34 お尋ねしますが
次の日。
小鳥がさえずる、すがすがしい朝。揃って寝坊したエスティアとシュティレは、欠伸をしながら席へと座り、微妙な表情をしているエリザと、変わらず無表情のアリスに見守られながら、朝食を取った。
二人が食べ終わると、ずっと無言で待っていたアリスが立ちあがった。そして、琥珀色の瞳で眠そうな表情のエスティアとシュティレを見据えながら口を開く。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。もうご存知かもしれませんが、私が、アリス・エステレラ。光の勇者とも呼ばれています」
アリスはそう言って、礼儀正しくお辞儀をした。その動作一つだけで、エスティアは、彼女が厳しい教育を受けてきたのだろうと予想。そして、無理やり目を覚まさしたエスティアはゆっくりと立ちあがる。続くようにシュティレも立ちあがる。
「私こそゴメン。いきなり巻き込んじゃって……エスティア・リバーモルです。できれば、エストって呼んでくれるとありがたいかな。んで、こっちが……」
「シュティレ・リバーモルよ」
シュティレの若干、棘を含んだ声に、エスティアは、肝を冷やすが、アリスが気にしていなさそうにしているので、内心でホッと、息を吐き出した。
人は、どんなものに対してであっても、好悪というものがあるものだ。社交的なシュティレにだって、苦手な物や人がいたとしても、何ら不思議ではない。
「詳しい話は、エリザさんから聞いています。あの時の協力の恩があります。ので、貴女が、闇に堕ちぬ限り、私は貴女に力を貸しましょう」
アリスはそう言って、右手をエスティアへと差し出す。その様子にシュティレは一瞬だけ、目つきを鋭くさせる。が、気付かないエスティアはそっと、差し出された右手を握り返した。
眺めていたエリザは、口元に笑みを浮かべる。そして内心で“ははーん。これは、楽しくなりそうねぇ”と呟く。
「……エストさん。貴女は、昨日のバケモノを知っているようでしたが、他の場所でも対峙したことがあるのでしょうか」
席へと座り、エリザが皆に用意した紅茶を一口味わったアリスは、真剣な表情でエスティアを見つめる。
エスティアは、食べようと思っていた果実を、隣で口を開けていたシュティレへと放り込むと、静かに口を開く。
「戦ったって言っても、あんなにいっぱいのは初めてだけどね。戦ったのは二体。どっちも、シャール王国にあるメツルギの近くにある農場だった。でも……」
「なにか、違いでもありましたか?」
「いや、違いっていうか……最初見た時は、グリーガの中から出てきたの。その次はわからないけど、聞いた話では、猫型の魔物から出てきたっぽいし……だから、私は、魔物に寄生するタイプの魔物かなって思ってたの。でも、そんな魔物聞いたこともないし……」
エスティアは、昨日の出来事を思い出す。人間の体から出てくる姿は、農場で戦ったやつと同じだった。が、人間に寄生する魔物を誰も知らないなんて言うのも、おかしな話だ。
シャク、シャク、と果実を頬張っているシュティレも、うん、うん、と頷いており、エリザも神妙な面持ちになっている。
「確かに、人であれ、魔物であれ、寄生するタイプの魔物は聞いたことがありません。それに、居たとしても、聖都の貴族が一斉になってしまうのは些か、不自然ですね」
「うーん。調べるにしても……聖都には入れないだろうしな……」
自分たちよりも、はるかに経験のある英雄がこう言っているのだ。エスティアはお手上げ、といわんばかりに、椅子の背もたれへと体を預ける。すると、笑みを浮かべているシュティレは、そんな彼女の開いた口の中へと、果実を放り込んで遊び始める。
