没落貴公子の奮闘
更に過去へ。
マーガスが、自身の足場を固めるお話し。
少し雰囲気が変わるかな? 一人称のなんちゃって内政立て直し。
副宰相などと聞けば、素晴らしい大出世に聞こえるだろうが、実態は戦後処理の雑用に追われる日々だ、信頼されているんだか、丸投げされているんだか判断に悩むところだ。
思えば実家を皮切りに『赤字による経営破綻』からの、ゼロどころか『マイナス地点からの立て直し』ばかりを強いられてきた。
愚痴だって出ようというものだ。
ピザンテガロア家は、領地持ちの伯爵家である。
自分で「なんですと!」と言いたい。
俺はマーグガルス・ピザンテガロア。
転生して、貴族家の長男というのは、物語の中では安定して優遇されている『定番』のようでもあるが。
見方を変えれば、生まれ落ちたその場所に腰を据えろ、滅多な事では好き勝手は許さない、ということでもある。
無責任に全部放り出すのでなければ、人生の選択の自由は少ないどころか、ほぼ無い。
まあ、この時代というかこの世界と言うべきか、貴族も商家も農民も、子供、特に長男は親の後を継ぐのが当たり前、親も周囲も押しつけている自覚も特に無い。
で、父親が逃げた。
いや別に前伯爵が、『私は✕✕✕の仕事に就きたかったんだー!』と、夢に向かって出奔した訳ではない。
飲んだくれて博打で借金こさえて、母親に愛想を尽かされて離縁され。
夜逃げをして山側の領地堺を無理して進んだが、馬車の整備が悪くて峠の難路で車軸が自壊。
急斜面を御者と元メイドの後妻を道連れに滑落した。
がらんどうの屋敷に十歳の一人息子を置き去りにして、置手紙の一枚も無く。
伯爵の突然の失踪は失敗に終わった。
おかげ様で葬儀にはたくさんの人々が来てくれた。
親戚とか、自称親戚とか、借金取りとか借金取りとか、貴族院の役人とかだ。
だいぶ前から、口を酸っぱくして色々言ったんだけど、アプローチ間違ったかねぇ?
父一人子一人、もう俺しか忠告する奴が居ないと思ったんだ、五~六才児に正論で批判されて聞く耳を持つどころか、何だか逆にムキになった、かなあ?、親が反抗期とかさぁ、勘弁してください。
最低の方向に『定番』だった。そう言う定番は要らなかった。いやもう。
奴隷スタートとか、同じ貴族でも敗戦国よりは全然マシなのは理解しているが。
葬儀で留守になった屋敷を、ガサガサ家捜ししていた奴らが、かち合った挙句に捕まった。
親父が生きていた頃から、貧乏過ぎて領内を巡回する兵士もいないし、屋敷の警護を行う護衛も給料未払いでいなくなってる
捕まえてくれたのは、祖父の友人だというバルガスの爺様達。
訃報を聞いて、借金取りより到着が早かったまともな弔問客は、この人達だけ。
使用人もあらかた逃げて、葬儀の手配りをしてくれたのすら、バルガス家の家令のシーク。
盗めるサイズの金目の物を探す自称親戚、自称友人、
残念だったな、売れるものはとっくの昔に残らず借金の返済にまわしたよ。
自称愛人とその御者、更に隠し子(赤子)付き。
こいつらはむしろ捕まっても、居座ろうとしてつまみ出された。
特にこの隠し子に、家督を押し付けられるかなとチラリと思ったが、残念髪の色が水色だった、親父の髪は黄土色、相手の女はオレンジ色。
コレ前世で言えば血液型O型の親に、AB型の子供が生まれるようなもので、遺伝で出ないんだよ。
念のため鑑定もかけたけど、親父の子供でも自称愛人の子供ですらなかった。
親父には一緒に事故死したメイドがいて、あれでけっこう二股はしないと思う、二人目を囲う甲斐性が無かっただろうし。
領地と伯爵位の継承に関わる書類を探していた親戚連中。
「よそに婿に行ったけど、父親の兄弟と従兄弟だから、俺とも血がつながってるよね。
それでこんな事するんだ?」という俺の嫌味も鼻で笑ってくれたが。
「代替わりで負債は無かった事にはならない、継ぐなら借金を引き継いで下さい、返済してください」とグイグイ迫る借金取りと、
「領地と爵位は王家からお預かりしているだけで、勝手に売買すると罪に問われる」と、貴族院の役人に釘を刺されたら、黙った。
抜け道として前伯爵が生きてるうちに、(赤の他人が莫大な持参金付きで)養子に入ったのなら、相手の実家次第で目こぼしもあったらしいが、貴族には血筋による派閥があるので、買い手が見つからなかったらしい。
