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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第七章 神は天からコチラを眺めている

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68 牙よとどけ


 




 燃え滾るマグマを纏いし剣と漆黒の憎悪にまみれた炎を纏いし剣が激しくぶつかる。大地を焼き尽くす熱波がお互いの武器から放たれ、それはエスティアの露出している皮膚を焼く。

 ジリジリとした痛みに顔を歪めながらも、シュティレのおかげによってそれは即座に回復し、ダメージにはならない。


「ウォーターブレードォォォッ!」


 左手に握った宝剣が輝く流水を纏い、振り下ろされる。ノーヴェンは右手を大剣の柄から離すと拳を握り、槍のように突き出す。真っ赤な鎧に包まれた炎のような拳は、エスティアが振るった宝剣の柄を握り締める左手へと()()()

 ボキッ!

 漆黒の籠手に包まれた左手から不穏な音が響き、まるでそこの神経だけ切り離されてしまったように、左肘から先の感覚が消えた。視界では左手は宝剣を振るっているが、感覚も何も感じないせいで、それが自分で振るっているのかと疑問に思ってしまう。


「やばっ」


 左手が宝剣を手放そうとしている。そこで理解する。彼の拳が左肘から先の骨を砕いたのだと。理解し、痛みを感じないことによってエスティアの口からはそんな間抜けな声が漏れる。宝剣が手から離れ、落下していく。

 エスティアは無意識にそれを追ってしまう。だが、それがよくなかった。

 視界に入る赤い鎧。それは、彼の足だった。エスティアは気付いて、咄嗟に距離を取ろうとするがもう遅い。炎を纏った鋭い蹴りがエスティアの腹部へとめり込む。


「カ、ハ……ッ」


 内蔵全てを吐き出してしまいそうな衝撃。マズイ吹っ飛ばされる、とエスティアは思う。だが、予想と反し体はまるで優しい風にでも攫われたかのように緩やかに浮き――


「ハァッ!」


 フワリと浮いた体に叩き込まれた炎の拳。グチャリと、内臓が破裂したような音がエスティアの体中に警報として駆け巡る。真っ赤な血と、内臓のような肉片が口から吐き出しながら、今度こそエスティアの体が吹っ飛ぶ。

 悲鳴を出す間もなく、地面へと弾丸のように着弾したエスティアの体はガリガリと大地を削りながら、その勢いを殺そうとするが、止まらない。このまま地の果てまで行ってしまいそうな勢いだ。


「勇者様っ!」


 引き絞っていた弓を放ち、追撃を企むノーヴェンを牽制したルトは、強化された体で地面を削るエスティアを追いかけ、その体を抱き留める。が、凄まじい勢いだ。

 ルトは踵でなんとか耐えるが、勢いを殺しきれず一緒に地面へと倒れ込んでしまう。その際に片腕に不穏な音が響きルトは顔を歪める。だが、それよりも優先すべきことがあるので、彼女は気にしない。

 ルトの腕の中に居たエスティアは息も絶え絶えだった。呼吸を繰り返すたびに、口から絶え間なく川のように流れる鮮血と交じるように吐き出される肉片。

 内蔵の一部と思われるそれは川下りをする魚のようにエスティアの体から乾いた地面へと落ちていく。このままでは死ぬ。それは火を見るよりも明らかである。


「勇者様、死なないで……っ!」


 ルトは様子をうかがうようにこちらを見つめるノーヴェンを睨みつけると、エスティアを抱えて、走り出す。そして、ラーラたちのもとへと到着すると、そっとエスティア寝かせる。

 シュティレは駆け寄るとすぐに治療を開始する。たとえ、魔術といえど、内臓を治すには時間がかかる。苦しそうに呼吸を繰り返すエスティアを一瞥したルトはノーヴェンを睨みつけた。

