48 愚かな冒険者たちよ良い旅を
クロックギウム村へとやって来たエリザとアリスは疲れ切った様子で、エスティアとシュティレを探していた。
帝都周辺の村や町は全ての人間がエラーの宿主となっていた。唯一無事だったのは小さな子どもぐらい。二人はその子どもたちを避難させた後、全ての人間を殺した二人。
放っておけば、聖都の時とは比べ物にならないほどの被害が出ると容易に想像できたからだ。が、そうは言っても“心”の方は簡単には割り切れない。
いつものような余裕など微塵も感じさせないエリザの表情は固く、アリスも無言で聖剣の柄を握り締めている。
「すごい時計の数ですね」
「まぁ、時計の村で有名だからね。でも、不思議ね……全部止まってるわね」
エリザはそう言って近くの家に飾られている時計へと顔を近づける。やはり、秒針は動くことをやめている。そして、差している時間を見るに、少し前に止まったようだ。
その瞬間、何を思ったのか、アリスがその家の扉をなんの躊躇もせず――蹴破った。
「え、ちょ、アリス!?」
エリザは驚きの声を上げた。が、すぐに鼻腔を貫いてくるニオイに顔を顰める。嗅ぎ慣れすぎて、もうなんとも思わなくなってしまっていた。が、嗅覚の鋭いアリスには相当キツイものだったのか、ドアの前で瞳を訝しむように細めている。
「これは、エストさんがやったわけではなさそうですね」
家の中には、二人の夫婦が座ったまま絶命していた。
朝食の途中だったのだろう。スプーンを握り締めたままの姿勢のそれは、まるで彫刻のよう。
だが、その彫刻の腹部はまるで内側から何かが飛び出したかのように、大きく裂けており、大量の血液がいまだに川のように流れ、食卓を真っ赤に染め上げている。
加え、まだ、新しい死体だというのに、もう何日も放置されたかのような強烈な腐臭が立ち込めている。
エリザの肩に乗っていたピーナッツがおもむろに降りる。そして、その死体を覗き込むように歩み寄ると、顎に手を添えるような仕草を見せた。
『ふむ……これは完全体の仕業ですな』
そう言ったピーナッツは男性の死体の大きく裂けた腹部へ手を伸ばし、左右に押し広げるようにする。その行動にアリスは一瞬、非難するように瞳を細めたが、エリザが覗きこんでいるのを一瞥すると、倣うように覗き込んだ。
「あら、内臓が無いわね」
エリザはそう言って鋼鉄の棒のような物を創り出すと、よく見えるように内部を調べ始めた。体内は当然の如く真っ暗なので、アリスは光り輝く純白の籠手をライトのように掲げる。が、その瞳はどこか不満げにも見える。
腐臭が鼻腔を貫く。エリザはまるで湯水のごとく湧き出る血液を肉体を傷つけないように蒸発させながら中を観察する。が、すぐにそれは終わりを告げた。
本当になにもないのだ。人間が生きるために本来必要な部位全てが無い。内蔵、骨。唯一残っているのは皮だけ。
「まるで、中身のないブドウね」
思ったような情報が得られないエリザは鋼鉄の棒を投げ捨てるように消すと、死体から離れた。
『良い例えですな』
ピーナッツが軽口を飛ばすと、エリザがそんなぬいぐるみの頭を叩く。石のような叩きごちにエリザは手を痛そうにヒラヒラとさせながら、ピーナッツを見つめる。
「中身はどこ行ったのよ」
『消滅したでしょうな、ニオイが残っていない』
クンクン、と辺りを嗅ぎながらそう言う。エリザは顎に手を添えながら答える。
「なにか、目的があったのかしら」
『おそらく、これをやった完全体は、ここの人間を操るためだけに卵を植え付けたのでしょう。体から出る前の状態であれば、生かすも殺すも完全体の意のままですからな』
「ですが、完全体は自分の子孫を残すのが目的で、卵を植え付けるのでは? これは、余りにも無意味です」
アリスは冷静にそう言うと、ピーナッツ頷く。
『おそらく、拙者みたいにアホなのでしょう。自分の子孫なんかいらないと思うタイプですな』
「そんなのいるのね。なんだか、人間みたい」
『まぁ、人間の模倣をしていればごく稀ながらも、いますな。まぁ、失敗作と呼ばれている拙者たちにしてみれば、子孫を残そうと考えるヤツラの方が気持ち悪いですが』
冷たい声で言い放ったピーナッツは再び、エリザの肩へと登る。ぬいぐるみなので、表情が変化することは無いが、その雰囲気はどこか寂し気に見えたエリザはピーナッツの頭を撫でた。
その瞬間、ピーナッツが何かを嗅ぎ取るように鼻をフン、フン、と鳴らし――
『エリザ親分! やばいです! 滅茶苦茶やばいですよ! 奴らです!』
そう叫んだ。二人の表情が一気に険しくなる。が、その時――静かな村の中に甲高い金属音が響く。
「な、なに?」