当然、油断していたエスティア。一口大の果実は口内をスルリ、と滑るように一直線に喉に流れ込む。その瞬間、大きく咽たエスティアは、涙目になりながら、カラカラと笑みを浮かべているシュティレの両頬をつねり上げた。
「シューティーレーッ!」
「い、いひゃい、いひゃい! ご、ごめんってぇ……」
「まったく……」
真っ赤になった頬を摩る、シュティレをしり目に、エスティアが紅茶を飲んでいると。
「……あ、大変」
ポツリ、とエリザが呟く。その、間の抜けた声色にエスティアが首を傾げている。が、他の二人は、勢いよく立ち上がった。
アリスは変わらず無表情。だが、シュティレに関しては鬼気迫る表情になっている。
「お姉ちゃん! どうしたの!?」
「エリザさん、どうしましたか」
「え、なんで……二人とも、なんでそんな、一大事みたいな感じな反応なの……?」
エスティアがそう言うと、シュティレは「あ、そう言えば……」と呟くだけだった。アリスは、無表情で見つめているが、その瞳は「そういう物で理解してほしい」と、言われているように感じたエスティアはそっと、エリザへと視線を戻した。
「で、どうしたの……?」
「とりあえず、荷物をまとめた方が……あ、ダメだわ。来ちゃった」
「え、なにをい――」
エスティアが訝し気にそう言った瞬間、外からガシャ、ガシャ、と大量の足音が響き渡る。その足音は、家の目の前で止まり――
「ここに、魔剣の担い手がいるそうだな! 大人しく出てこい!」
野太い男性の怒鳴り声が響く。その声色からして、穏やかな呼び出しではないことは明らかである。エリザはそそくさと、タンスをひっくり返し荷物を纏め始めている。
シュティレは、眉を顰めると、エスティアへと顔を向け「どうするの?」と言うと、彼女は、微妙な表情になる。
とりあえず、出ていかなければなにも始まらないと思ったエスティアは、魔剣を腰にぶら下げ、漆黒の籠手を装着した。そして、面倒くさそうに太息を吐き出すと、ドアへと手をかけ、外へと出て行った。
シュティレも続こうとすると、アリスが片手で制する。そして、訝し気な表情を浮かべるシュティレと、真剣な表情のアリスは、外を見つめるのだった。
外へと出ると、そこには大勢の騎士たちが武器を握り締めながら、待ち構えていた。その全員が、ただの騎士とは思えないほどの殺気を放っている。
エスティアが無言で立っている。すると、先頭に立っていた男性騎士が、剣の切っ先を向け、じろりと睨みつけながら、口を開く。恐らくリーダ格なのだろう、纏う殺気と迫力が違う。
「貴様が、昨日の晩、他国の貴族たちを招いた舞踏会にて、聖都の貴族を全員殺害。そして、混乱に乗じて、光の勇者であるアリス・エステレラを誘拐した罪で――お前を処刑する!」
「は? え、いや、はぁ!?」
突然の処刑宣告に、エスティアは呆気に取られた表情になってしまう。が、男性騎士は気にすることなく、忌々し気に彼女を睨む。
「あの惨状は、魔剣の担い手である貴様にしかできない惨たらしさだ! 加えて、貴様は我らが隊長である……ヴォガンさんを殺したっ!」
男性騎士は、奥歯をかみ砕く勢いで歯を噛みしめる。向けられた切っ先はフルフルと震え、その深い憎悪を現しているようだ。それに感化されるように、他の騎士たちも人間とは思えないほどの殺気を放ち、“いつでも殺せるぞ”というように、武器を構える。
これはどうしようもない。相手は、エスティアを“殺す”という選択肢以外はないようだ。だが、彼女としては、人間は殺したくはない。が、あの殺気で手加減は無理だ。
「トアロさん」
エスティアが拳を握り締め、踏み出そうとした瞬間、アリスがゆっくりと家から出てくる。その表情は変わらず、やっぱり無表情だが、その声色は困惑を浮かべていた。
