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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第五章 時を刻む、命を刻む。機械仕掛けのそれは、君と共に

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43 壊さないで、お願いだから


 村へと入った二人を待っていたのは、沢山の時計だった。

 表札代わりの一軒一軒に飾られた様々な時計たち。カラフルな物。岩でも取り付けたかのようにゴツゴツとした物。魔法も技術の一つとして使っているのだろう、水の針で時を刻む物もある。

 それらは、カチ、カチ、と一糸乱れぬ動きで秒針は時を刻み。一糸乱れぬ動きで分針が時を刻む。シュティレは物珍しそうに辺りを見回しては、声にならない声を漏らし、その神秘的なまでの光景に魂を震わせずにはいられなかった。


「ここが……エストの生まれた村……」


 やっと出てきた言葉はそれだった。エスティアは、フワリと表情を緩めると、彼女と同様に景色を楽しむ。最後の記憶から全く変わることの無い景色と音色に懐かしさからか、まるで鎖で縛られた様に胸が締め付けられる。

 あそこの家にかかっている時計のガラスに入った傷は昔、そこの家の夫婦が喧嘩した際にできたやつだ。その隣の家の時計はこの村一番の時計職人が作ったやつで、その隣は……六年たった今でも、まるで昨日のことのように思い出す。


「変わらないな……」


 エスティアが郷愁に満ちた声で呟いた瞬間、近くの民家から一人の男性が出てくる。

 男性はジッとエスティアを見つめる。記憶より格段に老けては見えるが、彼女はその男性に見覚えがあった。いつも、自分の家の時計を自慢してくるご近所さんだ。名前は知らないが、いつも可愛がってくれたその人は、彼女を見るなり――表情を一変させ、こう呟いた。


「な、んで……お前が……生きているんだ……っ!」

「……え?」


 男性はまるで、悪魔でも見たかのような怒りや恐怖に塗りつぶされた瞳でエスティアを鋭く睨みつけた。その瞳にエスティアは息が止まってしまう。そして、記憶の中に住んでいた“彼”という存在がガラスのようにひび割れていく。

 記憶とは全く違う。見たこともない敵意に満ちた表情。そして、震える声はエスティアが生きていることに対して、本当に疑問に思っていることがビリビリと伝わって来る。


「なぜ、なぜ……っ! なぜ、()()()()が生きているんだッ!」


 男性の声が村中に轟いた。その瞬間、民家の窓が開き、住人たちが何事かと顔を覗かせた。が、エスティアを視界に捉えると全員の表情が一斉に男性と同じような物へと変わった。まるで、この村の時計のように一糸乱れぬ動きで、同じ表情を見せる彼らにエスティアは呼吸が止まりそうなほどの苦痛に襲われた。

 シュティレは状況がわからず困惑の表情を浮かべているが、エスティアを守るように前へと立つ。もし、エスティアに危害を加えるのなら、村人を殺す覚悟だ。


「なぜだ! なぜ悪魔の子が生きている!? 死んだはずだろッ!」

「そうだ! あの時死んだはずだ!」

「きっと、隠れて生きていたんだ! 忌々しい、悪魔の子が!」

「殺せ! 悪魔の子を殺せ!」


 村人が口々に叫ぶ。その声はどこまでも憎しみにみており、魔剣が反応し、鎖が震える。

 エスティアはどうしたらいいかわからなかった。脳を支配する“どうして”。その一言が心臓へと突き刺さる。そして、粉々に砕ける懐かしさと嬉しさ。


「なん……で……なんで……っ」


 エスティアは悲痛の面持ちで村人を見回す。どれも見知った顔だ。が、その表情は知らない。知りたくなんてなかった。どうしてこうなった。

 こんな奴ら……と考えた瞬間、腰の魔剣が“コロセ。そんなヤツラはコロシテシマエ”と囁く。

 あぁ、マズイ。ダメだとはわかっていても、エスティアの意志と反するように手が勝手に動く。フルフルと震えながら。エスティアは“コロセ”と内心で呟いていた。

 ゆっくりと、彼女は腰の魔剣の柄へと手を上そうと――だがその時、優しき少女の声が響き渡った。


「待ってみんな! その人は違うわ!」


 慌てた表情で、エスティアたちと村人たちの間へと割って入って来たセメイアがそう叫ぶ。が、村人たちは彼女を一瞥すると怒りと恐怖に交じった表情でエスティアを指さす。

 ハッと瞳を見開き、咄嗟にエスティアは魔剣の柄から手を下ろし、セメイアへと視線を移した。そして、思う。“昔とは逆の景色だ”、と。


「なにを言ってるんだセメイア! ソイツは、悪魔の子だろ! 俺は隣の家だったからよーく覚えてるぞ! 見間違うはずがないッ!」

「そうよ! その顔! 見間違うはずがないじゃない!」


 夫婦がそう叫ぶ。エスティアは覚えている。彼らは確かに隣の家に住んでいる夫婦だ。いつも、朝の挨拶をしては果物やお菓子をくれた優しい人たち。だが今は、そんな優しさは幻だと思ってしまうぐらい、敵意の眼差しを向けている。

