最終話 何度でも何度でもこの愛を君へ
魔王が英雄によって討伐されてから数年後。人々は訪れた平和を噛みしめていた。
減ってしまった人口は徐々に増えつつあるが、それでもシャール王国だけで全ての人間が収まってしまうほどの少なさだ。が、人々は復興に力を入れ、日々を充実して過ごしている。
数年前のエラーたちによってシャール以外の王族は全て殺されてしまった。そして最後の王族として残っているアリアナはこの世に生きる民の為に立ちあがった。
まず、全ての民は力を合わせるべきだと言って奴隷制度を廃止とした。全ての奴隷商人は処刑され、奴隷たちは新たに作られた孤児院に入ったり、王国騎士となった。
最初は反発する人間たちもいたが、世界を救った英雄と言われている勇者たちの働きによってその反発もなくなり、今では奴隷と言う言葉を使う者は一人もいないだろう。
そんな平和な世界を二人も大切な家族と共に楽しんでいた。
ぺらりと最後のページを捲ったシュティレは噛みしめるようにそのページに書かれている最後の文を読み上げていた。
「こうして、青い瞳の魔法使いと金色の瞳を持った勇者は怪物を倒しましたとさ……はいっ、おしまい」
パタンと本を閉じると、寝転がっていた二人の少女は体を起こしシュティレへと抱き着いた。小さな体を受け止めたシュティレは幸せそうに二人を抱きしめる。
陽射しのような子どもの体温が心地よく、このまま眠ってしまいそうだ。が、二人の少女はそれを許さないといわんばかりにキラキラと輝く笑顔を向けている。
「ねぇ、おかーさん! そのお話に続きはないの?」
少し黒みがかった金髪を揺らした少女は夏の海のように青い瞳をキラキラと輝かせて言った。すると、隣にいる毛先が金色の黒髪の少女が黄金色にも見える茶色の瞳を輝かせ続く。
「そうだよ! 勇者はその後どうなっちゃったのー?」
シュティレはそんな二人の頭を優しく撫でると、困ったように首を傾げた。
「うーん。どうなっちゃったんだろうね……二人はどうなったと思う?」
そう言うと二人は揃って左に首を傾げる。まるで、時計の分針と時針のようにその動きがぴったり同時に行われたことにシュティレは胸の内で“さすがは時計屋さんの子ね”と呟き笑う。
少女は「うーん」と唸り、左右に首を動かす。これは答えを出すのに時間がかかりそうだなと考えたその時、少女は同時に「あっ」と声を出す。
「わかった! きっと、どこかで幸せに暮らしてるんだ!」
ほぼ同時に出した答え。シュティレは一瞬、呆気に取られ固まってしまうが、すぐに二人を力いっぱい抱きしめた。すると、少女たちもシュティレに力いっぱい抱きつく。
「そうね、きっと幸せに暮らしてるわ」
ギューッと抱きしめる。大切な我が子。シュティレは自分のお腹に命が宿った時のことを不意に思い出しその懐かしさから思わず笑みがこぼれる。
初めてできてあの人へと伝えた日のこと。彼女はそれを聞いた瞬間に涙を流して喜んでくれた。逆の時は自分が泣いてしまった。あれからもうずいぶん時間が経って、小さかった子どもたちはこんなに大きくなった。
「ただいまー!」
そんな思いに浸っていると、明るい声が響く。シュティレが反応するよりも早く、子どもたちはガバリと顔を上げ、シュティレの腕から抜け出し声の主へと駆けていく。その速さはまるで、おもちゃを見つけた子犬のようでシュティレは「もうっ」と呆れたように笑い立ち上がる。
「おかーさん! おかえりなさい!」
「おかえりなさい!」
少女がそう言って飛びつく。両手に箱を持っていたエスティアはその勢いに負けないように両足を踏ん張ると零れんばかりの笑顔で二人の目線へと屈んだ。
少し伸びた黒髪が風に撫でられ、煌めく黄金の右目。そして、彼女の幸せを現す様に黄色がかった青緑色の瞳は太陽のような笑みを浮かべる愛しい我が子を映し出す。その後に続くようにシュティレもやってくる。
すると、気付いた彼女はフワリとシュティレに向けてとろけるような笑みを見せる。が、すぐに少女たちに視線を落とす。
「もうっ、二人とも、危ないでしょ」
シュティレが二人の頭にコツンと小突く。すると、二人は不満げに口を尖らせた。が、すぐに「ごめんなさい」と言った。
エスティアは持っていた箱を近くに置くと、そんな二人の頭を撫でた。気持ちよさそうに目を細める二人を見ているだけで心がポカポカと熱を持つ。
「よしよし、ちゃんと謝れるなんて二人とも偉いね」
これでもかと緩んだ顔で撫でるエスティア。それを見ていたシュティレはため息をつく。大切で可愛い娘だからとはいえ、少し甘やかしすぎではないだろうか。彼女が甘やかすせいで最近では何かあるたびに彼女の元へと子どもたちが行ってしまうのだ。
嫉妬もあるかもしれない。シュティレがムーっと頬を膨らませているのに気が付いたエスティアは二人の頭を優しく撫でると、二人へと声をかける。
「二人とも、外にアリスとエリザが来てるから遊んでもらいな」
そう言うと二人はキラキラと輝く瞳をより一層輝かせる。その眩しさはまるで夏の海を照らす太陽と、夕焼けに浮かぶ星空のような輝きだ。
「ほんとに!? アリスおねーちゃん来てくれたんだ!」
「エリザおねーさんに魔法を教えてもらわなきゃ!」
二人はまるで突風のように廊下の奥へと消えていく。エスティアはヒラヒラと手を振り、元気いっぱいの二人にアリスとエリザはまたヘトヘトになるんだろうなと想像しクスリと笑みを零した。
