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有志勇者となって勇者に復讐します。  作者: 鮫トラ
第四章 歯車は回る

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28 光よ、命の光


「私と一緒に暮らしましょう」


 エリザのまっすぐな言葉に、シュティレは、大口を開いたまま固まってしまう。恐らく、英雄であるエリザと共に行けば、右肩に刻まれた奴隷の印も消すことができるだろう。

 だが、シュティレは現状に満足している。小さく首を横に振り、申し訳なさそうな表情でエリザを見つめた。


「……ごめ――きゃっ」


 シュティレが恐る恐る口を開いた瞬間。彼女の体が傾き。


「私の家族を勧誘するのはやめてくれる?」


 黄金の瞳を座らせ、エリザを睨みつけたエスティアは、シュティレを守るように左腕で抱きしめると、右手に黒い魔力を握り締めた。それは徐々に魔剣の形となっていく。

 エリザは呆れたようにため息をつくと、立ちあがり、肩越しに振り向いた。その紫色の瞳はどこまでも冷め切っている。


「どうせ、傷は治っているのでしょう? なら、外に出なさい、少し、()()しましょ?」


 そう言うと同時に、エリザは部屋を後にした。

 部屋に残された二人は、見つめ合う。シュティレは、エスティアの頬へと手を伸ばすと、眉尻を下げながら、声をかけた。


「エスト……」

「全部聞こえてたよ。ごめんね、勝手に君の過去を聞いちゃって」


 悲し気に表情を曇らせたエスティアは、シュティレの瞳から零れ落ちてきた涙を優しく掬い、寂しげな笑みを浮かべる。どんな奴隷にもなった“理由”というものがある。

 魔物の襲撃などによって故郷を失い、奴隷へと堕ちる者。借金の返済に当てられ、奴隷となる者。望まぬ子として生まれ、売られ、奴隷となる者。みんながみんな、奴隷になりたいものなどいない。


 故に、ああ啖呵は切ったものの、エスティアは、迷っていた。“彼女を縛りつけてもいいのか”と。だが、すぐに振り払うように顔を左右に振ると、誤魔化す様にシュティレへと顔を近づけた。

 シュティレは驚いたように頬を紅潮させる。


「エスト……ッ」

「君のことは何があっても守る。誰にも渡さないし貸す気もない。だから――」

「んっ……!」


 シュティレの柔らかい唇にエスティアは、自身の唇を優しく押し当てた。一瞬にも満たない行為だったが、シュティレの顔はこれでもかと真っ赤に染まり、それを見たエスティアが小さく吹きだしたが、すぐにまっすぐ彼女を見つめ。


「応援してて。頑張って()()してみせるから」


 シュティレの頭にポン、と手を置いたエスティアは静かに立ちあがると、部屋を後にした。


 一人部屋へと取り残された、シュティレは、名残惜しむように自分の唇を指でなぞると、小さく熱の篭った吐息を細く、長く、吐き出す。余りの幸福感に彼女の心臓が破裂しそうだった。だが、それを塗りつぶす程の不安が水に浮かんだ油のように滲み広がる。


「エスト……」


 恐らく、エスティアは知らない。彼女が、エリザ・ロイエが王国勇者であり、シュティレへと――魔法を教えた()()だということを。シュティレは“どうか、死なないで”と祈りながら、立ちあがった。








「やっと来たわね。シュティレとのお別れはすませたかしら?」


 外へとやって来ると、そこは草原だった。エリザの背後には聖都イアンデルトの象徴でもある、“天空の塔”が見える。ここは、聖都イアンデルトの近郊ということだろう。だが、近くのはずなのに、どこか遠くの世界のような雰囲気に、エスティアは無言で黄金の瞳を鷹のように細めた。

 振り向いたエリザは、微笑を浮かべているが、その紫色の瞳は冬の夜闇のように冷たく、見た者すべてを凍てつかせてしまいそうだ。そんな彼女からは、ほんのりと鉄のニオイが香る。


 エスティアは、その黄金の瞳を闘志に燃やし、勇み足でエリザの前へと立つ。そして、漆黒の籠手に握られた魔剣を静かに構えた。漆黒の魔力がエスティアを起点に、夜が日を喰らい尽くす様に草原に広がっていく。

