貧乏伯爵の事業開拓
ガゴンッ
「命が惜しかったら積荷・・・ゲッ、何だコリャア? 臭えッ」
ドカッ バキッ ドーン!
失礼な連中だ、キチンと作った堆肥は臭くないのだ、これはマーガスが丹精した、真面目な肥料だ。
「死ぬのが良いか?牢が良いか?選べ」
接舷して来た野盗を、オールで殴り倒した黒髪の少年が、淡々と突きつける。
「逃げろ! 黒鬼だ、黒鬼がいるぞ!」
「何でこんなボロ船に?」
ザシュッ バッシャーン
「小ダリル、生死不問でも水に落としたら、賞金になりませんぞ」
「大丈夫だ、首はそこに残っている」
「変なものが流れ着いたら、川岸の住民にご迷惑ですよ」
古参の兵士長に、剣は鞘に納めて手加減の訓練も出来る機会にはしろ、と叱られてしまった。
「横着しないで、身ぐるみはキチンと剥がなきゃダメじゃないですか、壊された船縁の修理代は、壊したこいつら本人から絞らないと」
坊ちゃんもまだまだ世間知らずで困る、と、兵士長ベルハンは盗賊返り討ちの心得について、十二歳の少年に語りだした、片手間に実演しながら。
王都へと流れるそこそこ大きい川で、船まで用意した野盗に出没させ好き勝手を許すのは、治安と言うより国防上問題だ。
「堆肥船の上だと、汚れを気にしないで良いな」
以前通りすがりに、襲われている貴族を助けたら、馬車が汚れたとうるさかった。
「肥料塗れの賊を引き渡された役人の方が、嫌な顔をしてますが」
真面目なハイドダールは思う、国軍がある朝気がついたら、川面に反乱軍が船を並べていたらどうする気なのか?と。
堆肥自体は大した利益にならないそうだが、襲撃してくる奴らには、船に金目のものが無い事なんか分からない。
少年達は船便に便乗して帰宅しようとしているだけで、別に罠を張ってないのだが、野盗が自分から飛び込んで来てくれるので、最寄りの領主に引き渡し賞金を貰う。
バルガス家は身分は男爵と低いが、セイハ国王家公認の傭兵集団と呼ぶべき私設騎士団だ。
「なかなか良さげな船ですぞ、売らずに土産にしやしょう」
ダリルの実家は、王都近くに本拠地もとい本家屋敷を構えているので、小さくても自前の船があれば、マーガスの領地と行き来もしやすい。
国内を集団で移動するのに、水路と言うのも有効だろう。
「うん」
無表情にホクホクしているダリル少年であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
船は往路は肥料を積んで川を下り、復路は土を積んで、帆とオールと川沿いを進む農耕馬で曳いて川を遡る。
この世界の人間はあんまり気にしないけど、俺的には肥料を積んだ船に苗木や種でない限り、食料品なんかは不衛生で積めるかい、空き荷がもったいなくても運ぶ品は選ぶ。
ダリル達も途中で何やら小遣い稼ぎをしたらしいし、むしろ海路と違って川の流れが緩くても、馬の負担を考えれば、積み荷は空の方が良いくらいだ。
ピザンテガロア領全体で牧畜が主要産業なので、ぺロア村の村長ライドは雇用されている村人たちを束ねる、伯爵家の牧場責任者を兼ねている。
「ダメですね、怯えてこれ以上進みませんや、若様」
祖父が最後に育てた鷲獅子を、送り出したのは八年も前なのに。
「匂いってそんなに残るものなんだ?あと、若様呼びは止めようね」
吹き抜けの専用厩舎は高さだけでも、人間用の三階建て建築物と同じくらいある。
連れて来た馬たちは、入り口のはるか手前で踏ん張って、断固として入ろうとしない。
「けっこう気の強い雄を選んで連れて来たんですけどね、いつもの勢いはどこにいったやら、暴れ馬がビクビクものでさあ。
躾には使えるかもしれませんねぇ、坊っちゃん」
噛み癖蹴り癖不服従の問題児が、仔馬のようにフルフル震えて、牧童にピッタリくっついてる。
祖父が現役の頃は飛竜や鷲獅子と、普通の牛や馬は別の区画で育てていた。
視察に来る購入予定者を、納得させる高級品戦略で、一頭ずつ建物は別、広い運動場も別、それが全部転用できないって?
