04 勇者となれ、そして世界を知りなさい
「さて、王都にやって来たわけだけど」
王都へとやって来たエスティアは困っていた。来たはいいが、どうしたらよいものか、と。
エスティアが住む国――シャール王国は、この王都を中心に様々な村や町でなっている、土地は広いが、人は密集している。
その中でも一番人が多いと言えば、王都だろう。ここに来れば、何とかなるだろうという、軽い考えで来たのはいいが、こういう場合はどこに相談したらよいのか、王都から離れた辺鄙な屋敷でひっそりと暮らしていた彼女が知る筈はない。
「ねぇ、エスト! あれはなに?」
「んー? どれ?」
「あれ!」
考え込むエスティアの腕を引きながら、シュティレは前方で大きなカラフルの球の上でジャグリングを披露するピエロを指さす。あぁ、そういえば、シュティレは遠くの山奥出身だったなということを思い出した彼女は、笑みを浮かべた。
「あれは、サーカスだよ」
「あれが! わぁ、聞いたことはあったけど、すごいっ! じゃあ、あれはなに?」
「ん? あれは、飴を伸ばして動物の形を作って売る人だよ。一個買ってあげるから、好きな物を選んできな」
「うんっ」
初めて見るものばかりなのだろう。シュティレは楽しそうに辺りを見回しながら、飴職人の元へと速足で向かい、瞳をキラキラとさせながら、犬の形、猫の形、大きいものではドラゴンの形をした、色とりどりの飴を選んでいる。
エスティアはそんな彼女へと近づき、彼女の横顔を見つめる。その顔は、嬉しそうにしていながらも、やはり悲しさがにじみ出ているように見えた。エスティアの胸が締め付けられる、が。すぐに振り払うように笑みを浮かべた。
「どう? なんか、いいものあった?」
「うーん……あ! これがいい!」
そういって、シュティレが見せたのは、白い子鳥がさえずるような仕草を見せている飴だった。なんだか、どこかで見たことあるような……まぁ、いいか、と思った彼女はそれを購入する。
飴を舐めながら、二人はのんびりと王都を歩く。
すっかりと、露店を遊びまわってしまった。どうにかして、てがかりを見つけなければ、早く。探し出さなければ。
エスティアは、隣で美味しそうに飴を舐める彼女に視線を移す。だけど、彼女にはいろんなことを体験させてあげたい。少しでも、楽しんで、傷を癒してほしいという自分もいる。まぁ、急ぎすぎても、戦い方も知らない私が、フェルターを殺した相手を倒せるはずもない。
そう考えた瞬間――
「あ、そっか……なんで思いつかなかったんだろう」
「急にどうしたの?」
「シュティレ、“勇者会”に行こう。あそこなら、手掛かりがあるかもしれない」
勇者――魔物を討伐したり、人助けをしたりする人たちのこと言い。まぁ、まさにみんなからは英雄とあがめられる存在。
そんな彼らに仕事を依頼したりする場所が、勇者会と言われる施設だ。この施設は、どこにでもあり、主要都市には必ずあり、大きさも場所によっては城並みだったりする。
それは、勇者会が立派な国は発展している、栄えているという証拠にもなるから、らしい。王都の勇者会なら、この紋章の正体もわかるかもしれない。
シュティレの手を引きながら、彼女は勇者会へと向かう為に、人混みの中へと消えていった。
暫く歩くと、無駄に大きな建物なので、勇者会はすぐにたどり着くことはできた。
無駄に大きな石像や、無駄に光っている銅像。そして、高そうな調度品の数々に、エスティアは、ため息をつき、シュティレは呆気に取られた様子でキョロキョロとしている。
なんだこれは、まるで、趣味の悪い貴族の屋敷にでも来てしまったかのような感覚に陥ったエスティアは、とりあえず辺りを見回す。
鎧を着た大柄な男性、弓を担いだ優男、いかにも剣士といった感じの青年、ほかにもナイフを携えただけの男性など……その面々は――エスティアの隣に立っているシュティレにくぎ付けだった。連れてこない方がよかっただろうか。
「なぁ、あの子かわいくねぇか? 隣の男は彼氏か? 弱そうなやつだな」
「ばーか、聞こえたらどうすんだよ」
「あんな弱そうなやつ、一捻りだぜ」
