62 地獄と変わった世界で戦う者たち
次の日。早朝からエスティアはシュティレの眠っている部屋の窓からボーっと外を眺めていた。
昨日と変わらず、まだ上らぬ朝日を待ちわびる大地はボロボロで、戦いの後が刻まれていた。それを見ながらグッと拳を握り締めると、ベッドで眠る彼女へと視線を向ける。
彼女が目を覚ました時に、この世界を見たらなんて言うだろうか。容易に、悲しむことが予想できたエスティアは表情を暗くした。
「早く目を覚まして欲しい気もするけど……この世界は見せたくないなぁ」
ポツリと呟く。思った以上に声は響いたが、まだ魔力の回復しきっていない彼女には聞こえていなかったようだ。ホッと息を吐き出す。
いつもなら、一日もすれば起き上がっていたシュティレ。もう、二日は眠っているらしい。それほど、彼女も大変だったということだろう。エスティアはそっとベッドの縁に腰を掛けると、彼女の頭を撫でる。
アリアナの話では中庭で全員が意識を失って倒れていたらしい。もしこれが、全然知らない場所だったらと思うとゾッとする。まさに幸運というべきか。
「シュティレ、今はしっかり休んでね」
聞こえていたのか、眠ったままの彼女はふにゃっと表情を緩める。そんな彼女の額に口づけを落としたエスティアは立ち上がり、部屋を後にした。
本当であれば、目覚めるまで一緒に居たいところだが、そうはいかない。いま、動けるのは自分だけ。やることは山ほどあるのだ。
後ろ髪を引かれる思いで部屋から出ると、外には見覚えのある女性が立っていた。黒いローブに身を纏い、壁に寄りかかりながら腕を組む――エリザだ。
エスティアは目をパチクリさせながら彼女を見つめた。無理もない、動けないと思っていた彼女はいつも通りの表情で立っているのだから。
「驚いた?」
その問いにエスティアが静かに頷くと、エリザは鼻で笑い、歩き始める。エスティアは急いで彼女の隣に追いつく。
「私は何回か、魔力切れで眠りこけたことがあるからね、慣れてるのよ。シュティレは慣れてないからまだ目は覚まさないでしょうけど、そのうちひょっこり起きてくるわ」
「そっか、よかった。アリスもまだ眠ったままなんだよね……」
ホッとした表情から一変、若干影の落ちた表情で瞳を伏せるエスティア。一度、確認しに行った時は、ぐっすり眠っていた。エリザが起きていたので、彼女も起きていると思ったが、そうではなかった。
エリザは一瞬、ばつが悪そうに苦笑を浮かべる。
「……あの子もまだ起きないわね。ああ見えて、魔力切れ起こすのは初めてなのよ。それに私があの時、あの子の魔力を殆ど奪ったし、無理やり魔力をひねり出して、魔力切断も使ったからね、まぁ、そのうち起きるわ」
「そっか……」
長い廊下を歩く。気まずそうにエスティアは口をつぐみながら、彼女の歩調に合わせる。
「そういや、ピーナッツは? いつも肩に乗っけてるのに」
そう言ったエスティアはエリザをチラリと見やる。エリザの表情はどこか優しい。
「平気よ。ただ、少し修復に時間がかかるらしくてね……」
「そう」
「貴女が心配してくれるとはね、明日は雨かしら?」
小馬鹿にするような笑みを見せたエリザに、エスティアは表情をムッとさせた。
「別に心配してないよ。ただ、気になっただけ」
「ふーん。まぁ、あの子のことは私がしっかり見ておくから、安心してくれると助かるわ」
最後の方は真剣な声色でそう言った彼女にエスティアが返事をすることは無かった。
目的地にたどり着き、エスティアはコン、コン、とノックをすると、返事も待たずにドアを開いた。
エリザはその行動に一瞬ギョッとしたが、すぐに表情を戻すと、開かれたドアへと視線を戻す。玉座の間という名にふさわしいほどの豪華絢爛な内部。香水でも撒いているのか、ふんわりと鼻をかすめた優しいハーブのような香り。ここに座る人間はさぞかし過ごしやすいだろうと思うほどの快適な空間。
だが、そんな気持ちを叩き落とすかのようなピリピリとした雰囲気が漂っていることに気が付いた二人は表情を硬くする。その原因は、玉座に座る女王を守るように立っている、五人の側近たちのせいだろう。
「おはようございます。アリアナ姫」
