27 鋼鉄の魔女
振り下ろされる魔剣。
「――ッ! シールドッ!」
「嫌だ、いやだ、いやだァァァァッ!」
「フフフフフフフフフフ、やっちゃえー!」
シュティレは、咄嗟にシールドを展開。エスティアは、悲痛に悲鳴を上げる。少女がニヤリと、笑った瞬間、エスティアの魔剣が宙を舞った――握り締めていた右腕と、共に。
その魔剣と右腕が地面へと転がり……落ちるよりも早く、エスティアの背中にはどこからか飛んできた、無数の――鉄の槍が突き刺さる。
エスティアの傷口から噴き出す真っ赤な鮮血。視界が真っ赤に染まるほどのそれは、シュティレへと降りかかり、顔を濡らす。
「ア、ガッ……」
「エストッ!」
痛みに意識が飛びそうになるエスティアだが、少女に操られている影響か、意識も糸で縛られた様に彼女を繋ぎ止め、苦痛が襲い続けるのを、歯を食いしばって耐える。
少女は、小さく舌打ちをすると、湖へと体を向けた。シュティレも、釣られるように顔を向ける。
「あーあ、もう出てきちゃうんだー英雄さん。でも、実験にはピッタリだよね」
湖の水面には、一人の女性が立っていた。魔法で、人が土台もなしに水面の上に立つのは不可能だ。が、それをあの女性は余裕の表情で立っていた。
黒ずんだ鋼色のローブに、いぶし銀の長い髪を一つに結った女性は、銀色に輝く鉄の杖を持っている。その女性は、シュティレへと視線を向けると――優しく微笑んだ。
その表情に、シュティレは「まさ、か……」とその青色の瞳を驚愕に見開く。対して、無視された少女は不満そうに口を尖らせた。
「私を無視するなんて、ムカつく……エスト、やって」
「グゥゥゥゥウウッ、いや、だッ、いやだッ」
エスティアの言葉を嘲笑うように、少女は指を振る。そして、地面をその強靭な脚力でへこませる、と一気に踏み込む。背中に刺さっていた槍だろう。左手に鉄の槍を握り締めたエスティアは身体を捻りながら、それを投擲。
「よ、け……」
炎の首輪によって、完全に声帯が潰れたエスティアの口からは音が紡がれることなく、呼吸だけが吐き出された。その瞬間――エスティアの瞳から光が消えた。絡められた糸が、彼女の意識を縛り、磔にする。
少女が三日月のように口元を歪めた。エスティアは“堕ちた”のだ。
「……」
流星のような速度で、投擲された槍が女性の頭部へと目掛けてまっすぐ向かう。このまま行けば、女性の頭部はその槍によって貫かれるだろう。だが、女性は微笑みを携えたまま、眉すら動かさない。
女性がその槍へと手を翳す。すると、鉄の槍は、まるで“主を傷つけん”、と霧のように消滅する。そして、女性は挑発するように少女を見る。
「……で、お人形さん遊びは終わりかしら?」
「ヒヒ、ちょっと油断しちゃった、ごめんね? オバサン。でもね、私の目的はオバサンじゃないの」
少女が薄く笑うと、今まで無言のまま固まっていたエスティアが静かに立ちあがる。そして、光の宿っていない黄金の瞳が、呆気に取られていたシュティレを見つめた。
そのまったく感情の篭っていない表情に、シュティレは静かに後ずさる。シュティレの本能が告げる。“あれは、エスティアではない”と。少女が笑う。
「だって、私は――エストと貴女を殺しに来たんだもん」
エスティアは、少女が創り上げた“炎の剣”を構える。だが、その剣は主を焼き尽くさんと燃え上がり、エスティアの左手の平を炭へと変えてゆく。が、エスティアは痛がる様子もなく、その剣をシュティレへと躊躇なく振り下ろす。
シュティレは、咄嗟にシールドを展開し、その剣を滑らせるように防ぐ。と、そのまま、エスティアの足元に突風が吹き荒れた。
ぐらり、とエスティアの体勢が一瞬崩れたところを、シュティレは風の矢を右手から発射。だが、太もも目掛けて放たれた矢を、エスティアは軽々と躱すとそのままシュティレへと詰める。
「――ッ! エスト! 操られちゃダメだよ! 正気に戻って! エスト!」
「うふふ、無駄だよ、エストは私の物のお人形だもん」
ブンッ、と力強く横薙ぎに払われた炎の刃を、転がるように躱したシュティレは、牽制の目的で無数の白い鳥を放ち、叫ぶ。少女はそんなやり取りを嘲笑いながら、一歩も動かない女性を一瞥し、つまらなそうに鼻を鳴らした。