エスティアは小さくため息を吐く。常人より耳のいい彼女にははっきり聞こえている、確かに、動きやすさを重視した服装は男性に見えなくもないだろう――だが、私は女だ。
仕方ない。なんせ、隣には、美少女、女神などと言った言葉を体現したかのような少女がいるんだから。勘違いされるのだって構わない、というよりも、勘違いしてくれた方が彼女に近づいてくる害虫を追い払いやすいというものだ。
だから、やっぱりちょっとだけ、傷ついている自分のことはそっと心の奥にでも幽閉しておこう。
「ねぇ、なんかすごい見られてるね」
「ん? あぁ、そうだね。シュティレ、ちょっとフードを被ってもらっていい?」
「え、あ、うん。いいよー」
少し前の彼女であれば、シュティレを見つめる輩は客にもなりうるので寧ろ喜ばしいことだ。もっと見せびらかしてやろうという気持ちだったが、今、変に目立つのは避けたい。敵がどこに居るのかわからないのだから。
あとは、そこら辺に転がっている勇者程度にみられるのは、なんとなく我慢ならない。フードを目深に被った彼女の手を引き、勇者会の受付に座って頬杖をつく男性へと、エスティアは声をかけた。
「あの……」
「ん? あぁ、ようこそ勇者会へ。依頼はそこのカウンター、有志勇者希望ならあっちのカウンターだ」
髭面で大柄な男性は、若干面倒くさそうにこちらへと視線を向けながら、左右のカウンターを指さす。やる気がないために、その覇気のない声色は、彼の低めの声と合わさりまるで、冬眠前の眠そうな熊と話しているようだ。
エスティアは、やる気のない男性に思わずため息をつきそうになるが、それは流石に失礼なので、気を取り直して口を開く。隣の彼女は随分と不機嫌そうにエスティアの手を握っている、が。まぁ、放っておいても平気だろう。
「えっと、ちょっと聞きたいことがありまして――この、紋章に見覚えは無いでしょうか、それか、これはどんなものなのか知っていますか?」
「あー? 紋章?」
あらかじめ用意していた、紙に描かれた紋章をエスティアは彼の前へと差し出す。流石に、血まみれの布切れなんか見せれば警戒されてしまう。幸い昔から、絵をかくのは得意なエスティアが十分ちょいで描いた紋章は、本物と遜色はない。
男性は気だるそうにそれを見つめ、首を傾げる。どうやら、あまりいい返事は期待できそうにない。
「こりゃあ、あれだ、“勇者の紋章”だな」
「勇者の紋章……? なんですか、それ」
「俺もあんまり見たことは無いから、詳しくは知らないが。なんでも、聖都の王国勇者にのみに与えられる特別な証? らしいな」
「あの、その王国勇者ってなんですか?」
黙っていたシュティレが首を傾げながら口を開く。確かに、有志勇者や王国勇者など聞いたこともない単語にエスティアも首を傾げる。勇者にも種類があるのか、と。
男性は、そんな二人に一瞬驚いたように目を見開く。それはまるで、“そんなことも知らないのか”と言いたげな視線にエスティアは眉を顰める。
「有志勇者ってのは、その名前の通り、自分で勇者を名乗る人たちのことを言う。そして、勇者となったやつらはここで依頼を受けて、功績を積み重ねるんだ。そんで、その功績や王に認められた勇者は王国勇者になれる。まぁ、そこら辺の詳しい話はあっちで聞いてくれ。俺はちょっと忙しいからな」
「はぁ、ありがとうございました」
話は終わりだと言わんばかりに追い払われてしまった二人は、近くにあった木製の長椅子へと腰を下ろした。そして、互いに顔を見わせる。
「王国勇者、か……」
「フェルターが簡単にやられたんだから、なんとなく強い人だと思ってたけど……」
まさか、敵がそこまで強大だとは思っていなかった。
王に認められた人間、またはそれだけの実力を持っているベテラン。二人では到底敵わない相手だろう、出会った瞬間殺されるのがオチだろう。なんせ、戦闘経験など皆無で、危険とはある程度の距離を置いて生きて来た二人なのだから。
だが、その程度のことで立ち止まるわけにはいかない。エスティアは腰に収まる剣の柄を握り締める。
「よし、シュティレ」
「――勇者になろう、でしょ?」
「え、よくわかったね……」
ちょっとカッコつけて言おうと思っていた瞬間に言葉を奪われたエスティアは、拗ねたように口を尖らせる。シュティレはそんな彼女を可愛いと思い、自然と笑みが零れた。
