39 なぁ、俺は誰なんだ?
聖剣と青色のガントレットが衝突。爆発音のようなと音と共に火花が散った。
メオンは、ニヤリと笑みを浮かべると、赤色の拳をアリスへと放つ。薄い炎を幕を纏った拳を寸でのところで避けた彼女は、体勢を低くし、足払いを仕掛ける。
だが、メオンは軽々と聖剣の腹部分を土台に、腕の力で跳びあがると、そのままアリスへとかかと落としを叩き込んだ。
「――ッ!」
アリスは、咄嗟に聖剣から手を離し、バックステップでそれを躱す。と、同時に聖剣をその手に呼び戻すと再び斬りかかる。が、それは難なく躱されてしまう。
アリスはふぅ、と息を吐き出した。
メオンは強い。おそらく、魔法か何かで自分を強化しているのだろう。聖剣で強化された身体能力と互角か、それ以上の身体能力を彼は有している。だが、疲れ知らずとはいかないようだ。
隠してはいるようだが、メオンの表情には、疲れが滲んでいるようにも見える。
アリスは、黄金にも見える純白の柄を、キュッと握り締めると、細く長く息を吐き出す。
「貴方は、どうしてエストさんを狙ったのですか」
アリスがそう言うと。メオンは、拳を握り締める。
「命令されたから。それだけだ……」
「なら、なぜ――」
「お前と戦いたいと思ったからだ」
力の篭ったメオンの声が響く。彼は、赤と青のオッドアイを子どものように輝かせ、アリスを見つめたまま言葉を続けた。
「初めてなんだよ……父さんの命令に背いてでも……お前と戦いたいってさ。お前ならわかるだろ? 強者と戦いたいっていう気持ちをよぉ」
その言葉に、アリスは初めてその表情を変化させた――不快感に満ちたそれに、メオンはグッと息を呑んだ。まるで、人形かと思ってしまうほど、温度のない表情。
無表情の時も、メオンはアリスのことを不気味な奴だとは思っていたが、今の表情の方がずっと不気味だった。
「全く理解できません。私の行く道を阻む者を、斬る。それだけですから」
「……そうか、お前は」
メオンは哀れみの笑みを浮かべ、拳を構えると、一気に地面を蹴った。鉄製の床を踏み抜く勢いで駆けだした彼は、一瞬でアリスの目の前まで迫る。
水を纏った青い拳が、再び無表情へと変わっているアリスへと振り下ろす。
アリスは、その拳を聖剣の腹で受け止めると、魔力を流す。高温となった聖剣に触れていた拳の水が一瞬にして蒸発。その熱によってガントレットに守られた皮膚を焼かれ、メオンは表情を痛みに歪む。
だが、アリスの反撃は始まったばかりだ。
魔力を放出し、爆発的な推進力として、メオンの拳を弾き飛ばす。そしてそのまま、がら空きとなった彼の体へと聖剣を振り下ろした。斬り裂かれた傷口から大量の、黒ずんだ血飛沫がアリスへと降りかかる。が、それは聖なる光によって、すぐさま蒸発してしまう。
「グ、ァァアアアアアアアッ!」
左肩から大きく切り裂かれたメオンは、痛みに咆哮を上げながら、後退する。だが、終わらない。
アリスは、すぐさま後退したメオンへと、迫ると、聖剣を振り上げた。痛みで反応が遅れた彼は咄嗟に右腕で防御した。が、遅かった――彼の赤いガントレットを装備した右肘から先が宙を舞う。
「ッグゥゥゥウウウウウ……ッ!」
メオンは、痛みに耐えながらバックステップで距離を取ると、アリスを睨みつける。だが、傷口からは絶え間なく、黒ずんだ血液が流れ、足元に血だまりを作り、その瞳は虚ろで、肩で呼吸をしている。
普通の人間なら死んでもおかしくない出血量だが、メオンは、ポケットから一枚の紙を取り出したかと思うと、それを右腕の切り口へと張り付けた。
その瞬間、張られた紙から、生き物のように黒い文字のような物が、噴き出し、新たな右腕を形成するように、蠢く。おそらく術式魔術だ。人体に行うものは聞いたことがないが、アリスはそう感じた。
メオンは、苦しそうに呻きながらも、もう一枚、紙を取り出し、胸に刻まれた切創にも張る。すると、みるみるうちに傷口が塞がっていく。
「……っは……ハァ、ハァ……やっぱり……俺は……」
「まだやりますか? 貴方では、私には勝てない」
