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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第七章 神は天からコチラを眺めている

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79 あらゆる負を飲み込んだ代償は恐怖として




 強烈な風が体に叩きつけるように吹く。アリスは、エスティアに風が最小限で済むように抱きかかえると、どうしたもんかと考える。勢いで塔から飛び降りたのはよかったが、着地は出来るのだろうか。

 崩れ始める塔を足場に使おうとも考えたが、エスティアが塔の魔力にあてられてしまっては意味がないと決断を下し、アリスはまるで流星のように落下していく。

 雲をいくつも突き抜けた。このまま地面に激突したらどうなるだろうか。だが、そうなることは無いだろう。アリスがそう考え、口元に笑みを浮かべたその時。


「まったく、飛び降りなんて私たちの心臓を止める気かしら?」


 そんな声が聞こえ、鋼鉄の兵士が優しくアリスと、その腕の中に居るエスティアを抱き留める。冷たく硬い感触ではあるが、主の優しさを現しているかのような、温かい魔力をその瞳に映しながら、アリスは安心したように体の力を抜く。

 騎士が鋼鉄の鳥の背へと優しく二人を下ろす。すると、四肢を失い横たわるエスティアへとシュティレは一目散に駆け寄る。満身創痍の彼女にシュティレはくしゃりと表情を歪めたが、すぐに安心したような眼差しで治療を開始する。


「まったく、バカなんだから」


 慈愛に満ちた声。そんなシュティレの隣へと移動すると、悲痛な面持ちで頭を下げた。鳥の頭に乗っているエリザはチラリと一瞥すると、再び前方へと顔を戻す。方角的に、一度、シャールの城に戻るのだろう。

 治療しながら、シュティレは視線だけアリスに向ける。その瞳は厳しい。無理もない、大切な人が他人を助けに行って、ボロボロで帰って来た。エスティア自身が行くと決めたことだとしても、彼女には怒る権利がある。だから、アリスは言葉を紡ぐ。


「シュティレさん……申し訳ありません……私の為に……エストさんが」

「……」


 無言で治療を続けるシュティレ。その冷たい雰囲気にアリスは表情を暗くさせ拳を強く握りしめる。


「ごめん、なさい……」


 悲痛に満ちた声。吹き付ける風にかき消されてしまいそうなほど小さな声だが、彼女の耳にはしっかりと届いていたようだ。シュティレは隣のアリスへと顔を向ける。すると、その表情は――怒っているとは思えないほど優しさに満ちた微笑を浮かべていた。


「それ、エストに言っちゃダメだよ」

「え……?」


 ニコリと微笑むシュティレはそっとエスティアの頭を撫でると、言葉を続ける。その撫で方はどこまでも柔らかく壊れ物にでも触っているよう。


「目が覚めたら、エストには“ありがとう”って言って欲しいの」

「で、ですが……っ!」


 アリスはそれ以上言葉を言うことができなかった。理由は明白、シュティレの手がブルブルと震えていたからだ。最初、怒りからとも思ったが、彼女の横顔がどこまでも悲し気に沈んでいたことによりアリスはその瞳に影を落とし、うつ向く。その視線の先には、四肢のないエスティア。

 斬り落とされたり、食い千切られても、部品さえ残っていればすぐに治ったのだろう。だが、今回は、一から作らなければいけない。再生途中の腕は見ているだけで痛々しい。


「エストの中はもう……罪悪感でいっぱいなの」

「シュティレさん……」


 そう呟くように言ったシュティレの脳裏に浮かぶ、あの日の夜。失った家族の笑顔と、泣き叫ぶエスティアの姿が交互の映し出されるそれは、最初の方こそ心が押しつぶされてしまいそうなほどだったが、もう、すっかり慣れてしまったようだ。


「だから、もし、自分のせいでって思っているのなら、謝らないで」


 その言葉に何も言い返せなくなり固まってしまう。それを返事と受け取ったのだろう。シュティレは再び眠っているエスティアへと視線を移し、その額に口づけを落としたのだった。











 

 どこまでも澄んだ空気が体を包む。どこか懐かしく感じるその温度と香り。頭を撫でていくようなその感覚にエスティアは、瞼を上げた。

 何度か見たことのある天井。そうか、城に戻って来たのか、とエスティアはぼんやりと考えながら、顔を横へと向ける。

 そこには、疲れ切った表情で眠る最愛の人。エスティアは表情を柔らかくし、その頭を撫でようとしたその時――鋭い痛みが動かそうとしていた右手を走り抜けた。


「――ッ!」


 表情を歪め、伸ばしかけていた手を力なく落とす。

 エスティアはその右手を見ながら、塔での出来事を思い出す。戦って、戦って……食べられた。そして、もう一度、戦って……その後、どうなったのだろうか。


「アリ、ス……」


 カラカラの喉から出た声は酷く掠れていた。まるで、老人のような声に、エスティアは限界を超えた代償か、と鼻で笑う。酷い有様だ。こんなざまで、本当の戦いになった時、どうなってしまうのだろう。

