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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第七章 神は天からコチラを眺めている

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63 忠実なる猟犬は双頭である


 王都の外に出てと、まず感じたのは――()()()()だった。慣れたニオイとは言え、なんだか久々に嗅いだような気分のエスティアは思わず顔を顰める。だが、ずんずんと、顔色変えずに歩き続ける双子に遅れては面目が立たないと思い、急ぎ足で隣を歩く。


「勇者様は、今までどこにいたんですか?」


 いつの間にか、ローブを纏ったラーラがそう言った。ルトも興味があるのだろう、顔は前を向いているが、聞き耳を立てているのはすぐに分かった。

 どう、答えようか。エスティアは迷宮での出来事を話そうと思ったが、まだ、混乱しているせいでうまく説明できる気がしなかったのでやめた。


「うーん。ちょっと、ね。二人こそ、随分と大きくなったけど、農場の人たちは元気?」


 曖昧な笑みでそう聞き返すと、二人も曖昧に笑う。


「一応、バケモノたちがシャールで確認されてからお城に来たので元気といえば元気です」

「でも、オジサンたちは果物が心配らしくて、“帰らせろ”って毎日のようにアリアナ様に抗議してます」


 二人は思い出しているのだろうか、クスリと笑みを零す。そんな二人に懐かしさを感じたエスティアは顰めていた表情を緩めた。


「よかった、元気そうで」

「はいっ。私たちもまた、勇者様とお会いできて本当に嬉しいです」


 ギュッと、腕に抱き着いたラーラはそう言って、とろけるような笑顔を見せた。その表情にグレースの影を重ねてしまったエスティアは思わずドキリとした。チラリと視線を移すと、ルトは不満げに口を尖らせていた。その表情にもまた、レイの面影が重なる。

 エスティアが口を開きかけたその時、腕に抱き着いていたラーラの顔色が変わった。その変わりようまるで、可愛らしい子犬から獲物を狙う()()のようだ。


「お姉ちゃん。右の林から十体出てくるよ」

「オッケーまた群れか……最近、多いよね」

「そろそろ、また攻め込んでくる前兆かもね……」


 コキ、コキ、と首を鳴らしたルトは笑みを浮かべる。だが、その笑みは無邪気で可愛らしいものではなく、飢餓状態の獣のような暴力的なそれだった。だが、スっと細められた瞳は、遠くに見えている林を睨んだまま微動だにしない。それは、ラーラと同様に猟犬のような冷静さを感じさせる。

 

「最っ高だね。勇者様に私たちの実力を知ってもらうにはっ!」


 そう言うと同時に彼女は駆け出す。まるで、早馬のようにあっという間に林へと向かう。


「え、ちょっ! ルト!」


 思わずエスティアは叫び、手を伸ばす。なぜならルトは――()()を持っていなかったからだ。いや、武器だけではない、自分を守るための防具すら付けていなかったのだ。

 見回りと言われていたので、戦闘の危険性は少ないために付けていないのだろうと思っていた。エスティアは咄嗟に連れ戻しに行こうと柄に手をかけたその時だった。

 隣に立っていたラーラが彼女の手をそっと押さえる。訝し気に振り向けば、ラーラはニコリと微笑む。


「勇者様。ここに居てください」

「でも、あの子……ルトは武器もなにもないんだよ? 危ないよ!」


 エスティアはそう言って、振り払おうとしたが――


「大丈夫です。勇者様、私たちはもう、勇者ですから」

「……っ」


 まっすぐ射抜くように見つめてくる茶色の瞳。その澄みきった美しさは初めて会った時通りだが、奥底から満ち溢れるような自信と信頼は見たことがないほど強いものだった。

 弱気だったあの子は、今ではこんな表情をするのか。エスティアはすっかり成長してしまったラーラに嬉しさと寂しさを感じ、言葉をつぐむ。そして、ルトの方へと視線を戻す。


 ルトが駆け出し、林へと近づくと察知したのか。数体の白濁した人型やグリーガのような魔物をかたどったようなエラーたちが現れる。そのおぞましい姿を見た彼女はニヤリと口角を上げた。

 ルトが両手を広げたその時。彼女の手が薄く輝き始め、光の粒子のようなものが彼女の手の中で渦巻く。同時に彼女の体を包み込む光。その瞬間、早馬のごときスピードだった彼女は、まるで突風にでも吹かれるように速度が上がる。


「よーしっ! 行くよ――屠る(セット)!」


 ルトが高く跳躍する。その高さは人間の力だけではいけないだろうという高さだ。人型のエラーが空を仰ぐ。エスティアの隣に立っているラーラがルトへと翳した手がより一層の輝きを放つ。

