5、汚嬢様、それこそが恋と自覚する! 中編
ガンジィスは肩透かしを食らったような顔をすると、取り繕うように大きな身体を揺らして空笑いをした。額に浮かぶ汗を胸ポケットの手巾で拭いながら、ひきつる口端を無理やり笑みにしている。
「は……っ、はははっ、これは参った! ノロケられてしまいましたなぁ。いやいやお熱いお二人に当てられてしまったようだ。少し酔いを覚ましてまいります。それでは私はこれで失礼を。ミア様、お父上にどうぞよろしくお伝えください」
「ええ。ご機嫌よう。」
要注意人物ね。ミアは上品に微笑んで慌てたようにその場を後にする男の背に声をかけてやった。オスカーを振り仰げば、笑みは浮かべているものの男に向けた視線は平静なものだ。オスカーは瞬き一つでそれを愛しげなものにして、ミアを見下ろすと耳元に囁く。
「あれでよかったか?」
「ええ。上手にあしらったものね。」
「あんな小物相手では本気で怒る気にもならん。オレを若造と見下していたようだが、どういう男なんだ?」
「平民の女性を無理やり愛人にしている、裏の人間と関係がある、なんて、黒い噂がある人よ。先々代の時は我が伯爵家の配下の者だったけれど、おじい様が伯爵になれた代から黒い噂が届くようになったから切ったと聞いているわ。一時期、お父様の元に何度もご訪問されていたから、私も顔は覚えたのよ。本人は返り咲きたいと思っているようだけれど、お父様があの男を使うことはないでしょうね」
「なるほどな。覚えておこう」
「ガンジィス子爵の子供が息女でよかったわ。これが子息だったら伯爵になりたいばかりにしつこく婚姻を迫られていたかもしれないもの」
「誰がお前に求婚していたとしても、最後に落ち着くのは必ずオレの腕の中だったぜ」
「あ、あんた悪い物でも食べたんじゃないのっ?」
甘い声で囁くオスカーにミアは顔を赤くする。その場にふさわしくないことはわかっていても口調が崩れてしまった。声と同じくらいに甘ったるい瞳が楽しげに撓む。
ミアが恋愛の駆け引きに慣れていないことを知りながらからかっているのだろう。見てなさいよ、いつか一糸報いてやるから!
メラメラとリベンジに心を燃やしていると、よく知る声に呼び止められた。
「ミィ達の方が早かったのねぇ」
水色のプリンセスドレスを身に付けた友人は、まるで泉の妖精のような可憐さでミアに手を振りながら近づいてきた。そんな彼女の隣にはエスコートをする黒の紳士服姿の男性がいた。ミアは表情を明るくすると、親しげに答える。
「フィネア! バオス伯爵とご一緒なのね。お久しぶりです、バオス伯爵」
「……ああ。ミア嬢、体調を崩していたと聞いたが、お身体の具合はどうだろうか?」
「はい。その節はバオス伯爵にもご心配をおかけしました。今はわたくしも父も元気にしておりますわ。隣におりますのがわたくしの婚約者のオスカーです」
「ミアがお世話になっております。オスカー・ウォンクルと申します。若輩者ながら伯爵の地位を賜っております。どうぞ、今後はミア共々よろしくお願いいたします」
「私はバオス・アーネストだ。ミア嬢と彼女のお父上には娘と共に親しくさせてもらっている。……我々は長い付き合いとなるだろう。いずれは伯爵を交えて酒の一杯も飲み交わしたいものだ」
「その時はおすすめのツマミを持参いたしましょう」
「……ふっ、楽しみにしていよう」
娘と同じ色の不思議な瞳でオスカーを観察するように見つめていたバオス伯爵が、僅かな笑みを浮かべた。初めて動いた表情を見てミアが驚いていると、娘であるはずのフィネアも目を丸くしている。それほど伯爵が笑うことが滅多にないということだろうか。
「フィネア、私は他の方にも挨拶がある。お前は少し離れていなさい」
「はぁい。わたくしは軽食を摘んでいますわ~」
「食べ過ぎぬように。──ミア嬢、ウォンクル将軍、私はここで失礼させてもらう」
「ええ。またお屋敷にもお邪魔させていただきますわ」
ミアが微笑むと、バオス伯爵は静かに頷きを返してゆったりと貴族で溢れた広間を渡って行く。残されたフィネアを気遣ったのか、オスカーが口を開いた。
「始まるまでまだ時間がありそうだ。ミアも少し食べておくか? 空腹のままダンスはきついだろう」
「そうね。チェリーを頂こうかしら」
「オレが取ってこよう。フィネア嬢はなにがいい?」
「わたくしは生ハムメロンが欲しいですわぁ」
「わかった。それじゃあ行ってくるから、二人ともこの場にいてくれ」
オスカーは軽食の盛られたテーブルに向かっていく。颯爽と去るその背中を追いかけていると、隣でフィネアがまったりした口調でしみずみと言う。
「オスカー様はとっても良い方ねぇ。お父様もあの方ならミィの相手に相応しいと思われたのではないかしら~?」
「そうなら私も嬉しいわ」
「きっとそうよぉ。けれど、あれにはミィも驚いたのではなくて~? 実の娘であるわたくしでさえしゃっくりが出そうになるほど驚きましたものぉ。お父様の笑みなんてレア中のレア! 骨董品に埋もれた名画のようなものですわぁ」
両腕を組んで頷いているフィネアに、ミアは思わず笑いを漏らす。骨董品と同列扱いなのね? あなたの発想が面白過ぎるわ。
「それであんなに驚いていたのね」
「ええ。お母様がご一緒だったらきっと裾を踏んづけて転びかけていたと思うわぁ~」