 それに同調するように他の村人たちは「そうだ!」とはやし立てた。エスティアは逃げ出したかった。全ての思い出を踏み潰していくような敵意と殺意。庇うように前に立つシュティレも表情を硬くしながら、骨が浮き出るほど強く拳を握り締め、その表情には怒りと悲しみが浮かぶ。

 村人たちは今にでも襲い掛かろうと殺意を飛ばす。このままでは間に居るセメイアとシュティレまでもが、巻き込まれてしまう。が、セメイアは臆することなく、エスティアを指さした。


「みんなっ! よく見てよ。彼女の瞳は()()じゃないわ!」


 その言葉に村人たちはジロリと鋭い眼差しでエスティアの“瞳”を見つめる。その瞬間――


「……本当だ。()()じゃない……」


 誰かがそう呟く。すると、倣うように「本当だ」という声が漏れ出る。エスティアはもう何もわからず、ただ黙って立っているしかない。シュティレも同様のようだ。


「ね? そもそも考えてみて。悪魔の子は、あの時――お医者様が倒してくれたじゃない」


 セメイアのその一言にエスティアは心臓が跳ねる。

 村人たちはその一言によって、殺意を一気に吹き飛ばした。そして「そうだな」という言葉と共に、村人たちは優し気な笑みを浮かべた。

 突然のことに二人は拍子抜けしたような息を漏らす。一体、なにが。


「そうだな……あの人が失敗するなんてありえないもんな……君、悪かったね」

「え……? あ、いや……気にしてないです……」


 男性が申し訳なさそうに謝ると、他の村人たちも申し訳なさそうに表情を歪めると、早々に家の中へと引っ込んでしまった。あまりの変わりように、エスティアは背筋に冷たい物を落とされたような気分のまま、戸惑いの表情で返事を返す。


「いやーこの世界には、自分とソックリな人間が五人居るって言うもんな……でも、本当にそっくりだな……」


 男性はそんな独り言を喋りながら、早々に立ち去ってしまう。恐らく、わかってはいても気味が悪いのだろう。そんな雰囲気を察したエスティアとシュティレは気まずそうに表情を伏せた。


 村人たちが居なくなると、目の前に立っていたセメイアはホッと息を吐き出し振り向く。その表情は本当に申し訳なさそうに歪んでいる。そして、彼女は頭を下げる。


「二人とも……特にエスト、ごめんなさい。嫌な思いをさせて」


 エスティアとシュティレは黙ったまま、目の前で頭を下げる彼女を見つめる。シュティレに至っては半ば睨みつけるような物へとなっている。

 無理もない。呼ばれてきてみれば、突然“悪魔の子”と呼ばれ、“殺せ”とも言われたのだから。だが、まさかセメイアもこんなことになるとは思っていなかったらしく、その声は酷く暗い。


「セメイア……とりあえず、ここから離れよう」


 エスティアはそう言ってセメイアに顔を上げるように促す。


「そう、だよね……本当にごめんなさい」


 彼女の言葉にエスティアが答えることは無い。より一層、表情を暗くさせたセメイアは二人を先導するように先を歩き始める。

 その後ろ姿に、エスティアはなんとなく不安を感じた。理由はわからないが、なにか、なにか、が記憶と違う。が、今はそんなことを深く考える余裕はなかった。

 シュティレは暗い表情でいるエスティアの背中の裾を握りながら、無言で先を歩く彼女へと続いた。

 

 