「もったいないなぁこの広さ、馬や牛なら五十頭は飼えるのに、あと、坊っちゃん呼びも止めて」
大型特殊騎獣は基本は多頭飼い厳禁、訓練が終わっていない個体を同居させると、雄なら同種族でも殺し合うし、牛や馬はパクリと活餌にされてしまう、そりゃあ怖がるよな当然。
嫌がる牛を無理に押し込むと、ストレスで肉や乳製品の味が悪くなる。
馬は基本は軍馬用なので、落ち着きのない子に育ったら信用問題だ。
「風雨に晒されてる屋外は、だいぶんマシになりましたが五年くらい前までは、ゴブリンなんかの弱い魔物が寄って来ねえ程でして」
縄張りの主張は生き物の本能だしねぇ、野生の奴ならゴブリンはおろかオーク・オーガも丸かじるし。
「匂い抜きの魔法薬も有ることは有るんですよ、そうじゃないと次の仔が飼えませんから」
「うん、知ってる、この広さ全体を消臭すると、肉牛五十頭の卸価格よりも費用が高額なのもね」
お陰でウチは、他領より魔獣被害が少ないと言うメリットもあった、あぁ、今後匂いが抜けたらその対策も要るのか。
「建物の解体工事だって金がかかる、転用は諦めて当分は倉庫だな、あ、そうだ、窓ガラスも売ろう」
採光も十分で無駄に豪華な、貴族でも住めそうなインテリアなのに、飛竜が臭い付けで体当たりかっ?って勢いで身体を擦り付けても、大丈夫な程建物は頑丈だ。
いくら何でもここに堆肥や飼い葉を積んだりしない、保存食の代表である乳製品のチーズ(噛めない位硬い)、牛や豚の薫製肉(燻し過ぎなのかジャーキーと言うかガチガチ干し肉)、衣類用として羊毛(無漂白)と牛馬の皮、そのくらいかな?
後は他所から購入してきた、人間用の小麦と家畜の飼料を保管だな。
冷蔵倉庫、冷蔵機能のある運搬手段があれば、便利どころか革命なんだけど、運べる冷蔵庫なんて・・・
作れたら、俺が真っ先に売るな、仲買人に!
よし!ちょっと考えよう。
食肉用の家畜は、むやみに飼育数だけを増やしても値崩れを起こすだけで、餌代だってタダじゃない。
ここまで足を運ぶ、奇特な仲買人もいないじゃないが、現地の卸売りだとホントに大した金額にならない。
仲買人達には所謂輸送コスト、街道に出没する魔獣と盗賊対策が必要なのだ。
豚肉にいたっては、
「育てた物を金を出して買わなくても、二足歩行の奴が自分から狩られに来るじゃないか」
とか、抜かしくさる奴らもいる、確かに事実だが、簡単においしく返り討ちに出来るのは、お前らだけだからなっ! ダリル。
どうでもいい部類に入るけれど、例の偽麦な、アレをダメもとで鉢植えに二~三株植えて肥料を与えても、背丈が伸びるばかりで、外見が麦のススキは、変わらず(正体)ススキだった。
堆肥はどんどん増え続けて、使いきれずに文字通り売る程有るから、別にイインダ。
さて、肥料はあるのに、何で畑作が始められないか?と言うと・・・
魔虫騒ぎを起こした去年の春先、そんなこんなで、せめて特殊大型騎獣用の運動場を、耕作地に転用しようと嫌がる牛に鋤をひかせて、地面を耕そうとしたら、妙に硬い。
これまで家畜達に踏み固められ過ぎているんだな、と予想して、柔らかくして土に酸素を混ぜ込まねばと掘り起こさせたら、
「岩盤?」
どこを掘っても、大人の膝丈位の深さで岩の地層に行き当たるらしい。
なるほど農作物の育ちが悪かったり、雨季に川の近くが水浸しになる訳だ。
領内数ヶ所ある魔物の森が、それ以上広がって来ないのもそれが原因のようだ。
水魔法は調教師と並ぶ、我が家の十八番スキルだったらしい。
でも、後日調べてみたら分厚い岩盤のせいで、領内でも川から遠い村に井戸を掘るのに、ご先祖様が苦労したと言う記録が残っていた、使い方が下手くそだったのかな?
