王太子
白兎を追いかけて、ヒロインが穴に飛び込むお話は、異世界転移の原形かなと思います、夢オチですが。
そこからヒロインの名前をいただきました。
途中から再び過去編です。
「兄さまのバカっ、私も一緒に行くって言ったのに!黙って!」
飛び込んできた人物は髪も肌も香油に濡れて、いかにもありあわせの衣類を着て来たのが分かるありさまだった。
特に髪の毛は香油をたっぷりと含んで滴るほどだ。
そのあとを追って魔法金属の鷹が、窓の外から滑空して来た。
鷹のかぎ爪が肩に届く直前に、金属の鷹はくるりと三毛猫柄の金属猫になって、ダリルの顔面に四つ足キックを決めてから、主の肩の上に着地した。
「ぶっ」
ダメージは無くても、肉球スタンプでも、ダリルはムッとしていたが、手荒に扱えない相手にしがみつかれていたので、鉄球に等しい物体を首の動きだけで打ち返した。
「俺が行かねば伯父上が行ったぞ、あの人は戦士と言うよりも指揮官向きで、お薦めしない」
そして、祖父殿が行くと、世界の修復力で『道』が自然に閉じるタイムリミットが過ぎても、構わず暴れ回るに決まっている。
「あの程度の奴らに、俺が討ち取られる訳がないだろう」
メキョ
「世界の狭間に落ちたら、二度と戻って来られなくなる可能性があるって、マーガスと兄さまが話してたじゃないの!」
ベキョ、ボコ
「おいおい、盗み聞きは感心しなッ」
普通なら『ポカポカ』又は『ポコポコ』と擬音が付きそうな女性の拳が、ダリルの胸を連打する。
鎧で武装した歴戦の戦士なら、何の痛痒も感じ無さそうな華奢な拳だが、黒鉄の鎧が異音と共にみるみるうちに凹んでいくので、周囲の者たちを慌て(怯え)させた。
「戦士の強さと『路』から落ちるのは違うでしょ!転移魔法のスキルだって無いのにっ、『守護陣』から私が出られないように置き去りにして単独でっ」
ボコベキョ、ミシミシ
泣きながらも乱打を止めない。
肩の上の三毛猫ゴーレム(?)も、主が嘆くのでシャーシャー怒る、この混沌。
素直に謝ればいいものを、この朴念仁が。
「落ち着いて下さい、殿下には『コルサド王国の勇者』の称号と加護が、付いたままなのですから」
心配しているから事後報告されて怒っているのに、いまだに抜けきらない"兄のメンツ"とやらで、ダリルが要らない反論するものだから収集がつかない。
代表してマーガスが止めるが、エクト王太子殿下の耳には入らない。
もっとも、ダリルの方も元から一騎当千の戦士の上に、世界を渡ってこちらも称号と加護が付いたので、被害を受けているのは実は鎧だけなのだが。
「まあ殿下、足が泥だらけではありませんか! 中庭を通っていらしたんですか?」
彼女を止めたのは、年配の侍女の声だった。
現在セイハ国の王宮内に、上級職(貴族位)の若い侍女はいない。
王都籠城戦の折に、貴族階級から行儀見習いにあがっていた若い令嬢達は、『味方の裏切りで国王が負傷、現在生死不明』との一報を聞き、半数は妃殿下や王太后を置いて、どうやってか皆逃げ散ってしまった。
平和を取り戻した現在も、戻りたいと申し出る者はいない。
逃げた揚げ句に敵に捕まって、無事で済まなかった者もいたようだが、無事でも当時の行動が悪質だった者は、相当の罪に問われており。
恐ろしくて今更のこのこ戻れない、と言うこともあるだろうが、逃げなかった者達も、王太子が女性ではお目に止まって側室に、と言う可能性が全く無いからだろう。
王宮側の方針としても、戦争で夫や息子を亡くして、働き手を失った遺族から優先的に雇用している。
「庭師が今日新しい花の苗を移植したばかりなんですよ、下働きの者たちも人目に付かない早朝に、掃除を頑張ってくれていますのに」
侍女と言うより母親のような声が、穏やかにエクト殿下を諌める。
確かに土が柔らかかったのだろう、白い御み足は踝のあたりまで泥で汚れ、床には点々と足跡が残されている。
「ご、ごめんなさい」
ちゃんと謝る彼女は、庭師や掃除婦などの、王宮を一番下で支える者達の矜持を分かっている。
アリスティナ・エクト・セイファラッド、数年前まではアリスティナ・エクト・バルガスだった少女だ。
いや、もう二十歳を超えているので女性と呼ぶべきか。
彼女は、バルガス家当主の次男シグルド・アーレス・バルガスと、その後添いになったアルマ・クルト・レガランの長女として誕生した。