「あっちの方向です。エリザさん、とにかく今は行きましょう」
「そうね。ピーナッツしっかり掴まってなさい!」
家から飛び出した二人は、エリザの創った鋼鉄の馬に跨り突風のような速さで村を駆け抜ける。
「ピーナッツ! その奴らって、この前のメオンとかいうやつの仲間ってこと?」
鋼鉄の馬の手綱を惹きながら、エリザは緊迫した声でそう問いかけると、ピーナッツはブンブンと、首を何度も縦に振る。その反応だけで、マズい状況だというのがわかる。
『拙者たちエラーは最初に偶然生まれた存在だと話しましたね? そして、拙者たちは失敗作と呼ばれた』
「……ということは、その奴らは“完成品”ってことね?」
『そうです。やつらは――“フェーク”と呼ばれています。拙者たちとは違い、目的の為に創り出された存在』
話を聞いていたアリスは無言で聖剣を握り締める。
『拙者も下っ端だったので、詳しくは知りませんが。だけど、一つ勘違いしないでください。一号であるメオンは完成品の中でも一番弱いです! 噂でしか聞いたことはありませんが――』
ピーナッツは言葉を続けることが出来なかった。そして、とある民家の前に立っている少年へと視線が釘付けとなってしまう。表情が変わることは無いが、その顔は絶望を浮かべているようにも見える。
十歳くらいだろうか、雪のように真っ白な髪に、穏やかな笑みを浮かべる。そんな少年の前には、地面へと倒れ込んでいるシュティレの姿と、魔法の鎖でがんじがらめにされているエスティアの姿があった。
それを視認した瞬間、弾かれるように馬から飛び降りたアリスは、着地と同時に地面を砕く勢いで踏み抜くと、少年へと聖剣を振り抜いた。
「おっと」
白髪の少年は振り抜かれた聖剣を軽々と躱すと、トン、と距離を取る。その表情に焦りは全く見えない。チェシャ猫のように飄々とした表情でいる少年は、値踏みするようにアリスを見つめる。
対して、全ての装備により純白の騎士となったアリスはチラリ、と倒れているシュティレへと視線を移す。どうやら気を失っているだけのようだ。
アリスは小さく安堵の息を吐き、少年の隣でもがいているエスティアへと顔を向ける。ケガはしていないなさそうだが、口を塞がれているせいで顔が真っ赤になっている。早く助けなければ。
純白の聖剣を構える。まるで太陽のように輝くそれは、降り注ぐ日の光を吸収し、自身をより強く発光させている
「エストさんをどうするつもりですか」
歴戦の勇者の気迫。ビリビリと空気を震わせるほどのそれは、たとえ同じ王国勇者といえど、無意識に体の筋肉が硬くなってしまうほどのそれはまるでドラゴンだ。が、目の前の少年は笑みを浮かべたまま肩を竦める。
「いや、ちょっとだけ。エストを借りていこうと思ってね」
「そんなことはさせない」
聖剣を構えるアリスを見つめながら少年はそう言って、瞳を細める。借りると言ってはいるが、おそらく返す気はないだろう。
アリスは見たこともない彼の瞳に一瞬、視線を奪われてしまう。黒目を境界に混ざり合うことなく、緑色とオレンジ色にはっきり分かれたその虹彩――ダイクロイックアイと呼ばれる珍しい瞳だ。
そして、彼女は気付く、あの目に宿る魔力量が常人に耐えられるレベルの物ではないと。
その視線に気づいたのだろう。少年は嬉しそうに自分の瞳を指さした。
「あ、気になる? ふふん。でも、教えてあげないよ……さて、僕もう行かなくちゃ」
「行かせないっ」
少年が自分の体よりも大きなエスティアを軽々と持ち上げる。アリスは咄嗟に聖剣を突き上げるように振るう。が、少年はそれを躱し――
「――死になさい」
鋼鉄の引き金がついた物体のような物の先を少年へと向けたエリザは、冷静に引き金を引いた。
聞いたこともない耳をつんざくような轟音が響き。一発の小さな弾が、空気を裂きながら目にも止まらぬ速さで少年へと迫る。狙われるは眉間。
エリザは、火薬のニオイに顔を一瞬顰めたが――
「おっと、危ない」
人間の目には捉えらる筈のない弾丸を少年は、顔を軽く傾け躱す。彼を通り越した弾丸は背後に積み上げられていた薪の山を砕くだけに終わってしまう。
エリザは思わず「ウソでしょ……」と引きつった笑みを零す。
「ははっ、どこでその技術を手に入れたか知らないけど。僕には無意味さ」
話している間にも襲い来る聖剣の猛攻撃と銃弾の雨を躱しながら、少年はそう言うと、いつの間にか背後に現れていた黒い穴へとチラリと見る。その奥は真っ暗で何も見えない。
アリスはどうにかしてエスティアを取り返そうと手を伸ばす。気づいたエスティアもどうにかして体を動かそうとするが――
「ダメだよ」