「シュティレ」
振り向いたエスティアは不満げに口を尖らせている彼女の名前を呼ぶ。いつもより数トーン低く呼んだその声にシュティレはピクリと肩を震わせる。エスティアはそんな彼女に向って両手を広げ、もう一度名前を呼ぶ。
「シュティレ。ほら、おいで?」
「……むぅ」
不満げに。だが、嬉しそうにシュティレは倒れ込むようにエスティアの胸へと飛び込む。エスティアはすっぽりと胸の中に納まってしまう彼女を抱きしめる。
日向のように優しい温もりが二人の体を行き来し、二人の体温を上がらせる。トクン、トクン、とお互いの心臓の音が重なり一つの音となる。それが、どうしようもなく嬉しくて二人は顔を見合わせ幸せそうに微笑む。
窓から太陽の光が差し込み、外で子どもたちのはしゃぐ声が僅かに聞こえる。だが、もうすでに二人の世界へと入っている彼女たち。
「シュティレ」
名前を呼ぶ。その声は熱に浮かされおり、そんな彼女の心情を示すかのようにいつもは青緑色に煌めく左目は赤みがかったピンク色に煌めいていた。
シュティレの心臓がドクンドクンと速まる。あの左目は彼女が時折見せる色だ。だがそれは、いつも夜に見せてくれる。そして、その色を見せた時は……まで考えてシュティレはカァっと自分の顔が赤くなってしまう。
「ふふ、シュティレってば顔真っ赤だよ」
トンっと壁へと体を押しやられるシュティレ。そこへしなだれかかるようにエスティアは彼女の体に自分の体を密着させる。お互いの吐息がかかるほど近い距離。
ドクン、ドクン、という心臓の音が聞こえる。エスティアの手がシュティレの頬へと伸ばされる。緊張感でピクリとシュティレの肩が跳ねると、エスティアはクスリと魅惑的に微笑む。
「エスティア……ッ」
恥ずかしさのあまり顔をそむける。が、エスティアはそれは許さないといわんばかりに彼女の美しい金髪へと梳くように撫で、もう片方の手で頬を優しく撫でる。その触り方にシュティレの背筋にゾクゾクとしたものが流れ、心臓が高鳴る。
エスティアの視線がシュティレを射抜く。熱せられたマグマのような熱を秘めたソレにゴクリと生唾を飲み込むシュティレは自分の高鳴る鼓動を誤魔化す様にエスティアの首筋へと顔を埋めた。
「シュティレ、シュティレ……」
「エスティア……もうっ、ここではダメだよ」
グッと抱きしめた腕の強さから彼女が何をしようとしているのか察知したシュティレは咄嗟に彼女を押し戻そうとする。だが、エスティアはグッと体重をかけて壁へとシュティレを押し付ける。
「シュティレ、寂しかった」
絞り出す様に吐き出されたエスティアの声が耳を撫でる。ねっとりとしていて熱の篭ったその声色にシュティレは体が疼いていることに気が付き、それを必死に心の奥底へとしまい込みながら取り繕った呆れ顔でエスティアの襟足をクシャりと掴む。
「一日しか離れてないのに……いつの間にこんなに寂しがり屋になっちゃったの?」
シュティレがそう言うと、エスティアは眉尻を下げる。顔を見なくともその寂しげな雰囲気を感じ取ったシュティレはハッとしたように瞳を見開き、顔を上げる。その表情は微笑んでいながらも、寂しげだ。
「そっか、今日は仕方ないよね。ごめんね、エスティア」
そっと、エスティアの後頭部を撫でながら自分の胸元へと彼女の顔を押し付ける。トクン、トクン、と自分の心臓の音を聞かせるようにシュティレは深呼吸を繰り返す。エスティアはその音を聞き逃さんと静かに呼吸をし、耳を澄ます。
外の音すら聞こえないほどに集中してシュティレの鼓動を聞く。エスティアは瞳を揺らし、ギュッと彼女を抱きしめ、口を開く。
「シュティレ……生きていてくれてありがとう。……私の隣に居てくれてありがとう」
「うん」
二人はもう離さないといわんばかりの強さで抱き合う。そう、今日は大切な家族を失った日である。本当であればエスティアはずっと家にいるつもりだった。が、急な呼び出しでアリアナの元へと行ったのである。
どんなに時を重ねようと、エスティアはこの日の恐怖と不安が薄れることは無い。それをわかっているシュティレは自分が確かにここにいることを伝えるためにエスティアの頬を軽く摩り、そのまま吐息を合わせた。
優しく、綿あめのような甘さを含んだそれにエスティアはこれでもかと表情を柔らかくし、応えるようにギュッとシュティレの腰を優しく抱く。もう、数えきれないほどのキスを交わした。でも、このキスだけは二人にとって特別で大切なものだ。
「……シュティレ」
「なーに? エスティア」
顔を離したエスティアがはにかむ。その表情にシュティレの胸が高鳴る。
「愛してる、この世で一番」
噛みしめるように紡がれた言葉にシュティレは返事の代わりに彼女へとキスをする。エスティアの煌めくような黄金色の右目と嬉しさでオレンジがかった青緑色の左目がシュティレの青緑色の瞳を射抜き、反射する。
「シュティレ」
「エスティア」
二人は甘くとろけるような声でお互いの名前を呼ぶと、そのままゆっくりと顔を近づけるのだった。
これにて「有志勇者となって勇者に復讐します。」完結となります。
約9か月お付き合いいただきありがとうございました。
ここまで続けられたのも読んでくださった皆様のおかげだと思っています。本当にありがとうございました。




