マーガスとダリル1
【昔々その家に初めてのお姫様が生まれた時、魔法使いは言いました。
『私の力は、姫を全ての悪しきものからは守り切れないが、せめて敵に見つからないよう、姿と名前を隠せる祝福を与えよう』】
「なあマーガス?あの水色の髪の赤ん坊は三年前のあの赤ん坊だよな?」
ダリルが言っているのは、裏庭の家庭菜園で作業しているタバサに、おぶい紐で背負われたエクルードの事だ。
エクードがこの屋敷に来た時のいきさつが衝撃的だったので、バルガス家の男たちは皆記憶に残っている。
「パトリスと同い年だと思ったが」
ダリル・パトリスは、大ダリルとカロルティナ夫人の五男で、今年三才だ。
毎日毎日、木剣など抱えて走り回っている。
「うん、耳の形は普通なんだけどね、何か長命種の血が混ざってるみたいだね、よくある話らしいし」
セイハ国の建国前後、大陸全体が乱世と言うか混乱期だったことがあった、とは博識なマーガスに教えられた事だ。
その際各種族も一時期ごちゃごちゃに、混血していた時期もあったそうだ。
「気長に育てるしかないみたいだね」
と、何でもない事のようにけろりとマーガスは笑った。
「大変そうだな?」
5年も10年も赤ん坊のままだったら。
「今回はたまたま変ないきさつでウチに来たけど、神様からの授かりものってそんなものだよ。
途中がちょっと違うだけで、お腹を痛めて産んだ子と同じ、手がかかりそうって理由だけで、神様にお返しできるわけじゃなし」
いや、その先祖がえりが面倒だから、実の親は赤子を王都の神殿に捨てたんだろうに。
憤ってダリルはそう突っ込みたかったが、マーガスはケロリと笑った。
「もう、ウチの子だもの、親が名乗り出て来ても返さないよ」
こいつはこういう奴だ、頭が良すぎてアーレス伯父は、初対面で『気色悪い子供』などと評したが、本質はとても人が良い。
領民の生活を支えるために、毎日毎日伯爵が自らが石切り場で働いている。
十歳の頃は普通にやんちゃ坊主だったが、マーガスが一年ぶりに会ったダリルは、一門の後継者としての自覚が出てきたのか、声変わりが終わった頃から口数が少なくなり、はしゃいだり軽率な行動に出ることが無くなった。
指導役が叔父などの血の近い者では甘えが出るからと、一門の遠い親族の部隊に放り込まれ、西と東の長い国境線のどこかで、紛争が起きるたびに連れ回されているらしい。
現在は雑用程度でも、戦場で命のやり取りの間近にいるのだ、悩む事も当然あるだろうに、今のところ弱音は聞いたことが無い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
味方の武将、おそらく甲冑や旗印を遠目に見た限りでは、レガランの現当主が、敵の実働部隊の隊長を討ち取ったのが見て取れた。
つき従う従騎士や兵士が、敵の士気を削ぐため声高に手柄を喧伝している。
敵も(味方も)総大将はお飾り、身分は高くないが補佐役のあの老将が討ち取れれば、戦況は決する。
しかし周囲は今だ混戦状態の上に、戦場の熱気に当てられている者の中には、お味方有利の知らせを聞いて、尚更のぼせ上がった若者がいた。
こちらの総大将である。
「ざっまあ見ろ、ベンネの山猿共! これに懲りたら人の領域に、しゃしゃり出て来るんじゃない!」
公爵家の三男だか四男だかの割には、言葉遣いの悪いことだ。
ちなみに、ベンネは山あいの小国だが、九割がた普人族の国である、猿系獣人はおろか、犬系猫系獣人も居ないはずだ。
秋になって、その年の収穫物だけで冬が越せないと分かると、ベンネ国境対面の辺境伯領に攻めてくる。
後払いでも周辺国から、対価を支払って買えば良いのでは?と聞いたが。