闇のように暗い少年の声がエスティアの耳に届く。その時、エスティアは“とても悲しそうな声だな”と思いながら、その意識は深い、深い、場所へと落ちていった。
「エストさん!」
少年がエスティアの耳元で何かを囁いた瞬間、彼女は眠るように沈黙してしまう。が、殺されたわけではない。アリスの瞳にはしっかりとエスティアの周りに纏う魔力が見えていたからだ。
アリスは少年を逃がさないといわんばかりに光の鎖を放つ。まるでヘビのようにうねりながら襲い掛かる鎖を少年は追い払うように手を動かす。すると、鎖たちは呆気なく消滅してしまう。
背後のエリザが引き金を二度引く。が、それも呆気なく躱されると、少年はニヤリと笑う。
「なっ」
「ヒヒヒ、じゃあね」
少年はそう言って三日月のように口元を歪めると――エスティアを抱えたまま、その穴の中へと飛び込んでいく。
咄嗟にアリスもその穴へと飛び込もうとした瞬間、彼女を追いこす様に――
「エストを返してっ!」
「シュティレさんッ!」
今さっき、意識を取り戻したとは思えないような動きで立ち上がったシュティレは、躊躇することなく少年を追って穴の中へと飛び込んでしまう。アリスはその際に一瞬だけ躊躇してしまい、その間に開いていた穴は消滅してしまった。
そして、村は何事もなかったかのような静けさを取り戻す。なにも無い空間を見つめながら、アリスは聖剣の柄をこれでかと強く握りしめる。
「……ッ」
手に持っていた武器を消したエリザはアリスへと駆け寄り、先ほどまで穴があった部分の辺りをグルグルと動き回り、痕跡がないか探す。が、転移系の魔法や魔術を追跡することは不可能だ。
おそらく、魔力が視えるアリスといえど、追いかけることは無理だ。証拠に、アリスは無言のまま立ち尽くしている。
「ピーナッツ、アンタなんか知らないの?」
『そんなこと言われましても……拙者、メオン以外のフェークは知らないのです。それに、この体ではニオイも追えませんし』
「……はぁ」
エリザは小さくため息をつく。例え、英雄と言えど、結局のところはただの人間だ。できないことは山ほどある。こう言った場合に関しては全て――元仲間のスライの役割だったこともあり、戦闘メインのエリザはお手上げだといわんばかりに肩を竦める。
どうしたもんか、と思ったその時――
「おい、困ってるみたいだな」
弾かれるようにエリザとアリスが声の方へと顔を向ける。すると、そこには――ぱっと見少年にも見える黒髪の少女が立っていた。
太陽の光に照らされたその姿は、エスティアと瓜二つ。まるで双子だ。が、決定的に違うのは、その勝気な眼差しの奥で輝く青緑色の瞳だろう。
「あ、あなたは……」
アリスが困惑に琥珀色の瞳を揺らす。彼女の瞳には纏う魔力が視えている。だからこそわかる。目の前の彼女はあの時、無人島にて仮面を付けていた少女だということが。
そして、勇者としての直感が言っている――彼女は恐ろしく強い。纏う魔力があの時とはけた違いだ。隣に立っているエリザも感じているのだろう。表情を険しくさせたまま手に武器を握っている。
少女は鼻で笑いながら肩を竦めると、戦意はないと言いたげに両手を上げてヒラヒラと軽く振る。が、それだけで武器を下げるわけにはいかない。二人は動かない。
「はっ、なんもしねーよ」
「あら、じゃあ、なんの用かしら?」
エリザはそう言って笑みを浮かべる。が、その紫色の瞳は敵意を隠そうとはしていない。アリスも琥珀色の瞳を鷹のように細める。
少女はうんざりしたように首を振ると、上げていた手を下げた。そして、エリザの肩で震えているピーナッツを一瞥した後、口を開く。
「はぁ……オレには時間が無いんだ。悪いが、道案内は期待しないでくれ」
「なにを言っているの?」
「――エリザさん!」
アリスが突然、エリザを抱き寄せたその瞬間――彼女たちの足元には突如として暗く巨大な穴が二人を飲み込まんと顎を開いていた。二人の口から思わず、あっという声が漏れる。
気づいた時には遅かった。近くに体を支える物は無く、重力に従うように二人の体は呆気なく暗闇へと吸い込まれ消えていってしまう。
二人の体が完全に穴の中へと消えると、まるで口を閉じるように穴が消滅する。
「頼む……あいつらを……」
そう言ったアードシアは片手で顔を覆うと、そう呟き、その姿を霧のように霧散させた。
これにて五章終了いたしました。
次回からは六章ですが、諸事情により次回の更新は2019年1月19日(土)予定しております。
永遠の未完にはしないつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。