だが、少女にとっては動いてくれない方が好都合だ。たとえ、操り人形として、能力を底上げしたとしても、英雄にかかれば赤子の手をひねるも同然なのだから。
エスティアは、軽く剣を振るい、飛び回る鳥を一瞬にして斬り捨てると、そのまま、立ちあがったシュティレを、押し倒しその上へと馬乗りになる。
そして、炎の剣を掲げる。絶体絶命の状況。だが、シュティレは、炎の刃によってほとんど炭化している左手を一瞥。悲し気な表情を浮かべたシュティレは、無表情でいるエスティアの頬へと手を伸ばす。
「エスト……正気に戻って……ッ」
「……」
人肌よりも少し低めの、ひんやりとした魔力がエスティアに触れる。すると、光こそ戻らないものの――黄金の瞳が一瞬だけ揺らめく。そして、剣を振り上げていた左手が、フル、フル、と震えた。
その光景を見ていた少女は、心底不愉快だと言わんばかりに、唇を噛みしめる。
「エスト、戻ってきて、そんな糸なんか、斬ってよ!」
「……ッ」
シュティレの叫びに応えるように、黄金の瞳が大きく揺れ動く。そして、振り上げた炎の刃を、自身の腹部へと突き刺した。真っ赤な鮮血が吹きだし、シュティレの体中へと飛び散る。が、それだけだった。炎の刃は触れた傍からその肉体を、灼熱の炎によって焼かれ、炭化させていたからだ。
「エスト!」
プツリ、と糸が切れ、炎の刃も消え去ったことによりエスティアは、シュティレへと覆いかぶさるようにその地面へと倒れ込んだ。
シュティレはすぐさま、エスティアの心臓へと耳を当て心臓の鼓動を確認しながら、一番重症だと思われる腹部に回復魔法をかける。泣きそうな表情で治療をするシュティレを見つめていた少女が、ため息を吐き出す。そして、少女は、エスティアへと右手を翳す――赤みを帯びた掌に、小さな太陽ともいえるほど高温の火球を作り出す。
「あーあ、つまんない結末」
「だから、貴女の手で“加筆”しちゃおうって?」
「――なっ」
いつの間にか、少女の真横に立っていた女性は、紫色の瞳を妖しく細める。
「せっかく“グッドエンド”で終わったんだから、それでいいじゃない」
薄い笑みを見せた女性は、少女の頭上に無数の鉄の槍を展開。それを一気に発射。少女の口元がうんざりと言いたげに歪みながら、地面をかかとで叩く。
すると、少女を囲むように炎のシールドが展開され、落下してきた鉄の槍を跡形もなく溶かしてゆく。そして、少女は距離を取ると、掌に創っていた火球を炎の槍へと変形させ、それを地面へと突き立てた。
「ふんっ、鉄の魔女如きが、私に勝てるわけないじゃん。そんな鉄屑、全部溶かしてあげるっ!――フレイムゴースト!」
「鉄の魔女、ね……」
地の底から燃え上がるように現れた数十体もの炎の幽霊は、一斉に女性へと襲い掛かる。熱気だけでも灼熱のごとき。だが女性は、薄い微笑みを携えたまま、杖の先を軽く振るう。
辺りが一瞬眩しく輝いたかと思うと、次の瞬間には、炎の幽霊と同等数ほどの“鉄の兵士”たちがさまざまの武器を手に持ち炎の幽霊たちへと襲い掛かっていた。
「炎よ! 全部溶かして!」
「全て消し去りなさい」
二人が同時に叫ぶ。
炎の幽霊と鉄の騎士が衝突。凄まじい爆発音とともに熱風が吹き荒れ、辺り一面の草花が一瞬にして枯れ果て吹き飛ばされていく。
少女の口元が歪む。最初こそ拮抗していた炎の幽霊たちが――あっさりと全て斬り捨てられていたからだ。炎の幽霊が一体、また一体、とまるで、砂糖菓子を砕くように鉄の兵士の剣、斧、拳、によって倒され、凄まじい速度で、数を減らされていった。
「このオバサン……ッ!」
眺めていた少女は、悔しそうに口元を歪めながら、新たに炎の幽霊を発動しようと――
「魔力を込めるのが遅い」
「なっ――キャァッ」
少女の目の前に現れた女性が、笑みを浮かべる。まるで、瞬間移動のように現れた女性が拳を振り上げ、少女の頭へと勢いよく振り下ろした。
ゴチン、と凄まじい音が響く。恐らくその拍子に集中力が切れてしまったのだろう。少女を守ろうと駆け寄ってきていた炎の幽霊たちが陽炎のように消え去る。
強烈なゲンコツを喰らった少女が、痛そうに頭を押さえながら、後ずさる。凄まじい音だったのだ、例え強力な魔法を使えると言えど、まだ年端もいかない少女。フードの奥で一筋の滴が流れ落ち、少女は悔しそうに地団駄を踏んだ。
「うぅぅぅぅっ……ぐすっ」
「あら、そんなに痛かったの? お嬢ちゃん」