砦の兵士達によれば、不作の噂が流れると商人が近づかなくなるそうだ、ベンネが国家ぐるみで街道の商人を襲うせいだが、商人は商人で荷馬車数台分の食料に、城が買える程の法外な値を付けたそうで、一体どちらが先だったのか。
襲撃の矛先が周囲の小国になることもあるが、今年は周辺国も万遍なく不作らしい、買うも奪うも出来ない。
もう少し南の方では、数か国で同盟を組んで、セイハへ襲ってくるとか。
「我に続け! 今日こそ山猿を一匹残らず滅ぼしてくれる!」
形勢が逆転した途端に、威勢のいいことを叫んでいるのは、シミ一つ無い乗馬用の白馬に乗った、王子様のような容姿の若様だ。
馬も乗り手もとてもスマートだ。
「おいおい、今から出て来んのかよ、婿様」
弓から別の武器に、構えなおした周囲の雑兵仲間達が、嘲笑う。
「勝ち戦ってのは、男の子にはワクワクするものが、あるんじゃねえ?」
見下ろせる左右の森の中に、伏勢として配置されたおかげで、ダリルにも全体の動きが良く分かる。
「幕舎に居てくんねえかな、下手を打ったら、婚約そのものがポシャるだろうに」
渡り仕事の傭兵たちにしてみれば、ここで『王将』の勝手な行動の挙句、討ち取られてしまうと報酬が減ってしまう。
一方で、お目付け役の部下に背後を任せて、撤退しようとしていた、こちらは正真正銘の、むくつけき『ベンネの王子様』は、背後からの挑発の声に容易くのった。
見るからに一発逆転の勝機有り、と判断したようだ。
「そりゃ、戻って来るよなぁ! 人馬共に上品で繊細な優美さって、要らねえだろ! 戦場で」
前方にいた年かさの傭兵達が抜剣して、隠れ場所から一斉に飛び出す。
引き止めようとする護衛の騎士を振り払い、陣頭指揮を取っていた副将の言葉も聞き入れず、指揮官自らが戦場に躍り出た。
敵将に追いすがる途中で、粗末な鎧を着込んだ歩兵を数人、馬上からいたぶる様に、槍でつついて手傷を負わせ、
泥土に足を取られて、馬ごと転倒した。
「「「「おいィィッ?」」」」
騎士も傭兵も荷運びの農民も、みんな揃って声を上げた。
(あぁ、なんで突っ込むかな)
マーガスによれば軍馬用と乗馬用はまったくの別物で、移動や遊びに使う程度の『貴族用』の馬というものは、足元の人間を蹄に掛けないように、徹底的に躾けられるそうだ。
ダリルや弟達も、一度は痛い目を見た事があるが、馬や牛に踏まれると余程に頑丈な軍靴でも履いていなければ、足の甲など簡単に骨折する。
貴族の大半は危険性をよく理解して、馬丁の指示指導も良く聞くらしいのだが。
当主がしっかりしていない一部貴族には、屋敷の庭園内に乗り付ける考えの足りない乗り手や、巨大生物に不用意に近づく、やはりこちらも高貴な貴婦人に意見するなんて、使用人には到底できない話で。
大変な剣幕で『美しい絹の靴を履いた貴婦人が、足を踏まれた責任』の、追求が生産元まで本当に来る、とマーガスがいつだったか嘆いていた。
貴族側の聞き分けが幼児以下なら、最後の頼みの綱は『馬の賢さと気配り』と言う、とんでもない状態がまかり通っているらしい。
若様の乗り慣れた愛馬を戦場に連れて来て、混戦の最中で馬が忠実に、足元の味方兵士を避けようとしたのだろう。
更に言えば、蹄鉄も荒れ地に対応していないのだろう、おそらく固い石畳用か整備された街道用のまま、地面の上に乗った泥ごと滑る地面には、魔道具の蹄鉄が必要だ。
ベンネ王国との間に、合戦出来る場所は限られている、敵が陣を敷くであろう場所に、事前に沢から水を引き込んだのはこちらの工作兵だ。
敵を見下ろせる一段高い、泥濘んでいない場所で待ち受ける、自軍の騎馬には念の為に魔法具の蹄鉄(ピザンテガロア領謹製)も、付けさせていたのに。
この話は歩兵や雑役兵はもちろん、見習のダリルまでが通達を聞いて知っていた。
彼は指揮官なのにそれでなぜ、準備が出来ていないのか?