この時点では王家から梃入れがあっても苦労ばかりで、毟れる旨みがなんにも無いのでハイエナ共はいったん引き上げた。
案の定、八年から十年位して領地を立て直した頃に、その成果(と俺の命)を狙って来たけど、この段階では体よく追い払えたので、良しとしよう。
最大の問題、借金取り。
一、真っ当な金融業者、
二、普通の高利貸し、
三、賭場の直営店で裏の組織のひも付きの高利貸し、
四、金利が超違法な高利貸し、
五、そもそも金貸しの許可証を持ってない違法な高利貸し。
借りも借りたり、合計八商会。内、五の連中は葬儀には来なかった、役人が居なくなってから脅しに来た。
一と五を別にして、他の金貸しは借用記録の控えと、利子を支払った記録を盗み出そうとしていた。
借用証書そのものと違って、既に支払い終わった利子分の受領書なんて、質屋に持ち込めるような金目の物でも何でもないが、当事者同士には意味がある。
「サダラント卿、借金の元本の金額と、これまで父が支払った利子ですが」
父親が死んだ途端に、俺が金庫をこじ開けて確保した書類を提示して、目の前でちゃっちゃと計算して見せた。
「ふむ、国の定めた金利の三倍、十倍、これなど僅か十日で元本の倍か」
「恥ずかしながら父は、最後の日付の方は利子分返済の為に、別の金貸しから無分別に借金をしていたありさまで」
面子が大事な貴族は、あんまり借金して更に騙されてる、なんて恥を大っぴらにしない。
俺個人的には、面子より過払い金が帰って来る方が大事だし、いっそのことお取り潰し(破産宣告)の方が、面倒が無いので正直に暴露しまくる。
「国への上納税だけは滞り無かったが、領地の経営も杜撰な事だ」
王家直轄領になるだけだから、領民には悪い話じゃない。
で、
家探ししていた方の金貸し達は、立派に空き巣の現行犯逮捕なので、貴族院の役人が引き連れてきた兵士が連れていった。
俺は十歳の未成年者で、正式に跡目を継いでいないので、連中がやったことを見逃してやる権限もないのさ。
「伯爵様は、ご本人も納得した上で、お借り上げになりました!」
「踏み倒しなどあんまりでございます!」
証拠隠滅しようとした癖に、人聞き悪いよ。
「国の定めた税率ならば、そなたらへの返済は終わっている、念の為に戻った後に再計算も行うが場合によっては、払い過ぎの分を返還する事にもなるだろう」
間に入ったサダラント卿に、ガツンと言われてシュンとしてるよ。
いや、ちゃんとした金利でなら、足りない分はあんたたちにも返すよ、破産には持ち込めなかったことだしさ。
真っ当な金融業者への支払いが、一番金額が大きくて元本丸々残っているしね。
違法なんだから過払い金は返してよ、俺は自分では誠実なつもりだぜ!
あぁそうそう、前述の自称親父の愛人だけど、
「なんじゃと?捨てて帰った?」
恐ろしいことに、屋敷の門外に水色の髪の赤ん坊が捨ててあった。
バルガスの爺様達が乗ってきた馬は生き物だから、当然水やら餌やら世話をしないといけない。
ウチは領内全体が牧場のようなものだけど、よそ様の牧童に任せっぱなしに出来ないと、爺様の息子さんや甥っ子さんたちが交代で外に出た時見つけたらしい。
まだ首もすわってないから三ヶ月前後だろうとは、爺様に同行していたバルガス家の、有能な家令シークの見立て。
前世と違って連絡が行き渡って弔問客が集まるのに、普通に時間がかかるものなんだけれど、この犯罪者の情報網の早さと勤勉さは感心する、ホントにどこで聞きつけて、準備まで整えて来たのやら。
とは言え切り替えの早いあの女、家に入り込むためにどっかから調達して来た小道具を、要らなくなったからって、ぶん投げて行ったらしい。
これには平民は管轄外の貴族院の役人サダラント卿ですら呆れて、女を指名手配することを約束してくれた。
「後妻面してこの家に入り込んで、実権を握りたかったのだろうから、誘拐などの後々問題になる手段で手に入れた赤ん坊ではないだろうが、この赤子を探している者たちがいるのならば、女を捕らえ必ず出所を吐かせてやろう」
平民や農民が子供を捨てても、実は罰する法は無かったりする。
貧しいので食事や衣類を与え(られ)ないネグレクトや、親の力不足で病気の時治療を受けさせなくて、結果として死なせても、罪に問われない。
甲斐性の無い父親(夫)が、家族を餓死させても、故意じゃなければ捕まらないって事、男にとってすげえ侮辱だろ?
