぇぇぇえええええッ!」


 薄く魔力を纏い、白く輝く聖剣が振り降ろされる。全てを切り裂くそれは目の前のバケモノを切り裂くと思われた。が、バケモノは硬質化した腕をクロスさせソレを防いだのだった。

 ガキン、とまるで硬い岩でも殴ったかのような音と痺れにアリスは顔を顰めながらも、一気に魔力を放出して思いきっり聖剣を振り抜いた。


 斬り裂けなくとも、吹っ飛ばすことは可能だ。バケモノの体がまるで弾丸のように吹っ飛び、ガリガリと床を削りながら滑る。だが、まだこの程度でな彼女の勢いは止まらない。

 ダンッ、と強く床を蹴り、一気に距離を詰め、目にも止まらぬ速さで聖剣を叩きつけた。やはり、硬質化した腕は岩よりも硬い。だが、どんな物質にも限界点というものはある。

 

 アリスは自分の限界を超えるようなスピードで聖剣を連続で振るう。

 すると、数えきれないほどの打撃を受け続けた腕が、ピキリ、と音を立てる。アリスは聖剣に魔力を流し込み――


「壊れろぉぉぉぉおおおおおおっ!」


 バリン!

 岩よりも硬かったバケモノの腕全体にヒビが走り、そこを起点に砕ける。鋭くとがった破片が四方へと飛び散り、そのうちの一つがアリスの頬をかすめ、傷口からタラリ、と血が頬を伝う。


「アリス!」


 背後から声がする。アリスはバランスを崩すバケモノへと追撃はせずにその場から即座に離脱する。

 バァンッ、という音が背後から聞こえたと思った時にはもう、アリスの横を取り抜ける銀色の弾丸。空気を切り裂くように回転しながら、それは、バケモノの心臓を撃ち抜いた。


『ゥゥゥゥウウウウウッ!』


 バケモノの撃ち抜かれた胸から黒い砂が一気に噴き出す。それはまるで、空気の抜けていく風船のようだ。バケモノは呻き声とも笑い声ともいえる不気味な音色を奏でながらゆっくりと、背中から床へと倒れる。

 バタン、という音が響く前にバケモノの体がサラサラと黒い砂となって消えていく。アリスはそれを警戒した様子で見つめていたが、漂っていた魔力も全て視えなくなると、小さく息を吐き出し、なにも付いてはいないが、何かを払うように聖剣を軽く振った。


「……エリザさん、平気ですか?」


 振り向いたアリスはそう言って口元に笑みを浮かべる。だが、正直ってエリザは“まずは自分の心配をしてほしい”と思っていた。後衛で攻撃を飛ばしているのと違って、アリスはあのおぞましいバケモノへと接近戦を繰り広げていたのだ。

 純白の鎧にこそ傷はなくとも、露出している部分にはいくつもの傷ができている。おまけに、日光の差さないここでは彼女は自分の魔法が制限されてしまう。それでも、強い。が、戦闘で他のことにまで気を回さなければいけないということは時として命を失う隙ともなりうる。


「はぁ……」


 エリザがため息をつく。すると、アリスが心配そうに彼女へと駆け寄る。少し背の低いアリスが覗き込むように紫色の瞳を射抜く。


「もしかして、どこかケガで――いたっ、な、何をするんですか……」


 突然、額を小突かれたアリスは不満そうに口を尖らせ、薄っすら赤くなった額に手を当てる。エリザはもう一度ため息をつくと、薄く笑った。


「私のことを心配している暇があるなら、とっととシュティレたちを探しに行くわよ。思った以上にアイツを倒すのに時間がかかったわ」


 そう言って廊下の奥を見つめたエリザ。その顔に先ほどのような緩みは無く、まっすぐな眼差しにアリスも倣うように押さえていた手を退けて同じ方向へと顔を向ける。

 世界の果てにまで繋がっているのではと思ってしまうほどの漆黒に包まれた廊下の奥は何も見えない。アリスはグッと息を呑むと、腰に収まる聖剣の柄をギュッと握った。

 確かにエリザの言う通りだ。今までの奴らとは段違いに強いとはいえ、時間をかけすぎた。どうせまっすぐ一本道であり、シュティレの残していった魔力の残り香を追えば追いつくのは容易い。


「……そうですね。二人が無事だといいのですが」


 そこまで、言ってアリスは表情を曇らせる。なんだか、とてつもなく嫌なものが近くにいるような気がする。ドロドロとした黒く淀んだなにかが、ねっとりと首筋を撫でていくような不快感がどうしても拭えない。


「エリザさん、急ぎましょう。なんだか、嫌な予感がします」

「ええ、そうね。前に来た時よりも嫌な空気だし早く帰りたいわ」


 そう呟いたエリザはアリスと共に、彼女の残り香(魔力)を追いかけるのだった。


 



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