 きっと、アイツは待ってくれない。ルトは直感的にそう感じ取っていた。今動かないのは、さっき放った矢が運よく鎧の隙間を貫いたからだ。が、その効果ももうすぐ無くなる。


「勇者様……」


 ルトは骨が浮き出るほど強く拳を握り締める。すると、そんな彼女の手をラーラが優しく握った。


「お姉ちゃん。私たちなら()()()()くらい余裕だよ。なんなら倒しちゃおうよっ」

「ラーラ……」


 ニヒッと笑みを浮かべる妹。姉は握り締められた彼女の手が全く震えていないことに気付く。少し前であれば、怖がっていただろう。すっかり頼もしく成長した半身。

 そうだ、何を怖がっているんだ。相手は英雄かもしれない、勝つなんて無理かもしれない。だが、そんなことは関係ない……大切な人を傷つけられたんだ。なら、やることは一つ――奴の首を噛みちぎる。

 ルトは舌なめずりをする。その様子は獲物を狙う猟犬。ラーラが一歩下がりニヤリと笑みを浮かべた。


「行くよラーラ!」

「うん! あんなの引き裂いちゃおうっ!」


 ルトが両手を広げ駆け出し、二人は高らかに叫ぶ。


「――屠る(セット)ッ!」

「――屠れ(セット)ッ!」


 ルトの両手が光り輝き、二本の短剣となる。それを強く握りしめたルトはまるでハヤブサの如く、まっすぐにノーヴェンへと距離を詰める。茶色の瞳がギラりと妖しく輝く。

 狙うは首。

 全てを跳ね返す鎧や、強靭な筋肉という名の鎧に包まれていようと、その首筋から上は無防備な者が多い。王国騎士ならそうはいかないが、目の前の敵は“勇者”。ヘルムなどを付ける者は少ない。猟犬はそこを狙う。

 普段はエラーとの戦闘で心臓を潰す技術ばかり磨いていたが、場所が少し違うだけで、目標は心臓(いつも)より大きい。狙うのは容易い。


「ハァァァァァアアアアアッ!」


 魂を震わせながら奏でる咆哮。それは言葉にならずとも、“お前の首を噛みちぎってやる”と言っている。ノーヴェンはそれを感じ取ったのだろう、その生気のない瞳でルトを見つめながら、口角を僅かに上げる。

 飛びつくように短剣が牙を剥く。洗練された流水のようなそれをノーヴェンは大剣を構え、防ぐ。金属の軽い音が響き、次の瞬間ノーヴェンの大剣が赤く輝き、その熱によってルトの牙を呆気なく砕く。パリンと砕け散る短剣にルトは表情も変えず「(セット)!」と言い、その手に新たな短剣を握り、振るう。


「……ほう」


 感心したような声を漏らしたノーヴェン。といっても、喰らってやる義理はない。


「――フレイムタワー!」


 ノーヴェンの体から炎が吹きだす。まるで、噴火でもしたかのように熱波がルトを襲う。咄嗟に短剣でガードしたが、強風のように吹き付ける熱波によって体は宙へと放り出される。そのまま炎は彼女を焼き尽くさんと追う。ルトは魔力を足に纏い、空気を蹴り、その炎を躱し地面へと着地。


「さっすが英雄。強いね……でも、なんで……人間の味方がそっちにいるの?」


 そう吐き捨てるように言ったルトはボロボロに砕けかかっていた短剣を投げ捨て、両手をプラプラと振る。その両手は酷い火傷を負っていた。見ているだけで痛々しいそれは相当の痛みを伴っている筈だが、ルトは痛がる様子は見せず、ノーヴェンを睨む。

 ノーヴェンは無言で大剣を構える。真っ赤な刃は今にでも溶けだしてしまいそうなほどの熱を秘めており、その熱でルトの額には汗が浮かぶ。


「答えてくれないんだ。ならいいよ――その首、噛みちぎってやる」


 ダンッ! 体勢を低くすると同時にルトは地面を蹴り、ノーヴェンの目前まで迫ると、その体全体をバネのようにして飛び上がる。そのまま体を捻りながら新しく姿を現した双剣を叩き込む。

 軽いといえど、人間一人分の全体重がかかり、魔力によってブーストされたその斬撃はまるで流星が落ちる如くスピード。ノーヴェンは咄嗟にソレをバックステップで躱す。

 彼の立っていた大地に双剣が振り下ろされる。すると、乾いた大地は呆気なく砕け、拳大の破片が宙を舞う。その時、ルトはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「ストーンアロー!」