アリスの登場により、殺気立っていた騎士たちが、動揺したように顔を見合わせる。どうやら、監禁され、拷問されていると思っていたようだ。
魔剣の担い手というだけで、極悪人のような評判には、呆れるしかない。エスティアは過去の担い手たちも、こんな感じだったのかな、と思い、頭の片隅へと、その考えを放り投げる。
「これはどういうことですか。どんな罪人であれ、一度は法廷に連れていく決まりです。それを……誰の命令ですか」
凛とした声は鋭い。だが、トアロは気にしないといった風に、肩を竦めると――アリスへとその切っ先を向けた。
「あぁ、我らが光の勇者よ。貴女という人は、魔剣の肩を持つのですね……失望いたしました。いやぁ、残念だ」
「質問に答えてください。王の命令ではありませんね?」
「あぁ、我らが光の勇者よ。貴女という人は、魔剣に毒されてしまったのですね……はぁ、なんともおいたわしい」
大げさに両手を広げながらそう言ったトアロは、まるで舞台俳優のよう。だがそれは、騎士たちを動揺から引き戻すには十分。
騎士たちは気を取り直す様に、一糸乱れぬ動きで武器を構え、一斉にアリスとエスティアを睨むような表情へとなる。その様子にアリスは違和感を感じた。と、同時に聖剣が淡く光る。
それを見ていたトアロは、不快そうに鼻を鳴らし、聖剣を一瞥すると、言葉を続けた。
「あァ、なんということか……聖剣まで。あァ、なんと……かわいそうに、やはり、聖剣は貴女を選ぶべきではなかった」
その言葉に、アリスの表情に影が差す。その表情に、エスティアの心臓はドクンと大きく跳ねあがり、小さく拳を握った。
トアロは、ニヤリと、笑みを深くする。そして、銀色に輝く剣を、高く掲げる。
「誇り高き騎士たちよ! 聖剣の担い手、アリス・エステレラは堕ちた! なら、我らはどうする! やることは一つだ!」
演説じみた彼の声が響く。それは、まるで破鐘のよう。だが、所々、澄んだような不思議な声。騎士たちの殺気はそのままだが、目つきが変わった。それはまるで、人間から――獣へと変わるように。
アリスとエスティアは、視線だけ交わらせると、トアロを睨みつけた。彼は大きく息を吸い込むと――
「奴らを、コロセ」
「エストさん、彼らを殺さないでください」
「新米勇者に随分と難しいこと言うね……まぁ、頑張るけど」
氷のような、感情を感じさせない声色でそう命令し、トアロの剣の切っ先が、二人へと向けられた。その瞬間、騎士たちは、獣のような咆哮を上げ、駆け出す。一斉に銀色の波となって、迫りくる。その様はまるで、飢えた獣たちが、子羊へと襲い掛かるようだ。
漆黒の拳を構えたエスティアと、純白の拳を握り締めたアリス。二人が同時に地面を蹴った瞬間――
「アイアンウォール」
気だるそうな、鈴を振るったような凛とした声が響く。
同時に、駆け出していた、騎士と、二人の間を隔てるように、巨大で、分厚い、鋼鉄の壁が、騎士たちを取り囲むように、地面からせり出す。
二人はなんとか、ギリギリの所で立ち止まる。が、半分、獣と化していた騎士たちは、そのまま壁を突き破らんと、衝突。
鋼鉄と鉄がぶつかり、鈍い音が響く。だが、それだけだ。
騎士たちが自分の骨が砕けるほどの決死の体当たりにもかかわらず、分厚い鋼鉄の壁は、かすり傷すら付かなかった。恐らく、砲弾並みの威力を持つ、サイトールが突撃したところで、かすり傷もつかないだろう。
「貴女たち、とっとと逃げるわよ」
エリザはそう言って、何もない空間に向かって、円状に杖を動かす。すると、まるで空間が切り取られた様に、違う場所へと続くゲートを作り上げた。よく見れば、その向こう側には、シュティレが不安げな表情で立っていた。
エスティアは、それに驚きつつも、背後で、激しい音を響かせる壁を指さした。恐らく、騎士たちが体当たりを続けているのだろう。凄まじい音が聞こえる。
