21 大海の赤き戦士
シュティレの強化魔法により、疾風の如き速さで彼女は駆ける。途中で、女性や子どもを襲っていた海賊を数人ほど斬り捨て……ようとして、海へと放り投げ、彼女は船尾へと到着した。
そこには数十人もの海賊を相手にしながら戦う――赤き剣士。
「オォォォオオオオオッ!」
四メートルもの巨体に、身の丈ほどもある巨大な両手剣を片手で振り回し、もう片手で小さな子供抱えている。恐らく、片手が塞がっているせいで、思うように動けないはずなのに、剣士は背後の人間たちも守りながら戦っていた。
エスティアは、無表情でその剣士を見つめながら、魔剣の柄を強く握りしめる。どす黒い魔力が彼女を覆い、血の滴る魔剣と、黒く輝く籠手が“コロセ”と歓喜の声を上げ、鈍く輝く。彼女はそれに応えるように魔剣を高く掲げる。
すると、海賊と戦っていた剣士が、エスティアに気付き、その表情を凍てつかせた。
「朽ち果てろッ!」
氷のように冷たい声と、同時に彼女は魔剣を振り下ろす。すると、漆黒の波動が船尾全域に放たれた。
「なにっ!?」
赤き剣士が、乗客を守るために両手剣を盾のように構える。黒い波動が彼の両手剣に届く手前――海賊たちの持っていた武器が粉々に砕け、朽ち果てていく。
そして、黒い波動は彼の両手剣に届くことなく、霧散し、持ち主のもとへと還ってゆく。彼は驚愕の表情を浮かべ、エスティアを見つめた。
「……邪魔」
「――え? ぐぁっ!」
魔剣を片手に、エスティアは一歩、また一歩、と彼へと歩み寄り、その道中に居る、呆気に取られた海賊たちを、そのどす黒い籠手で掴み上げ、海へと放り投げた。
そして、彼の目の前へとたどり着いたエスティアは、まったく人間性を感じさせない無表情で、彼を見下ろす。彼は背後にいる乗客を守るように、両手剣を握り締め、睨みつけた。
周りの空気の温度を上げるほどの、鋭い王国勇者の気迫。だが、彼女は気にすることなく――片手を差し伸べた。
「船首の方なら安全だ。まだ海賊は来る」
「……っ! わかった!」
彼女の言葉に、彼は表情を引き締めると、乗客たちを誘導する。エスティアは、その間に武器なしで襲ってくる海賊を、鋼鉄の籠手で殴り飛ばしたり、海に放り投げたりと乗客が安全な場所に行くまでの時間稼ぎに徹する。
「君は有志勇者か……手伝ってもらってすまない」
誘導を終えた剣士が、無数に湧き続ける海賊を蹴散らしながら、両手剣を構える。エスティアは、そんな彼を一瞥すると魔剣を構えた。
彼の背筋に、ゾクリ、と冷たいものが走り抜ける。鷹のように細められた金色の瞳が、彼の燃え滾るような真っ赤な瞳を射抜く。
「謝らなくていい。こいつらを蹴散らしたら――次はお前だ」
暗闇の中を吹き荒れる吹雪のように、冷たく鋭い言葉。彼は太息を吐き出すと、彼女をまっすぐに見つめ、口を開いた。
「わかった、では――手早く終わらせるとしよう」
彼の言葉に、彼女は頷いた。そんな二人の目の前には――百人ほどの、武装した海賊たちが、ニヤニヤと、汚らしい笑みを浮かべながら立っていた。
その正面に立っている、下卑な笑みを浮かべる、バンダナの男は曲刀をクルクル、と弄びながら二人を品定めするように見据える。
「はっ、お前ら二人で俺らに勝てると思ってんのかよ? そこのオッサンはともかくよぉ、そこのガキはママの所にでも帰ったらどうだぁ?」
エスティアは、男の言葉に無表情で見つめながら、魔剣の切っ先を向け、挑発するような声色で口を開いた。
「そんな安っぽい挑発なんていらない。お前らこそ、ママの所にでも帰ったら? そんで、その汚い顔で生まれてごめんなさいって、謝ってきなよ」
「――この……クソガキがぁぁぁぁぁああっ!」
男が額に青筋を浮かべながら、曲刀を構え駆け出す。それに続いて百人もの海賊たちが雄たけびを上げながら、思い思いの武器を掲げ二人へと襲い掛かる。
「死ねやぁぁぁぁぁあああっ!」
