『勇者召喚』のこちら側
予定通りダリルさん日帰り帰還です。
異世界から異世界への召喚なので、ジャンルはハイファンタジーです。
転移陣は力強く光耀き、中心に一人の男が現れた。
「「お帰りなさいませ、ハイドダール卿」」
陣の外側で待ち構えていた少年少女が、ホッとした笑顔を浮かべる。
「無事に戻れたようだな、ダリル。」
出迎えた同年代の男が、人の悪い笑みを浮かべる。
「おい?何を笑っている?今頃になって帰還の術式に何ぞ、問題でも有ったとか言うまいな?マーグガルス?」
陣の中に現れた黒鎧の騎士はハイドダール・ファーン・バルガス、出迎えた男はマーグガルス・ピザンテガロア。
この悪友とは長い付き合いのダリルは、その笑顔に不安を感じて顔をしかめた。
無事に戻って来れたからと言って安心してはいけない、付き合いが長いからこそ、有能な男だが性格が一部破綻している事を、ダリルは実体験で知り尽くしている。
昔はよく騙されて、常人ならば命が幾つあっても足りないような、魔道具の試作品の実験に付き合わされたり、材料確保の為にキメラやマンティコア、果ては魔族まで狩らされるはめになった。
(実力不足で)出来ないなどとは、意地でも口に出来ない自分の性格を、毎度毎度いい様に手玉に取られて、乗せられるダリルも悪いのだが。
急いで自己確認をしたが、今のところ身体のどこかが欠損している感じは無い、手足とか内臓とか髪の毛とか。
「失礼だな、術式に問題は無かったとも、人生で二回も勇者召喚されたのは、どんな感じかと思っただけさ」
「二回?ああ、山国の隣国に飛ばされたアレか、伯父上の八つ当たりが大変だったな」
「まぁ、いい、マーガス、ほれ、土産だ。」
黒衣の騎士は布で包んだ丸い物を無造作に放り投げた、悪友の顔面めがけて。
マーガスは難なく受け止めて包みを解いた。
「勇者召喚の『魔石』か」
元はカーテンだったのだろう布の中から出て来たのは、赤子の頭程もある巨大な魔石を中心にはめ込んだ、魔法金属の分厚い円盤だった。
「ああ、奴らの手元に残しておいては同じ事の繰り返しだ」
特にこちら側には、召喚側の使命を果たしていない為に、『コルサドの勇者』の称号が付いたままの者がいる、再び召喚が行われたら呼び戻されてしまった事だろう。
ただし使命から無責任に、逃げてきた訳ではない、
「よくもまあ、あれだけ口が回るものだ!そもそも『魔王の軍勢の脅威』なんて、嘘っぱちだろうが」
「あぁ、見てたぞ、腐っても王族って奴か?、涙なんか自由自在に流していたな!!」
交渉術も王族の嗜みだろうが、本性がバレていれば笑い話だ。
顔だけは無表情を維持しながら、無礼全開喧嘩上等のダリルと、そら涙で取りすがるスゼリナ王女を指差して、こちら側にいたマーガスは、遠慮なく大爆笑していたのだ。
「その場で真二つに割っても良かったがこれは魔道具だ、俺には分からん。
迂闊な事をして暴発されても困るからな、お前にまかせる」
だが、魔石そのものは魔力を使い尽くして、既に暴発出来るような魔力すら残っていないだろう。
召喚の術式の刻み込まれた、オリハルコンだろう魔法金属の台座は魔力をまだ帯びているが、本来は赤く艶やかな筈の魔石は、海から引きずり出された珊瑚が風雨に晒されたかのように、表面に細かく穴が開き触れると白い粉状になっている。
「もうスカスカですね」
少年ことエクルードの声は呆れを含んでいる
「魔王もいないのに、むやみやたらに使いまくってたからだね」
もう一人の少女ファーリーラも忌々し気だ、この三か月間《眼》を通じて観察していて分かった事だが、向こうの世界で魔王がいたのは過去の事で、世界はそこそこ平和だ。
むしろ勇者降臨の伝説の有る、あの小国だけが近隣諸国に揉め事を振り撒いていた。
肥沃で広大な農業国家だの、鉱物資源の豊富な山岳国家とかを侵略する手駒として、従順な勇者を求めていただけなのだ。