 そう考えてしまっては終わりだ。エスティアの心臓を冷たい何かが包み込む。それが、“恐怖心”だと気付くのに時間はかからなかった。

 嫌だ、いやだ、コワイ。それは死にたくないという意味ではない。目的半ばで倒れ、達成できなかったらという恐怖だ。

 もっと、強くならなければならない。その為にはどうすればいい。


「コロ、さなきゃ……」


 部屋の隅に置かれた魔剣がチャリ、と鞘の鎖を鳴らす。エスティアはその音が聞こえるたびに、自分の心が酷く淀んでいくような気がした。

 コロセ、コロセ、喰らえ、喰ってしまえ、と冷たい剣のような()()()()が聞こえる。このまま聞いていれば、きっとそれを実行してしまう。エスティアは体が震えるほどの暗く冷たいそれに囚われ――


「エスト」


 頭の中を埋め尽くそうとしていた冷たい声が、その一声によってかき消されていく。エスティアはその瞳を大きく見開くと、隣にいる声の主を見つめた。その黄金の瞳は、縋るように、彼女の澄んだ青色の瞳を見つめている。


「シュティ、レ……」


 エスティアの縋るような声。シュティレは優しく微笑みそっとエスティアの体を抱き寄せた。

 柔らかい体から香る甘いそれは、エスティアの意識を取り巻く闇をあっさりと、取り払い消し去っていく。もっと強く抱きしめて欲しい。そう本能的に感じ取ったエスティアはシュティレの首筋に顔を埋める。


「どうしたの? 今日は甘えん坊だね」

「こんな私は……嫌い?」

「まさか。どんなエストも大好きよ」


 梳くようにエスティアの黒髪を撫でるシュティレは、とろけるような微笑を向けた。至近距離から見てしまったからか、これでもかと心臓が大きく跳ねたエスティアは視線をキョロキョロと動かす。が、すぐに不安げな瞳でシュティレを見上げた。

 シュティレはその見上げた瞳に魅入られてしまったかのように、動けなくなってしまう。それは、彼女の黄金の瞳がまるで捨てられた子犬の様にあまりにも弱々しかったからだろう。


「その、ごめん。私、強くならなきゃいけないのに……」


 キュッと引き結んだ唇を微かに震わせるエスティア。


「どんどん弱くなっていく……どんどん、君に甘えちゃう……っ」

「エスト……もうっ」


 シュティレは抱きしめる腕に力を込め、エスティアの額に唇を押し当てる。


「エスティア、貴女は強い人よ」

「……でも、私、シュティレに頼って、甘えてばかりで……」

「バカね。甘えてくれていいんだってば」


 少し怒っているような悲しんでいるような、だがどこまでも優しさに満ちている複雑な表情のシュティレに、エスティアは小さく首を横に振った。

 その反応に、シュティレの瞳が僅かに揺れる。


「怖いの……こうやって、甘えて、もし……立ちあがれなくなったらって……怖くて、怖く――っ!?」


 突然、シュティレはエスティアの顎に手を添え、半ば強引にキスをする。それは、一瞬にも満たない触れるだけだったが、エスティアを黙らせるには十分。もう少しだけ味わいたのをグッと堪えながら、治ったばかりのエスティアの手に指を絡めてから、そっと唇を離す。


「エスト、貴女が立ちあがれなくなったなら、私が手を引っ張って立たせてあげる」


 まっすぐな言葉は、エスティアの体の中へと溶けていく。


「立ち上がれないと貴女が言うのなら、私は全力で貴女の手を引いて立たせる。だから」

「シュティレ……」

「少し、休んで? そして、また一緒に探しに行こっ」


 再び触れ合う二人の唇。温かく、柔らかい感触と、甘い香り。今だけは休んで、お願いだからと言われているようにも感じるそのキスを受け止めるエスティアは、穏やかな表情で流し込まれた魔力も受け入れ絡めた指に力を入れる。

 痛みを感じないとはいえ、ぎこちない動きの指にシュティレは、一瞬瞳を揺らしたが、すぐに離さないと言わんばかりに、その手を強く握る。

 二人の顔が離れる。エスティアが名残惜しむような表情でいるのに対し、シュティレの表情はまるで、いたずらっ子のような笑顔だった。


「それに」


 シュティレの含みを持たせたような言い方に嫌な予感が脳をかすめていく。そして、その予感は実現する。引きつった笑みを浮かべるエスティアの頬に白い指が滑るように置かれる。