大勢の男たちが剣士へと、襲い掛かる。歴戦の勇者と言えど、この人数を相手取るのは困難だろう。だが彼はただの歴戦の勇者ではない。
彼は両手剣を構え、横薙ぎに払う――それだけで、嵐のような突風が吹き荒れ、男たちが枯葉のように空を舞う。彼は軽く地面を蹴り上げ、跳躍すると、そのまま両手剣をもう一度振るった。
巨大な両手剣の腹が、宙を舞う男たちと衝突。男たちは遥か遠くの水面へと着水。船へと着地した剣士は真っ赤な鎧を煌めかせ、両手剣を肩で担ぐ。
「さぁ、海水浴をしたい奴はまだいるか?」
彼の挑発的な笑みに、男たちは再び襲い掛かった。
「……やっぱり、王国勇者ってことか」
彼の戦闘を眺めていたエスティアは、絶えず襲い掛かって来る海賊たちを、蹴散らしながら悔し気に表情を歪める。たったあれだけで、彼女は“敵わない”と悟ってしまったからだ。
息遣い一つにも全く無駄がなく、隙がない。恐らく彼はエスティアが想像できないほどの、戦闘を潜り抜け生き残った戦士だ。そこまで考えて、彼女は振り払うように襲ってきた海賊の顔面を殴り飛ばした。
「ほら、ちょっと勢い足りないんじゃない? その程度なら――死んどけっ!」
トンッ、と軽く地面を蹴った彼女は、襲い掛からんと踏み出していた海賊たちの足を斬り落とそうと……したところで、予定変更。彼が先ほどやったように、魔剣の腹で空へと打ち上げ、跳躍、そのまま海へと蹴り飛ばした。
海にいくつもの、水柱が立ちあがり、それを見ていた海賊たちが怖気づくように、その場で二の足を踏み、二人を見つめる。
「な、なんだ……っ! コイツら……っ!」
「か、勝てる気がしねぇよ……っ」
諦めたように武器を下げる者たち。それもそうだろう、たったあの短時間で、百人はいた仲間たちが、十数人までに減らされたしまったのだから。殆どは剣士がやったが、エスティアも、少なくとも二十人は海へと叩き込んだだろう。
だが、それでも闘志を失わない者もいる。二の足をを踏む男たちをかき分け、現れた三人の男女。エスティアと剣士の表情が険しくなる。
この三人は――明らかに他の奴らとは違う。男性の方は魔法使いだろうか、真っ黒なローブに身を包み、濃密な魔力を纏っている。そして、二人の女性の方は双剣を肩に担ぎながら、舌なめずりをし、下卑た笑みを浮かべている。顔つきは違くとも、その様はまるで双子のようだ。
「もぉ、みんな腰抜けすぎぃ。こんなのに手間取るなんて、海賊の名が泣くわぁ……ねぇ、兄さん?」
「そうよぉ、剣士さんは王国勇者だからわかるけどぉ、こんなちびっ子にやられるなんてぇ……ねぇ、兄さん?」
女二人の言葉に、兄さんと呼ばれた男はコクリ、と頷き、漆黒の杖を構える。
「まさか……“キラーホエールズ”か……っ!」
剣士の言葉に、エスティアが首を傾げる。すると、目の前の女の一人が嬉しそうに、その笑みを深めた。
キラーホエールズ――海賊が円滑に略奪を行えるように、用心棒にやとわれた勇者や騎士を殺すために居るとされる。船上での戦い方を叩き込まれた、その強さは一人だけでオレンジランク級だとも言われる。
「あらぁ、王国勇者が私たちのことを知っているなぁんて、嬉しいわぁ……そう私たちはキラーホエールズよ。海賊専用の用心棒よ……ねぇ、兄さん?」
男が頷く。エスティアの眉がピクリ、と動き、不愉快そうに表情を歪める。
「海賊の用心棒だって?」
「そうよぉ、私たちは海賊を守り、海賊はその間に金を奪い、奴隷用に女と、子どもを手に――」
「おい。お前、今なんて言った?」
エスティアの表情から、完全に感情が抜け落ちる。その人形のような無感情の彼女が、握り締める魔剣から、黒い魔力が垂れ流され、周囲に広がり、黒い池を作る。隣に立っていた剣士の表情が凍る。
先ほども人間離れした、冷たい雰囲気だったが、今の彼女はまるで――悪魔だ。吐き気を催す程の、邪悪で醜悪な黒い魔力をまき散らす。