「欲の皮が突っ張らかった連中が召喚に再挑戦しようとするたんびに、『向こうへ』引っ張られないように、アーリシャ様には妨害の魔法陣の中に居てもらわなきゃいけなくなるから、迷惑だったらなかったね!」
「コルサド王国だったか?連中はことさらアーリシャ様個人にこだわっていた訳では無かったんだがな」
召喚魔法は例えれば魔法で出来た投網の様な物だが。
誘拐犯共はよく分かっていなかったようだが、先任者が健在なうちは新しい勇者を捕らえて手繰り寄せる事は出来ないのだ。
不幸中の幸いでこちらが把握できない、別の誘拐の被害者を出す事は避けられた。
ここまでボロボロの魔石を使って、まかり間違って召喚が中途半端に成功すると、向こうの世界にも出現出来ず、被害者は世界の狭間で迷子になった可能性もありえたのだ。
「王太子摂政宮の業務も、その都度滞りましたからね」
『召喚の魔石』がこの状態なせいか『向こう側』の術者達の手際が悪いせいか、召喚術の詠唱を始めてから発動するまでに、早かった時は五日程、後半の方になると(充填用の)魔石と人的資源を消費させ過ぎて、今回などは半月程かかっている。
「あたしみたいな新参者にはわからないけど、内政官達と魔法宮の連中って、なんでか仲が悪いのよね」
父親と同胞を侵略者に殺された、海上傭兵団(兼業海賊)の頭目の娘は、兄達と力を合わせて親の仇を討つついでに侵略軍の軍船も打ち払い、健在彼女の長兄は一族郎党引き連れてセイハ国海軍の要である。
「昔からなんだよ、大きな魔法の行使とか研究とか、お金のかかる割には目に見える成果って出しにくいって言うか」
魔法は存在するが各個人の魔力は上限がある。基本詠唱している間があったら、武器で攻撃した方が早い、というお国柄である。
副宰相マーガスの護衛兼侍従官見習い(つまり雑用)である彼は、遠く離した魔法宮と財務宮その他を書類を抱えて文字通り走り回っていた。
それが今ではアーリシャ様の防御陣を維持する術者達以外、戦力にならない魔術の研究者達は魔法宮から追い出され。
王宮の表宮では宰相と外務官と式典礼官達だけが、既に到着している外国からの賓客の対応と、戴冠式と結婚式の準備を行い。
代わって副宰相マーガスを筆頭に、各部署の文官達がさほど広くもない魔法宮を今日この日まで占拠して、次期国王に書類の決裁を求めて順番を争っていた。
侵略者ガラムサ軍の残した傷痕は深く、奴等が撤退の際に壊された主要な防衛拠点や街道・用水路、落とされた橋の修繕工事。
戦死した兵士・殺された国民たちの残された家族や、焼き払われた市街地や農地などの補償をどうするか?
戦乱時の行方不明者の捜索と、騒ぎに乗じた犯罪者の捜査その他諸々・・・問題は山積している。
先王の喪が明け、新国王の戴冠式と結婚式それに続く三日間の祝宴は、暗い話題ばかりだった国民達に明るい未来を実感させることだろう。
武官も文官も祝祭に向けて、一年前から一致団結して頑張って来たのだ。
それなのに、アーリシャ様が花嫁衣装の仮縫い中に誘拐され。
すぐに取り返したものの、異世界のバカ共は『勇者召喚』を諦めない。
おかげでこの態勢が、間を置きながら三ヶ月。
『しつこーい!』
『滅びろ!バカ国家!』
『なぜ異世界なんだ?地続きだったら兵を一万も率いれば、俺が滅ぼしてやるものを!』
国の面子としてもきちんと報復するべき問題なのだ、通常の移動手段で辿り着ける場所ならば。
本来なら何の接点も無かった筈の、コルサド国とか言う異世界の三流国家の身勝手な言い分に、魔法宮内は武官文官を問わず居候達の怨嗟の罵り声が飛び交った。
勿論本来の居場所を追い出された宮廷魔導士達も、相当恨みが深かったらしい。
相手の術を利用しながらも、ハイドダールが異世界へ乗り込む為の新しい転移術式を、僅か二か月半で構築してのけた。
ダリルの帰還時に、壁際に控えていた各部署の下級官吏や侍女達が出て行ったので、今回の『成功』が連絡されたのだろう。
