31 カチリ、カチリ、
エリザが仲間に加わり、そんな彼女の家で暮らし始めて一週間ほどは経つのだろうか。
いつも通りと、なり始めている食卓では、シュティレの作った朝食に舌鼓を打ちながら、のんびりとした朝を過ごしていた。エスティアはこんなにのんびり暮らしていていいのだろうかと、感じつつも、呑気にパンをかじる。
そんな中、スープを飲み干したエリザは、食器を洗い場へと置くと、口を開いた。
「エスト、すっかり渡し忘れてたんだけど、これ」
「ん? なに……手紙?」
「あ、これ、アリアナ姫の印が押してあるよ」
魔法の風に乗ってどこからともなく現れた封筒を受け取ったエスティアは、訝し気な表情を浮かべながらそれを眺めていると、食器を片付けたシュティレが覗き込み、封筒の端に刻まれた藍色のホープス家の紋章を指さす。
エスティアは、微妙な表情をしながら、その封筒を開け、中身を開く。さすがは、王家。紙一枚でさえ最高級のものを使っているようで、ふわりと上品な香りが鼻腔をかすめる。
「えっと、なになに……聖都に居ると聞きました。それで、近々、聖都で行われる舞踏会に我が国の貴族が参加するので護衛してほしいって……日にち今日じゃん! ちょっとエリザ! なんですぐ渡してくれなかったの!?」
「え、だって、忘れてたんだもの。仕方ないでしょ。で、行くんでしょ?」
「……はぁ、一応、こんな手紙貰った以上行かなきゃ。シュティレはどうする? できれば一緒に来てほしいけど、エリザとの訓練もあるだろうし」
シュティレは笑みを浮かべる。
「ううん。一緒に行きたい!」
「わかった。で、エリザはどうする? 来る?」
エスティアがそう言うと、シュティレは無言でエリザを見つめる。それを見たエリザは不敵な笑みを浮かべ、首を横に振る。小さくホッと、聞こえたのは気のせいだろう。
「いいえ、聖都には今、会いたくない人がいるから行かないわ。二人で行ってきなさい。あ、あとエスト」
「どうしたの?」
「これ、返しておくわ」
エリザは空間を切り取るように現れた黒い穴に手を突っ込む、と。一振りの銀色の剣を取り出し、エスティアへと手渡した。
返すと言われても、全く見覚えのない剣に首を傾げたが。その剣を受け取った瞬間、エスティアの表情が一変した。そして、その剣を睨みつけるように見つめる。
銀色の鎖が巻き付いた鞘はところどころに、金や赤といった煌びやかな装飾が施されており、柄もシンプルながらもその装飾は見事なものだ。だが、持ち主であるエスティアは、隠されていようとその剣が纏う、邪悪な魔力で確信する。
「どういうこと……私の魔剣になにをしたの」
怒気を孕んだエスティアの声に、エリザはこれでもかと深いため息をついた。
「はぁ、貴女……商人って言ってた割には随分と世間知らずなのね。それとも、魔剣の魔力に慣れたせいかしらね……聖都に魔剣をそのまま持って行ってみなさい? すぐに王国騎士とかが飛んできて、首を刎ねられるわよ」
その言葉にエスティアは口をつぐむ。
聖都とはその名の通り、聖なる都。悪しきものを絶対に許さないということもあり、他国の罪人であってもこの聖都にある法廷で裁判を行う。というのを、最近知ったエスティアだ。シュティレも知らなかったようで、自分の首筋を守るように手を当てている。
「理解できたようね。一応その鞘の中に収めておけば、よっぽど勘のいい奴でなければ、気付かれる心配はないはずよ。ただ、鞘から抜くと、魔術が解けてしまうから気を付けなさい」
「でも、そこまでしなくても、宝剣を持っていくのに」
「あんな、刃無しなんて持っていて、もしものことがあったらどうするのよ……それに、あんなみすぼらしい剣なんて下げてる護衛を持たされる貴族の身にもなりなさい」
エスティアはそう言われて納得する。舞踏会と言えど、そこに来るのは国の代表と言っても過言ではない。そんな人の傍に汚らしい剣をぶら下げた護衛が居ては、他の国の貴族たちの笑いものとなってしまうだろう。
