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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第一章 変化なんて望まないほうが良かった、このままでよかったんだ。

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06 彼も望んでいる

「せぇぇぇいっ!」


 ザシュッ! エスティアが振り下ろした剣は、馬のような姿をしたグリーンランクの魔物――コィンクダの太い首を軽々と斬り落とす。ゴロゴロ、と転がった首はエスティアの足元へと転がり、ぶつかって止まる。朝からこうして、魔物狩りを続け、戦い方を覚えたエスティアはグリーンランクの魔物であれば難なく倒せるようにはなった。

 まぁ、シュティレの強化魔法があれば、の話ではあるが。


 気を取り直し、足元でコチラを睨みつける――その恨めしそうな視線を見ないように、剣の血を軽く振り払い、鞘へとしまう。なんだか、昨日より()()感じる剣に違和感を感じつつ、彼女は手帳を開き“材料になれ”と、たった一言の呪文を唱える。

 すると、コィンクダの死体が光に包まれ――加工しやすいように切り分けられた肉、同じく加工しやすいように綺麗に剥ぎ取られた皮、そして丈夫そうな骨などの利用価値の高い部位が目の前に揃う。なんて便利なんだ、と彼女は感心しながら、同じく手帳で発動した“箱”にそれらを入れてゆく。

 この箱も術式の一つで、生モノは長期間入れておくと流石に腐ってしまうが、どんなに物を入れても満杯になることはない。こんな便利なものが勇者限定なんて……エスティアは眉を顰める。だが、心配そうな表情を見せ、道具屋で買った、彼女の金髪によく似合う、落ち着いた色合いのローズウッドの杖を抱きかかえながら、駆け寄る彼女を見た途端、エスティアの表情が緩む。


「エスト、お疲れ様」

「ん、お疲れ様」


 フッ、とシュティレの強化魔法が切れると同時に、エスティアは体がふらつきそうになるのを耐える。まだ彼女の魔力が、体に馴染んでいないのだろう。使っている間はいいが、切れると同時に襲う倦怠感はどうにかならないかな、と内心で思いつつ。余計な心配をさせまい、と彼女は平然を装うが――


「変な見栄を張ると、怒るよ」


 プクーっと、頬を膨らませながら後ろで手を組み、シュティレが彼女の顔を覗き込むようにそう言う、と彼女は困ったような表情になる。

 いつものことだが、彼女は()()()の嘘や強がりをすぐに見破ってしまう。それでよく、ケガを隠しがちだったオリバーが怒られているのをエスティアは思い出す。


「……はぁ、シュティレには敵わないなぁ」


 ストン、とその場に腰を下ろした彼女はそのまま、サラサラ、とそよぐ草原の上へと寝転がり、彼女を見下ろすシュティレを見つめる。シュティレはそんな彼女に満足そうに笑みを浮かべ、隣に腰を下ろした。


「少しだけ休憩しよっ? 朝からずーっと走り回って、そのうち倒れちゃうよ? 私の王子様が倒れたら私が大変なんだからっ」

「……お姫様の仰せのままに」

「むぅ……本当に心配してるんだからね?」

「フフッ、わかってるって……ありがとう、シュティレ」


 体ごと横を向き、シュティレの白くしなやかな手を握る。穢れを知らない、傷一つない手を揉み込むように触る、とシュティレは恥ずかしそうに頬を染め。


「う、うん……」


 小さく呟くのだった。







――太陽が少しずつ、頂点から傾き始める午後二時頃。

 木漏れ日がユラ、ユラ、と差し込む森の中を歩く二人。爽やかに吹き抜ける風に後押しされるように奥へと進む二人。

 なんでも、この森の奥にはとても貴重な薬草が生えている洞窟があるらしく、所持金に余裕はあるが、なんとなく気になった二人は、魔物が出てこないのを良いことにのんびりと、ピクニック気分で進む。


「なんか、静かだね」

「うん……ここまでなにもないと、逆に不安になってくる」


 王都の近くと言っても、ここは街道から外れた森の中。つまり――ヤツら(魔物)のテリトリーでもある。せいぜい、グリーンランクの魔物しかいないと言えど、通常であれば、ズカズカと入り込んできた侵入者(私たち)を排除するために、魔物の一匹や二匹、飛び出してきてもいい。

