07 受け入れる
――パリィィィィンッ。
洞窟に甲高い音が響き渡る。
黒い刃が銀色の刃と衝突した瞬間。それはあっけなく、ガラスの様に砕け散り、光の粒子となって消えていってしまう。
『ツギハ、オマエ、“魔剣カルネジア”ニエラバレシ、ヒトノコ』
「な、あ、あ……」
『フクシュウニ、トラワレタ、アワレナ、カミノメヲ、モツモノヨ、スベテヲ、虐殺セヨ』
それだけ言い残した騎士は、真っ黒な煙の様に――その姿が崩れていった。
「あ、あ、あぁぁ……っ」
だが、そんな言葉など聞こえていなかったかのようにエスティアは、潰れかけた喉で呻き声を上げながら“砕け散った剣”を探す様に右手を振り回す。その表情は暗く、目も虚ろだ。
コロシアムの様にせり出していた岩も、騎士が消えると同時に崩れ去ると、シュティレはその手に彼女の左腕と皮膚を持って駆け寄る。
「――エスト!」
「あ、そ、んな、そんなッ……そん、なっ、け、んが……」
エスティアは立ち上がろうとするが、強化魔法も切れ、ボロボロの体で立てるはずもなく、顔面から倒れ込んでしまう。だが、彼女は何度も、何度も、何度も立ち上がろうとしては、地面へと倒れ込み、顔や露出部に小さな傷を増やす。それでもなお――彼女は立ち上がろうとする。
シュティレはそんな彼女の体を強く抱きしめ、即座に回復魔法をかける。このまま放っておいては彼女が死んでしまう。淡い光に包まれた彼女はシュティレの腕から抜け出そうともがく。だが、今の彼女ではシュティレを振り払うことすらできない。
「エストッ、エスト……ッ」
「剣が、フェル、ター、が……」
回復魔法により、エスティアの傷ついた内部を急速に治してゆく。それに続くように切り落とされた左腕は隣に置いてあった皮膚と融合し、持ち主の元へと戻るように動きだし、彼女の肩口と融合する。激しい痛みが伴っている筈なのに、彼女は必死にもがく。
「フェルターが、フェルターが……ッ!」
喉が治り、エスティアは悲愴に満ちた表情で叫ぶ。シュティレはそんな彼女を黙って抱きしめ、魔力を流し続ける。
「わた、し、わたしっ、まだ……ッ!」
「エスト……」
ポタリ。シュティレの首筋に落ちる一粒の滴。温かく、それでいて酷く冷たく感じるそれは――エスティアの瞳から零れ落ちた涙だった。
一粒、また、一粒とそれは黄金色の瞳から零れ、とどまることを知らない。今まで、一度も涙を見せたことの無かった彼女はやっと涙を流す。シュティレはそんな彼女を抱きしめながら、もっと、もっと、泣いていいんだよ、と言うように腕に力を込める。
「エスティア……」
「は、あ、ご、ごめんなさいっ……ごめんなさいっ。わたしっ、みんなをっ、家族を……っ!」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、嗚咽交じりに彼女は顔を上げシュティレを見つめ――
「わたしっ、誰も守れなかったっ! 誰も! グレースも、レイも、オリバーも! フェルターのことだってッ! 守れなかった! あ、あぁぁぁぁぁぁあああッ!」
全てを吐き出す様に叫ぶ彼女は、シュティレの胸元に額を当て、泣き叫ぶ。子どものように声を上げて涙を流す彼女の頭を抱きながら、シュティレは優しく微笑む。
「私がいるよ、みんなはもういないけど、私はずっと一緒にいるから」
“もういない”という言葉を強調しながら呟いたシュティレは悲し気に目を伏せる。エスティアはずっと、認められなかった。酷い有様の彼らを見ようと、自分で彼らを埋葬しようと、どうしても、彼女は――彼らの死を認めることはできなかった……いや、認めているフリをしていたのかもしれない。
なぜなら、彼女たちの傍にはずっと――銀色の剣がいたのだから。
寄り添うように輝き、温かみを持っているそれのせいで彼女は余計に認めることが出来なかった。だが、彼は本当の意味でいなくなってしまった。感じきれていなかった悲しみがエスティアを支配し、その瞳から大粒の滴を零す様に指令をだす。
