09 インディゴブルー
五人の勇者たちは笑いあっていた。
「いやぁ、今日の獲物は随分と金を持ってたな」
ロングソードを背中に抱えた三十代の男性は大口を開けて笑い、大量の金貨が顔を覗かせる布袋をその大きな掌で叩く。シャラン、と重たい音を響かせ、ほかの面々も歓声を上げた。
「ほんっとねぇ……貴族にしては騎士も中々手強かったし、もしかして……どこかのお姫様だったりして」
「ハハッ! そんなわけあるかよ、本当にどっかのお姫様ならもっと護衛をつけてる筈だろ」
緑髪の強気な女性は短剣をクルクルと弄びしまう。すると、隣の杖を持った青年は彼女の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「でも、本当にあの騎士一人だったのかな? もし、仲間がいたら……」
ロングソードの手入れをしながら不安げな表情で少女が呟く。いつもであれば、最低でも二人は護衛がついている筈なのに、今回の貴族は一人しか護衛をつけていなかった。
嫌な予感が拭いきれず暗い表情をする少女を慰めるように、弓を担いだ青年が声をかける。
「ヴィース、平気だって。もし、仲間でもいたら俺が――」
隣で笑顔を浮かべていた彼が突然視界から消え去る。ヴィースと呼ばれた少女はまるでスローモーションのように飛んで行く彼を見つめていた。今、いったいなにが……
他の勇者たちも、呆気に取られた様子で彼が飛んでいくのを追うように視線を動かしていた。その表情には困惑すら浮かんでいない。状況を理解できていないのだ。
「え……?」
ヴィースの声から出たのはその一言だけだった。
「――グァッ!」
盛大に地面へと顔面で着地した青年は、ガリガリとその顔と肩で地面を削りながら数メートルも滑り、川に着水すると、彼はやっと止まる。巨大な水柱が上がり、パラ、パラ、と水しぶきが顔にかかったところで誰かが叫んだ。
「だ、誰だッ!」
それは、リーダー格でもある三十代の男性勇者だった。ロングソードを構え、そう叫ぶ彼の顔はメンバーの誰もが見たことないほどに緊迫した表情を見せている。
彼は、ブルーランクとはいえ、その前は王国の騎士をしており、次期団長とも言われていた彼がここまで焦っている。他のメンバーの表情が険しいものへと変わる。
そんな彼の目の前には――黒髪の少女が立っていた。黄金色の瞳が太陽を反射し、煌めき、それにはどこか神々しさを感じる。
「……」
そして、無言のまま勇者たちを見据える彼女の腰には、遠くからでも感じ取れるほどの禍々しい魔力を帯びた剣がコチラを品定めするかのように妖しく輝いていた。
男性勇者は一目見ただけでその剣が普通の物ではないと理解する。あれは、人間が握るものじゃない。
「ウ……ッ!」
「テッド! 大丈夫!?」
エスティアの魔剣を見た瞬間――テッドと呼ばれた、杖を持った青年が口元を覆いながら片膝をついた。その表情は真っ青で今にも倒れてしまいそうだ。隣に立っていた女性が心配した様子で彼の肩を摩り、エスティアを睨みつけた。
だが、エスティアはジッと勇者たちを順番に眺め――杖を持った青年を見つめながら小さく呟いた。
「……遠距離は潰そう」
「――なっ! フェィフ!」
トン、と静かに地面を蹴ったエスティアがまっすぐにテッドへと向かう。危険をいち早く察知した男性勇者がフェイフと呼んだ女性の襟を強引に掴み、背後へと放り投げた。
近くにいる女性も排除しようとしていたが、あの勇者のせいで失敗したことにエスティアは小さく舌打ちをする。だが気を取り直し、拳を振り上げ――テッドへと振り下ろした。
「あ、が……ッ」
頭に強烈なゲンコツをくらったテッドは、痛みを感じる間もなく一瞬で意識を刈り取られ、小さな呻き声と共にうつ伏せに地面へと倒れる。エスティアはそんな倒れた彼を足で仰向けに直す、と今度は女性へと視線を向け――地面を蹴った。