 まるでここだけ()()()のようだ。そう考えてしまったシュティレは、ザァ、ザァ、と風に揺れる木々にすら微かな恐怖を感じ、隣を歩く彼女にピッタリとくっつくように奥へと歩を進める。エスティアは彼女の恐怖を知ってか知らずか、前を向いたまま、黙ってその手を優しく握った。




 暫く歩いていると、開けた場所へと出る。そして、目の前でポッカリと大きな口を開けるように洞窟が彼女たちを迎えた。その洞窟からは冷たい風が吹き出しており、時折、コォォ、と響くそれはまるで誰かの呼吸音にも聞こえる。

 緊張した面持ちのエスティアは洞窟を見つめたまま、握っている彼女の手を強く握る。そのことに気付いたシュティレは、彼女を安心させるようにギュッ、と握り返した。

 サァ、サァ、と森から吹く風が、入れと言わんばかりに()()()()()の背中に吹き付け、彼女はグッと息を呑む。何故かわからないが、あそこに行ってはいけないと本能が訴える。


――コッチダ。


「……え? シュティレ、今、なんか言った?」


 突然聞こえて来た声に彼女は反射的に隣に視線を移す。だが、彼女は不思議そうに首を傾げていた。


「え、なにか()()()()()――って、エスト!?」


 シュティレの答えを聞く前に、エスティアは彼女から手を離し、ゆっくりと洞窟へと向かって歩いてゆく。そんなエスティアの表情はどこか懐かしむような安心しているような、シュティレが彼女を追いかけようとした瞬間――


――オイデ。オイデ。


「な、なに……? 今、なにか……」


 ゾクリ、とまるで背中を冷たい何かが撫でたような、そんな不快感にシュティレは思わず立ち止まってしまう。この洞窟にはなにか“よくないもの”がいる。直観的に感じ取った彼女は恐怖に足が(すく)みそうになるのを堪えながら、()()()()とした足取りで、洞窟へと向かう彼女の手を掴んだ。


「エスト! ここ、なんか変だよ! 帰ろうよ!」


 グッ、と手を引かれたエスティアは立ち止まり彼女の方へと振り返る。だが、振り返った彼女がコチラを不思議そうに見つめる。その瞳は“どうして”と言っているように感じたシュティレは小さく息を呑む。


「何言ってるの? シュティレ――()()()()()()()()()()のに」

「え、な、なに言って……エ、エス、ト……?」

「私、まだ言ってないことがあるの。だから、行かなきゃ」


 そう言って、やんわりと握られた手を離したエスティアは困ったような苦し気な笑みで、彼女の頭をポンっと手を置いたのち――踵を返し洞窟の中へと消えていった。

――コォォ、と洞窟から響く音が彼女を歓迎しているようにも聞こえる。追いかけなきゃ。だが彼女の足は固まったように動かない。

 エスティアの姿が完全に見えなくなるのと同時に、ペタリ、とへたり込んでしまったシュティレは、涙を零し、嗚咽を漏らす。きっと彼女は……彼女だってエスティアの気持ちは痛いほどわかる。だが――


「フェルターは、もう、いないんだよ……っ。みんなっ、いなくなっちゃったんだよ……っ」


 悲痛に満ちた彼女の叫びが、エスティアへと届くことは無かった。







――真っ暗な洞窟。一本道とはいえ明かりが無ければ、歩くことすら困難にも関わらず、導かれるように歩く彼女の足取りは驚くほど軽い。

 まるで、()()が彼女の手を引くように、奥へ、奥へ、と(いざ)なわれていく。冷たい空気が彼女を取り巻こうとしては、その横を吹き抜けていく。


「……フェルター」


 もう声は聞こえない、いや、聞こえる筈なんてない。わかっていたことだ――だが、彼女は歩みを止めない。止まりたくない。止まったら、()()()()()()()()から。

 小さく呟いた彼女の声に答える者はいない。ただ、冷たい風が体を押しつつ、横を通り抜けてゆく。


「バカだよね……わかってるのに……わかってるのに……ッ」


 悔し気に呟く彼女は、洞窟の最深部へとたどり着く。天井は吹き抜けになっており、その開いた天井からは太陽の光が差し込み、幻想的な雰囲気を作り上げている。だが、中央で生い茂る草花はまるで太陽に背くように下を向き、枯れかけている。