シュティレは涙を流す彼女の頬へと手を添え、顔を上げさせる。
「シュティレ……最後に、聞こえたよ“またな”って」
今にも壊れそうな笑顔を浮かべ、彼女は弱々しく呟く。その言葉に、シュティレはハッとしたように目を見開いた。そして、思い出す――彼との最後の会話。
――またな、シュティレ。
ボロボロの体で嫌がるシュティレを無理やり部屋へと押し込み、ドアを閉める直前に彼が最後に呟いた言葉。彼女の涙から一筋の涙を零し、小さく“ありがとう”と呟いた。
暫く鳴き声を上げていた彼女が、突然、ガックリとシュティレに全体重をかける。
「――わっ!」
自分より身長の高い彼女、ましてや、突然のことで驚いたシュティレはそのまま彼女ごと地面へと横たわった。シュティレは彼女へと抗議しようと顔を覗き込んで――言いたかった言葉をそっと、息と一緒に呑み込んだ。
泣き疲れてしまったのだろう。スー、スー、と寝息をたて眠る彼女の表情は少し晴れやかにも見える。
シュティレは小さくため息をつくと、微笑む。
今さっきまで命のやり取りをしていた場所で、呑気に眠ってしまうとは。まぁ、それほどの出来事があったから仕方ない。
「あれがある限り、魔物は来なさそうだし……いっか」
二人を観察するように、中央の少し地面が盛り上がった場所に突き刺さる――まるで、最初からあったといわんばかりに物々しい雰囲気の黒い剣。鞘に収まっているとはいえ、漏れ出す様に広がるその酷く禍々しい魔力にあてられた彼女はこみ上げそうになる吐き気を、口元に手を当てて抑える。
シュティレはそれをチラリとそれを一瞥すると、眠る彼女へと視線を戻した。
「エスティア……」
そう小さく囁くと、彼女は聞こえたのか安心するようにシュティレの胸元に頬を摺り寄せるような仕草を見せる。この地域では珍しい黒髪がサラサラ、と揺れ、シュティレの首筋を撫ぜ、そのくすぐったさに軽く身をよじった。
「んぅ……」
ゆっくりとエスティアの瞼が持ち上がり、黄金の瞳が開かれる。ボーっと覚醒しきっていない頭で目の前で気持ちよさそうに眠る彼女を見つめること数分。左腕に感覚があることに彼女の脳は一気に覚醒する。
あ、寝てたのか。それも随分と長い時間眠っていたようだ、洞窟の中心部へと目を向ければ、月明かりが中央に鎮座するナニカを照らしている。エスティアはまだいまいち思うように動かない体を軽く動かし、目を凝らす。
片手剣ほどの大きさのそれは、持ち手から鞘の先まで黒く染まっている。だが、その鞘に巻き付く鎖は赤黒く、鈍く輝いているそれはまるで、あの夜見た光景を思い出させる。
「……んっ、エス、ト……?」
「あ、シュティレ、おはよう」
「う、ん……その、大丈夫……?」
うたた寝から目覚め心配そうに左腕をさするシュティレ。触られている感覚がある。
エスティアは上体を起こし傷一つない自分の左腕をよく見るように持ち上げたり、グー、パー、と手を動かしたりしてみる。生まれた時と全く変わらない感覚で動く腕に彼女は驚愕の表情で、得意げな笑みを浮かべるシュティレへと顔を向ける。
以前に、千切れた腕も治せると豪語する彼女に半信半疑だったが、エスティアは何度も腕と彼女を交互に見ては言葉にならない声を上げた。
「す、すごい……」
「ふふん、すごいでしょーっ! 私なら、腕が粉々に吹き飛んだって治せるんだからっ。でも、だからって……ケガするとこは見たくないんだからね?」
上体を起こし、ギュッ、とエスティアの左手を両手で握る彼女。
「わかってるよ。私だって痛いのは嫌だし、無理はしない。だって――シュティレを悲しませたくないから」
左手を握る彼女の手に、自分の右手を重ねながらそう言った彼女は黄金の瞳を細める。シュティレは若干納得いってなさそうな表情をしながら。
「……絶対だからね?」
「うん、絶対」
そう言った二人はほぼ同時に視線を――鎮座するアレへ向けた。エスティアが気を失ってしまい、仕方なく放置していたが……流石にいつまでも無視するわけにはいかない。
「そういえば、アレどうするの?」