バルガス家の名付けの法則は独特で、最初に父の名、次に自身の名、そして家名が最後に来る。
一方、実母であるアルマの生家では、女児に必ず護り名として男性名を与える。
つまり、アリスティナ・エクトは『アーレスの娘エクト』と言う意味だ。
家族や親しい者達は、彼女を小さなアリスと呼ぶ。
ちなみにこの国には『王太女』と言う肩書は無い、彼女がセイハ国の歴史上初の女性王太子なので、そんな肩書までは定めなかったのだ。
「とにかく、お式まで残り少ないのですよ」
「さ、お戻りください」
いつの間にか四人に増えた婦人達が、ダリルの胸から王太子を引きはがした。
「あ、あ、あ、待って、待って、にいさま~」
戦場で軍の先頭で戦ったこともあるアーリシャも、非力(?)な女性達に力づくでの抵抗は出来ない、大人しく連行されて行った。
(なんか、いろいろ、凄いな)
場所は後宮内に設えた国王の書斎、現在は王太子エクトの執務室。
(ダリルと)話しがしたいと、言い張るアーリシャの要望を聞き入れて、何故かマーガス達まで後宮に移動させられた。
重厚な執務机は壁際に寄せられ、部屋の主は中心に置かれた椅子に座らされている。
背後に侍女が二人、一人は髪を櫛梳り、一人は首筋周りにクリームを塗り込んでいる。
左右の腕を取って、爪の手入れを行っている者が二人、腕に残った矢傷や刀傷に薬を塗り込んでいるものが二人。
前方に跪いて足の爪を手入れしているものが一人、他に顔の肌を手入れしようとしていた者がいたが、喋れないからと抗議されて中断している。
この三か月間閉じ込められっぱなしだったお陰で、アーリシャの肌は白くなったが、侵略軍や反乱軍と戦った際の傷跡は、逆に目立ってきたらしい。
同じ年頃の子を持つ女性達には、『花嫁の肌に傷跡』というのが絶対に許せないらしく。
(とても、さっきだっている、こわい)
この両手両足をソフトに拘束された状態で、王太子は(シニア)女性官吏に掲げた報告書を読み上げさせ、書記官に口頭で指示を出して書類を作成させている。
「う、う、本当なら身内だけで、こじんまりとお祝いするはずだったのに」
彼女も、いまだに諦めが悪いようだ。
「いやいや、貴女の結婚はもはや国の行事ですから」
そもそもバルガス一門だけでも、総勢千人を超えているのだ、どう頑張っても家族だけの結婚式にはならない。
領地持ちでも法衣でも、通常貴族の三男以下は婿(嫁)入り先が見つからなければ平民になって、家名を名乗ることすら禁じられるものだ、が。
セイハ国にはバルガス家やレガラン家のような『武家男爵』という、特殊な制度が存在していて、五男だろうが十男だろうが、国防の為に戦い続ける限りは、騎士の身分が保障され、家名を名乗る事も許される。
★★★★★★★★★
王都郊外、広い畑と牧場に囲まれた一軒の館。
神剣ククルカンが飛び去った行き先を見定めて、王宮からの使者一行が麗々しく身なりを整えて出向くと、目的の場所にはにらみ合う武装集団が居た。
「これは、何としたことだ?!」
王都四騎士団から、西と南の支団から差し向けられた西二個小隊と南一個中隊が、一軒の屋敷に籠城する黒い集団を取り囲んで一触即発の状態だった。
それも、文官の使者には分からないことだが、西二つと南は全く連携がとれておらず、てんでに屋敷に向かって、罪状の読み上げと、攻撃と、降伏勧告を行っている。
「この屋敷に王宮から神授の神剣を盗み出した、エクトという名の曲者が居るはずだ、隠し立てするとただでは済まんぞ」
羊皮紙には騎士団の正式な書式で、捕縛命令が書かれているようだ。
しかし王都騎士団の一つ目の西の小隊長は、使者の掲げる王家の旗に気がついてか、読み上げている途中で語調が弱くなり、下方の命令者名の欄は巻いたまま握りしめて突き出している。
馬腹を分からぬように蹴って自分の部下達すらも置いて、少しずつ屋敷の塀から離れ始めている。
「おい、待て!それは我々が請けた任務だ!手柄を横取りするな!」
使者に気づかず他の部隊を牽制している南の中隊は、自分達の人数の多さに気が大きくなったのか、正門前でこちらも血の気の多そうな若者たちと、既に切りむすび始めている。
三人の指揮官達の中でこの中隊長が一番、下された『命令』に疑問を持っていないらしい。
屋敷の真上を、『神剣』がグルグルと旋回しているのだが。
「待て待てっ、何故に手向かいいたすのだっ?