 辺りを見回しながら、恐る恐る広場へと出た彼女は辺りから漂う――悲し気な空気に表情を暗くしながら、彼女は小さく息を呑む。早く帰れ、ここに居てはいけない。頭の警報が鳴り響く、が彼女はそこから一歩も“動くことが出来なくなった”


――キタ、キタ。アワレナ、ヒトノコタチ。


 虚ろな瞳で、彼女は剣を抜き構える。だが、すぐに、ダラン、と力なく腕を垂らした。私は、いったい何をしているんだ。エスティアは朧げな意識の中、その剣を見つめた。


「あぁ、そうだね。痛いのは、嫌だけど、やり、たい、ね」


 今にも壊れてしまいそうな表情で薄く笑みを零した彼女は銀色の剣を――自分の左腕へと突き立てた。

 ブシュッ! 切れ込みを入れるように突き立てた左腕から、大量の深紅の液体がとめどなく流れ落ち足元に血だまりを作り上げる。不思議と痛みはない。逆にもっと、もっと、と彼女はヒヒッ、と乾いた笑い声を零す。


「このまま? グルーっと。入れて」


 まるで、誰かと会話をするように彼女は剣を器用に動かし腕に入れている切れ込みが一周する。彼女の左肘から先が自身の血液で真っ赤に染まり、濃厚な鉄の臭いが彼女の周りに立ち込める。


「ここから? うん、うん。わかった――剥けばいいんだね」


 まるで子どものような笑みを浮かべたエスティアが、左腕に刻んだ切れ込みに指を入れ、皮膚の“内側と外側”を掴み――勢いよく、皮膚を剥ぎ取った。

 ツルン、と動物の皮膚を剥ぐように肘から指先まで綺麗に剥ぎ取られた皮膚。左腕の肉が剥き出しになり外気に晒され、流石に痛みを感じたのか、彼女は若干表情を歪める。だが、それも一瞬のことで、すぐに楽しそうな笑みを浮かべ、自分の皮膚を観察するように持ち上げた。


 暫く、自分の皮膚を見つめていた彼女だが、遠くから響く()()に意識が向き、その方向へと顔を向ける。

 タッ、タッ、タッ、と軽い足音に合わせるように、ハァ、ハァ、と誰かの息遣いがエスティアの耳へと届く。その瞬間――虚ろ気な表情でエスティアは小さく呟く。


「シュ、ティ、レ……」


 暗闇から姿を現す――ローズウッドの杖を抱え、金髪を風になびかせた少女は、安堵の表情を浮かべるが、すぐに彼女が持っている物に気付くと、表情を一変させる。


「エストッ!」

「シュティレ――あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 シュティレの姿を認識した瞬間、彼女は正気に戻り、自分が持っていた皮膚を投げ捨て左腕から駆け巡る痛みに悶えのたうち回った。シュティレは急いで彼女に駆け寄り手を伸ばそうとするが、その前にエスティアが彼女を突き飛ばした。


――ズガガガガガガッ! 地面からせり出した無数の“岩の槍”のような物。鋭くとがったそれは、エスティアを囲むように現れる。それはまるで“コロシアム”のようだ。

 突き飛ばした後、そのままうずくまるように左の二の腕を強く握り、痛みに耐える彼女にシュティレはその隙間から必死に手を伸ばし、()()効果のある魔法をかける。

 意識が飛びそうな痛みから、突き刺すような痛みまで回復したエスティアはゾクリ、と感じた嫌な気配に気付く、それは、自分にではなく――彼女へと向いていることに。

 せめて彼女だけは守らなければ。エスティアは彼女を庇うように、ズキズキと痛む左腕を伸ばす。


「シュティレ……っ!」


 ザシュッ! 咄嗟に伸ばした左腕が宙を舞う。


「――グゥゥゥゥッ!」

「エストッ! 痛みよ無くなれ(レリーブ)ッ!」


 痛みに意識が飛びそうになりながらも、シュティレのかけた魔法のおかげでなんとか意識を保ち、痛みに顔を歪めながらもなんとか立ちあがり、剣を右手で構える。シュティレは自分が狙われていたことに気付いていたので、すぐさまエスティアから離れつつも、痛み止めの魔法をかけ続ける。