アリスの冷たい声が響く。
傷を治したところでメオンに勝ち目はない。おそらく、彼は近接型ではないのだ。どうして、自分のスタイルで戦わないのかは不明だが、アリスは経験からそれを導きだしていた。すると、彼は怒りのような、悲しみのような、諦めのようなものが入り混じった複雑な表情を浮かべた。
「……きっと、今の俺では、お前に勝てないだろう。なんせ、支援特化型が、近接型に勝てるわけないんだ……知っていたさ。だがな……」
メオンは、術式で形成された黒い腕を床へとつける。すると、黒い文字がヘビのように動きながら、アリスへと襲い掛かった。が、アリスは聖剣を横薙ぎに払い、光によって消滅させる。
メオンは舌打ちをするが、すぐさま、先ほどとは倍以上。数百匹もの黒いヘビを放つ。そして、瞳を鋭くさせた彼は言葉を続けた。
「俺はずっと憧れてたんだ! 自分の意志で強い奴と戦うってことを……だから、俺は絶対に止まらねぇ……お前を倒すまで絶対に死ねないんだぁぁああああっ!」
ダンッ、と勢いよく床を蹴ったメオンは、黒い拳を無数のヘビたちとともにアリスへと振るう。それを最小限の動きで躱した瞬間、彼はニヤリと笑みを浮かべる。
黒い拳はまるで、針山のように無数の刃を生み出し襲い掛かる。最小限の動きで避けていたアリスは、強く足を踏み込み、魔力をブーストとして背後へと跳躍。だが、背後へと着地した瞬間、彼が嬉々とした声を上げた。
「かかったな! 水の槍たちよ! その純白の人形を貫けぇぇぇぇええ!」
「――ッ!」
アリスの着地点には突如として、無数の文字が浮かび上がる。それは、青く輝いたかと思うと、いくつもの鋭い水の槍となって地面から突き出す。なんとか身体を捻り、躱そうとするが、そのうちの一本の穂先が着地に使っていた左足の、比較的鎧が脆い太ももを貫いた。が、傷も小さくダメージとしては大したことない。
そして、聖剣の光によってその槍を蒸発させたアリスは、すぐさまその場から離脱。だが、またもや、着地した傍から、先ほどと同じように水の槍が地面から襲い掛かる。
「――シャイングリッター!」
槍が湧き出る床へと聖剣を突き立てたアリスは、魔力を込めた。目がかすむほどの光を放つ聖剣は、その地面に刻まれた術式ごと、消し去った。そして、彼女は辺りへと視線を移す。
床中にはいくつもの術式の様なもが書かれた“紙”が落ちている。おそらく、アレを踏むと魔術が発動する仕組みになっているようだ。実際に、足元にはほとんど灰となった紙が足元に落ちていた。
いつの間に、と考え。アリスは、あの時襲ってきていたヘビがどこにもいないことに気付く。そして、その紙が、ジリジリと、彼女の動きを牽制するように滲みよる。一歩でも、足を動かせば踏んでしまう。完全に動きを封じられた。
そう思った瞬間、急な脱力感に襲われたアリスは、その場に片膝を付いた。そして、彼女は気付く――自身の魔力が先ほどよりも大幅に減っていることに。
「さすがは、光の勇者。素晴らしいほどの魔力量……羨ましい限りだ」
「ぐ……っ、いったい、なにを……」
聖剣を杖に立ちあがったアリス。だが、その表情にはいくらかの疲労が滲み出ている。今すぐに動くことは困難だろう。魔力は生命力にも等しいものだ、その大半を突然失ったのだ、本当であれば、意識を失ってもおかしくはない。
メオンは、感心したようにそう言った。表情にもそれが滲み出ているが、アリスは瞳を鋭くさせたまま柄を握り締める。
「この部屋に入った時、魔力が減った感じはしなかったか? あれは、俺の“術式魔術”でな。この部屋にいる限り、なにもしなくてもお前の魔力は自動的に消費される仕組みになっているんだよ」
「……そう、いう……ことでしたか……どうりで、納得しました……っ。なら何故、今攻撃しないのですか」
アリスがそう言うと、メオンは、複雑な笑みを浮かべる。
絶好の機会。なのに、目の前の彼からは、攻撃をしようという意思が全く感じられない。故に、アリスはその瞳に怪訝を浮かべた。