「フェイフゥゥゥゥッ! 逃げろォォッ! 貴様にはやらせんぞッ!」
ロングソードを構え、女性を守るように立ちはだかり、吠える男性勇者。たとえ、都合がいいから一緒に居ただけの仲間ともいえない彼らだが、“元騎士”としての名残だろうか。自然と彼は動いていた。
そんな考えなど知る気もないエスティアは彼の前で強く足を踏み込んだ。
「なっ!?」
タン、とエスティアは彼の上を飛び越えてゆく。その際に彼の頭に手を置き、勢いをつけた彼女はそのまま女性の前へと接近し、すれ違いざまにその頭に拳を振り下ろし、意識を刈り取る。
ズザザ、と地面へと着地したエスティアは小さくため息をつく。あと――二人。
だが、そう簡単には行きそうにないことに彼女はもう一度ため息をついた。川べりで怯え固まっている少女は放っておいても平気だろう。だが問題は……
「貴様……ッ!」
――あそこで鬼の形相をしている彼だろう。
ブルーランクとは思えない気迫。だが、こういったことをしているということは正規の依頼などは受けないだろう。そのためランク変動はない、ブルーランクと甘くみたらやられる。
エスティアは魔剣へと手をかける。“殺してはダメ”と自分と魔剣に言い聞かせ、静かに――鞘から引き抜いた。
「貴様は、あの貴族の護衛か。仲間の……敵討ちという訳か」
彼はどこか懐かしむような表情をしながらエスティアを見つめる。だが、彼女はそんな彼を鼻で笑い飛ばし、魔剣を構え、口を開いた。
「なにを今更、人間のフリをしてるの? 魔物を討伐するのが――勇者の役目だから。それだけ」
スっと、腰を落とし魔剣を構えたエスティアは勢いよく地面を蹴り、男性勇者との距離を一瞬で詰める。通常のブルーランク勇者であれば、彼女に反応もできず、真っ二つにされていただろう。
涼しい表情で男性勇者は右わき腹を斬りさかんと突き上げるように伸ばされた黒い刃を、そのロングソードで軽く受け流す。エスティアは舌打ちしながら、天へと先端が向いている魔剣を、驚異的に強化された筋力で無理やり、振り下ろした。
「ハァッ!」
ガキィィィィンッ! 男性勇者はまるで、彼女が振り下ろすことを予測していたかの様にロングソードの腹で魔剣をいとも簡単に受け止める。
男性勇者は不敵な笑みを浮かべた。そして、確信する。
「筋力は申し分ない。いや、ありすぎるほどだ。だが――」
グッと、剣に力を込め、魔剣を押し返す。エスティアはバックステップで距離を取ろうとした瞬間――いつの間にか懐に潜り込んでいた彼がそのまま彼女の腹部に拳を放った。
エスティアは後ろに後退しながらよろめき、苦しそうにお腹を押さえる。あまり痛みを感じないことに若干の違和感を感じたが、すぐにその考えを振り払う。
「貴様、“剣を握ったばかり”だな?」
「はっ、だからどうした……ゲホッ……」
立ちあがり透明の液体を吐き捨てたエスティアは、魔剣の先端を向け――
「どーせ、お前ごとき、障害物にだってならないっ!」
前進した彼女は魔剣を横薙ぎに払う。ブォン、と凄まじい風切り音と共に小石が舞い、大粒の砂埃が舞い上がる。彼女はそれに合わせるように動く。
男性勇者は自分に降りかかる小石を剣の腹などを使って器用に防いでゆく。だが、防がれることなど予想済みだ。目的は彼の視界から“消える”ことなのだから。
「クッ……!」
彼は砂埃が晴れると同時に剣を降ろしたところで確信する――自分が死ぬことに。
目の前で魔剣を振り上げる彼女の金色の瞳が煌めく。その冷たい眼差しは氷柱のように彼の心の奥深くへと突き刺さる。
彼は瞳を瞑り「魔剣とはいえ、素晴らしい剣に殺されるなら……本望だ」と心の中で呟く。魔剣が彼を斬り裂くまであと少し。彼は次に来る痛みに――
キィィィィィンッ!