エスティアはそう言って跪いた。その際に、側近全員から鋭い視線が降り注ぐ。特に、右側に居る二人の……なんだか見覚えのある少女たちはその眼光で射殺せるのではという迫力を兼ね備えている。
左側の三人は、エリザの方へと視線を移したようだ。なんだか、見覚えのある三人組だとエスティアは思う。
「おはようございます。エスト様……よく眠れましたか?」
「いいえ、全く」
「それはよかったわ」
ニコリともせずにお互いに軽口を飛ばす。だが、敵意などない、お遊びみたいなものだ。エスティアは顔を上げる。
「それで、お話とは?」
立ち上がり、エリザと共にアリアナを見つめた二人。とりあえず、エリザにわかっていることは伝えたが、わからないことの方が多い。エリザも納得していないのだろう。廊下で話してからはずっと、仏頂面だ。
アリアナは小さく頷くと、話し始める。
「こうなってしまったのはもう三年前のことです。ある日、帝国で突如として、人の中から――バケモノたちが現れたのです。そして、バケモノたちは人々を襲い、止める間もなく、無事だった人々はそのバケモノたちに殺されてしまいました。去年は聖都もソレに占拠され、とうとう今年はシャールにも手が伸びてきている状況です」
「そんなことが……なぜ……」
エリザが小さく呟く、その声は悲憤に満ちていた。
「原因は未だにわかってはいません。ですが、魔王の仕業なのではという噂があります。どこからか、出所がつかめないので、信用には足りませんが。加えて、貴女たちが――この事態を引き起こしたのではという噂もあります」
「は……?」
エスティアが思わず聞き返す。エリザはなにも言わないが、その表情は険しく、アリアナを睨みつけている。疑われているから、側近たちの視線が鋭かったのだろう。エスティアは側近たちの態度に納得がいったが、その噂に関しては全く納得していなかった。
バケモノ――それは、エラーたちのことを言っているのだろう。だからどうしたというものだ。エスティアは疑われているという事実に対して、憤りを隠せない。
「エラー。貴女たちはあのバケモノのことをそう呼んでいるのですね……そうですか、それが本名なのですか……ふむ、心臓があるタイプは成体ですか……そして、その上もいる……」
二人を藍色の瞳で視た彼女は、ふむふむと一人で納得するように頷く。
「一人で納得されても困るのだけれど」
エリザがそう冷たい声で言うと、三人組の警戒したように表情を険しくする。やはり、どこかで見たことのある顔ぶれだ。エスティアはそう思いながら、考えるが、該当しそうな三人組はもっと雰囲気が柔らかったなという理由の元、却下する。
すると、アリアナがクスリと笑う。エスティアはムッとしながら、彼女を上目に睨む。
「……申し訳ありません。皆さん、迷う必要はありません――彼女たちは本物ですよ」
そう彼女が言った瞬間――エスティアへと二人の少女が押し倒すような勢いで懐へと飛び込んだ。避けようと思ったが、気付いた時には遅かった。何とか飛び込む二人を受け止めるが、やはり本調子ではないようだ。そのまま尻餅をついてしまう。
「勇者様っ!」
「勇者様っ!」
一瞬時間が止まったかのように、エスティアは飛び込んできた二人の少女を見つめ、それから黄金の瞳をこれでもかと見開いた。見覚えがある。記憶とは随分と雰囲気が違うが、「勇者様」と呼んでくれる双子など、あの子たちしかいない。
エスティアはグリグリと頭を押し付ける二人におそるおそる声をかけた。
「も、もしかして……ルトとラーラ……?」
「――っ! 覚えていてくれたんですねっ!」
がばっと、顔を上げた少女。勝気な眼差しにパッと花が咲くような笑顔で少女こと――ルトは、嬉しさのあまりか、エスティアの首筋にグリグリと頭を擦りつける。その様は、まるで飼い主を見つけた子犬の様に無邪気だ。そっと、その頭を撫でると、嬉しそうに手にすり寄る仕草が余計にそう思わせる要因だろう。
すると、もう一人の少女こと――ラーラが、エスティアの顔をジッと見つめる。
「勇者様……もう、会えないかと思っていました」
昔の少し弱気な表情は影を潜め、まっすぐな瞳でそう言ったラーラは本当に会えたことに喜んでいるのだろう。フワリと見せたその笑みは今にでも泣き出してしまいそうな雰囲気を携えている。