『ツルギヲカマエヨ』


 エスティアの前に立つ――鎧を着た騎士は、地の底から響くような冷たい声で呟き黒い剣を構える。身長的に男性だろうか、何かが飛び散った後の様に兜まで広がる赤錆び模様の鎧、その手に握る剣は闇の様に黒く、全てを拒むような雰囲気を醸し出している。一目で人ではないとわかる。

 だがソイツは――まるで“人間の騎士”の様に彼女へと決闘を申し込んだ。彼女から距離を取りソイツは静かにこちらを見つめる。

 そんな騎士にエスティアは内心で、“奇襲したくせに”と毒づいた。そして、挑発的な笑みを浮かべながら目の前の騎士と同じように一歩下がり剣を構える。一見平気そうに構えるが、彼女の額からは滝の様に脂汗が流れ落ち、剣先はフルフルと震えている。

 無理もない。シュティレの魔法が効いているとはいえ、左肩ごと切り落とされたのだから。出血も今は止まっているが、眩暈はするし、気を抜いてしまえば倒れてしまいそうだ。


『デハ、ユク』

「はっ、かかってきなさい――その首切り落としてやるからっ!」


 騎士が地面を蹴り、()()で彼女の前へと移動し、暗闇の様に黒い剣を振り下ろした。直撃すれば彼女の体は真っ二つになるだろう。だが、彼女は咄嗟にバックステップでその攻撃をギリギリ躱す。


 ドゴォォォォォンッ! 振り下ろされた黒い剣は固く干からびた地面をいとも簡単に砕き、剣が触れた所が茶色く溶けるように崩れていく。トン、と地面へと着地し剣を構える彼女の背中に冷たい汗が流れる。マズイ、あの騎士も只者じゃないと思っていたが……あの騎士が持っている剣も“普通じゃない”

 だが、諦めるわけにはいかない。なんせ、アイツはシュティレに剣を振り下ろしたんだ。それだけで戦う理由は十分だ。

 エスティアは、騎士を睨みつけたまま背後で不安げに見守る彼女に声をかけた。


「シュティレ! 私に強化魔法をかけて!」

「……わかった――強くなって(ストロング)ッ!」


 シュティレは、一瞬だけ躊躇するような仕草を見せたが、すぐに彼女へと手を翳し魔法を発動する。彼女の魔法は()()()()

 なんせ、限界を超える力を無理やり引き出すのだから。一回使っただけでも体の負担は計り知れない。しかも今日は、もう一回使っている。

 本当であればシュティレは使いたくはない――だが、そうしなければ彼女が死んでしまう。それに、シュティレは強化魔法と鎮痛などの回復魔法しか使えない。これしか、彼女の助けになる方法はない。

 シュティレはどうか、“彼女を守って”と()に思いを託すほかなかった。


「――カハッ、よ、しっ……これで」


 体の筋肉が悲鳴を上げる。だが彼女は、気にしない。左腕がない時点で色々諦めのついている彼女にとって、今更筋肉の一つや二つ、戦えればどうでもいい。

 体勢を低く剣を構える。狙うはヤツの首。エスティアは、動かずこちらを見つめる騎士の鎧と鎧の隙間だけに意識を集中させ、骨が白く浮き出るほど柄を握り締めた。

 グググッ、と地面がへこむほど強く地面を踏み――勢いよく駆けだした。突風のような速さで距離を詰め、騎士の懐へと飛び込んだ彼女は、下から突き上げるように剣を振り上げる。

 だが左腕を失っている人間が――満足に剣を振るえるはずもなく。彼女はグラリ、とバランスを崩してしまう。


 ガキィィィィンッ、と首元を狙ったはずの剣は騎士の鎧へと弾かれ、騎士は目の前で無防備になっている隙だらけの彼女の腹部へと鋭い()()を放つ。

 まるで、強大な岩でもぶつけられたかのような衝撃に、ただの少女である彼女の体はそのまませり出している岩へと勢いよくぶつかる。


「ガ、ハ……ッ」


 背中を強く打ち付けた彼女の口から赤い液体が吐き出される。おそらく消化器のどこかを損傷したのだろう。ズルズル、と滑り落ちるように地面へと落ちた彼女へと、シュティレはすぐさま回復魔法と鎮痛魔法をかける、痛みは和らいでいるが、そう簡単に傷は修復されない。痛みに表情を歪める彼女を騎士はその場から()()()見つめている。