「シュ、シュティレ……さん……?」


 かすれ声がいつの間にかいつもの調子を取りもどしていたが、その声は上ずっていた。


「なぁに?」

「いや、あの……その……っ」


 体を起こしたシュティレは動けないエスティアの腹部に跨り見下ろす。その微笑みは普段のいたずらっ子のような笑みや、可愛らしい天使のような笑みではなかった。


「エスト、今、動けないよね」


 唇に指を当て、微笑むその姿と青色に瞳に、エスティアの背筋はぞくぞくしてしまう。首筋を這うように伸ばされた白い指。

 これはマズイ。本当に恥ずかしさで心臓が爆発してしまうのかもしれない、とエスティアは撫でるように滑る彼女の指を目線で追いながら、キュッと口を結ぶ。動けない体を好きにされてしまうという、普段であれば、悪戯で済むものだが、二人の心情的にそうはいかない。

 エスティアの脳裏に浮かび上がるのは、聖都での夜。最初は我慢比べや悪戯だという思いでシュティレにちょっかいを出した時のこと。その時は、何故か、眠ってしまったが、今回はそうはいかないだろう。


「エスト、お姉ちゃんの家でのこと覚えてる?」

「へ? え、あ、お、覚えて……ます」


 思わず敬語になってしまうエスティアに、シュティレはクスクスと笑う。


「私、あの時のことが忘れられない」

「っう、あ……それは」


 その言葉が、エスティアを同じことを考えているというのは考えるまでもない。わかっているからこそ、エスティアの心臓はドクン、ドクン、と大きく音を立てる。


「その気がなかったのはわかってる。でも、感じた気持ちはもう」


 儚げな笑顔。それは、どこか苦し気にも見えたエスティアは小さく息を呑む。


「ガマンできないよ。……私、貴女に」


 キュッと、シュティレはエスティアの右手を握り。


「――触れたい」

「――ッ!」


 吐き出すように紡がれた言葉が静かな部屋の床に吸い込まれていく。

 あまりにも衝撃的な一言に、エスティアは飲み込んだ息を吐き出すこともできず、心臓が止まってしまったかのように固まる。いつも、ストレートに言われてきたが、これは次元が違う。

 口を何度もパクパクとさせながら、真っ赤になった顔でエスティアはシュティレを見つめる。いったい、どんな表情でいるのか、と思いながら――


「顔、真っ赤……」

「い、言わないでよ……バカ……」


 てっきり平気でいるのだと思っていた。だが、そんなことは無かった。近づければ氷でも溶かしそうなほど真っ赤になっているシュティレに、思わずエスティアはそう言っていた。

 恥ずかしそうにプイっとそっぽ向くシュティレ。だがすぐに、幸せそうに微笑みエスティアの頬を軽く撫でながら、噛みしめるように呟く。


「好きよ、大好き」


 まっすぐな言葉。もう、何度も聞いた言葉はずなのに、エスティアの体に熱湯でも注がれたかのように熱が体を支配する。

 ピクリ、とシュティレに握られたエスティアの右手が動く。といっても、“動いた”というには本人に自覚がないほどに僅かだ。が、緊張で全神経が鋭くなっていた彼女には伝わっていたようだ。そして、その動きをした理由もお見通しだ。

 握られた右手が持ち上げられ、シュティレの頬を撫でるように動かす。とろけるような笑みを浮かべながら、シュティレはその手にすり寄り。


「ねぇ、大好きの上ってなんだろうね」

「へっ? それは――んっ」


 答える間もなく奪われる言葉と吐息。

 言葉なんていらない。そう考えてしまう。だが、エスティアはその言葉を考えながら彼女から降り注ぐキスの雨を受け止めていたその時、突然腹部を撫でるような感触にエスティアは小さく悲鳴を漏らす。

 その触り方が何を意味するかなんて考えるまでもない。だが、エスティアは緊張でキュッと瞳を閉じる。


「エスティア、大丈夫だからね」


 優しい声が注ぐ。だが、同じ安心させるような言葉でも、いつもの子どもたちに言うような言い方ではないと感じ取ったエスティアはおそるおそる瞳を開き見上げる。優しく細められた青い瞳が黄金の瞳を見下ろす。

 あんな、眼差しで見つめられては怖がり不安に思う必要なんてない。こんなに頼もしい年下がリードしているのだ。エスティアはフッと息を吐き出し、襲い来るであろう感覚に身を任せようと――


「エストさん、もう体はだいじょう……ぶ、で」


 開かれた扉から、様子をうかがうように顔を覗かせたアリスは二人を見つめたまま固まってしまう。気付いた二人は同時に「あ」という言葉を漏らし固まる。

 エスティアはこんな場面、前にも一度会ったような気がしたのを思い出す。あの時は、アリスが気にしたような素振りを見せなかった事も思い出す。だが、今回は違うようだ。


「す、すみませんでした!」

「あ、ちょ、アリス!?」

「昼食の準備はできていますので、平気そうでしたら食堂にいらしてくださいっ! で、では失礼します!」

「いや、あの……!」


 早口でそう言い残し、アリスは勢いよくドアを閉めた。二人が止める間もなく、部屋の外では慌てたような走り去る音が響いたのだった。

 





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