魔法宮に詰めていた者達が一斉に引っ越しを始めた気配が、建物全体から伝わってくる。
「ところでダリル、『魔人の右眼』はどうした?」
「さて魔石は専門家に任せたし、俺は殿下に誘拐犯共の討伐をご報告申し上げねばならぬ、殿下はまだ魔法宮においでか?」
確かに主君に任務遂行の報告をするのは大事だ、だが不安定な状態の魔道具を放り出すのも危険だ、性質上王宮内で『世界の裂け目』など出来たら大事だ。
しかし、不自然である。
マーガスの問いが聞こえなかった振りで、そそくさと彼らしくない態度でその場を離れようとする。
「待て」
ガシッとマーガスの掌が、ダリルの肩を掴む。
「こちらの『左眼』に、今だにバカ共の映像が送られてくるんだが、俺の『最高傑作』を、どうしたダリル?」
異世界にアーリシャ姫が召喚された時、身に付けていたのは彼女の養母達の織りあげた反物と二十本程の待ち針、猫の姿をした知性有る魔道具。
そして、彼女の現在位置と周囲の状況を王宮側が常に把握する事の出来る、『魔人の右眼』と言う銘のネックレスの形をした魔道具だ。
ダリルがかつて討伐した、おそらく双子だろう二体の中級魔族の魔核を、国内最高の魔道具技師でもあるマーガスが加工したものだ。
『右眼』は金鎖の台座にはめ込まれて、貴人が身に付けるとその周囲に肉眼では見えない目、『さてらいと・かめら』を生み出す。
その『目』が前後左右四個を一組として、頭上と足元に二組計八個で警護対象を取り囲み、魔法攻撃を防ぐ結界も張れるし、『左眼』からの操作で二個までなら浮遊する『目』を『右眼』から飛ばして周囲の探索に充てる事が出来る。
『左眼』は漆黒の姿見鏡の台座にはめ込まれており、右眼から届く警護対象の周囲の様子を『じーぴーえす情報』と一緒に鏡面に映し出す。
マーガスが自認するとおり、彼がこれまで製作した中でも『最高傑作』の魔道具だったのだ。
「目的の第一はバカ共に今後の召喚を止めさせる事、第二は報復だが、『右眼』の奪還も任務の内だったろうがっ!」
『右眼』の見た目は大きなスタールビーだ、絹の反物と一緒に欲深いあちらの王女が、召喚直後にアーリシャ姫から取り上げて私物化していたのだ。
王女は『鑑定』スキルが無く、取り上げた装飾品が魔道具だと気がつかなかった。
仮に『鑑定』のスキル持ちがネックレスを見ても、鑑定結果が『貴人の身を守る魔道具』と出るので、王女が身に付けている以上不審に思われなかっただろう。
『右眼』は何の妨害対策もとられず誘拐犯共の様子を、異世界まで送り続けた。
あの王女が高価な装飾品を常時身に付けて、宮廷魔導士達に次の召喚を急かしていたおかげで魔王不在の『勇者召喚』の実態も、召喚勇者を戦争の矢面に立たせた、近隣諸国を侵略する計画も丸聞こえ、勇者召喚魔石の台座に刻まれた術式の細部まで見て取れた。
昼夜を問わず『左眼の魔鏡』の前で、映し出される情報を交代で記録していたのはマーガス配下の書記官達だが、王女の寝室だのお茶会でのおしゃべりなどを覗き見していても仕方がない、魔道具技師の弟子でもあるエクルードが『目』を操作してコルサド王宮内をあちこち探っていたのだ。
「お前にはすまないと思っているが、俺の判断で置いてきた、詫びとして代わりの材料を捕って来よう」
王宮に献上しても、渾身の傑作が最高の状態が保てるように、マーガス自ら定期的に整備を続けていた品だ。
「大陸全土に轟くお前の武力をもってしても、魔族なんていつでもその辺をふらふらしていないんだぞ!一対の魔石なんて素材がどれだけレアなのか分かっているのかっ」
ファーラとエクードは顔を見合わせた。
((いやーぁどうだろう?殿下の引きの良さとハイドダール卿の組み合わせなら、魔族の二匹ぐらい狩って来そうだよね)来ますよ)
そこに別の声が割り込んだ。
「ハイドダール卿はお戻りですか?」
その声に、マーガスの糾弾を受け流していたダリルが、ギクりと身を強張らせた。
次話投稿は四月八日の予定です。