 空中で態勢を立て直したルトの手にはいつの間にか、()()()()()が握り締められていた。その大きさは彼女の体よりも大きい。

 到底振るえるはずがない。エスティアはそう思った。だが、ラーラの表情はいたって冷静だった。


「ぶっ潰れろぉぉぉっ!」


 体を反らせ、大きく振りかぶった鉄槌を勢いよく振り下ろす。

 その瞬間、爆発音のような轟音が草原へと轟く。まるで地震でも起きたかのような衝撃にエスティアは無意識に踏ん張っていた。干からびた地面が砕け、破片や砂埃がパラパラと宙を舞う。


「まだ死んでないよねっ」


 振り下ろした鉄槌の柄から手を離し、くるりと回りながら地面へと降り立つルトはそう言って舌なめずりをする。鉄槌が光の粒子となって消えると、そこにはぺちゃんこにされた三体のエラーが転がっていた。どうやら、出てきた奴は躱す間もなく潰されてしまったようだ。

 ソレは暫く蠢いていたが、砕かれた石を吐き出すと、そのまま黒い砂となって消えていく。その様子を見ていたルトはつまらなそうに頬を掻く。


「なんだ、もう死んじゃった。でも、まだ残ってるからいいか――屠る(セット)


 両手を広げる。すると、光の粒子が再び彼女の手に集まりそれは――二本の槍となる。それもただの槍ではない。右手に携えられた槍には空気を熱するほどの炎が巻き付き、左手に携えられた槍には砂埃を巻き上げるほどの強風を纏っていた。


「さーて。早く出てこないと、その隠れ家ごと燃やしちゃうよ」


 カツン、と土を槍で突きながらそう言うと、林の奥から数体のエラーたちが姿を現す。その気迫は先ほど出てきたエラーとは異なり、殺気立っている。仲間を殺されて怒っている、ということだろうか。ルトは、そんなエラーたちを見つめる。


『ゴ、コ、ロシタ。ナカマ、コロシタ。コロス』

『ドウヤッテ』

『メガタベタイ。メヲクリヌコウ』


 口々にエラーたちが話す。そこに表情はなく、声の音程もバラバラで感情などわからないはずなのに、“たのしそう”ということは何故かわかる。一体がルトの瞳を見つめる。


『メ、メ、メガタベ――』


 そう話していたエラーの体がぐらりと乾いた地面へと倒れ込む。ピクピクと体を痙攣させていたが、額から後頭部にかけて貫通した炎の槍が煌めき燃え上がったと思った瞬間には、その体は焼き尽くされ灰となって空へと消えていった。他のエラーたちがざわつく。

 だが、そのざわめきの間を縫うように、もう一体のエラーの体が木っ端みじんに吹き飛んだ。


屠る(セット)


 エラーたちのど真ん中へと降り立つルト。その手には二本の短剣のような武器が握られている。


「そりゃっ」


 まるで川が流れるように右手の短剣を振るう。それは吸い込まれるようにグリーガのような形のエラーの首を斬り落とす。腐臭を孕んだ漆黒の液体とパーツの無い顔が宙を舞う。だが、それでは死なない。

 ルトは体勢を低くすると、飛び込むように首無しエラーの懐へと飛び込み、その心臓へと短剣を突き立てた。パキッ、と卵の殻が砕けたような音と手ごたえをルトは、短剣越しに感じた。

 ビクンと一瞬体を硬直させたエラーはそのまま砂となって消滅する。


 エラーたちはまだ状況を理解できていない。それを好機と見たルトはフッと息を吐き出すと同時に、隣で棒立ちになっている人型の心臓部に短剣を突き立て、勢いよく引き抜く。人型は短い悲鳴を上げる。が、その最後を見ている暇はない。

 一瞥することなく踵を返し、もう一体の人型の心臓部へと両手の短剣を振り向きざまに突き刺し横に引き裂く。体を真っ二つにされた人型は、状況も理解できず、悲鳴を漏らすことすらできず、倒れざまに砂となって消えていく。


『――ゴロズゥゥゥゥウウウッ!』


 四体目を倒されたところで、一体が咆哮を上げ、エラーたちが動き始める。


「おっそ」


 まず、振り向き両手で押さえこもうとしてきた人型。ルトはその人型の両腕を斬り落とすと、短剣を逆手に持ち替え心臓へと突き立て柄から手を離し蹴り飛ばす。すると、斜め後ろから彼女へと飛びかかろうとしているのが目に映った。

 ルトは両手で()()を構えるような体勢を取る。その瞬間、彼女の手には身の丈ほどもありそうな“石の大剣”が握られていた。見ているだけで重そうだとわかるそれを軽々と持ち上げたルトはニヤリと、襲い掛かるエラーを見据えた。