「なんでだろうな……強い奴と戦って死ぬ。それが、俺の望みだと思ってたんだがな……どうやら、俺は……敵でもいいから、家族以外の誰かと……話したかった。いや、覚えていて欲しいだけなのかも……まぁ……死に際の戯言だとでも思って聞いてくれよ」
「……」
アリスは、それに答えることは無かった。が、聖剣を握る手を緩める。すると、メオンは嬉しそうに笑みを浮かべ、話し始める。
「……俺は、人形だった。ただ命令に従って、人を殺す。メオンを知っている人間は全員殺した。親、友人……だが、俺は……人形に成り切れなかった……っ」
メオンは苦し気な表情で、自分の胸を強く押さえ、言葉を続けた。
「自分の命が減っていくたびに、思っちまうんだよ。このままでいいのかって……ただ命令に従うだけの一生に意味はあるのか……こんな俺に生まれた意味はあるのかってよ……なぁ、光の勇者。お前は自分に、生まれた意味があると思うか?」
悲痛の篭ったその声が響く。
アリスは、自分の聖剣を見つめた。そして、思い出すは――聖剣の担い手として選ばれた、あの日。
そして、静かにアリスはメオンへと顔を上げる。その琥珀色の瞳は、驚くほど澄んでいた。温度を感じさせない表情に、彼は探るように瞳を細める。
「考えたことなんてありませんね。聖剣に選ばれたあの日から……私は、人のために戦う。そう決まっているのですから。意味を考える暇など、不必要です」
「……そうか。やっぱりお前も、俺たちと同じなんだな。なら、もういい……悪かったな。こんな、くだらんことに付き合わせて……」
メオンは、全てを諦めたような表情でアリスを見つめる。そして、その表情を一変させ、勇ましい笑みを携えた彼は両手両足を床へとつけ――一気に魔力を放出した。
メオンの内側からは際限なく魔力が、噴火した火山のように噴き出し、それは瞬く間に流星となって彼の体へと降り注いだ。その瞬間、辺りの雰囲気が変わった。まるで、なにか、よくないものが姿を見せようとしているような。
危険を察知したアリスは即座に聖剣を構え、斬りかかろうと踏み込んだ瞬間、思ったように力が入らずふらついてしまう。
「ごめんな……みんな……さぁ、いくぞ、これが俺の最後だァァアアアアアアアッ!」
一筋の涙を零したメオン。彼の赤と青色の瞳が宝石のように硬質化を始める。彼は、自分の心臓部で、砕けるような音を聞く。
ベキリ、ベキリ、と黒い腕は獣のように三本の鋭いかぎ爪がついた巨大な腕へと変形させ、そこから、メオンを侵食するように漆黒の文字が彼を包む。
ジュクジュクと、焼け爛れるように皮膚が裂け、内側から黒い筋肉のような物が現れる。それは徐々に、彼の体を喰らい尽くす様に、自身を獣へと変形させていく。同時に、辺りには濃密な魔力が立ち込める。
右腕以外の手足は、猿のような手足へと変わり、その先端には鋭いかぎ爪がついたものへと。体は同じく猿のようへと変形。そして、元々、ガタイがよかった彼の体の倍程の大きさへと変え、その体つきも人間の時とは比べ物にならないほどの強靭な筋肉に覆われていた。
黒く巨大な“真猿類”のような姿となったメオンは、鋭い牙をチラつかせながら、威嚇するように喉笛を鳴らし、アリスへと迫る。
その姿にもう理性は感じられない。ただ、目の前のものを葬ることしか考えらえなくなってしまった“バケモノ”だった。
『――グルラァァァアアアアアアアアアアッ!』
異常に巨大化した右腕を振り上げたメオンは、その鋭いかぎ爪で、アリスを斬り裂かんと振り下ろした。
当たれば、即死級の攻撃。だが、アリスは全く動じることなく、聖剣へと魔力を流しながら、バックステップでソレを避ける。
黒いかぎ爪が振り下ろされた鉄製の床は呆気なく砕け、小規模のクレーターを作り上げる。バケモノは、苛立たし気に両鼻から息を吐き出すと、その強靭な筋肉をバネのように使い、猛スピードで距離を詰め、再び彼女へと攻撃を仕掛けていく。
左腕が振り下ろされれば、アリスは軽々と身を躱し。再び右腕が振り下ろされれば、聖剣の腹でそれを受け流す。醜悪な息を吐き出し、鋭い牙の生えた顎が襲い掛かれば、彼女は跳びあがり、それを避けた。
