御落胤
途中から半日、時間が過去へ戻ります。
この男、なかなか図太いな。
ダリルが王宮からの使者に対して抱いた印象だ。
バルガス家の屋敷前には、戦に出る一族の男達が走竜に騎乗して整列できるだけの広さがある。
使者一行を中心にして、武装した男達が遠巻きに円陣を組むように取り囲み、塀の櫓の上でもつがえてこそいないが、弓矢を持っている者たちもいる。
屋敷に直ぐに駆け込めるように、ダリルはこの円陣の後方にいた。
「いやいやいやいや、間違いなどではございません!神剣はここへ一直線に飛んで来ました、アリスティナ様を選んだのです」
お役目とはいえ、心にもない事を言うものだ。
「選定の儀に列席していた、長兄シグルド・ライダルにその時の様子を聞きましたが、神剣はスルヴァノ殿下の手荒な扱いに、怒って飛び出して来ただけなのでは?
これまで女性の王位継承は行われた事は無かった筈です」
「う、ですが陛下も・・・」
双方絶対信じて無かろうに、のらくらのらくら、伯父も伯父だが相手も相手。
「その昔、当家の三代目当主がまだ少年の頃、当時の王太子殿下のお側に、戦時の折に小者の一人としてお仕えしていた時には、あのように神剣が」
話に加わった祖父が、屋敷の屋根の上を指し示す。
「先祖の愛用していた斧槍を、いたく気に入られて止まり木の様に使われていたそうでしてな。
何度殿下に呼び戻されても再びそこへ止まられるので、先祖は国軍の御旗を掲げる旗持ち役殿と並んで、鷹の姿の神剣を掲げるお役を頂いたそうです。
その栄誉を忘れぬように以来当家の屋根の上には、錆びぬ木製ではありますが当時と同じ形大きさの斧槍を、常に掲げております」
そこには確かに神剣が変じた鷹が止まっている。
本来は最上の礼でもてなさないといけない相手を、屋敷内に招き入れもせずに、屋外で立ち話を始めたのはこの為だ。
その話に合わせて、『ほうほう』と、調子よく相槌を打っているが、
例えば先程、
先代当主メルバス・シグルド・バルガスの二男であるシグルド・アーレス・バルガス。
彼を、その娘アリスティナ・エクト・バルガスの『傅役』呼ばわりした瞬間の、周りから押し寄せた殺気にもピクとも反応して見せなかった。
同行している近衛騎士達はもちろん、文官の役人達ですらも顔色を変えているのだから、殺気が分からないというわけでもないだろう。
「どうか鞘をこちらへお持ちください」
「鞘と言うのは、神剣ククルカンの?」
聞けば国王の侍従だという。
侍従というのは貴人の側仕え、セイハ国では執事・秘書の仕事もこなすから、政治向きの書類も扱う。
確かに『王太子選定』の知らせを外に知らせに来ること自体が前例が無いが、御落胤という国王の私的な部分を扱う以上は、貴族院の役人や宰相補佐あたりが差し向けられるのも違うだろう、か?
「左様、鞘に納めれば、再び主以外は抜くことが出来なくなりますが、運ぶことは出来るようになります。
儀式が中断しスルヴァノ殿下以外の王子様方は、いまだ神剣に触れることすら出来ておられぬはず」
「なるほど、候補者全員が『試し』を受けるまでは、こちらの姫君が王太子と判断するのは、まだ早いと」
王宮の使者は即座に引き返して、鞘を届けてきた。
アーリシャの顔すら確認しなかった。
王家だけでなく、貴族社会全体が自分が推している王子に王太子になって欲しいのだろう。
鞘に封じられた神剣を持って、使者は丸め込まれた振りで帰って行った。
* * * * *
半日ほど前。
ガチャガチャゴチゴチ
「酒が無いぞ、酒が無いぞ、料理はうまいが、酒が無いぞ」
いつもの五倍はいる男たちが、鎧を着たまま食堂でひしめいているので、ひっきりなしに金属音がする。
「男ばかりでむさくるしいのぅ、女も古女房ばかりじゃ、ぐぉっ」
水瓶が通り過ぎた。
「ダリル、おぬし酒も無いのに、なぜ潰れておるんじゃ?こいつは」
テーブルに突っ伏す親父を、物音に振り返った大叔父が聞いて来る。
まるで俺が酔いつぶれたみたいだ、知らない奴が聞いたら誤解されるから止めてくれ、大叔父。
「お酒は夜からです、水で我慢してください」
夫を張り倒したカロルティナが、料理を追加しながら周囲を睨む。
「大旦那様の隠居祝いなんですから、跡目を継ぐライダル様がいなくてどうしますか」