「あぁ、アレね――持っていこうかなって思ってるんだけど」
「え、ほんとに言ってるの? まぁ、これからの旅には必要だと思うけど……大丈夫?」
なんとなく、彼女がそう言うだろうなと予想はしていたが、シュティレは驚きの声を上げる。
なんせ、アレは剣を失う原因を作った。まぁ、シュティレはあの時触れた際に、この剣が“魔力で創られた物”で、“もうすぐ消えてしまう”ということもなんとなくわかっていたから、やっぱりなという思いで……一応割り切ることはできる。
だが、彼女は、エスティアは違う。恐る恐る、表情を覗き見たシュティレは――彼女の振り切れたような表情に納得する。
なら、もうなにも言うことは無い。そっと、彼女から手を離し、シュティレは笑みを浮かべた。
「その顔見たら安心した」
「シュティレ……」
エスティアは若干よろめきながらも立ち上がり、ゆっくりとその剣の前へと立つ。近寄ると一層感じる寒気に彼女はこんなものに認められたのか、と苦笑を浮かべる。
「すぅ、はぁ……よし」
意を決し、剣の柄を握り、鞘からその刃を抜いた。黒く、黒く、全てを飲み込むほどの漆黒の刃は月明かりさえも喰らい尽くしているかのように暗い。刀身から滴り落ちるように漏れ出した、ほんの少し赤みがかった黒い魔力は、ポタリ、と地面へと落下するたびに足元の地面を腐食させた。
「――ッ!?」
突然、彼女の頭の中にたくさんの“映像”が洪水のように一気に流れ込む。
最初は、一人の男性騎士が家族を泣きながら殺し。次に親友を黒い刃でめった刺しにする少年。恋人を殺す女騎士。そして、最後に流れた――王冠を被った男性から、その剣を受け取る男性騎士。
どの映像も、誰かの記憶……それも、この剣を手に握った者たちの末路が映像として彼女の脳内へと流れ込み、彼女は呻き声を上げながらズキズキ、と痛む頭を抑える。
「グ、が、あ……ッ」
――ご……ん……シュ……あ……てる……
――エ……わ……も……あ……たを……
靄がかった草原。黒い刃を金髪の少女へと向ける黒髪の少女。黄金色にも見えるその瞳からはとめどなく涙が零れ落ちている筈なのに――彼女の口元は三日月の様に歪んでいる。
一方、金髪の少女は口元に優し気な笑みを浮かべながら、黒い刃が自分の心臓へと突き刺さる光景を見つめていた。
「だ、めだ……ッ」
フルフル、と震える右手に握られる魔剣へと睨みつける彼女に、魔剣はコロセ、コロセ、とシュティレの声を使って囁く。ずっと聞いていると、それを“正しい”と思ってしまいそうなる。
――それが、本当に貴女が殺したい人なの?
どこかで聞いたような覚えのある、女性の声が聞こえた瞬間。
スーッと、頭の中に流れる凄惨な映像、コロセと囁く彼女の声が嘘の様に聞こえなくなっていく。そして、最後に流れる映像には、黒い刃を正体もわからない人影へと突き刺す自分の姿があった。
「そ、うだ……私は……」
キッと、黄金色の瞳に後悔、憎悪、悲しみ、様々な色が浮かび。彼女は太息を吐き出しながら、魔剣を高く掲げ。
「殺してやる、絶対に、殺してやる! 王国勇者――お前を必ず殺してやるからなァァァァッ!」
喉を天へと向け、吠えるように叫んだ彼女を月明かりが照らす。だが、魔剣のどす黒い魔力が彼女の周りを渦巻き、月光を喰らい尽くし、彼女の黄金の瞳だけが爛々と炎の様に揺らめき輝いていた。
全身が熱い、まるで、全身から炎が吹き出そうだ。魔剣の魔力がズズズ、と体の内部を侵食するような感覚を感じる。そして、魔力は奥深くへと侵食を始める――だが、彼女の心の奥底深くまで侵食することは叶わない。
なぜならもうすでに、その席は埋まっているのだから。魔力は不満そうな音を立てつつも、彼女の体へと吸い込まれ、再び月光が彼女を照らした。
魔剣を鞘へと納め、腰へと下げたエスティアは一筋の涙を流し――
「私、頑張るよ、だから――またね、みんな」
小さく呟いた瞬間。
操り人形に糸が切れるように疲労感が一斉に彼女の体へと押し寄せ、その場に膝をついた。