『グルルゥゥゥゥウウウウウウッ』
ストンと着地した、アリスを睨みつけるバケモノは、苛立ちで床を殴りつける。その度に、部屋全体が地震のように揺れる。牙が飛び出た口からは、吐息のように魔力が吐き出され、それは無数の槍へと変形し、彼女へと襲い掛かった。
聖剣が光り輝く。まるで流水のごとき滑らかに腕を振るい、目にも止まらぬ動きで、アリスは襲い来る無数の槍を全て叩き落す。
「愚かですね。それが、貴方の切り札ですか……くだらない」
『グルルルゥ』
アリスは聖剣を下げたまま一歩、一歩とバケモノとの距離を詰める。
バケモノは口から魔力を吐き出し、弾丸のように打ち出した。吹雪のように吹き付ける魔力の弾丸を、アリスは避けようとはしなかった。
鋭い弾丸が着弾。だが、カキン、とアリスの純白の鎧へと弾かれた傍から蒸発し、消滅していく。彼女の歩みは止まらない。
だが、もう、困惑という感情を無くしているバケモノは何度も、何度も、何度も、歩み寄る彼女を殺すための弾丸、槍、ナイフといった様々な凶器となって彼女を襲う。が、全て鎧によって弾かれてしまう。
聖剣の加護によって強化された鎧は、並みの攻撃では傷一つつかない。加えて、彼女の纏う神聖な魔力が、バケモノの邪悪な魔力を無効化しているのだ。
「その力では、余計に私に勝つことなんて不可能でしょう」
『グゥゥゥウウウウウ……ラァァァアアアアァァァアアアアッ!』
口の端から蒸気のように魔力を吐き出しながら、バケモノは歩み寄るアリスへと突進する。そんなバケモノ宝石のような瞳には、いつの間にかヒビの様なものが広がっている。
アリスは静かに聖剣を構える。狙うは、あの“瞳”だろう。アレを潰せば、バケモノは恐らく死ぬ。あそこだけ魔力の流れがおかしいのを、彼女の瞳は見抜いていたからだ。
吸い込んだ息を肺の中へと留まらせ、瞳を閉じる。アリスの耳から、全ての音が遮断される。唯一聞こえるのは、自身の鼓動のみ。
バケモノが右腕を振り上げた。
その瞬間、アリスは静かに聖剣を振るう。
流水のように振るわれた純白の一閃は――バケモノの赤と青の瞳を呆気なく砕いた。
『――ッガァァァアアアアアァァアアッ!?』
パリン、とガラスが砕けるように赤と青色の破片が床へと散らばり、バケモノは痛みに苦しむように激しく自身の頭を床へと叩きつけた。その度に、血のようなどす黒い液体が飛び散り、腐臭のような物が立ち込める。
冷たい眼差しで、アリスは見つめたまま聖剣を静かに掲げ、口を開いた。
「人は人として戦うから、その戦いに意味があるのです。人生もそうだと、私は思います。人として生きて、人として死ぬ……から、意味がある」
無感情に紡がれた言葉に、バケモノはゆっくりと顔を上げる。暗い洞窟のように口を開けた眼窩からは、涙のように黒い液体が流れ落ちている。
『……ダド、エ……ニ、ゼモ、ノ……デモ……ガ……?』
彼はそう一言問う。
「偽物でも、作り物でも、“自分”という存在がある限り、そこに意味はあります。生きようとあがき続ける限り」
『ゾウガ……ジャ、ア、オレ……バ、ダメ、ダ……ナ……アギラメ、ダ……ガラ……』
彼は悲し気に笑みを零す。その体が命の終わりを伝えるようにボロボロ、と乾いた泥のように崩れ始める。
メオンは、指先が崩れた右手を天井へと伸ばすと、ひび割れた顔で笑みを作った。眼窩から流れる一筋の涙が床へと跳ねる。
『アァ……オレハ……いったい……誰なんだろうな』
そして、彼はその言葉を最後に――黒い砂となって消滅した。
コロン、と地面へと落ちた半透明の石のような欠片は、溶けるように消え去る。と、彼が仕掛けていた術式も床へと吸い込まれるように消滅。それを眺めていたアリスは、聖剣を鞘へと納める。
「誰、ですか……」
そう呟いたアリスの瞳は、暗く淀み、寂しげに揺れている。
気を取り直した彼女は聖剣を鞘へと納め、エスティアが消えていった出入口へと視線を向ける。随分と時間がかかったような気もするが、早く助けに行かなければ。そう思い、彼女が踵を返した瞬間――凄まじい爆発音が響いた。




