12、汚嬢様、お仕置きの手を思いつく! 後編
「私も使ってみたいけど、これでも伯爵令嬢だもの。ばあやにでも見つかったら卒倒されちゃうわ」
肩を竦めて苦笑したミアに、親方の目がキラリと光る。
「それなんですけどね、ちょいとイイモンを打ってみたんですよ。お嬢様にはぴったりな品なんで、見ていっちゃあくれませんかね?」
「あら、よほど自信作のようねぇ。それじゃあ、見せていただこうかしら?」
「さすが剛毅なお嬢様だ! おいっ、アル、アレも一緒に持ってこい」
「は~いっ。よいっしょっ、と。お嬢様、これがご婦人向けの品です。それで、こっちが親方が特別に鍛えた品ですよ!」
アルクは長い受付台に布にくるまった品を次々と広げていく。女性向けの品には刺繍に使う針やハサミ、包丁など主婦向けのものが広げられていく。この店の品はとても扱いやすく切れ味もいいので、ミアの屋敷でも侍女や使用人が愛用しているのだ。そうして一通りそろえると、最後にアルクは赤い布に包まれた品を広げた。
「これは──……」
「どうです? 美しく繊細な装飾はあなた様の身を飾るにも相応しい。ぜひ手に取ってやってください」
ミアはそれを手にとって室内に差し込む光に翳した。そして、それがどういうものであるのかに気づく。
「……なるほど、そういうことね? ふふっ、確かに今の私にはぴったりの品だわ」
「お噂はわしも耳にしました。それで、ちょいとばかりお力になれるんじゃないかと思いましてね」
「素敵な心意気ね。こちらも一緒に買わせていただくわ」
「ありがとうございやす!」
「それから、親方を見込んで、わたくしから新しい人型についてお願いがあるのだけど」
購入を即決したミアは親方にあることを頼んだ。目を丸くしていた親方は詳しく説明すると、笑いながら引き受けてくれた。ミアは代金を支払うと、うっそりと微笑む。うふふふふっ、これで下準備は出来たわ。けれど、もうちょっと刺激が欲しいところよねぇ……? そう思ってさらに次の為の計画を立てていると、背後で扉が開く物音がした。
現れたのは茶色の髪に黄土色の瞳をした甘やかな顔立ちの男性であった。目尻にほくろが色気たっぷりなオスカーの副官、ブリードだ。彼はミアの姿に目を丸くする。
「やあ、意外な場所で顔を合わせたなぁ。兵団で会って以来かな、ミア嬢。今日も変わらず輝くような美しさだね」
「まぁ、ジュ……こほん。ブリード! お久しぶりね、お元気だったかしら?」
思わず愛読している小説のヒーローの名前を言いそうになって、慌てて言い直す。幸いにも気づかれなかったのか、ブリードは軽やかな口調で返してくれる。この方は本当に理想のジュリオンよ。女性を口説く癖さえなければ完璧なのだけど。そこまで求めちゃダメよね。
「ああ、変わりないよ。このような場で会えるなんて、まさに運命だ。どうだい、この後一緒にお茶でも?」
「嬉しいわ。ぜひ、お仕事場のお話しを聞かせてくださる?」
「姫君の望みとあらば、喜んで。さて、では用事を手短にすませねば。僕の剣は仕上がっているかい?」
「へいっ、今お持ちいたします。お嬢様のお買い上げになったこちらの品は人型と一緒に後ほどお屋敷にお届けにあがりますんで」
「ええ。よろしくね。ブリードは、剣を修理に出していらしたの?」
「いや、手入れだよ。僕の命を預ける道具だ。こういう大事なものは時々プロに任せた方がいいのさ。剣の作り手なら切れ味も戻してくれる、っていうのは姫君に聞かせるべき話ではなかったね」
「いいえ。とてもためになるお話よ。わたくしも剣は扱わずとも愛用の武器がありますもの」
「ああ、君は薔薇のような女性だったね。不埒な誘いをかける僕も君を守る棘に刺されてしまうかな?」
「うふふ、お上手ですこと。ブリード様がお相手ならどんな薔薇もたちまち棘を隠してしまうでしょうね」
甘い言葉の数々にミアも頬の紅潮を隠せない。心の中でジュリオン呼ばわりしていることは、もちろんおくびにも出さない。
アルクから剣を受け取ったブリードは鞘から少し抜いて、その輝きを確かめている。真剣な目には女性を口説く時には見えない鋭さがあり、それもまた彼の魅力を引き出していた。
「親方はさすがの腕だね、剣の輝きが戻っている。お代はこれで。また頼むよ」
「へいっ、いつでも持って来てくだせぇ」
「さて、僕の用事はこれで終わったけれど、君はどうかな?」
「わたくしもすませているわ」
「それじゃあ、行こうか。近くにおすすめの紅茶店があるんだよ。そこならテラスで飲むこともできるからね」
「お任せするわ」
ブリードの差し出す手に手を乗せて答えると、優しくエスコートしてくれる。さすが貴族の女性達が熱を上げる貴公子だ。慣れた様子には品がある。親方とアルに背を向けると、背中に声がかかる。
「お二人共、今後とも御贔屓に」
「ありがとうございましたーっ」
ミアとブリードは二人の声に送られて店を出た。その時である。何気なく通りに視線を流したミアはそこで眉をぐぐぐっと寄せることになった。見覚えのある馬車から夫人が出てきたのだ。エスコートしているのはオスカーである。
「おっと、ミア嬢。あまり愉快なものではないだろう? 僕の影に隠れておいで。やれやれ、なんて間の悪い」
「お気持ちはありがたいけれど、隠さなくていいわ。見てしまったものを否定しても、空しいだけだもの。まさかこんなとこで見かけることになるなんてね」
婚約者の不貞を発見してしまった気分だ。気弱に微笑むリューシア夫人に、オスカーは静かな表情でなにか話しているようだ。ふと視線を感じたのか、彼女が視線をずらしたことによって二人の目が合う。その瞬間、ミアは見た。彼女の目に僅かな優越感がよぎるのを。
「うふ、うふふふふっ、今はっきりと喧嘩を売られたわねぇ。いいわよ、この私に喧嘩を売ったことを心の底から後悔させてやろうじゃないの!」
「ミ、ミア嬢!? 落ち着こう、ね? オスカーにも事情が……」
ぐっと手の平を握り込んだミアは、怒りに炎を吐くように宣言した。もうオスカーの事情なんて知ったことではないわ! 胸の痛みがなによ! 昔の女一人上手くあしらえないような男なら、こちらにも考えがあるんだから!
「ブリード、あなたはわたくしの味方になってくださいますわよね? でしたら、協力してくださいな。とっても楽しい催しを思いつきましたの」
ミアは満面の笑顔を浮かべると、絶対逃げられないようにブリードの腕を両手で掴んだ。
オスカー、あなたには命をかけて示してもらうわ。あなたが本当に愛している相手は、私なのか、それとも、リューシア夫人なのかを。