(あぁ、これが『はしゃぎ死に』か)
それまで自宅で訓練する以外は、年に数か月程ピザンテガロア領内で、作物泥棒と家畜泥棒だけを追い掛け回していたダリルが、雑役夫でも戦場に行くと聞いて、突如マーガスが懇々と語りだしたのが『戦場における最も恥ずかしい死に方』例である。
あの時は、なんでいきなり同い年(十二歳)の奴に、死ぬのが前提で説教されなきゃならないんだ!と、怒って話の途中で飛び出してきたが。
目の前で見るとこれは確かに恥ずかしい、無謀は良くない。
投げ出された指揮官に、敵兵と味方が殺到して、何がどうしたやら人垣が開いたと思ったら、指揮官同士の一騎打ちになっている。
「あの若様、どうしようもねえな」
ダリルと一緒にその場を動かず、弩弓や油樽を抱えて、出番を待っていた雑兵たちもあきれ返った。
「あ~あ~、自分から狩られに」
一騎打ち、旅芸人の舞台とかならここ一番の見せ場だろうが、現実には絶対に実現してはいけない事だ。
「形勢不利ってか、若様弱ぇ」
鍔迫り合いが、完全に力負けしている。
実家の父達より強面の蛮族顔の王子様だが、拾えるチャンスを逃さないだけの頭はあるようだ。
「そりゃ、アッチは二~三年に一度は攻めて来てるし、場数が違うだろ」
ちなみに、油樽の中身は掛けて燃やす用ではなく、猛烈な痒みをもたらす毒草が溶き込まれている、油溶性の成分とやらで人の皮膚の脂にもよく沁みる、頭上からぶちまけてやれば、茶番劇も止まるだろうか。
見習いの自分が言う事ではないが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やー、でうーっ、だーしっ」
胸に括り付けた抱っこ布から、抗議の声が上がった。
「あ、起きたか、なんだ?出たいのか?」
目が覚めたら、母親でもマーガスでもない、男の硬い胸板に抱かれていた赤ん坊は、手足をバタバタ動かして、出せと暴れる。
「酷いな、一昨年とその前の年は、いろいろ面倒を見てやっただろうが、おしめだって替えてやったんだぞ」
この屋敷で寝起きしていた頃は、子守も手伝った。
床に降ろしてやると、高速ハイハイで部屋の隅まで逃げて、家具の影からジトリと睨む。
「完全な不審者扱いだな、おーい、俺だよダリルだぞ、エク、エーク」
恩知らずめ、と笑うが赤ん坊の呼び方が犬猫である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
余計な事をしたと、後で叱責されるかもしれないが、直前まで森の中から矢の大盤振る舞いはしていたのだ、ちょっと遅い流れ矢ということで。
一本だけしかない、やや太めの矢を取り出す。
別の所に回されるので領内の警備にはもう入らない、と告げたらマーガスが出してきた品だ。
元々ピザンテガロア一族には、騎獣用品特化で魔道具技師・魔道鍛冶師が多く輩出していたそうだが、マーガスは借金返済の関係で、馬装魔道具以外の品も創り始めたらしい。
『五本しか出来ていないから、お試しだよ』とか、言ってたが。
頭の良いアイツが、餞別としてくれた『御守り』の最後の一本だ。
トレント材の矢軸には、端から端まで溝が刻まれて、内側にビッシリと魔法の術式が書き込まれている。
捻じくれて、鋭い反しの付いた鏃も、同様に何か刻んであり。
矢羽にも何か魔物素材の謎塗料が塗り込まれて、黒いけれども妙に艶々と虹色に光る。
『麦の粒に、創世女神様の絵を描いて、修行したんだ』
よく分からない苦労自慢もされたが、物凄い手間と魔力が込められているのはダリルでも分かる。
「あーっクソッ、若様降参しちまうぜ!」
ほかの武将も駆けつけようとはしているが、途中の人混みにはばまれている。
【西の北】ことエダリスマルガ辺境伯は、人質に取られたのが、実の息子だったなら見捨てている。