「だって、エストがこの程度で立ち止まるなんて思わないもん。それに、私たちなら絶対に大丈夫、でしょ? エストが私を、私がエストを守るんだからっ」
「シュティレ……そうだね。よしっ、行こう!」
勢いよく立ち上がったエスティアの表情はシュティレが見たことないほどに輝き、黄金の瞳は憎悪にこそ燃えているが、その生き生きとしたそれに思わず見とれてしまう。だがすぐに、いつも通りの笑みを浮かべ頷き、立ちあがった。
男性に言われた場所へと行くと、そこには数十人ほどの列ができている。
エスティアとシュティレはその様子に若干面を喰らってしまう。勇者になるとなったら、魔物との闘いなど、命を危険に晒すことが多くなると思っていた二人。だがまるで、そんな覚悟なんて微塵も感じられないような雰囲気で並んでいる人たちに驚きを隠せない。
小さなナイフを一本だけ腰に携える青年、魔法の杖のような物を担いだ少女、手を繋いで会話をする男女など、なんとも雰囲気が柔らかすぎる。二人はこんな奴らが勇者になるのかと疑問に思いつつ、順番が回って来るのを待つ。
「君たちも有志勇者希望かい?」
前に並んでいた四人組の一人である青年が、そう声をかける。爽やかな笑みを浮かべる彼の背中には身の丈ほどもありそうな槍が携えてあり、その他の面々もそれなりの武器を持っている。
「あぁ、まあそうだね。君たちもでしょ?」
ニコリと、他人用の笑みを浮かべたエスティアに青年は笑みを深めた。
「見たところ、君たちも補助金目当てかい?」
「補助金……?」
「あれ? 知らないの? 有志勇者になって、定期的に依頼を受けるだけで国から補助金がでるんだよ。ここに並んでる人たちも大半がそれ目当てだろう」
そう呟く青年の表情に影が差す。
「そっちは違うの?」
「俺たちは補助金なんてものに興味はない“勇者”となって魔王を倒したいんだよ」
「魔王、ね……すごいね」
魔王――この世界を征服しようと企む魔物の王。その魔王が放った魔物たちが人間を襲ったり、農作物を荒らしたり、強大な力を持っているおり、と。簡単に言えば、この世界に住む魔物以外の敵だ。
それを倒すなんて、随分と気の遠くなりそうな話だな、と他人事のようにエスティアは聞いていた。
「あぁ、俺たちはいつか王国勇者になって魔王討伐をするんだ!」
拳を握り締め、熱弁する青年に二人も含め、仲間の三人ですら生暖かい笑みを浮かべている。
「あーはいはい、お前が魔王を倒したいのは知ってるから。ほら、呼ばれたから行こうぜ」
「そうよ、ほらほら。ごめんね? お互い勇者として頑張りましょうねっ」
「あ、はい。ば、ばいばい」
そそくさと青年を連れ去る仲間たちに、エスティアはぎこちない笑みを浮かべながら手を振るのだった。
受付の椅子に腰を掛けた二人は緊張した面持ちで目の前の女性を見つめる。
この地域では珍しい、エメラルドグリーンの髪を肩まで伸ばした女性は、そんな二人の反応にはなれているのか、穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「有志勇者ご希望ですね。では、この用紙にお名前をお願い致します」
そう言って差し出された、幾何学模様が薄く描かれた用紙を二人は手に取る。これに名前を書くだけで勇者になれるなんて軽いなぁ、なんて考えつつエスティアは、用紙にエスト・リバーモル、と記入し、隣へと視線を移した。
とっくに記入は終わっていると思っていたが、シュティレはペンを握り締めたまま、こちらを見つめていた。
「どうしたの?」
「その、私、名前……」
「……あぁ、そういうことね。いいよ、私の名前使っても」
「……! ありがとう!」
嬉しそうに破顔したシュティレは、用紙にシュティレ・リバーモル、と記入し、二人で女性へと差し出した。
奴隷に堕とされたさいに、奴隷はファミリーネームを奪われる決まりになっている。それは、一般人と区別するためだと言われているが、真意の程はわからない。エスティアは、何度も嬉しそうに口パクでリバーモルと呟く彼女の手を優しく机の下越しに握った。