すっかり大きくなった二人に、エスティアは驚きを隠せない。五年経っているという現実にいまいち実感が持てなかったが、彼女たちのおかげで、その現実はすんなりと心に沁み込んでいく。
「二人とも……大きくなったね」
「はいっ! もう、私たちも十七歳ですからっ!」
エスティアは二人の頭に手を置く。以前の時とは変わらず、柔らかい髪質と、記憶よりも大きくなった頭の温かさが手の中にある。思わず泣きたくなる。少女たちの服の隙間から見える肌にはいくつもの生傷があったからだ。
おそらく、ルトは近接型なのだろう。顔にはつい最近できたばかりのような切り傷が多く見受けられる。
ラーラの方はあまり傷はないようだが、顔には何かが擦ったような傷ができている。ずっと戦い続けていたということだ。それも、壮絶な戦いだ――顔つきが以前とは比べ物にならないほどの決意を帯びている。
「勇者様っ! 私たち、勇者になったんですっ!」
「勇者様みたいな勇者になりたくて」
二人がそう言って無邪気に笑う。エスティアはこんな自分を目指してくれるという気持ちに嬉しさを感じながらも、まだまだ十七歳の彼女たちがこんなに傷だらけになって戦わないといけない現実があることに深い悲しみと怒りが湧いてくる。
エスティアを見ていたアリアナの瞳が一瞬揺れる。が、すぐに微笑みを浮かべると、二人へと声をかけた。
「お二人とも、エスト様と少し、見回りに向かってもらえますか?」
二人の顔色が変わる。再会の喜びに満ちていた瞳が鋭くなり、それはまるで、獰猛な猟犬のようにギラギラと輝き、彼女たちが“戦う者”だと知らしめる。それを正面から見ていたエスティアは思わず息を呑む。
だが、その表情も一瞬の事だった。すぐにいつも通りの少女らしい表情となると、二人は同時に立ちあがり、エスティアを立ちあがらせた。
「勇者様! 私たち、ものすごく強くなったんです!」
そう言うが早いか、ルトはエスティアの手を強引に引っ張ると、そのまま突風のように部屋を後にする。ラーラも少し遅れて、部屋を後にしようとした。が、エリザの方へと振り向き、深くお辞儀をすると、そのまま部屋を後にした。
静寂が訪れる部屋。まるで台風が過ぎ去った後の街のような静けさはエリザにとって心地の良いものだ。だが、横から飛んでくる鋭い視線にうんざりだと言いたげにため息をつく。特に茶髪に綺麗な緑色の瞳を持った青年は今にでも殺せるぞといわんばかりの殺気を放っている。
正直言って気分が悪いことこの上ない。目が覚めたと思えば、見覚えのない城に居て、とりあえず玉座に来てみればいわれのない疑いと殺気を向けられているのだ。たとえ、比較的温厚なほうともいえる彼女もそろそろ限界だ。
「……コーニエル。二人を連れて下がりなさい」
ぴしゃりと有無を言わさない声が響く。コーニエルと呼ばれた青年はなにか言いたげだったが、グッと拳を握り締め、深く一礼すると、エリザを一瞥することなく二人の女性を連れて部屋を出ていった。
彼らが居なくなると、まるで張り詰めていた糸が切れるように穏やかな空気が辺りに舞い戻る。
「申し訳ありません。先日、彼の部隊がエラーによって全滅させられてしまったのです。それで、ピリピリとしているのです」
「そう。それはお気の毒ね」
興味なさげにエリザがそう言う。アリアナは一瞬訝しむように瞳を細めたが、すぐに優し気な表情でエリザを見つめた。
「活躍は聞いておりましたが、まさか、エスト様と一緒に居るとは思いませんでした――光の勇者の一人。エリザ・ロイエ様」
「……まぁね、色々あるのよ。まぁ、その瞳で何でも視える貴女にはわかりきったことでしょうけど」
腕を組んだまま答えるエリザにアリアナの表情は柔らかい。
「えぇ、全て視えていますよ。貴女がどんなことを考え、私をどう思っているかも」
「そう、それならとっとと本題に入りなさい」
紫色の瞳が鋭くなる。アリアナは小さく息を吐き出す。
「わかりました。では単刀直入に申し上げます――手を貸してはいただけませんか?」
彼女の一言に、エリザは「は?」と返した。
有志勇者の番外編として、バレンタインSS「大切な貴女へ感謝の気持ちを」https://ncode.syosetu.com/n9046fh/ の短編を投稿しましたのでよろしくお願いします。