森に響き渡る金属音。彼はうっすらと瞼を開き、目の前で魔剣を受け止める少女に瞳を大きく見開いた。
「――ヴィース! なんで逃げなかった!」
怖がりの彼女のことだ、もう既に逃げてくれていると思っていた彼は驚きの声を上げる。だが、ヴィースと呼ばれた少女は魔剣を抑えるので精一杯なのか、振り向くことなく苦し気な表情を見せながら口を開く。
「に、げれる、わけ……ないじゃんッ! 仲間、が! そこにいるのに――逃げれるわけないじゃんッ!」
「ヴィース……」
エスティアは二人のやり取りを見ながら「これを他の人に見られたら、完全にこっちが悪役だよね」自嘲する。それに、目の前の少女が頑張っているのは、正直言って……色々と辛いところがある。
本当であれば、ここでやめてあげたいところだが……そうもいかない。彼女は小さく笑みを浮かべた。二人はその表情に気付く。
――残念、“時間切れ”。エスティアが魔剣を下げた瞬間。
「騎士様! こちらです!」
ティアルマとシュティレが森の出口方面からやって姿を現すと――その後ろからは大勢の甲冑を着た人たちが追従するようにやって来る。
そう、最初から全員を倒す気などない。役目は終わったと言わんばかりに、エスティアは肩を竦める、と呆気に取られている二人を放置して立ち去る。
ペタリ、と座り込むヴィースを守るように彼は抱きしめるが、その表情は困惑を色濃く浮かべている。
そんな彼らを取り囲んだ一人の騎士が縄を用意し、高らかに宣言する。
「お前らを連行するっ!」
気を失っている勇者たちは騎士に抱えられ馬車に乗せられ、縄で両手を結ばれた二人は一瞬、エスティアを見つめたが、すぐに視線を前へと向け、馬車の中へと消えていった。
最初にやられた三人はわからないが、あの二人はきっとやり直せるだろう。チラリ、と馬車を一瞥したエスティアは表情を柔らかくした。
騎士たちが勇者たちを連れていき、森の中は再び静寂へと包まれた。すると、ずっと動かずに立っていた一人の騎士がティアルマへと近づく。気づいたティアルマは若干、バツが悪そうに視線を逸らした。
そんな彼女の前で、片膝を付き、兜へと手を伸ばした騎士は――それを静かに外した。四十代ほどの男性騎士は憔悴しきった顔で安堵の笑みを浮かべ、彼女の手を優しく取った。
その表情は本当に心から安心しきっているようで、そんな彼の顔を見た彼女はグッと唇を噛む。
「ティア様……ご無事で何よりです……ッ!」
「コッド……ごめんなさい、私……」
「良いのです。ティア様がご無事なら……それだけで良いのです」
肩を震わせ涙を零す騎士。さながら二人は親子のようだ、とシュティレに後ろから抱きかかえられたエスティアは寂しげに瞳を伏せた。
「今回は、ティア様を助けていただき本当にありがとうございます」
エスティアの前で優し気な笑みを浮かべる彼に、彼女は照れくさそうに頬を掻く。
いつもは勇者会が仲介した依頼を受けるのが一般的なために、依頼者と直接会うことは案外少ない。そのためにこうやって直接お礼を言われるのに慣れていないエスティアの表情は若干恥ずかしそうだ。
それを見ていたシュティレは、彼女の珍しい表情に笑みを浮かべる。だが、その視線に気づいたエスティアはすぐさま表情を戻し、口を開いた。
「いえ、人助けは当然のことですから。それに、依頼を受けた以上、私は全力でやり通すだけです」
「ですが、本当にありがとうございます。依頼と言いましたね? では、さっそく報酬をお渡ししたいところなのですが……生憎手持ちがないので、申し訳ないですが、城にご同行いただけますでしょうか」
金貨二枚ぐらいでいいのだが、と思っていたエスティアだが……彼の心配ようからして、変に安いとかえって彼に悪いと判断した彼女は頷く。隣に立っているシュティレも彼女が行く所にはどこにでも付いてゆくつもりなので笑顔で頷いた。
「では、こちらへどうぞ。馬車を用意しております」
そう言って彼の視線の先には――見たことないほど立派な馬車が主を待っていた。