目の前の三人も感じ取ったのだろう。女二人から笑顔が消える。後ろの男は魔剣の魔力により――嘔吐し、女の一人が心配そうに駆け寄り、無言でエスティアを睨みつけた。
だが、エスティアは気にすることなく、一歩、前へと出る。それだけで、邪悪が広がり、まるで別世界にでも迷い込んでしまったかのような、雰囲気が辺りを包み込む。
「おい、お前、今、なんて言った? 女、子どもを……どうするって?」
カクン、と首を傾げた彼女は、ゆっくりと魔剣を高く掲げる。漆黒の魔力が黒き刃を包み、その大きさを何倍にも膨れ上がらせ、巨大な剣を形作る。
「黒き、暗い、深淵よ、全てを喰らい尽くせ、殺し尽くせ。恨み、悲しみ、憎しみを晴らすんだ。私が許そう……魔剣よ――血に染め上げろッ!」
彼女が冷たく言い放った瞬間――振り下ろそうとしていた、彼女の魔剣を掲げた腕を、“炎の鎖”が絡みついていた。無表情で彼女が振り向くと、そこには赤く輝く左手を翳す剣士の姿があった。
「ダメだ! ここでそれを使っては――船が壊れる!」
彼の言葉に、エスティアは無表情のまま舌打ちをすると、魔剣に纏わせていた魔力を、体内へと再吸収すると、掲げた腕を下ろし、三人組を睨みつける。今の技を放てば、目の前の三人を葬ることは容易いだろう、しかし、船も破壊される。
だがここには、多くの乗客がいる。そして、海のど真ん中であり、海中には多くの魔物も潜んでいる。だから、剣士も全力を出さずに、戦っていたのだ。
彼の言葉に攻撃をやめたエスティアに、女はニヤリ、と口元を大きく歪めた。
「もしかしてぇ、貴女、そこの巨人さんの奴隷かしらぁ?」
女の言葉に、もう一人の女も楽しそうに下卑な笑みを浮かべ、口を開く。
「ふふふ、奴隷風情が――人間様に、汚いキバを向けてんじゃねぇよ」
そう言った女は、ダンっと、床を蹴る。銀色に煌めく双剣がエスティアの首筋目掛けて放たれる。
エスティアは咄嗟に、魔剣を構え、魔力を放出しようと――やめる。剣士の言葉を思い出したからだ。彼女は魔剣の腹で、双剣を受け止める。
「ふふふ、船上での戦い――教えてあげるわぁッ!」
「ちぃっ! このクソ女っ」
「ついでに、奴隷の言葉遣いも教えてあげるっ!」
目にも止まらぬ速さで、女が双剣を振り回す。剣士がエスティアに加勢しようと、駆け出すが――もう一人の女が、舌なめずりをしながら立ちふさがり、双剣を構えた。
剣士が眉間に深いしわを寄せると、両手剣を構える。
「巨人さんの相手は私たちよぉ……ねぇ、兄さん?」
男が無言で頷く。
「……そうか。なら、手早く倒すとしよう――いくぞぉぉッ!」
赤き剣士が床を強く蹴った。
「ふふふ、さぁさぁ、もう傷だらけねぇ? 早く死んだ方が苦しまないわよぉ?」
「ぐぅ……っ!」
彼女の一太刀を防ごうと、もう片方の剣が襲い掛かり、エスティアの体中には浅くも、無数の切創が刻まれ、少なくはない鮮血が彼女の体から滴り落ちていた。女は彼女に顔を近づけ、三日月のように口元を裂き笑みを浮かべる。
エスティアは、怒りを顔に浮かべながら、魔剣を横薙ぎに払う。だが、魔力を纏っていない刃は軽々と躱されてしまう。
「ははーん。貴女、剣を握ったばかりねぇ? 太刀筋が見え見えだものぉ……それにぃ、魔力もうまく使いこなせてないみたいだしぃ」
「……」
女の言葉にエスティアは無言のまま睨みつける。だが、内心では“また、言われた……”と、悪態をつき苦虫を噛み潰したような気分になっていた。
女の言う通りだ、どんなに剣を振るおうと、形が出来ていない以上、その自慢の切れ味は全力を出すことはできない。加えて、彼女が魔力を自分で操れるようになったのは、最近だ。そして、魔剣の魔力は、常に全力を尽くしてくれるおかげで、うまく微調整が出来なかったのだ。
エスティアは無言で魔剣を低く構えると、一歩踏み出した。
「身体能力なら、私の方が上だっ!」