「フリーズ――」


 石の大剣がパキパキと音を立てて凍り付く。周りの温度を急激に低下させるほどの魔力は空気をも凍らせ、ルトの足元に薄い氷の膜が広がる。


「――ブレードッ!」


 ブゥンッ! と横薙ぎに払われた氷の大剣。氷の刃がエラーの体に触れた瞬間、エラーの体が一瞬にして凍り付く。そのまま氷の刃は凍り付いたエラーの体を砕きながら自身の体を埋めていき。

 パリン。

 全身へと広がっていたヒビを起点に砕け散るエラーの体。まるで雪のように降り注ぐ氷の破片。武器を投げ捨てるように消し、雪を眺めるルトの姿にエスティアは魅入ってしまう。

 だが、その時、ラーラがポツリと呟く。


「……屠れ(セット)


 その瞬間、林からもう一体のエラーが現れた。

 しかも、先ほどのエラーとは違い、巨大だ。形的におそらく宿主はエリエルファングだろう。武器は持っていないが、それはルトへと手を伸ばす。


『オォォォオオッ!』

「やっと、骨のありそうなやつが来た」


 伸ばされた左腕を半身になって躱したルトは流れるような動きでエラーの顎下へと鋭い蹴りを放つ。エラーの体が大きく仰け反る。やはり、強化されている。エスティアは確信する。

 トン、と着地し、体勢を整えたルトの手にはいつの間にか、身の丈ほどもある巨大な斧が握られている。


「さぁっ! いいとこ見せちゃうもんねっ!」


 仰け反ったエリエルファングの顔まで一蹴りで跳躍したルトは身体を捻りながら、それを振り下ろす。斬るために作られたものではないのだろう。斧はパーツの無い顔を潰し、その圧倒的物量で強引に皮膚を引きちぎるように切り裂く。

 エラーが咆哮を上げ、右手を伸ばす。気づいた彼女はあっさり武器から手を離すと、その武器を起点にもう一度高く跳躍した。


屠る(セット)!」


 ルトが片手を上げると、その手に槍とは思えないほどに捻じれた槍が握られている。エスティアの背筋がゾクリと粟立つ。あの槍は危険だ。何がとはわからないが、エスティアはそんな漠然とした脅威を感じる。隣に立っているラーラがチラリとエスティアを一瞥すると、翳した手に魔力を込める。


「ラーラ! もっと魔力ちょうだい!」


 槍を構えたままルトが叫ぶと、ラーラの手がより一層の光を放つ。


「これ以上は無理だからね!」

「わかってる! ……この槍は神を死へと誘うもの」


 ギチギチと捻じれた槍が音を立てながら眩いほどの魔力が集まる。ルトは一瞬、表情を歪めるが笑みを浮かべ、魔力を一気に開放する。


「受けよ、我が渾身の一撃を――命を(スピア・)貫く槍(ザ・ロンギヌス)


 投擲された槍は空気の層を引きちぎりながら回転力を上げ、エラーの顔面へと突き刺さる。グチャリ、という音が響き、槍はエラーの肉体をミンチにしながらその体を埋めていく。

 衝突の際に弾けた魔力が辺り一面を吹き飛ばし、エスティアはラーラが吹き飛ばされないように背中に手を添えながらもう片方の腕で風が顔に当たるのを防ぐ。

 凄まじい一撃だ。だが、これで終わらない。エラーの頭部から肉体を突き抜け、地面へと突き刺さる槍によって、串刺しとなる。まるでこれから炎にでもかけられ調理される前の魚のような体勢でビクビクと体を痙攣させているエラーはどうにかして抜け出そうともがくが、うまく動けないようだ。


『オォ、ォォオオ……ッ』

「まだ終わりじゃないよ」


 地面へと着地したルトは、エラーへと向けていた掌をグッと握り締め「弾けちゃえっ」と言い放つ。次の瞬間、エラーの体がピキリと凍るように強張り――


『オ、オォ……』


 パンッ! そんな乾いた音が響き、黒い砂がまるで煙のように広がる。エスティアはあんぐりと口を開けたまま固まる。そして、思う……あんなに小さく幼体のエラーに怯えていた彼女たちはもういない。

 ラーラが翳していた手を下ろす。すると、どこか解放されたような感覚がかすめる。おそらく、薄いシールドのようなものを張っていたのだろうか。エスティアがラーラを見つめていると――


「勇者様っ! 見ててくれましたかっ!」

「――ぐふっ」


 押しつぶさん勢いで懐へと飛び込んできたルト。エスティアはそのまま地面へと倒れこみそうになるが、咄嗟にラーラが腕を引っ張り抱き着いてきたことによって、転ぶことを免れる。エスティアは驚いたように目をパチクリさせていたが、撫でて、撫でてと言わんばかりに瞳をキラキラさせる二人の頭を撫でる。


「ちゃんと見てたよ。すっかり強くなってビックリした」


 優しい声に、二人はもう一度エスティアの体へと顔を埋めた。



 


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