 エリザは、静かに息を吐き出すと、漆黒の杖を構えた。その瞬間、波動のようにエリザを起点に彼女の魔力が広がり、黒い魔力と衝突。凄まじいほどの突風が吹き荒れる。


「――行くぞ」


 エスティアが勢いよく駆け出す。強化されていないとはいえ、常人を凌駕するほどの身体能力は、まるで雄風に吹かれた木の葉のように猛々しい勢いでエリザへと接近。

 間合いに入ったエスティアは、魔力を纏い、その鋭さを何倍にもした漆黒の刃を振るう。


「ぶっ壊れろッ!」

「遊んであげなさい――ウォーターウォーリアー」


 ガキン、と、突如現れた“水の戦士”は両手剣で魔剣をガードする。その間に、もう一体の水の戦士がエリザを抱えて後退。必然的に一対一となったエスティアは、忌々し気に戦士を睨みつけると一気に魔力を放出し、その両手剣を砕かんと力を込めた。


「水は、不定形。その形は自由自在よ」


 エリザの声に反応するように、水で形成された両手剣と戦士が変形。まるで、そこだけ穴が開いたように変形し、魔剣がすり抜ける。

 急に抵抗力を失ったエスティアは、勢い余り体勢を崩してしまう。

 その瞬間、水の戦士は元の形となると、叩きつけるように流水のような鋭さを兼ね備えた両手剣を振り下ろした。地をも割るような衝撃が草原に轟く。


「――がは……っ!」


 咄嗟に籠手でガードしたエスティア。が、衝撃を相殺することはできず、地面へと叩きつけられたエスティアを中心にクレーターが出来上がる。それを追撃するように戦士はもう一度、両手剣を振り上げると、何度も、何度も、振り下ろした。

 振り下ろされるたびに、エスティアの口からは苦痛の声が漏れる。エリザはしばらく眺めていたが、次第に声が聞こえてこなくなると、戦士に攻撃をやめさせる。


「魔剣の担い手みたいだけど、力不足ね」


 エリザは大きくため息を吐き出した。ここまで力が無いとは彼女は思わなかった。戦士を消したエリザはエスティアの方を見ることなく通り過ぎ――エリザはその場から飛び退いた。

 その瞬間、エリザが立っていた地面が生命を吸い取られるようにボロボロと、朽ち果て、更地へと変わる。エリザの表情が険しくなる。


「げほっ……それなりに強くなったと思ったけど……まだ、まだ、ってことか……」


 口の端から垂れた血を拭ったエスティアは、魔剣を杖にして、よろよろと立ちあがる。挑発的な笑みを浮かべたエスティアは、魔剣の切っ先をエリザへと向けた。

 体のボロボロ具合から立っているのでやっとのはずの、エスティア。だが、未だに消えぬ闘志が黄金の瞳を輝かせる。エリザは先ほどまでの飄々とした表情から――真剣なものへと変えた。


 エスティアのシュティレを想う気持ちをビリビリと感じ取ったからだ。エリザは三体もの鋼鉄の兵士たちを召喚。剣士、斧を担いだ戦士、弓を担いだ兵士は各々、武器を構える。


「貴女の気合に免じて、本気でやってあげる。せいぜい死なないように逃げなさい」

「はっ、逃げるわけないでしょ。正面から全部――ぶっ壊すッ!」


 エスティアが魔剣の柄を両手で強く握りしめると、高く掲げる。その瞬間、彼女の周りに立ち込める魔力が黒く揺らめく。その様はまるで“炎”のよう。


「黒く、暗い、闇に囚われし者たちよ、焼き尽くせ」


 エスティアの言葉に反応するように、ザァ、ザァ、と恐怖に慄くよう風が影を顰め、草花が揺れ動く。そして、炎の様に魔力が揺らめき、その熱量を上昇させ、辺りの酸素を奪っていく。その光景にエリザの表情が険しくなる。

 魔法というものは、簡単な物なら名前だけ言えば、発動可能だ。そして強力な物になるにつれて魔力を集めるための口上が必要となる。そして、エスティアの口上は――続いている