一族の中に大罪人がいるならば、家長や年長の者が捕らえてその罪をすすぐべきだろう。
自身らの手で差し出せば一族の者達は連座しても、罪一等は減じて死罪は免れるよう取り計らってやるぞ」
最後の西の小隊長は、犯罪者を逮捕に来た自分達に、地元の有力者が協力しないなどとは思ってもいないようだ。
「連座の我等が一段軽くて死罪ではないとほざくなら、エクトは死罪にすると言う事だな?
それで渡せる訳がなかろうが、相手をしてやるからかかって来んか」
塀の上に組まれた櫓の上から、馬上の中隊長を見下ろして禿頭の老人が受けて立つ。
「双方武器を下せ!」
王家の使者に護衛として同行して来た近衛騎士が、大音声で止めに入る。
「そなたら王都騎士団だな?こちらは王宮よりの使者である。
すみやかに道をあけて、部隊を引き上げよ」
「お待ちください、この先には国宝を盗んだ大罪人が居ると聞き及んでおります。
使者殿の御身に何事かございましては一大事でございましょう」
一番階級の高い自分が話すのが当然だと思ったのだろうが、中隊長が心の底から本気で言っているらしい態度で前に進み出て来る。
儀式の間に居合わせたのは貴族家の当主達だけだったが、既にそれぞれ屋敷に戻って、今ごろはあちこちへ連絡が飛び交っているだろう。
演技で言っているのでなければ、この中隊長は職務に忠実なのは結構だが、情報が遅すぎる。
縦社会である軍や騎士団は、上に『行って来い』と命令されれば逆らえない立場だろうが、捨て駒にされた事も気がついていないのか。
「その命令は間違いだ、命令執行書が別々に三枚も発行されている時点で、おかしいと気づかんか!
詳しい経緯は後ほど聞く、部下を連れて騎士団本部に引き上げよ」
所属の違う近衛騎士に命じる権限は無いので、使者の方が王家の紋章を掲げながら命じた。
帰還させる前に、三人の指揮官達から命令執行書を取り上げることも忘れない。
王族の中でも重鎮である大公に釘を刺されたのに、上層部の誰かが大貴族の圧力に負けて、指揮系統の『外側』から紛れてきた嘘の命令で出動させられたのだろう。
騎士団を追い払っても、黒鉄の鎧で身を固めた集団は、使者一行に門を開かない。
「開門!我々は王宮よりの使者である。
こちらにおいでの貴き御方に、良き知らせを届けに参ったのだ、ここを開けよ!」
再三にわたって声を張り上げても、不信感に満ちた声で言い返す。
「良き知らせだと?嘘を言うな、先ほどここを取り囲んでおった奴らは、兄者の孫エクトを捕らえて牢に入れるとぬかしたぞ」
隻腕の老人が言えば。
「刃向かうならば、我ら諸共連行の手間を省いてこの場で処刑する、とも言っておったな」
先ほどの禿頭の男も、抜き身の剣を構えたまま続ける。
「貴き御方をお守りしていたが故にと、黙って聞いていればっ、卑しき身分の分際で、攻め手だけでなく使者殿にまでその態度!
貴様ら!無礼だぞ!」
護衛の近衛騎士が声を張り上げて咎めるが、黒衣の集団には顔色を変える者すらいない。
「奴らが差し出せと言うておった、今年十五でエクトを名乗るものは当家に四人も居るぞ。
使者殿が本物ならば、王家にしか届けていない事を知らされて来ただろう、見分けて見せよ」
新たに正門前に白髪白髭の老人が、三人の少年達を従えて現れる。
それに対して、探す相手の顔も知らない筈の使者は、老人の傍らにいる少年達だけでなく全体を見渡して言った、
「ここには居られぬ、ここにいるのは皆関係の無い男達ばかりではないか」
「ふむ、良かろう、通して差し上げろ」
使者の返答に、老人はくるりと背を向けて、屋敷に向かって歩き出す。
「兄者!」
「親父殿?!」
「「「大シグルド?」」」
一族の者たちの非難の声にも取り合わず、老人はスタスタと先を行く。
行く手の屋敷から、一人の男が新たに出てきた。
「おお、バルガス将軍!お慶び申し上げる。
これまでの傅役のお勤め、大変ご苦労様でござった。
貴殿のお育てしたアリスティナ・エクト様は、王太子として選定されましたぞ!」
将軍と呼ばれた男は、応えて言った。
「何かのお間違いではございませんかな、アレは女児で、私の娘でございます。
王家の血筋を示すお品も、書付けの一つも当家にはございません」
次話投稿は四月十七日の予定です。