「はい、エストさんにシュティレさんですね。少々お待ちください――」
受け取った女性は、用紙に書かれた二人の名前をなぞるように指を滑らせながら、呪文のようなものを唱える。それはまるで、歌声のようで聞いたこともない発音のそれに合わせるように、二枚の紙が光り輝き――
「では、こちらをお持ちください」
光が収まり、女性の手には小さな透明な石がついた二つのペンダントが収まっていた。エスティアは驚きで目を見開く。それに対し、シュティレは興味津々といった表情でペンダントを眺めている。
「え……?」
「わぁ、すごい! 術式魔術ですね?」
「はい、見るのは初めてですか?」
「はいっ、魔法とは違うんですね!」
「そうですね。ですが、術式の場合は指定した用途にしか使えないので便利であり不便ですがね」
シュティレと女性はエスティアには全く分からない単語で会話を始め、盛り上がっている。それを呆気に取られた様子で眺め、首を傾げつつも耳を傾ける。
だがやっぱり、聞きなれない単語のオンパレードに頭痛がしてきたエスティアは楽しそうに笑う彼女の横顔を眺めるのに専念する。あぁ、やっぱ笑った顔もかわいいな、お淑やかな微笑みも好きだが、こうやって年相応に笑う彼女も好きだ、などと考えていると――
「その……そんなにガン見されたら、恥ずかしいんだけど……」
ほんのりと赤く染まった顔で恥ずかしがるシュティレと微笑む女性の視線に、エスティアはぎこちなく笑みを浮かべた。
「ごほん。では、有志勇者となったお二人には、こちらの手帳をどうぞ」
差し出された――赤茶色の皮で出来た手帳を手に取ったエスティアは首を傾げつつ、中をパラパラとめくる。すると、いくつもの幾何学模様や呪文だろうか、言葉が書かれている。
「それは、簡易術式魔術です。魔物を倒した際は、そのページに載っている呪文を唱えるだけで、簡単に辺りを汚さずに解体できます」
「はぇー、最近ってすごいんですね」
こんな便利技術があるなんて知らなかった。これが広まれば随分と生活が便利になりそうなものだが、と思ったが、この技術を勇者だけの特権にしておくことで有志勇者の人数を増やしているのだろう。せこいやつめ。
「では、これはありがたく貰います。それで、私たちでも受けれるクエストとかってありますか?」
「そうですね。エストさんたちは戦えますでしょうか? もし、可能であれば王都の周辺に発生したゴブリンの討伐依頼などが適正でしょう」
そう言って差し出された依頼書には――ゴブリン討伐。難易度 クリアランク
この難易度というのは、石の色をさすらしい。石の色は、透明、緑、青、紫、赤、オレンジ、金色という風に順番に変化していくらしく、これは依頼をこなしていくうちに色々変わっていくらしい。
そして、クリアランクは初心者――つまり、エスティアとシュティレがそれだ。エスティアは戦えるが、一応隣の彼女へと視線を移す、と。彼女は微笑み頷いた。
「じゃあ、この依頼を受けたいです」
「承知いたしました。では、依頼へと出発される前に、この近くにある道具店に行ってはどうでしょうか」
「いらっしゃいませー!」
女性に教えてもらった道具店へとやってきた二人は、店員の元気な挨拶に後押しされるように中へと入った。店内には、新米勇者と思われるグループや、いかにも歴戦の戦士という言葉が似あう男性など、様々な勇者たちが思い思いの武器や、道具を物色している。
早速見回ろうとして、エスティアは足を止め、顎に手を添えながら思案する。いったい何から探せばよいのか、と。やはり、一番必要だと思われる回復薬だろうか。
隣に視線を向ければ、いつの間にかシュティレは奥の方で、魔法の杖を早速物色している。エスティアはまぁいいかと思いながら、辺りを見回す。
「何か、お探しですかー?」
すると、人懐っこい笑みを浮かべた店員がエスティアの前で立ち止まり声をかける。
「あ、丁度よかった。今日勇者になったのですが、どういった物が必要なのかわからなくて、おすすめとかありますかね?」
「なんとっ! それはおめでとうございますー! では、こちらの棚にある――」
元気よく案内をする彼女に連れられ、エスティアは初依頼の準備を進めるのだった。




