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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第七章 神は天からコチラを眺めている

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76 貴女を助けたいから


「もう、やめてくださいっ!」


 アリスはそう叫ばずにはいられなかった。

 そんな彼女の目の間には鏡があり、そこにはエスティアが神族たちのランチとなって貪られている映像が流れている。肉を食い千切られ血を啜られ、もう意識も手放してしまったのかエスティアはぐったりとしている。そんな彼女の周りにはほとんど骨となってしまった四肢が転がっていた。

 あのままでは死んでしまう。アリスは助けに行こうと立ち上がろうとしたその時、鏡の横に立っていたピオーネが厳しい口調で言う。


「助けに行ったら、あの魔剣使いを今すぐに殺すわよ」

「ぐ……っ。……彼女は関係ありません……解放してください」


 鏡を見つめながらペタリと座り込んだアリスは拳を握り締め、怒りを抑えたような声色でそう言う。すると、ピオーネの他にもいる何人かの神族が「魔剣を庇ったぞ」や、「やはり穢れてしまったのでは」と口々に呟く。おそらく、こっそり言っているつもりなのだろう。しっかり聞こえているアリスだが、睨みつける気も起きないようだ。

 ピオーネはそんなアリスを見下ろしながら鏡を一瞥する。すると、エスティアを貪っていた神族たちが彼女から離れ、様子をうかがうように停止する。


「では、アリス・エステレラ。お前は、処刑されるということになるのよ。いいの? 今なら、塔の一員とすることもできるわ」

「エストさんが助かるのなら、私は死んでも構いません」

「随分と、魔剣使いを慕っているのね」


 ピオーネの言葉に他の神族がムッと表情を歪める。


「お前はとても扱いが難しい存在だ。地上で育った神族はいままでにいない、本来であれば地に落ちた者として処刑すべきだが、王家に入れるほどの逸材であり、聖剣の担い手ということで殺すのは惜しい」

「めんどうなら、殺せばいいでしょう」


 吐き捨てるような言い方にピオーネの隣に立っている女性の神族が表情をこれでもかと歪めた。


「王は貴女を仲間に加えることを望んでいるのよ。あんな魔剣使いなど見捨てなさい」

「エストさんが助からないなら私は死を選ぶだけです」

「……ピオーネ様。やはり、地上の暮らしが長すぎたのです。もう、穢れきっている。これでは、王に献上はできません」


 冷たくアリスを見下ろす女性。アリスはジッと、もう何も映っていない鏡を睨み続ける。そして、ギュッと握りしめた。そんな彼女の手の中には魔法で作られた鍼が握られている。見つからないように注意したのもあるが、魔力の流れを制御されているせいで準備に時間がかかってしまったが――用意はできた。

 後は機会をうかがうだけだ。

 鏡を睨み続けるアリスを見つめたピオーネはため息をつく。その表情は少しばかり落胆の色が見えている。


「アリス・エステレラ。貴女はもう穢れてしまったのですね。魔剣使いを助けるように乞うなんて……はぁ」


 もう一度ため息をついたピオーネは片手を額に当て、瞳を瞑る。その姿はなにかを考えているというよりは、誰かの言葉を聞いているようにも見える。

 ピオーネは何度か頷くような仕草を見せると、瞳を開き、隣に立っている女性に声をかけた。


「下の階に居る魔剣使いを()()なさい」

「なっ」


 ピオーネに言われた女性は「わかりました」と言って、踵を返す。その時に、アリスを一瞥した彼女はニヤリと笑みを浮かべていた。


「話が違います! 私はどうなっても構わない! 彼女は解放してください!」


 アリスは自分でそう言ったが、こうなることは何となく予想できていた。自分たち以外の種族は汚物としか見られない哀れな存在。そんな彼らが住む神聖な塔に地上の者が、ましてや邪悪な魔力を帯びた魔剣の担い手が足を踏み入れたのだ、生かす気なんて最初からない。

 淡い希望だけ持たせて楽しんでいるのだろう。先ほどの女性神族のしたり顔を見たアリスは“エストさんだけはどうにかして助けないと”、と決心する。それで、たとえ自分が死ぬことになっても。


「アリス。貴女は処刑よ」


 女性を見送ったピオーネが感情の篭っていないような声でそう言った。アリスは“処分”と“処刑”、どちらも同じだろうと言い返したかったが、堪える。ピオーネはそんなアリスが気に入らなかったのか、小さく鼻を鳴らし、彼女を閉じ込めている檻の扉へと手をかける。

