14、汚嬢様、悪女として立ち上がる! 中編
「だいたいなぜ、ブリードがここにいる!?」
「そりゃあ女性に頼みごとをされたら、男としては断れないだろう?」
「お前のスカスカな頭には良識という言葉が存在しないことはわかった。三か月の減俸だ!」
「あ~あ。ま、そのくらいはされるよね」
「訂正する。半年の減俸!」
「それは職権濫用が過ぎるよ、オスカー」
「これ以上減俸されたくなければ黙っていろ! おまけに、そこの二人はジョルの兄達だろう? まさかミア、お前はその優男を選ぶつもりかっ? そんなことはこのオレが許さん!」
飛び火の仕方がとんでもないわね。私がジョルとよく似たディオンを選ぶなんて絶対にあり得ないわよ。ほら見なさい。標的にされちゃった本人は顔色を白くしてるわ。手が無意識にふらふらと招き猫の被り物を求めている。オスカーの怒りが胃に直撃しているらしい。
ちょっと申し訳なくなってきたわね。ミアはオスカーの怒りを逸らすために、笑顔で嫌味たっぷりの挑発をする。
「あなたにそんな権利があって? わたくし、あなたの態度いかんによってはこの場にいる男性達と逆ハーレムを作るつもりですの」
「逆ハーレム!? お前、いくら汚嬢様といえども女だろうが! そんな魅惑的な格好ではしたない言葉を口にするんじゃない!!」
「ええ、そうよ。わたくし心を汚された汚嬢様ですもの。この程度の言葉を口に出すのなんて恥ずかしくもないわ。長い付き合いなのに、婚約者ともあろうあなたがそんなこともご存じないのかしら? ああ、でもわたくし達って婚約者と言っても、言葉の頭にまだがつく程度の関係でしたわねぇ」
「はんっ……オレを本気で怒らせたいんだな?」
オスカーが鼻を鳴らして、怒鳴り声をすとんと抜いた。へ、変な迫力を出したって怖くないんだからっ。ミアは背筋をぞぞっと走った寒気に気付かなかった振りをして虚勢を張る。いまやオスカーは完全なる無表情だ。それなのに、緑の瞳だけがギラギラと怒りに燃え盛っている。いや、なんで私が責められているのよ! ミアは気を取り直すと悪女らしくざっくり開いたドレスの胸を張る。
「わたくしにはあなたの怒りなんてどうでもいいわ。それよりも招待状が届いたから来たのでしょう?」
「ああ、届いたとも。だが、あれのどこが招待状だっ? お前がここに二人で来なければ婚約は即破棄にするというから、こうしてリューシア夫人と共に来たんだろう!」
「わたくしがいつあなたへの招待状だと言ったかしら? あなたは催しを行う側。つまりこの招待状は、オスカーあなたではなくて、最初からリューシア夫人に向けたものだったのよ。うふふ、オスカーの後ろでずっとだんまりですわねぇ、どうなさったのかしら?」
ミアが上品に話を向けると、大ごと過ぎる催しを引き起こした元凶は怖がるように目を揺らし、まるで頼れる人はこの人しかいないと言わんばかりの態度でオスカーの背中にそっと縋る。まったくこんな時でもその演技しか出来ないのかしらね?
「オ、オスカー様……ミア様はわたくしがあなた様にご迷惑をおかけしているから、ご不興を買ってしまったのだと……」
「あなたのその演技はもうお腹いっぱいですわ。ラグ、あれを持って来なさい!」
「仰せのままに」
ミアが声を上げて合図すると、庭影に控えていたラグが一本の美しい剣を持ってやってきた。その剣はミアが気にいって買い上げたあの一品であった。
ずしっと思みのある剣を鞘から抜いて掲げてみせると、美しい銀色が顔を出す。鞘はラグに預けて、ミアは剣先をオスカーに向けて黒いグロスを乗せた唇でうっそりと笑んで、可愛らしく首を傾げてみせた。
「さぁ、決闘のお時間よ。剣を抜いてちょうだい?」
「だから、どうして決闘する必要があるんだ!?」
「来ないのならこちらから行くわよ!」
「きゃああっ!!」
夫人が悲鳴を上げる中、ミアは頑として剣を抜かないオスカーに、躊躇いもなく切り込んだ。さすがに本気で切り込んでくるとは思わなかったのか、オスカーは剣は使わずに咄嗟に身体全体で避ける。
「正気かっ、ミア」
「当然よ! わたくしは、最初から、切るつもりで、剣を持ったのだから!」
一息ごとに剣を振るうミアに、オスカーは全部を身一つで避け続けていく。ミアの剣捌きはこれまで何度もハリーを振りまわしてきたおかげか切れがあり、かなりの上達を見せていた。
その奮闘ぶりに悲鳴が上がる反対側では、感嘆の声が上がっていた。
「これは驚いた。ミア嬢ときたら、とんでもない腕だね」
「さすがミィですわぁ~」
「ミア様は逞しいな……」
「兄上、参考になさってはいけませんよ。あれはお嬢様だからこそです」
婚約者同士でありながら決闘中の二人を見物しながら、なんとも呑気な会話が続いてる。その前で華麗に身を翻して剣先を避けたオスカーがミアを止めようと声を張る。
「いい加減にしろ、ミア! なにがそんなに気に入らない!?」
「全部に決まっているでしょ。私が説明もなく信じて待つ女に見えた!? どうして婚約者の私が後回しにされなきゃいけないのよ! 待ってほしいのならせめて説明くらいしなさいよね!!」
「出来るのならしていた! こちらにも事情があったんだ。夫人を優先していたのは──……」
「事情なんて関係ないわ! あなたの婚約者である私がそれでは嫌だと言っているの!」
「オレはお前を選ぶと言ったはずだ!」
「だったらどうして、夫人と馬車から出てきたり屋敷に招いたりしてるのよ? 自分の婚約者が女性を屋敷に招いていると聞いて、その言葉のどこを信じろというの!?」
「オレが愛しているのは──っ」
「私を本気で愛しているというのなら、今この剣で切られなさい! 愛していないのなら、私を止めるがいいわ。さぁ、どちらを選ぶの?」
オスカーの言葉を聞きたくないとばかりに遮って、ミアは本気で選択を迫った。愛を証明して命を賭けるか、自分の命を優先して愛を失うか、二つに一つだ。