「ライダルは今頃王宮で初仕事か、夕刻までには終わるかのう」
本当に何事も無ければ良いが。
「西も東も国境は大した小競り合いも無いようでなによりじゃ、なかなかこうして集まれんからのう」
一の月に事を起こすと顰蹙を買うが、敵はこちらの都合が悪い時の方が攻めて来るからな、今日の式典の為に外交官達は相当頑張ったんだろう。
年寄りばかりが集まれば、普段は年長者のハイドダール・ファーンも小僧扱いだ、無言で給仕に徹する。
「ファーン兄様・・・」
空いた器を皿洗いをしている弟達に渡していると、新しい料理を持ってアーリシャが近寄って来る。
「あぁ、次の料理か」
ダリルは言い淀んでいる従姉妹に、気楽に言い放った。
「大丈夫だ、君主がダメな奴なら、臣下には愛想を尽かす権利がある」
声も密めず聞かれてまずい事を言い放ったが、周囲の年寄り達は咎めるどころか、驚きも振り返りもしない。
今まさに真っ最中だろうが、選定の場に並ぶ王子達が誰も選ばれない『万が一』が起きたら、貴族社会も国王本人も喜ばない。
それどころかすぐさま『原因を取り除こう』とするだろう。
王子でも公爵でも、神剣に選ばれた相手を権力づくで、どうこうは出来ない。
なら、仕掛けてくるのは暗殺か、武力づく。
「お前のせいで迷惑なぞ断じてかかっておらんぞ。
我が子を守らぬ父親が、臣下の忠誠を踏み躙る君主にならぬ保証は無い」
最悪の場合、宮廷全部がアリスティナ・エクトの敵に回る。
だが例え王侯貴族全てが敵に回っても、娘を守り抜くのが父親であり家長というものだ、もちろん兄である自分も。
先代国王・現国王の王子庶子を合わせて王家の男児は合計十名、王族の血を引く大公家・公爵家の男児も六家で合計十五人、更に選定の列に並んでいない侯爵家・伯爵家、外国に嫁いだ王女の血筋、数え上げればきりがない。
この物々しい宴会の準備も、日が暮れる頃には無駄骨だったと笑えるようになる。
身の内からじりじりと焦りが湧いて来て、普通に考えたら当たり前の慰めが、どうしたことか口に出せない。
マーガスが、あの抜かりの無い悪友が、万が一どころか億が一でも有り得ないと、言いながら準備をする事は止めなかった。
「なに、いざとなったら、お前も含めて一族郎党全員で逃げればいいだけだ」
「お嬢様が気に病まれることではありません、ライダル様が『呪い持ち』と呼ばれるようになった時から、我ら一族郎党の心は一つでございます。」
「「シーク」」
井戸の釣瓶を動かしていた家令が、ダリルの代わりに話しかける。
「お嬢様がお生まれになるずうっと前からの事です」
「食い終わった奴から交代して持ち場に戻れ、夕刻までは気を抜くでないぞ」
「懐かしいのう、本家の露台に上るのは、童の頃から何十年ぶりかのう?」
「「「兄者~!」」」
「「「親父殿!!!」」」
外の櫓と屋根の上から、弟達従兄弟達の叫びがあがる。
一拍遅れて、台所の鎧戸が壊される音。
「兄様!蛇が!」
次の瞬間、台所から一斉に抜剣する音が響く。
「待て待てっ!母上、叔母上、アーリシャ、それは討伐しちゃいかん!」
制止するも間に合わず、ギンッギンッと金属を打ち付ける音がする。
「兄様、これ、剣が役に立たないっ、もおっ、出ていきなさい!」
❂ ❂ ❂ ❂ ❂
「ただいま戻りました~」
日没間近に、マーガスが戻って来た。
この男は領地持ちの伯爵のくせに、親が残した借金返済の為に自分の王都屋敷は売り払って、バルガス家に下宿している。
「「「あら、お帰りなさい」」」
「「「「お帰りなさいませ」」」」
屋敷内の人口密度が高くなっているので、夫人達や男衆と帰宅の挨拶を交わすだけで喉が涸れそうだ。
「あ~、拘束されたされた、参った参った」
マーガスは、ヘロヘロである。
ダリルも自身の部屋は明け渡して、弟達の大部屋に居る、もっとも今日に備えて、戦えない年齢の幼児と年寄りは、某所へ移動させていたが。
「拘束?」
「取り調べ、スヴァルノ殿下にわけのわからない言いがかりをつけられて。
魔道具作って売ってるなら、神剣に小細工したんだろう、とさ」
テーブルにだらりと身を投げ出した。