「いやいや、あれどうするの!? まさか、放っておくの……?」
金属音に混じって響く、骨や肉が砕けるような音。そして、ほのかに臭う血のニオイ。明らかに異常な状況。
アリスも同じ考えなのだろう。視線はずっと、壁の方を向いている。が、エリザは答えることなく、二人の首根っこを掴むと、半ば引きずるように、ゲートへと向かうのだった。
エリザたちがゲートをくぐったことにより、ゲートは閉じ。それと同時に、鋼鉄の壁は、霧のように消え去る。そして、体当たりをしようとしていた騎士たちが一斉に――ピタリと、停止した。
潰れた腕を痛がる様子もなく、立つ者。自分の血で真っ赤になった鎧で立っている者。骨が砕け、かろうじて人型を保っている者。そのどれもが、トアロの指示を待つように、微動だにしない。まるで、糸で吊られた人形のように。
そんなトアロへと、近づく一頭の黒い狼。血のように真っ赤に染まった瞳で、トアロを見つめる。気付いた彼は、苦虫を噛み潰したような表情へとなる。
「捕らえることができず、申し訳ございません」
トアロがそう言って、狼へと跪く。それに続くように、騎士たちも、跪く。狼は黙ったまま、トアロと騎士たちを見回し、その真っ赤な瞳を細めた。
「ですが、ご安心ください。奴らは、また、聖都へと来るはず。その為に――」
トアロは、言葉を続けることが出来なかった。なぜなら、彼の首は、斬り落とされていたからだ。どす黒い液体が傷口から溢れ出し、青々としていた雑草を染め上げる。
狼は、自分の鋭いツメに付着した、血を舐めとる。すると、それと同時に、彼のなくなった頭部を補うように、白濁した塊が、形を形成し始めていた。
まるで、スライムののように蠢くソレを、狼と騎士たちは、ジッと見つめている。
暫く、微調整を繰り返しながら、白濁した頭部を完成させたソレは、地面に転がった、トアロの頭部へと食らいつく。
グチャリ、と肉の咀嚼音と、頭蓋骨の砕ける音が草原へと響き。それを、狼はジッと見つめる。その口元は楽しそうに、三日月に裂けていた。
ゲートをくぐり、一週間ぶりの港へとやって来た一行。
「お姉ちゃん」
「あら、シュティレ、どうしたの?」
不満げに口を尖らせるエスティアと、無表情だが、どこか不満げなアリス。二人の首根っこを掴んだままのエリザは、困り顔で、歩み寄って来たシュティレを見つめた。
「その……お姉ちゃんに言われた通り、船のチケットを買いに行ったんだけど……」
そう言って、シュティレは、船着き場へと視線を向ける。三人も同じように、視線を動かすと、シュティレの困り顔に納得する。
船着き場に居る全員が、ジッと、エスティアたちを見つめているのだ。恐らく、シュティレが先に来た時から、なのだろう。まるで、観察するように、ジッと見つめる群衆たちは微動だにしない。
「な、なにこれ……」
エスティアは、言いようのない気味悪さを感じる。大量の視線に慣れていないというのもあるかもしれない。だが、違う。
まるで、呼吸すら忘れてしまったかのように見つめてくる群衆たちは、まるで絵画の中の住人ようだ。時間を切り取ったかのような静寂は、波の音、風の音、エスティアたち四人の息遣い。それだけしか聞こえない。
さすがの、エリザもその状況にギョッと、気味が悪そうに顔を歪める。が、すぐに表情を引き締める。
「気味が悪いわね……でも、モタモタはしてられないわ。とりあえず、私が乗船券を買ってくる」
「ちょっと待ってよ、エリザ。行先は決めてるの?」
歩き始めるエリザへと声を変えたエスティア。彼女は肩越しに振り向くと、あっけらかんと言い放つ。
「えぇ、次は帝国よ」
エリザの言葉にエスティアは、「そっか」と呟く。その表情は、酷く暗かった。