しなやかな体つきで、用手入れされた白い毛並みはまるで陶器の様に艶めいており、その眼差しは気高い。動いていなければ一種の彫刻とも思ってしまいそうな美しさの白馬。
それに加え、その白馬が引く馬車は、シックな藍色を基調としたシンプルデザインだが、その所々に施された金や銀の装飾が気品を生み出している。ようするに、二人が生きている間に乗る機会は無いだろうなと思われるほどのそれの後方に掲げられた旗に――エスティアの表情が凍る。
「な、ま、まさか……」
シャール王国の象徴とも言われる“女神ハルモニア”と、国花である“オレンジ色のコスモス”をモチーフとした紋章が描かれた旗。それを掲げてよいとされるのは、この国の王家であるホープス家だけだ。
それだけなら良かった。王家との関りを持てるのは勇者として喜ばしいことであり、誇れることでもある。
だが彼女は、奴隷商人だ。そして、ホープス家の王女は――大の“奴隷商人嫌い”で有名でもある。
最悪だ。ホープス家と聞いた時点で思い出していたら、と考えた彼女は諦めるように顔を手で覆った。意味なんてない。助けてと言われた時点で、こうなる運命だったんだ。エスティアはそう自分に言い聞かせながら馬車へと乗り込んだ。
――道中は快適だった。フカフカの椅子に静かな乗り心地。だが、それどころではないエスティアは頭を抱えながら自分の足を見つめ続ける。
こんな体勢でシュティレに要らぬ心配をかけたら、どうしようという思いもあったが、隣に座った彼女は、いつの間にかティアルマと随分と仲良くなっているのか、楽し気に談笑をしていてこちらを気にしていない。
彼女は考える。普段は直観的に動くことが多いが今回は別だ。どうにかして、王女に会わないで無事に帰れる方法を思いつかなくては……そしたら、とっととシャール王国を出て、聖都に向かおう。エスティアはそれまではどうか、無事でいられますように、と願うのだった。
――シャール王国。王城へとやって来た二人は、その大きな城を上から下へと眺め、声を漏らした。
まぁ、二人の漏らした声の意味合いは全く違うが。そんなことに気付くことのないティアルマたちは二人の反応に微笑みを浮かべると中へと招き入れた。
二人が中に入ると、またもやシュティレが小さく声を漏らした。それもそのはずだろう。豪華絢爛を現したかのような調度品の数々に加え、一目で高級とわかるカーペットは歩くのも戸惑ってしまいそうだ。
軽い足取りで付いてゆくシュティレに対し、エスティアの足取りはとても重く、表情も暗い。
「エスト……顔色悪いけど大丈夫? もしかして、私の魔力が……」
振り返り、心配そうに眉尻を下げたシュティレはエスティアの手を握り、顔を覗き込む。今にも泣きそうな表情を見せる彼女にエスティアの表情が困ったように曇る。
シュティレにはいつも心配されてばかりだ。彼女は安心させるようにシュティレの頭を軽く撫でた。
「だいじょーぶ、ちょっと馬車酔いしちゃったみたい。でも、シュティレの顔見たら元気出た、ありがとう」
「え、あ、うん……」
だが、納得いかないのか、シュティレは先を歩いてゆくエスティアの方を何度も見つめては――ため息をついた。
「では、こちらでお待ちください」
大きな部屋に通され、騎士に言われた二人が椅子に腰を掛けようとした瞬間――ティアルマがシュティレの手を取り、笑みを浮かべた。
エスティアが怪訝な表情を浮かべるのに対し、シュティレは何かを思い出したように表情を明るくし、立ちあがる。
「あ! そうだった! エスト、ちょっと行ってきてもいい?」
「え? あ……うん、いいよ。あんまりティアを困らせたらダメだよ?」
笑みを浮かべ、送り出すエスティア。
騎士と二人が部屋を出るのと入れ違うように――一人のドレスを身に纏った女性が部屋へと入って来る。
ティアルマと同じように艶やかな銀髪を腰まで伸ばした女性は、夕日色のドレスを揺らし、後ろ手にドアを閉めると――微笑みを浮かべた。
「貴女が妹を助けていただいた勇者様……いえ――奴隷商人のエストさんでよろしかったでしょうか」
そう冷たい声で微笑む彼女の藍色の瞳が引きつった笑みを浮かべるエスティアの黄金色の瞳を射抜いた。