「ぐぬぬぬぬぬッ! い、痛くなんてないし!」
「あらそう?」
挑発的な笑みを浮かべる女性。少女はギリリ、と歯を食いしばる。が、すぐに冷静を装うように口元にぎこちない笑みを浮かべた。
「ふ、ふんっ! ま、まぁ今日のところは、見逃してあげるわ。私は名前は――ナーテ。オバサンの名前、教えなさいよ」
「……あら、意外と礼儀は知ってるのね。それに免じて教えてあげましょう――エリザ・ロイエ。“鋼鉄の魔術師”よ、覚えておきなさい」
エリザがそう言うと、ナーテは「覚えておくわ鋼鉄のオバサン」と吐き捨てると同時に、霧のように消えていってしまう。エリザは、眉をピクリ、と動かすと、息を吐き出した。
そして、意識を失っているエスティアの応急処置をしているシュティレへと近づく。その表情は、先ほどとは打って変わって、穏やかな笑みを浮かべている。
「シュティレ、久しぶりね」
「あ、あ……お姉ちゃん……ッ」
その穏やかな笑みに、シュティレの瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。
湖の近くに佇んでいる二階建ての一軒家。鋼鉄の兵士は、その腕に抱えたエスティアを、ベッドへと寝かせると、その役目を終えるようにエリザへと一礼し消えていった。
横たわるエスティアの胸元に、切り取られた右手を置いたシュティレは、怯えた様子で、エスティアの治癒を開始しする。そんなシュティレを、エリザは冷え切った眼差しで見つめている。
「シュティレ、私とした約束覚えてる?」
「は、はい……」
底冷えするほどの冷たい声が、槍となってシュティレに突き刺さり、その冷たさに表情を体を縮こませた。シュティレは今にでも逃げ出したい気分だったが、エスティアの繫がりかけている右手を握りしめ、治療を続行。
その様子を眺めるエリザの表情が暗くなる。
「真面目な貴女が、約束を破るってことは、それだけの事情があるってことよね……それに、その左肩の“紋章”は……」
「ごめん……お姉ちゃん……」
戦闘の際に破けたのだろう。破けたローブから覗く、右肩の素肌の一部には、奴隷の証である足枷のついた鳥の紋章が刻まれている。指摘されたシュティレは隠すこともせず、瞳を伏せた。
対して、エリザは、奴隷の紋章を睨みつけると、眠るエスティアへと視線を移す。その紫色の瞳は憎悪に染まっていた。無理もない、大事な妹分が奴隷となり、主人と思わしき人間に連れられているのだから。
「シュティレ……」
「お姉ちゃん……?」
エリザは、シュティレを背中から強く抱しめる。そして、その紫色の瞳を潤ませながら、呟く。
「ごめんなさい。私のせい、よね……」
「お姉ちゃん……お姉ちゃんのせいじゃないよ……」
「でも、聞いたわ……“リーベ”のこと……その後、貴女が村から逃げ出したことも」
「そっか……」
シュティレは、表情を暗くする。
「私が……リーベを……貴女のお姉さんを――」
「お姉ちゃん、それは違うよ。姉さんは……幸せだったもの……ッ」
シュティレは、思い出す。晴れやかな表情で、逝った姉の表情を。不治の病にかかり、まだ二十六歳という若さで旅立ってしまった本当の家族。だが、シュティレは知っていた――エリザは必死に、よくわからない本を片手に姉さんを治そうとしてくれたことを。
だがエリザは、リーベが死ぬ直前に、忽然と姿を消し、村の雰囲気は一変した。村の人間たちは、エリザを“鉄の魔女”と呼び、恨みに囚われていった。怖くなったシュティレは、その村から逃げ出し、王都を彷徨っていたところを、奴隷商人に掴まったのだ。そして、現在に至る。
シュティレが奴隷になったことは知らなかったようだが、恐らく風の噂でそのことを聞いたのだろう。エリザの表情はどこまでも暗く、悲しみに満ち居ていた。
「それに、私は幸せだよ」
シュティレの呟くような言葉に、エリザは大きく目を見開いた。
「なにを……言って……」
エリザの頭の中が困惑と驚愕と憎悪で埋め尽くされる。そして、エリザは考える。恐らくシュティレは、この主に惑わされているのだ、と。そう考えるが早いか、エリザは何かを言いたそうにしていたシュティレの両手を握ると――
「シュティレ、私と一緒に暮らしましょう」
エリザの言葉に、シュティレは、青い瞳を大きく見開いた。