 少し歩くと、エスティアは思わず立ち止まってしまう。シュティレは不思議に思い彼女の前へと回り込む。一体どうしたのだろう。

 だが、エスティアはシュティレが前に居ることすら気付かないと言いたげに、目の前の民家へと視線が釘付けとなっていた。

 足がこれ以上進むことを拒否している。行きたくない。嫌だ。嫌だ。そんな感情が雪崩のようにエスティアの脳内を埋め尽くす。


「エスト? 大丈夫?」


 シュティレがそう声をかけると、エスティアはハッとしたように、彼女を見つめる。


「あ、だ、大丈夫……」


 フッと小さく息を吐き出したエスティアは、意を決したように一歩を踏み出した。それだけで、動悸が激しくなり、指先が冷たくなったように震える。が、止まっていては、シュティレとセメイアに心配をかけてしまう。

 ドアの隣に飾られた時計。小さな頃と全く変わらず、時を刻み続けるソレへと近づき、エスティアはそっと時計へと触れる。

 そして、小さく――


「久しぶり」


 呟く。その声は秒針の音にかき消されてしまいそうなほど小さく、弱弱しい。だが、ドアの隣に立っていたセメイアにははっきりと聞こえていた。

 シュティレは聞こえていなかったが、エスティアのとても寂しそうなのに、少し嬉しそうな表情を見せながら時計へと額を当てる様子を見て、察する。


 この家は――エスティアが生まれた家だ。ここで彼女が育ったのかと、また一つ彼女のことを知れて嬉しい気持ちがあったが、彼女の寂しげな表情を見て、シュティレは悲しみを瞳に浮かべた。


「……お母さんとお父さんは……いるの?」


 気まずそうに紡がれた言葉に、セメイアの表情に濃い影が差した。そして、小さく首を横に振った。


「おばさんとおじさんは……エストが居なくなったすぐ後に……亡くなったの」

「えっ」


 心臓を冷たい氷のつぶてで貫かれたような衝撃と冷たさに、視界が一瞬白んだ。エスティアは唇を震わせたまま、ドアに飾られた時計をジッと見つめた。

 カチ、カチ、と変わらず時を刻む秒針。ガラス盤に反射した自身の表情を見たエスティアは――酷く無表情でいることに対して驚いた。悲しみも寂しさも何も感じていないかのような表情は、まるで、ブリキの人形のような冷たい顔だ。


「……そっか」


 何拍も置いた後、やっと彼女の口から出た言葉はそれのみだった。声は酷く暗く、弱々しく、彼女の心情を現しているようにも思える。セメイアはそっとドアへと手を伸ばし、押し開く。

 ギィ、と音を立てて開いた扉の奥から酷く懐かしい香りがエスティアの鼻腔をかすめる。古くなった木の匂い。部屋の端にある作業台から漂う金属の匂い。大好きだった匂いだ。


「あ……その、まんま……だ」


 片手で口を覆いながら、エスティアは恐る恐る家の中へと足を踏み入れた。

 まるで、“おかえり”と言いたげに、家じゅうに染みついた懐かしき香りがエスティアを取り囲み鼻腔を支配する。心臓が痛い。ズキズキと痛むそれに彼女は表情を顰めた。


 そっと、自分の指定席に腰を掛けた。古びていても丈夫な木材で作られた椅子はギィ、と小さく悲鳴を上げたものの、それだけだ。エスティアはそこから見える景色をスタートボタンに、過去の記憶を再生し始めた。






 セメイアとシュティレはそっと家の外からエスティアを見守っている。シュティレはチラリと隣の彼女を見つめる。その切なげな表情を見て、シュティレは警戒心を完全に解く。

 きっと、彼女はエスティアに知って欲しかったんだ。死んだと思っていた彼女が生きているとわかって、余計に自分の両親がどうなってしまったか。


「セメイアさん……」


 シュティレは恐る恐る、彼女へと声をかけた。すると、優し気な笑みを携えた彼女は振り向く。その優し気に細められた瞳に射抜かれた瞬間、シュティレの心臓が軽い締め付けを感じた。たれ目がちで、大人しそうなソレは少しだけ、姉に似ているように見えたからだろう。


「どうしました?」

「あの……エストは……小さな頃のエストはどんな子でしたか?」


 そう言ってぎこちない笑みを浮かべる。本当は、さっきの村人の反応のことを聞きたかった。が、どうしても聞く気になれなかった。きっとセメイアがあんなに嬉しそうな表情を見せているせいだ。

 初めて見た時、エスティアを抱きしめる彼女の表情を心からの安堵を浮かべていた。まるで、生き別れの兄弟が再会するような。そんな彼女から話を聞けるわけがない。


「そうですね……」


 やはり予想外の一言だったのだろう。

 一瞬だけ、瞳を見開いたセメイアはその表情を際限なく緩ませると、静かに語り始めた。

 

 



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