「ク、ッソ、あそ、んでるつもり……な、のっ」


 明らかにトドメをさせる場面。さっきだって、剣を一振りさえすれば簡単に彼女を真っ二つにするチャンスだったにも関わらず、騎士は()()()()蹴りを放った。

 そして、目の前の騎士は動かず、剣を地面へと突き立てたまま。それはまるで、彼女が立ちあがるのを待っているようにも見える。だが、これはチャンスでもある。相手はコチラを舐めているのだ、それを使わない手はない。


「っは、やって、やろう、じゃん……ッ」


 剣を地面へと突き刺し、それを支えに彼女はフラフラ、と立ち上がる。口の端から血を垂らしながら不敵な笑みを浮かべる彼女の瞳にはまだ――戦意の炎が揺らめいている。

 騎士はそんな彼女に応えるように剣を構える。そして、静かに言葉を発した。


『チカラヲミセヨ。()()()()ヲモツ、ヒトノコヨ』

「ふんっ、神の目、ね……そんなものがあったら、きっとみんなを守れただろうね」


 騎士の言葉にエスティアは吐き捨てるように答える。


「さて、こうやって、話してる間も死にそうなの。だから――その首貰うからッ!」

『……』


 エスティアと騎士は同時に駆け出す。一方は銀色の剣を突き上げるように振るう。一方はその上から叩き潰さんと大きく黒い剣を()()に振り上げた。その時、彼女は密かに“勝利”を確信した。


「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 まず、彼女の剣が騎士の首へと届く前に黒い剣の方が一歩早く――彼女へと迫る。

 だがこれは、予想済みだ。たった数日前に剣を取った彼女が、強化しようと、剣を振るうことを生業とする騎士の方が圧倒的に速いに決まっている。()()()、エスティアは右へと体を傾ける。

 すると――黒い剣は彼女の左側を()()()()()通り過ぎてゆき、彼女の体を切り裂くことなく地面へと突き刺さった。


「アンタが、左腕を斬ってくれた()()()だよ」


 一歩遅れて、銀色の刃が鎧と鎧の間から覗かせる赤茶色に腐った肌へと突き刺さる。


「だからアンタの首――」


 限界を超え右腕がギィ、と不穏な悲鳴を上げ、鋭い痛みが走る。だが、エスティアは剣に全体重を乗せる。騎士の皮膚を斬り裂き、筋を断ち斬り、強靭な筋肉を斬り裂き――


「貰ったァァァァッ!」


 ザザッ! 抵抗力を失いバランスを崩し、ゴロゴロ、と顔面からエスティアは転倒する。その背後で、頭部を失った騎士が立ったまま、ピクリとも動かない。だが、その傷口からはとめどなくどす黒い血液が流れだし、鎧の色を変えてゆく。

 エスティアは、鼻を強く打ったのか、鼻血を腕で拭いながら振り向く。終わった。エスティアがそう安心した瞬間――


『チカラ、ミセテモラッタ。ツギノ、ニナイテヨ』

「うそ、でしょ……?」


 頭部を失ったまま騎士はゆっくりと、ブリキのおもちゃのようにぎこちない動きで振り返り、黒い剣を振り上げ――


『彼もそれを望んでいる』


 ハッキリとそう言った騎士は剣を振り下ろした。


「は、ははっ……」


 スローモーションのように振り下ろされる剣。強化魔法がかかっていても体が動かなければ意味はない。目の前に突きつけられた“死”に笑うしかない彼女は、チラリと剣に視線をし、シュティレへと視線を移した。

 声も出せず、限界まで目を見開き、涙をを浮かべたシュテイレは祈るように両手を強く握りしめ、エスティアを見つめていた。そして、エスティアはそんな彼女の瞳の中が――まだ諦めの色を浮かべていないことに気付く。

 まったく……エスティアは小さく笑みを零す。それは諦めでもなく、死を覚悟したわけでもない。彼女は最後の力を振り絞るように叫んだ。


「まだ、死ぬわけには、いかないんだぁぁぁぁぁッ!」


 喉がつぶれる勢いで叫んだ瞬間――銀色の剣が輝き、右腕を()()()()。彼女を守るように黒い剣との間に入った剣はより一層輝く。


「な……っ!?」


 驚く彼女をよそに――黒い刃が銀色の刃と衝突した。


――またな、エスト。


 誰よりも優しく、勇敢な彼の声が彼女の心へと沁み込んだ。


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