 宙に舞い上がった破片が淡い光を帯び、一斉にノーヴェン目掛けて発射される。だが、ノーヴェンはその場で一歩踏み出すと、大剣を構える。それはまるで、飛んでくるものを打ち返さんとしているようだ。

 ルトの背筋に嫌な予感が走る。それはもう予感というよりも、確信に近い。それは――明確な“死”という名の。そして、それは実現される。


「オォォォオオオオオッ!」


 空気を吸い込み、大きく胸を膨らませたノーヴェンは、それを吐き出す様に吠えた。まるで、山奥に住む巨大な熊が出したかのようなそれは轟き、空気を叩く。彼に迫っていた破片がその空気の層に当たり、減速すると、ノーヴェンは体を捻り、大剣を振るった。

 真っ赤な剣の腹は、空中で半ば停止している破片を全て打ち返す。その威力を――何倍にもして。

 それが直撃すれば、少女であるルトの体など、容易く粉々にできるだろう。今の実力と武器で全てを防ぐのはきっと無理だ。

 後方にいるラーラはまだ武器を創り、シールドを張り、ルトを強化するので精一杯だ。ルトは小さく息を吸い込むと、止める。そして、双剣を握り締めると、一気に駆け出す。


「ハァッ!」


 まず一番目の破片を右手の剣で砕く。その衝撃で剣が砕けてしまうが、もう既に右手には新しい剣が握られている。二番目も同様に左手で防ぐが、剣は砕けてしまう。

 もう一度右手で三個目を砕き、ノーヴェンへと距離を詰める。だがその時、まだ剣が出来上がっていない右肩に破片の一つが着弾、鋭くとがったソレは、ルトの肩の骨を砕き背中側へと抜けていく。


「ぐ……ッ」


 真っ赤な液体と血まみれの白い破片が舞う。そして、痛みによろけた所を狙ったように遅れて飛んできた最後の破片がルトの腹部を貫いた。

 焼けつくような痛みが走り抜け、ルトの意識が飛びそうになる。だが、背後に居る妹の顔を思い浮かべ、両足で踏ん張る。もう、意識を失ってたまるか。あと少しなんだ。あと少しで、奴の首に牙を突き立てられる。

 穴の開いた腹部からとめどなく血液が流れる。だが、ルトはその両手に武器を構えると、飛びそうになる意識の根っこへと噛みつき、無理やり留まらせながら、一気に加速。ノーヴェンの喉元へと飛び込んだその時――ルトの視界をかすめる炎の剣。

 マズイ。そんな警報が鳴った。このままでは、ルトの牙が届く前に、彼女の体は炎の刃によって切り裂かれ、燃やされる。ガードしか選択肢はない。


「やば……っ」


 絶望に満ちた声を漏らす。だが、彼女の瞳はまだ諦めていない。


「とどけ……」


 あと一歩だ。ルトは体を捻る。


「とどけぇぇぇぇぇええええええッ!」


 二つの剣を構え、炎の刃を()()()()()その時――少女は希望へと噛みついた。


「私の友達に――なにしてんだぁぁぁぁあああああッ!」


 いつの日にか、聞こえたような頼もしい声。漆黒の熱風がルトの頬を撫ぜる。憎悪にまみれたソレはどこまでも優しく温かいが、それは守る対象のみが感じることのできる特権だ。

 漆黒の刃は彼の首筋目掛けて振るわれる。()()()()()()、その首は刈り取られていただろう。


「――ッ!」


 ノーヴェンは長年の経験で培った条件反射と獣のごとき直感で、横薙ぎに振るわれた漆黒の刃をバックステップで躱す。だが、漆黒は彼の首を切り取るまで追い続けるようだ。

 バックステップで着地した彼を狙うように漆黒の斬撃が衝撃波となって彼の首を刈り取らんと襲い掛かる。初撃を躱す際にノーヴェンは自分の武器を手放しているので、咄嗟に両腕をクロスさせ、それを受け止めると、そのまま空へと弾き飛ばす。