そこまで気の回らなかったエスティアは、“商人としての自分”が薄れていくのに静かに恐怖を感じていると、エリザは「それに……」と言葉を続けた。
「この宝剣、少し気になることがあるのよ。だから、もう少し借りておくわね」
「あ、まぁそういうことなら……」
エリザはそう言い残すと、パチンと指を鳴らし、その姿を靄のように消し去って行った。転移魔法というやつだろう。シュティレはその光景に「呪文なしでも、できるんだ……」と、神妙な顔つきで暫く、エリザが立っていた位置を見つめていたが、すぐにエスティアへと視線を戻し、笑顔を浮かべる。
聖都イアンデルトへとやって来た二人。もう何回か、来たことのあるエスティアに手を引かれながら、街並みを楽しみながら歩く。
指を絡めながら、時折、シュティレがエスティアの指の腹を爪で突いたりとちょっかいを出し。それに対抗するようにエスティアがシュティレを離さないといわんばかりに緩んだ手をガッチリと握る。多くの人がひしめきあっていても、二人はまるで、切り取られた様に隔離された雰囲気に酔いしれる。
最近は、エリザとの魔術訓練により、日中の食事時以外と夜の寝るとき以外はエリザと過ごしてるために、中々エスティアと一緒に居られなかったということも拍車をかけているのだろう。人目も気にせずエスティアへとすり寄る仕草は他人が見れば、犬が飼い主にアピールしているようにしか見えない。
エスティアは、その無邪気な好意にタジタジな様子ではあるが、チラリと人目を気にするような仕草を見せていた。
聖都はシャールとは違う。シャールと比べたら同性愛に否定的な人間が多いだろうと、エスティアはシュティレに気付かれないように辺りを見回し、自分自身に嫌悪する。だが、仕方ないといえる。
エスティアは、三国の中でも特に同性愛に対して否定的とされる――帝国の生まれなのだから。
そんな変化に気付いたシュティレが首を傾げ、エスティアの顔を覗き込む。そんな仕草にエスティアの表情がほのかに緩む。そして、シュティレの頭を優しく撫でる。
「エスト、どうしたの?」
「なんでもないよ。やっぱり、シュティレのこと、好きだなって、再認識してただけ」
「え、あ、その……っ」
シュティレはサッと、頬を染めながら、恥ずかしそうにうつ向く。
「私は再認識なんか必要ないくらい、エストのこと、好きだよ」
はにかむようにそう呟いたシュティレの言葉に、今度はエスティアの顔が真っ赤に染まる番だった。
「エスト様、シュティレ様、初めまして。私、ユニセス・コインと申します。本日は、よろしくお願いしますね」
手紙に書いてあった時間に会場となる聖都の勇者会へとやって来た二人。そして、貴族が待っていると言われた待合室に居たのは一人の美しい女性だった。
煌びやかなドレスに身を包み、お淑やかな雰囲気と顔つきからして三十歳は超えているだろうか。だが、老けているというわけではない。淑女と言う言葉を現したかのような風貌だからだ。
エスティアは即座に笑顔を作ると、丁寧にお辞儀をする。それに倣うように慌てて、シュティレも頭を下げる。
「初めまして、エスト・リバーモルです。本日は、ユニセス様の護衛をさせていただくこと恐悦至極に存じます」
「シュティレ・リバーモルです。精一杯、頑張りますっ!」
ユニセスは優し気な微笑みを浮かべながらソファへと腰を下ろし。促された二人も顔を上げ腰を下ろす。
改めて真正面から見ると、ますますその美しさがよくわかる。やはり貴族ということだろう。指先一つ一つの動きにまで気品に溢れている。
エスティアは、シュティレも将来こんな感じになるのかな、と思い浮かべる。だが、シュティレよりも、レイだったら、と思い浮かべ……やめた。そして、気を取り直し、ユニセスへと問いかけた。
「私たち、護衛は愚か、舞踏会と言う場所にはいささか無知でして、よろしければ、できるだけユニセス様の目につかない所に居て欲しい、などの要望はございますでしょうか」
「あ、はい。そうですね……別に自由にしてくださっていて構いませんよ? ただ、なにかあった時に即座に私の元に駆けつけて下されれば」