「出来るもんなら、アーリシャだけは選ばないように小細工したともさ、この世には玉座がありがたくない奴だっているんだっつうの」
「それで、王宮からの使者殿はどんな様子だった?」
マーガスが、不在の間の様子を尋ねる。
「滅茶苦茶だな、『尊い御身』と口では言いながら、安全の為にアーリシャの身柄を王宮に確保しようともしない、護衛の兵士達を残してもいかない。
それどころか、由緒書きも下賜のお品の有無も、アーリシャの顔かたちすら確認していかない」
笑顔の仮面という無表情が張り付いた使者は、慇懃無礼を貫いてさりげなく、実はうまいこと命令を果たさずに帰って行った。
「偽命令で捕縛に押しかけて来た、騎士団も咎めずそのまま戻しているし、ぬるいにも程がある」
グルであっても驚かないが。
「王宮内は阿鼻叫喚だったぞ、突然無警戒な所から、別なお世継ぎ候補が出てきたわけだしな」
国王の意思に従って動いているのか、貴族の派閥の思惑が絡んで、ねじ曲げられているのか判断し辛い。
マーガスは文官としては下っ端、ダリルは一介の(国に認定された組織でも)私設騎士団の戦士に過ぎない。
「まぁ、アーリシャ一人だけをお前たちの手の届かない王宮内に、連れ去られなかっただけマシってものだ」
そんなことになったら暗殺され放題だ。
御落胤の取り扱いにも『決まり事』がある。
在野に捨て置いたままでも、一筆書いた証拠の書類と親の身分を示す所縁の品を渡し、王宮側にも控えの記録が残される。
生まれた子供の行く末に配慮する為、ではない。
誕生、成人、結婚の節目には届を出させて、その血を王家の『管理』下におかなければならないからだ。
分かりやすくはっきり言ってしまうと『無事に生まれなかったら世話が無いんだが、成人まで生きたら親次第では士官や嫁入り先の世話をしてくれるかも知れないぞ。
妃(本妻)に跡取りが出来なかったら、迎え入れられる事もあるから勝手に逃げるな、身辺は綺麗にして犯罪者などになるなよ。
結婚して勝手に王家(又は貴族家)の血筋を増やすのは以ての外、相手と子供ごと殺されたくなければ連絡入れて許可を取れ』と言う意味だ。
ゆかりの品ってのは具体的には、王族個人の持ち物を渡す。
普段使いの日用品程度の物か、希少金属で新たに新調する品かは、生まれる子供の扱いによって違うが、とにかく紋章の入った品だ。
貴族には家の紋章、王族には王家の紋章とは別に、生まれた時に決められる各個人の紋章というものがある。
王子が生まれれば、王家の紋章と組み合わせて、生まれ月の守護神の象徴と、竜や鷹などの『武』を表す生き物の意匠を。
王女が生まれれば、同じく王家の紋章と、生まれ月の花、蝶や妖精などの美や愛らしさを表す意匠を組み合わせる。
大きい物は馬車などから家具、衣類や小さい物だとハンカチや指輪まで、王族が使う物身につける物全部に、持ち主の紋章を入れる。
「アーリシャは書類上はアーレス伯父上とアルマ・クルト様の実子として、届出を出しているんだがな」
アルマというのはアーリシャの実母だ、大きなお腹を抱えてシグルド・アーレスの後添いになったが、結婚後わずか半年で亡くなった。
「証拠の品々が渡されていない事を、証明できる手段が無いな。
今頃は控え書きが王宮で偽造されて、『恐れ多くも渡された物を廃棄しただろう』とか言いがかりをつけられるかもな」
バルガス家の有能な家令であるシークが、日々の記録は付けているだろうが、公文書ではないと突っぱねられたらそれまでだ。
無い物を、無いと証明するのがどれだけ難しいか、マーガスは天を仰いだ。
「ククッ」
「何を笑っているんだよ?真面目な話をしている時に」
自分から視線を逸らして笑い出したダリルを、マーガスが見とがめた。
「我々とは違ってお前は、アリスティナとは間違いなく一滴たりとも、血が繋がっていないのにな」
何故かお家騒動のど真ん中である。
「貴族の保身的な?って奴か? 別に王位を狙っているわけでもないのに、大事なウチの子を『念の為』で殺されてたまるかい、俺だってアーリシャの育児に参加したんだからな」
この理不尽をどうしてくれよう
アリスティナ・エクト・バルガスが生まれた時から、この屋根の下にいる者たちは、心に刻んだのだ。
次回投稿は四月二十日の予定です。