容疑のメインは貴族である当家に対する詐欺行為なので、後日この女達はあ~っという間に捕まった。
普通は貴族家当主の葬儀に、この手の詐欺師が押しかけて来るのは当たり前なので、銅貨一枚も被害にあったわけでなし、一々捕まえもしないのにな。
しかし赤ん坊は、御者役をやってた仲間の男と詐欺師の女とが夫婦のふりをして、キチンと神殿の王都孤児院から養子に迎えて、書類も残されていた。
里親の身元確認が不十分だろ、神殿関係者。
素性も分かっていない発見時点で、赤ん坊の事は待った無しなわけで、地べたに薄い産着一枚で転がされて、包み布も着替えも勿論、オムツの替えすらない。
幸いウチでは乳牛も飼っていたのでお乳は何とかなったが、誰の目から見ても明らかに赤ん坊は衰弱している。
王都からここまで馬車で最短でも三日、馬車の揺れでかかる負担とか、その間赤ん坊をどうしていたんだ?あの女!!
「それで、この坊主はどうする?儂らで引き取っても良いぞ、一人位増えても変わらん」
バルガスの爺様は現在孫が三十人いるそうだ、ちなみに全員が男孫ばっかりで、今回の赤ん坊も男でガッカリしていた。
近場(王都w)の孤児院にという案も出たけど、唯一逃げなかった下男夫婦が子供に恵まれなかったので、出来れば引き取りたいと、申し出てくれた。
この時点では名前も分からなかったので、孤児から成り上がった英雄の逸話から、俺が仮にエクルードと大層な名を付けた。
我が家の特産物は、牧畜である。
代々の当主が調教師のスキル持ちだったそうで、そのスキルを活かして騎獣の育成を行っていた。
牛馬羊の普通の家畜までは、スキル無しでも問題ない。
けど、地竜やグリフォンなんかの取り扱いに関しては、歴代当主本人の努力も大事だが、残念ながら親から受け継ぐスキルの有り無し、つまり遺伝がモノを言ってしまうんだよねぇ。
祖父の代までは育成していた亜竜なんかの大型騎獣を、スキルが無い父には取り扱うことが出来なかった。
俺にも出来ないから、父親だけを責められないけど、実は気弱な父親本人は祖父母や親戚に『無いモノは無い!』って開き直れずに責められたんだろうな。
さて、俺はこの状況から領地を立て直さないといかないんだが。
スキルも受け継がなかったし前世の記憶は有るには有るけど、内政チートの知識も無い。
こっちでの十歳分プラス、大学(文系)卒業まで位の人生経験で何ができる? 働いた経験はコンビニバイト、第二外国語は中国語、趣味は三国志とかさ、自分で思うよ役立たずー!って。
更に言えば、この国の建国王様という方が転移者らしいです。
俺が知ってる知識とも呼べない思い出程度は、とーっくの昔に広められていました。
もちろんゲームの、なんちゃって戦略シュミレーション知識が、現実の世界で役に立つとも思わなかったけど、貴族の嗜み扱いで実家の書斎に本がありましたよ三国志、リアルに突っ伏したよ。
まあ俺も突然劇的に記憶が戻ったわけではなくて、物心ついた頃には記憶は一つながりで『幾つの頃には、あんな事があって、その時自分や周囲の人間がどうしたのか』と、ボヤーっと思い出すことが出来た程度。
土地は有る、領内を川が流れているから水資源にも困らない。
牧畜業(特殊)ができないなら、農業だー! と、思ったけど当然現実は甘くない。
農家ですらない日本の一般人が、普通に暮らしてて記憶のどこを探しても、農政チートだの知ってる訳がない。
『農業やるなら肥料だろう?』って、森から落ち葉を持って来て腐葉土作りを始めたら、バルガスの爺様達が飛んできて、『このバカモンがーって』拳骨食らった。
目から火花がホントに飛んだぜ!
こんな感じで、過去編のほうが比重多くしばらく続きます。m(_ _"m)
なぜかというと、実は出落ちの第一話の時点でアリスティナ姫の、結婚式までのカウントダウンが残り10日程、更に全部のトラブルの原因が過去にあるからです。
次回はきっと四月の23日、ちょっぴり現在に戻るかな?