「はい、それはもちろんです。舞踏会の間だけとはいえ、私たちはユニセス様の盾となり剣なのですから」
エスティアの言葉にシュティレも、真剣な表情で頷く。
その真剣な眼差しにユニセスは、満足げに頷き、二人の顔を交互に見据えた。その眼差しに信頼を感じ取ったエスティアは一瞬だけ気まずそうに黄金の瞳を揺らしたのだった。
月が聖都を照らす。城のような大きさの勇者会の中にある、大きな会場では、多くの貴族たちが話に花を咲かせながら、笑みを浮かべる。その中央では、煌びやかなドレスの女性や燕尾服を着こなす男性などの貴族たちが優雅に踊りを楽しんでいる。
エスティアとシュティレは一旦離れ、別々の位置から、楽しそうに会話をしているユニセスを見守る。他の護衛に呼ばれたであろう騎士や勇者も、各々、自分の護衛対象を見守ってはいるが、聖都の厳重な警備に全幅の信頼を寄せているのだろう。その表情はどこか、緊張感に欠けていた。
シュティレはそんな雰囲気にのまれず、真剣な表情で立っている。が、エスティアと目があった瞬間、甘い笑みを浮かべた。エスティアは、嬉しいやら、真面目にしてほしいやらの気持ちに挟まれ、ぎこちない笑みを浮かべて応える。
そんなエスティアへと、一人の騎士が近寄る。よく磨かれた銀色の鎧に身を包んだ騎士はヘルムを付けていないようで、その顔つきから、まだ若い男性ということが分かる。だが、その青年はとてつもないほどの“敵意”を携えていることに気付いたエスティアの表情が曇る。
まさか、魔剣の魔力を感じ取ったのだろうか。だが、すぐにエスティアは、あんな適当な性格とは言え、かの有名な“英雄様”だ。魔術の扱いに関しては信頼していた。
「おい、お前」
「……何か?」
鋭い声で対応するエスティアに、青年は不快だといわんばかりに鼻を鳴らし、彼女の隣の壁へと寄りかかりながら腕を組む。
「何が? じゃねぇんだよ。お前、臭うんだよ」
「……さて、なんのことやら。これでも私、毎日お風呂に入っていますが。服も洗濯していますし」
「そう言う意味じゃねぇよ」
飄々とした態度で、ユニセスを見守っているエスティア。その態度は“早くどこかに行け”、と言っていることを感じ取った青年は今にも飛びかかりそうな、獰猛な獣のように表情を歪めると、彼女の腰へと納まる剣を忌々し気に見つめる。
その様子にエスティアの心臓がドキリ、と跳ねあがるのを感じた。
「はっ、どうやって誤魔化してんのかしらねーが。俺は鼻が利くんだ。テメェみたいな奴が居ていい場所じゃねーんだよ。帰れ」
有無を言わさないほどの威圧。エスティアは青年を一瞥しただけで動こうとはしない。その様子に青年の額に青筋が浮かび上がる。だがそこは騎士と言うべきか、冷静に息を吐き出す。どうやら、ただの獰猛な猛犬ではないということだろうか。
だが、エスティアにとってはどうでもいいことだ。護衛に集中したいのに、邪魔をされて既に怒りが滲み出ていたせいだろう。青年を、思いっきり睨んでしまったのは。
「もう一度言う、帰れ。これは命令だ」
「今の私の主は、あそこにいらっしゃるユニセス様だ。貴様の命令を受ける義理は銅貨一枚もないね。わかったら自分の主の護衛に戻れば?」
「……テメェ」
睨まれ、おまけに、たかが有志勇者ごときに生意気な口を利かれたことにより、流石に堪忍袋の緒が切れたのか。青年はその顔を怒りに染め上げ、鼻の付け根を皺くちゃにしながら強烈な殺気を放つ。エスティアはぴくり、と眉を動かし“こんな猛犬を飼ってる貴族は誰だ”と内心で悪態をつきながら、うんざりしていると。
甲高い悲鳴が響いた。
それと同時に、舞踏会の音楽は止み。新たな演奏会が幕を上げる。
真っ赤な、真っ赤な、煌びやかだった会場に、赤い、赤い、赤い、水しぶきが舞い上がり。舞踏会と言う場には相応しくない。まるで、パレードのような騒がしい宴が。
「な、なにこれ……」
エスティアが呆気に取られたような様子で固まり、隣の青年も同じような表情で固まっている。
カチリ、カチリ。
そんな音が響いたような気がした。