おかげで、現在は娘しか残っていない。
「自害しろよ! 迷惑だなっ!」
「あのサル王子もバカじゃねえから、殺されねえしな」
食料や金銭で交渉できるならともかく、辺境伯に王家から任された国境線を、独断で後退させる権限がある訳がない。
「おい、預かりものを盗られたって、マズイよな?」
押し付けられた婚約者でも公爵家子息、断固とした態度を取れば当然恨まれる。
王都の公爵家に早馬なり、魔鳥なりを飛ばして連絡して、捕虜の身代金を負担して貰うのは悠長過ぎる。
身体強化魔法で身体全体に魔力を流す。
弓に矢をつがえ、指から矢羽の中心、一部分だけ金色に塗られた線から魔力を流し込む。
矢羽から矢軸の魔術式、鏃の先端まで魔力が光となって進み、弦と一緒に唸りを上げて震えだした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「秋の納税と社交のシーズンに、王都に行くことになったら、噂のお嫁さんとも会えるかな? さすがにアーレス将軍もお子さんの誕生に立ち会えると良いね」
一括りに将軍と言っても、生まれた身分によっては、中央でふんぞり返って人事を弄っているだけのお偉いさんもいれば。
シグルド・アーレスの様に、長い国境線のどこかで毎年起きる紛争現場で混成軍の指揮を取り、遠征先から王宮には報告に戻るのに、自宅では年に数日も眠れない、過酷な勤務状況の軍人もいる。
「又聞きの又聞きだが、相手の女性もなかなか戻って来れない伯父上と、連絡が取れずにヤキモキしたそうだ」
この世界は携帯電話みたいな、便利な個人用の通信手段は、当然無い。
隣国からの国境侵犯とか、深刻な疫病の発生などの緊急事態には、軍事機密の通信魔法具や小飛竜、一段下がって一角竜の早馬か魔鳥が使われるが、個人の連絡手段は商隊の荷駄か、配達人が運ぶ手紙である。
「あぁ、王都から国土の半分を横断して手紙が届けられたら、受け取る本人は既に別の戦場に移動とか?」
相手の女性は、王女宮警護の女性騎士だそうだ。
「普通にあるな」
国外の敵はこちらの事情は知ったこっちゃないので、軍人の場合には新郎不在、両家の家族が代理立ち会いで、花嫁のみが神殿で婚姻の宣誓をすることもある。
戦が無くても花嫁の生家が遠方地だと、親戚一同が集団で移動して、嫁ぎ先で祝宴に参加など不可能なので、花嫁衣装姿の披露目と別れも兼ねて、花嫁側だけで祝宴を設ける。
「それを考えると、ダリルの親父さんて凄いな」
忙しい合戦の合間合間に、子が五人(現在)。
傭兵団の団長が男爵なんて身分を貰って、ちょっと箔が付いただけのバルガス家は、あんまり貴族のように、貞節とか純血がどうしたこうしたとは、うるさく言わない。
むしろ、一家の主・父親が戦死する事など、普通の貴族に比べればとても多い。
一門の者に限らず、寡婦となった女性の再婚には肯定的だし、連れ子も歓迎する。
流石に相手の女性が、既に身ごもっている点は噂になったが。
「アーレス様は将軍、相手の方は一介の騎士と聞いたぞ」
「それじゃあ、逆らえないよねぇ」
と、むしろ相手の女性に同情的だ。
「地元の噂では、なにげにアーレス伯父が、権力ずくで女性をどうこうする、悪者になっていた」
バルガス家は領地が無いから領民はいないが、家臣として仕える(血縁関係の無い)騎士と兵士とその家族はいる。
朴訥な一門の男たちを基準にすれば、結構な美男子で将軍にまで出世した、男爵家の次男は、勤勉で実直そうな女性騎士と並ぶと、パワハラとセクハラをダブルでかます優男に見えるらしい。
気の毒に。
十三歳の少年二人はこの時点では、まだ連絡が取れない、遠距離恋愛の挙句のできちゃった婚だと思っています。
多分次回は五月・・・そろそろ厳しい(´;ω;`)