「その肉体、その魂をも、我が憎悪を」

「あれは……まずいっ……騎士たちよ、あの子を止めて! こんな場所で、そんな大技されたら……っ!」


 顔を真っ青にしたエリザの指示に従い、騎士たちが駆け出す。剣士は鋼鉄の剣を振るい、戦士は斧を叩きつけるように振るい、弓兵は全てを貫く鋼鉄の矢を放った。


 エスティアの周囲を取り巻く漆黒の炎。エリザは大きく瞳を見開き。


「まさか……二つの魔力を混合させたというの……」


 エスティアの漆黒の炎に混じるように金色の魔力がチラリ、と一瞬だけ煌めく。


「漆黒の炎へと変え、消滅させろ――焼き尽くすせ(クヴァール・)憎悪の焔よ(リグレット)ォォォォォオオッ!」


 全てを焼き尽くす程の極太の漆黒の炎の柱が、振り下ろされる。炎は大地を抉りながら、全てを焼き尽くし、エスティアの近くに居た鋼鉄の騎士と戦士はまるで、紙くずを燃やす様に一瞬にして灰へと還し、その背後に居た弓兵も、鋼鉄の矢ごと炎の餌食となり、その火力を強めながら、エリザへと迫る。


「ウソ、でしょ……?」


 英雄と呼ばれし、エリザの表情が引きつる。だがそれは、命の危険を感じているという理由ではない。確かに、あの炎がエリザへと直撃すれば、その肉体は呆気なく、跡形もなく焼き尽くされるだろう。

 だが、英雄にかかれば、防ぐことは困難でも、逸らすぐらいであれば造作もない。それよりも、この“被害”にエリザは顔を引きつらせていたのだ。


 エリザは、迫りくる漆黒の炎を鋼鉄の盾で、軌道を逸らしながら、辺りへの被害も最小限に抑えつつエスティアへと接近。恐らく、一度に大量の魔力を消費した代償だろう。エスティアの意識は朦朧としている。

 拳が届く間合いに入ると、エリザは右手を大きく振りかぶり、そのままエスティアの頭部に――ゲンコツを落とした。

 ゴンッ、と凄まじい音は炎に焼き尽くされた草原の悲鳴にかき消されたが、威力は絶大。漆黒の炎は消滅し、もともと意識が朦朧だったエスティアは、抵抗する間もなく意識を失い、その場へと倒れ込んだ。

 エリザは息を吐き出すと、鋼鉄の騎士を二体呼び出す。そして一体にエスティアを抱えさせた。そして、駆け寄ろうとして来ていたシュティレへと振り向く。


「シュティレ、貴女も来なさい……逃げるわよ」

「へ?――うわぁっ!?」


 もう一体の騎士がシュティレを抱え上げると、そのまま猛スピードで走り出す。エリザも鋼鉄の馬へと跨るとそのまま脱兎の如く、その場を後にしたのだった。











 エスティアたちが草原から逃げ出した、数十分後。聖都イアンデルトから派遣された数人の甲冑に身を包んだ王国騎士たちが、周囲を黒く焼き尽くされた草原を調査していた。

 その中に混じる――白い鎧に身を包み、その腰に輝く純白の剣を携えた少女は、険しい表情で、更地となってしまった草原を見つめる。


「ひどいな……一体、なにが起こったんだ」


 白い少女の隣に立つ、鎧に身を包んだ青年が顎に手を添えながら呟く。焼け野原もそうだが、辺りに漂う残留魔力に青年は眉を顰めた。あまりにも、凶悪な魔力。まるで、ドラゴンでも暴れ回ったかのような惨状。

 少女も同じようなことを考えているのだろう。腰に収まる白き()()の鞘に触れながら、彼女は独り言のように呟く。


「魔剣……担い手が見つかったというのは……本当なのですね」

「聖都に来てやがったのか……ちっ、来週には、三国の貴族を呼んだ舞踏会があっるてのによ……」


 青年が吐き捨てるように呟くと、その怒りをぶつけるように黒ずんだ地面を蹴とばした。少女は、その様子を無表情で見つめると、その場に片膝を付き黒ずんだ地面を一撫でした。

 土はまだほんのりと熱を持ち、草花は焼かれた、というよりも()()()()()()()というほうが正しいだろう。それだけなら、よかった。が、残った漆黒の魔力が命を探して、周りを侵食し始めている。