「エスト! だ、大丈夫!?」
剣を握ったまま微動だにもしなかった彼女が突然、叫んだ挙句に地面へと倒れ込む。いまいち状況が掴めないシュティレは釈然としない表情で彼女へと駆け寄る。
声をかけても、ジッと地面を見つめていた彼女は、シュティレが傍まで来たことに気付き顔を上げる。その表情は先ほど叫んでいた時とは打って変わり――穏やかだ。
「ねぇ、本当に大丈夫?」
「……うん、平気。シュティレ、腕、治してくれてありがとう」
「え、あ、まぁ……えへへ」
立ち上がった彼女はそう言って、シュティレの頭を優しく撫でる。突然撫でられたことに驚く彼女だったが、さっきまでエスティアが可笑しな行動を取っていたことなど頭から抜け落ちたように破顔する。
サラサラ、と艶のある金髪を撫でながらエスティアは強く決心する。
――命をかけてでもシュティレを守り通す、と。
森を抜け、王都へと帰って来る頃にはすでに人々が寝静まる時間になっていた。だが、国の中心部ということもあり、ポツポツ、と明かりのついた民家や、まだまだ営業中のバーからは酔っぱらった人たちがフラフラと出てくる。もちろん、こうやって遅くにやって来る勇者の為にか、勇者会の明かりは一層と輝いているように見える。
二人は今日の受けた依頼の報告の為に、まっすぐに勇者会へと向かう。少し歩いていると、フードを目深に被ったシュティレが小さく呟く。
「ねぇ、なんかすごい見られてる気がするんだけど……その魔剣、やっぱり隠した方がいいんじゃ」
そう言って気まずそうに彼女が、エスティアの腰に下げられた禍々しい鞘に収まるそれを小さく指をさした。エスティアはそう言われたが、困ったように眉尻を下げながら、内心では“隠してもあんまり意味はないだろうな”と返した。
傷は治ったとはいえ、全体的にボロボロで泥だらけのエスティアと、それの腰にぶら下がる禍々しい見た目で邪悪な魔力を振りまく魔剣。その隣には、フードを被っていようと隠しきれない美少女オーラを放つシュティレ。きっとそこに魔剣があろうとなかろうと視線を集めていただろう、それに――
「しまっておきたいのは山々なんだけど……魔剣が“箱”に入らないんだよね」
エスティアだって、最初はこんな物騒な見た目のそれを王都に持っていけば群衆の目を集めることぐらいわかっている。だから、手帳の魔術で箱の中にしまってしまおうと実行した――だが、どういうわけか、魔剣を箱に入れようとした瞬間“箱が消滅”してしまったのだ。そのおかげで、箱の中に入れてあった魔物の材料などが全て無くなってしまった。
幸い、今日の依頼に必要な物はシュティレの箱に入れておいたおかげで無事だったが……思い出した彼女はガックリと項垂れる。
「あぁぁぁぁ、せっかく高そうな素材が取れたと思ったのに……はぁ……」
魔術の“解体”は採れる素材に若干のバラツキがあり、基本素材と呼ばれる、食料となる肉、防具などの素材になる皮や、武器の素材ともなる牙や骨は必ず採れるようにはなっている。だが、稀に希少部位と呼ばれる心臓や脳みそといった素材が採れることがある。
そういった部位は、ほかの基本素材よりも高値で買い取ってくれるらしい。そして、今回の依頼でコィンクダを解体した際に運よく心臓を手に入れることができた。お金がたくさんあって困ることは無い、今日の夕飯は豪華な物でも食べようと思っていた――だがそれも、消滅してしまった。
「心臓……お金……せっかく美味しいものでも食べようと思ってたのに……」
「エスト、元気出してよ。私の料理より美味しいものなんて存在しないんだから、ね? 今度ご飯作ってあげるから、元気出してよ」
あからさまに落ち込む彼女に、シュティレは困ったような表情を浮かべながら手を握る。
「……そうだよね、シュティレのご飯が一番おいしい。よしっ! 元気出す!」
「じゃ、早く報告終わらして、早く寝よ? 疲れてるんだからちゃんと休まなきゃだめだよ」
そうと決まれば早い。二人は勇者会へと急ぎ足で向かった。