 ガチャン。

 鍵の外れる音が耳に心地よく感じる。アリスは手の内に隠している針を軽く握りしめ――扉が開くと同時にピオーネへと飛びかかった。














 体が熱い。まるで炎にでも焼かれているような感覚に駆り立てられるようにエスティアはゆっくりと、暗い水の中へと落としていた意識を引き上げる。


「こ、こは……」


 視点の定まらない瞳は、暗い石の壁に囲まれた光景を脳へと伝達する。どうやら寝かされているようだと理解したエスティアは立ち上がろうとしたが、彼女はとあることに気が付く。

 両手両足の感覚が全くないのだ。それは麻痺しているからなどではない。生まれたころからある重さというものすらない。そして、彼女は自分の()()()()()という結論を下す。

 血が流れていないのを見ると、傷口は焼かれているのだろうか。だが、エスティアはそれ以上、冷静に考えることはできなかった。


「あ、あぁぁ、あああ……」


 フラッシュバックのように蘇るは自分の体がランチになる光景。皮膚を破り、肉と筋肉を切り裂き、骨をも砕く音と痛み。まるでご馳走を食べる動物のように貪り食う神族の表情を思い出したエスティアは呻き声を漏らしながらその思い出を消し去るように石敷きの床に頭を激しく打ち付けた。

 ゴツンと額が床にヒビを入れ、額から赤い液体が流れる。エスティアはまだ足りないと自分を鼓舞しながらもう一度頭を上げたが、血を失いすぎてしまっている。強烈な眩暈と脱力感に襲われた彼女の頭は床をほんの数センチ離れただけで、力なく落ちる。

 その間にもまるで息をするように、脳内には先ほどの光景が再生され続けていた。


『エスト様』


 もうどうしたらよいかわからなくなったその時、エスティアの胸元からそんな優しい声が響いてきた。その瞬間、エスティアの脳内で再生されていた映像がフワリと溶けるように消えていく。

 一気に頭も視界もクリアになっていく。エスティアは四肢のない体を器用に動かし、胸元のペンダントを服の外へと出した。そのときにはもう、先ほどまで支配していた恐怖心などは消えていた。


『エスト様、平気ですか?』

「あ、う、うん……まぁ、体はダメ、みたいだけどね。ここは……?」

『おそらく罪人を一時的に入れておくのに使う牢屋だと思われます』


 ペンダントの彼女はそう言って淡い光を放つ。その光はまるで喜んでいるようにも思えてしまったエスティアは不思議そうに顔を歪める。

 牢屋と言ったらもう詰みではないか。おそらく地下だろう。あそこまで登るのも大変だったというのに、再び……ましてや、マイナスからスタートなんて、と。エスティアは“それなのに、なんで喜んでいるんだ”と悪態をつきそうになるのをグッと堪えた。


『エスト様、思わぬ幸運が落ちてきましたね』

「は?」


 意味がわからず、首を傾げる。冷たいような温かいような石敷きの温度が薄気味悪い。だが、ペンダントの彼女は声を僅かに弾ませながら言葉を紡ぐ。


『処刑場は確か、この牢屋の()()だったはずです』

「えっ、そ、それって……!」


 彼女の言葉にエスティアは心臓が高鳴る。きっと、この上にアリスがいる。それは予感ではなく、確信めいたものだった。


「……そっか、なら早く迎えに行かなきゃ。そろそろ、シュティレが寂しがるだろうしね」


 軽口を叩けるぐらいには回復したエスティアはそう言って、ぎこちない笑みを浮かべる。もう、体の痛みは感じなくなっているが、魔力が足りない。体内の血を使い、左腕の形成を諦めれば右腕と両足を作ることぐらいならできるだろう。

 暫く考えた後、エスティアは淡い期待を抱きながら口を開く。


「……ねぇ、もし、魔力を持っているのなら……ほんの少しだけ分けてくれない? そうすれば、何とかできると思うから」


 エスティアはそう言ってペンダントを見つめた。もし無理と言われれば、どうしたもんか、と不安に思う彼女だったが、それは杞憂で終わってくれたようだ。ペンダントが淡く光ると同時にほんの少しではあるが、鉛の様に重かった体が軽くなっていくような感じがし、奥底から力が巡るのを感じる。

 エスティアは軽く笑みを浮かべると、表情を引き締め、残り少ない魔力を無駄遣いしないように慎重に体内の血液を使って両足と右腕を作り上げていく。


「っあ……ぐぅっ」


 両足は案外簡単に再生ができた。鋭い痛みが駆け巡るが、食い千切られるよりはマシだと言い聞かせながら右腕を作るのに集中する。体内の血液量が急激に減ったことにより死にそうなほどの眩暈と頭痛に襲われるが、作りかけの右腕に魔剣を呼び戻す。

 おそらく、邪悪な魔剣を触りたくなかったのだろう。あの場に放置されていた魔剣は元からあったかのようにすんなりとその右手に握られている。エスティアは戻って来た魔剣の中に貯蔵されている――今までに啜った血液をも取り出し体内へと招き入れる。