「このままでは、まずい……」


 言葉とは裏腹に、無表情で立ちあがり、聖剣を鞘から引き抜いた少女。

 白く輝く刃は、日の光を吸収し、まるで自分が太陽だと言わんばかりに眩い光を放つ。その光景を見ていた騎士たちが、あまりの神々しさに言葉を失い立ち尽くす。

 そして、誰かが呟いた「まるで、神族のようだ」と。少女は、その言葉に一瞬だけ瞳を揺らす。だが、すぐに無表情へと戻し、その輝く聖剣を黒ずんだ地面へと、突き刺した。


「残留魔力が、周囲に悪影響を及ぼしています。ですので今から、ここ一帯を浄化します。皆さんは離れていてください」

「はぁ、そうだな。これはお前に任せるしかねぇな。おい! お前ら、一緒に浄化されたくなかったらとっとと逃げろ」


 青年はそう言うと、急ぎ足で少女から離れる。騎士たちもガシャ、ガシャ、と音を立てながら走り出すと、手短な木の裏へと隠れ、窺うように少女を見守った。

 少女は、全員がある程度離れたのを確認すると、静かに瞳を閉じる。少女を取り囲むように温かな白い魔力が、ほんのりと残った漆黒の魔力を覆い尽くす様に広がる。


「光よ、照らしなさい。悪しきものを連れていきなさい。――シャインアーク」


 カッと、辺り一面が真っ白な光に包まれる。

 目の霞むようなその白き光は、地面をはびこる漆黒の魔力を白へと変え、覆い尽くす。その様子はまるで、命の息吹が少女を中心として、広がるようだ。

 その光景を眺めていた騎士たちが、息をするのすら忘れ食い入るように見つめ。青年は感心したように目を細めながら少女を見つめていた。


 暫く輝いていた光も、次第に光力を弱める。すると、更地だった大地が生き生きと輝いていた。抉られて地面はそのままだが、湿り気を帯び、枯れていた草花の周りには新しい命が誕生していた。

 まさに命の光。騎士の一人がその瞳から涙を零す。そして「素晴らしい」と拍手を送る。それを皮切りに他の騎士たちも多きな拍手を送る。


「……そんな大層なことはしていません。王の命に従っただけです」


 表情を変えずに、無表情のままそう言い放つ少女。だが、騎士たちは慣れているのか、嬉しそうな表情で少女を尊敬の眼差しで見つめていた。青年は、そんな少女の肩へと手を置く。


「まぁこれで、一件落着とはいかないが、応急処置にはなった。問題は、魔剣の持ち主を見つけねぇとな」

「……そうですね」

「こんだけ、邪悪な魔力だ。きっとクソ野郎に違いねぇ……おいお前ら! 来週の舞踏会に向け、警備体制を引き上げる、お前ら気合入れろ! 魔剣の持ち主を見つけたら問答無用で斬れ! いいな! わかったら戻れ!」


 青年の怒号に騎士たちは、ピシリ、と敬礼をすると、早速動き出し、ガシャ、ガシャ、と音を立てながらその場を後にしていく。青年は、彼らが見えなくなると、太息を吐き出した。

 少女はそんな青年をチラリ、と見やると、遠くにそびえたつ、聖都の象徴でもある天空の塔を見据える。そして、少女が思い浮かべる。魔王討伐を志す仲間たちを。


「まだ、誰とも連絡取れないのか」

「……はい。ノーヴェンさんが船の護衛をしているのは、風の噂で聞いたのですが……ほかの方とは全く。どこに居るのかも不明です」

「そうか……まぁ、俺としては“光の勇者”が王国騎士の手伝いをしてくれてるから、助かってはいるけどな」


 青年が少女を頭にポン、と手を置き、笑顔を作る。少女は、スルリ、とその乗せられた手を退けると、青年に顔を向けた。心なしかうんざりしているように見えた青年は、笑みを深くした。


「それ、やめてください。私はもう十六歳です。もう子どもではないんですから」

「俺から見たら、まだまだ子どもだ」


 そう言った青年は、表情を暗くさせた。少女が首を傾げる。


「俺が、聖剣の担い手になっていれば……お前はこんなに苦労しなくてよかったのにな……」


 青年の言葉に、少女は小さく首を横に振った。そして、腰に収まる聖剣を一撫でした。その表情は心なしか笑みを浮かべているようにも見えるが、青年は、気付かない


「私は気にしてません。聖剣に選ばれた時に、私は自分の意志で戦うと決めましたから」

「……本当に、昔からお前は、真面目だなぁ」

「……そうでもありません――そろそろ帰りましょう。王に報告もありますから」


 少女が歩きだす。青年は小さく笑みを浮かべると、自分の後頭部に手を当てながら、ゆっくりと歩きだした。


「魔剣……封印されていた筈なのに……」


 そう小さく、吐息の様に漏れ出た声は、躍動し始めた光風へと乗って遠くへと消えていく。



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