一瞬で、間合いに入ったエスティアは血濡れた魔剣を突き上げるように振り上げる。だが、女はにやけ面のまま、双剣をクロスさせ、魔剣の剣を受け止め――まるで、蝶が舞うように体を捻り、彼女の腹部に膝蹴りを突き刺した。
鋭い刃のように突き刺さり、その勢いによってエスティアの足が地面を離れる。痛みによって透明の液体を口から吐き出す彼女を、女は愉悦の色を瞳に浮かべる。
「ふふふ、やっぱり甘ちゃんねぇ? ど・れ・い・ちゃぁん」
「が……はぁっ……ぐっ!」
「はぁい、もう一回」
女はしなやかな動きで体を回転させ、軽く宙に浮いたエスティアを叩き落とす様に、その背中にかかとを落とす。艶やかな木製の床に叩きつけられた彼女の口から、鮮血が垂れる。
女は苦痛に歪むエスティアの表情に、より一層の愉悦を浮かべ、その頬を興奮で紅潮させた。
「あぁ、いいわぁ……貴女のこと気に入ったわぁ――巨人さんの奴隷やめて、私の物にならなぁい?」
エスティアの顎に手を添えながら、女は瞳に愉悦を浮かべ、上気した顔で彼女に顔を近づけると、甘く囁くように言う。
すると、エスティアはニヤリと笑みを浮かべ――
「はっ、たとえ、私が本当の奴隷だとしても……テメェみたいなクソ女はお断りだっ!」
エスティアの流した鮮血が、彼女の叫びに応えるように無数の槍となって、女を襲った。そして、赤き槍が――女の愉悦に染まった“左目”を貫いた。
女は、突然襲い掛かった鋭い痛みに金切り声を上げ、左目を片手で押さえながら距離を取るように後ずさりする。そんな女の目の前に、魔法使いの男が転がって来る。
「に、兄さんっ!」
「メ……リア……逃げろ……っ」
男はそう言って、意識を失い、メリアと呼ばれた女は悪鬼のごとき怒りの表情を浮かべながら――投げ飛ばした張本人である剣士へと視線を移し、双剣を構え駆け出した。
剣士はもう一人の女に手間取っているせいで気付かないのだろう。メリアは、左目から血を流しながら、その口元に喜色を浮かべ――双剣を彼の肩口へと突き刺した。
「ふふふ、死ねェェェェェエッ! ウォーターカッター!」
突き刺した双剣が青く輝き、その銀色の刃は水を滴らせながら甲高い音を響かせ、彼の肩口の肉を鋭く切り裂き自身の刃を、より深くへと沈ませる。
だが剣士はまるで、痛みなど感じていないかのように無視する。そして、相手をしていたもう一人の女の首を片手で掴み上げる、とやっとメリアの方へと顔を向けた。
「――ひっ」
メリアは恐怖の表情を浮かべる。真っ赤な炎のように燃え上がる瞳、それに射抜かれた彼女は感じたことの無い畏怖を感じていた。まるで、無数の気高き獣が彼女の首筋に牙を突き立てているような恐怖。
ブルリ、とメリアは何年かぶりのうすら寒さを感じる。そして、声にならない声を上げ、双剣を握る手が震える。
「どうした。その程度か」
フッと、挑発的な表情で彼がそう言いながら、掴み上げていた女を男が倒れている方へと投げ飛ばす。数回バウンドしながら、女は地面へと倒れ込むと、意識を失ったのか、ピクリとも動かない。
そして、彼はいまだに双剣を突き刺しているメリアの右手を掴み上げる。彼女は抵抗する気がないのか、ぶら下がったまま床を見つめている。
魔剣を握ったエスティアは、彼を無言で見つめる。だが、その表情はどこか悔し気だ。剣士はそんな彼女を一瞥すると、メリアへと視線を戻し、口を開いた。
「そのまま黙って、コイツらを連れて帰れ――これは命令だ」
地の底から響くような低い声で彼がそう言うと、メリアは振り子のように首を何度も縦に振る。それに合わせるように、怯えた表情で固まっていた海賊たちが、倒れている二人を担ぎ上げ、自分の船へと帰ってゆく。
剣士は、海賊が全員乗船したのを確認すると、メリアをその船へと放り投げ、彼はそのまま踵を返し、船首のほうへと歩いて行った。
エスティアは、そんな剣士の背中に向け、魔剣を――振り下ろした。