 空へと飛んでいく斬撃が弾け、その際にガキン、という金属音が響いたが、それは誰の耳にも届かない。


「本当に……よく頑張ったね」


 殆どの魔力を使い、無理をしすぎたためだろう。力なく倒れるルトの体を優しく、地面へと寝かせたエスティアは彼女の頭を撫で、優しく微笑む。そして地面から引き抜いた宝剣を彼女の隣に突き立てる。すると、宝剣が光り輝き、ルトを守るために水色の薄いシールドを展開させた。これがあれば、ある程度の攻撃は弾いてくれるだろう。加えて、ある程度の傷なら治してくれるはずだ。

 エスティアは背後のラーラを一瞥した。ルトとラーラはお互いの魔力を共有しているらしく、ルトの魔力が無い今、動くことはできないだろう。ラーラの隣にいるシュティレは小さく頷く。


「ねぇ、ノーヴェン。どうして、人間の味方をやめたの?」


 エスティアは魔剣を下ろし、問う。その黄金の瞳は悲し気に揺れていた。


「どうして……」

「人間は、救う価値が無いと、気付いた、からだ」

「救う……価値が無い……?」


 まさか、彼からそんな言葉出ると思わなかったエスティアは自分の胸が締め付けられたような感覚に陥る。ノーヴェンはその生気を失った表情でフッと笑った。


「俺は、魔王退治をやめて、海賊退治で、日々を過ごしていた。少しでも、悲しき奴隷を減らせるようにと願いを込めて……だが、俺一人では、どうにもならない」


 グッと拳を握り締め、喉元を軽く摩った彼の籠手が赤い液体で光る。どうやら、初撃は見事、薄皮を切り裂いていたようだ。


「加えて、俺は有名になりすぎた。ある日、家に帰ると……俺の息子は家に居なかった……町を歩きまわり探した俺は息子を見つけた……どこだと思う? 広場の十字架に――磔にされて死んでいたんだ」

「えっ」


 ガツンと後頭部を殴られたような衝撃が走る。あの船で息子の話をしていた時の彼の表情が蘇る。幸せそうにエイデンのことを話す彼の瞳は本当に優しくて、英雄ではなく、一人の父だった。

 エスティアはなんて言っていいかわからず、黙る。


「すぐに、海賊の報復だとわかった。だが、それよりも悲しかったのは……町の全員が、奴らに息子を渡したと知った時だ。大金でアイツらは、俺の息子を……エイデンを……売ったんだ……っ」


 怒りを抑えるように片手で顔を覆ったノーヴェン。エスティアはどうしようもなく悲しかった。

 よくある話だとわかっていても。勇者や騎士の子は親が任務の間、家に取り残されることが多い。そのため近所や肉親に預けたりするが、盗賊などに報復として襲われるリスクがあるために、預かる家は命が助かるならといって、奴隷商人に売ってしまうことがあるのだ。

 フェルターはそうして、売られ売られで、処分間近の奴隷だったことを思い出し、余計に悲しくなった。


「ノーヴェン……」

「だから、俺は人間に、期待するのはやめた。人の子をあっさり売る人間、報復といって子どもに、平気で惨いことをする人間……そして、たった一人の息子を救えなかったノーヴェン・クレフトという愚かな人間を()()()()()()()()

「なにを言って……」


 ノーヴェンがそう言って懐から何かを取り出そうとした時――エスティアの目の前へと白い何かが落下してきた。まるで、流れ星でも落ちたかのような衝撃にエスティアは思わず瞳を瞑る。ノーヴェンは無言で落ちた場所を眺めている。


「な、なに……?」


 砂埃が晴れ、落ちた正体が太陽に照らされる。純白の鎧に包まれ、聖剣を握る少女は琥珀色の瞳を煌めかせ、無言で立つノーヴェンを睨みつけていた。

 なぜ、ここにアリスが。そんな言葉をエスティアはグッと飲み込んだ。目の前の彼女からとてつもないほどの――怒りをヒシヒシと感じ取ってしまったからだ。いつもは冷静で感情を現すことの少ない彼女がここまでの怒りを体現している。

 アリスは琥珀色の瞳でノーヴェンを睨みつけながら、聖剣の切っ先を向け――


「ノーヴェン……貴方……()()()()()()()()()()


 冷たい声でそう言い放ったアリスの瞳は強い敵意を孕んでいた。

 





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