 魔物や今までに切り刻んできた人間の血がエスティアの体を駆け巡る。無理やり魔力で自分の体に適合させているとはいえ、それは――異物だ。


「――っあぁぁぁぁぁぁああァァァァァアァアッ!」


 膝立ちで暗い天井へと向かって吠える。その姿はまるで獣のようだ。空気を震わせるほどの音量は牢屋の外にある廊下の奥まで響き渡る。

 痛い、イタイ、いたい。そんなことしか考えられないほどの激痛と不快感が体を支配する。ごちゃ混ぜになった血液は心臓を通り、体全体へと送り出され、ドクン、と心臓が動くたびに神経を焼き切るような刺激が伝わり、エスティアは耐えるために吠えることしかできない。

 すると、奥の廊下から足音が聞こえてくる。おそらく、エスティアの叫び声を聞いて駆けつけてきたのだろう。


「おい! うるさいぞ! なにを――っ!?」


 牢屋までやって来た神族の男性は、その場でペタリと座り込んでしまう。腰が抜けてしまったのだ。無理もない、常人がその場に居れば気が狂ってしまいそうなほどの憎悪、怒り、悲しみ、苦しみと言った、感情というものを持つ者が感じうる“負の感情”をこれでもかと集め、凝縮したような濃密な空気が充満しているのだから。

 意識を保っていられるだけ、流石は魔力の高い神族というべきか。だが、魔力で防げても、一度感じてしまった恐怖心を打ち消すのは難しい。ガタガタと体を震わせることしかできない。


「――フゥゥゥゥッ」


 エスティアが黒い蒸気のような物を口から吐き出しながら、ゆっくりと立ち上がる。左腕は依然として空白だが、ヌメヌメと薄明りを反射する深紅の両足と右腕を持つ彼女はさながら、冥界から蘇った悪魔のようだ。

 黄金の瞳をギラギラと輝かせ、魔剣を引きずるように座り込んでいる神族へと近づく。邪悪な魔力と脳みそへと突き刺すような濃い血の臭いだが、男はそんなことを考える余裕などないほどの恐怖心に侵されていた。

 ガキン、と牢屋の鉄格子を魔剣で容易く切り刻んだエスティアは、男の目前まで歩み寄る。彼女が歩いた後には深紅の足跡と赤い水跡が続いている。


「あ、あ、あ……た、たすけて……」


 ボロボロと黄金の瞳から大粒の涙を零しながら、男は媚びるような笑みを浮かべながらそう言った。エスティアはそんな彼を見下ろしながら、カクン、と首を傾げる。その様子に感情は篭っていないようにも見えることに男は恐怖を増幅させていく。


「アリ、スは……どこ?」

「へ? な、なに――」


 グチャリと魔剣が男の両足を斬り飛ばす。コロコロと男の両膝から下が床を転がり明るい赤色の水たまりを作る。だが、その水たまりは魔剣から飛び出す様に現れた黒い魔力に啜られ跡形も残らない。


「ねぇ、アリスはどこ? この上にいるの?」

「ひ、あ、あ……」


 怯え切ってしまっている男は答えられない。エスティアは魔剣を男の喉へと突きつけ、もう一度、同じ言葉を繰り返す。


「アリスはどこ? この上で合ってる?」


 答えなければ殺すという意味を孕んだ冷たい声は、男の生存本能を掻き立てるには十分のようだ。首が取れそうなほど激しく何度も上下に振る。エスティアを映している男の黄金の瞳は怯え切っており、“教えたから殺さないでくれ”と言っているのは明白だ。

 エスティアは「ありがとう」と素直にお礼を述べると――男の首を魔剣で斬り落とす。

 言葉を上げる間もなく、男の首はずるりと胴体から滑り落ちるように床へと転がる。困惑に満ちた男の瞳は限界まで開かれており、大粒の涙と喉の切断面から流れる液体と混ざり合う。

 司令塔を失った胴体に、エスティアは容赦なく魔剣を突き刺し残っている血液を全て啜りだし自身の体の中へと流し込む。


「ぐ……ッ」


 神族の強大な魔力が、エスティアの体内にある様々な魔力とぶつかり合う。それは拒絶反応となって彼女の内部を傷つけていく。内蔵がシェイクされるような感覚にエスティアは思わず口元を抑え魔剣を強く握り締める。その表情は真っ青だ。


『エスト様……』


 心配するような声が聞こえる。


「……大丈夫」


 ふぅ、と息を吐き出したエスティアは自分の作られた手足を確かめるように軽く動かす。その表情は先ほどとは打って変わり、真剣な物へと変わっている。


「さぁ、行こう」


 そう言ったエスティアはポケットに入れてあるもう一つの飴玉を口の中へと放り込み。


 一気にかみ砕いた。

 

 




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