当家が貧乏なのは、実は昔かららしい。
川の近くを選んで土を退かし、試しに石を切り出してみる事にした。
川から水を呼び込んで、前世の工業用ジェット水流を思い描いて、細く圧力をかけて水を収束させる。
最初は地中深く垂直に切り下ろし、溜まった水を次は直角に噴射させる。
「坊ちゃん・・・」
真横に水を曲げて裁断なんて、前世でも出来ないはずだ、いや~魔法様々だな。
「そうれ、引けー、ほれほれ引っ張れ」
板状に裁断したものを、上部に掴めるよう窪みをつけ、櫓を組んで牛に引き上げさせた。
「この石はおそらく砂岩かな?パッとしない見た目だね」
灰色で肌理は均一だけれど、白地に金彩の白輝石でも、黒地に金銀採の黒夜石でもない。
「王侯貴族や神殿に、高級建材として売るのは無理かー」
人が作業出来るスペースを確保すれば、後は魔法が使えなくても、農民達が人力と畜力で作業可能のはずだ。
「露天掘りで、楽に採石できる石なのにな」
現実は甘くないねぇ。
「宝物の様な石だったら、村の奴らは出来心で盗っ人だらけになって、今頃はそこいらじゅうが、穴ぼこだらけになっていた筈でさあ」
慰めてくれるライド村長の、言う通りなんだけどさ。
「気を取り直して、とりあえず今大事なのは、石じゃなくて耕作地!」
何かで読んだか?テレビで見たか? とにかく1メートルは土を掘り起こして、土を柔らかくするとか?聞きかじった気がするんだよな~?
この国ではハトマという、単位がある。
成人男性が魔道具や畜力無しの人力のみで、大体『一人で面倒が見れる面積』ってことらしい。
先ずは0.5ハトマ分だけ、地中の石を切り出して撤去、雨ざらしだって悪くならないから、崩れて誰かケガしないようにだけ、低く平たく気を付けて積んどく。
集会所とか、村で公共の建物は、石造りで改修してもいいかもね。
学校のプールのような長方形の穴に、元から有った表土と、堆肥を売った代わりに、堆肥船に積んで買ってきた他所の土を入れた。
前回の失敗を反省して、さすがに今回は堆肥を混ぜ込む比率と、最初に育てるべき作物はプロに任せた。
ついでに、いずれ土が手に入ってから埋める予定で、何か所か貯水池も作った。
家畜の飲み水と周辺の牧草地の水遣り用に、こちらは直ぐに活用された。
バキバキッ
包丁の下で野菜が薪のような音を立てて割れる、
「野性的な野菜だ」
屋敷の庭先でタバサが育てた、正真正銘の家庭菜園だからこんなもんだろう、収穫物の大きさだけは倍になったらしい。
薫製肉に至っては、刃物が通らないので金属の棒で叩く、大まかに割ってから細かく刻み、しばらく煮てから半熟のスクランブルエッグと混ぜて、柄の無いフライパンに入れて窯に突っ込む。
「たぁ~ご~」
子牛子豚が増えて、肉は文字通り売る程あるけど、牛を一頭つぶすと生肉で保存できるギリギリまで、ひたすらひたすら、ひ、た、す、ら、肉料理が続くんだ。
「そう、卵だ、たまご、スパニッシュオムレツだぞー」
牧童達やバルガスの男衆は、連日肉尽くしで文句ないらしいが、俺は卵が食いたいんだ!
「スペイン無いけどー(自己ツッコミ)」
現在は肉より高価けどな、そこは領主特典ってもので。
焦げ臭い程燻製した肉だって傷まないわけじゃない、この世界にも食べ物をダメにする方の黴は在る、役に立つ方の黴はまだ見つかってない、アレってチーズ作りに役に立つんだっけ?
四百年前に転移者が居た、とガッツリ記録に残っているけど、たった一人の転移者では、世界は変わらなかったらしい。
たった一人の知識伝授で、四百年でローマ時代から、中世ヨーロッパレベルまで文明が進んだのは、早いのか遅いのかは分からない、この世界には魔法もあるし。
燻製肉の茹で汁に、切った野菜を投入してスープにする。
「坊ちゃま~ どちらですか? 坊ちゃま~」
お隣の領から鶏を分けてもらって鶏産も始めた、鶏舎は一年ごとに場所を移す予定、鶏糞は農地に有効、なはず?たぶん。
鶏達は偽麦の穂も食うし、ピサと言う雑穀を鶏舎内の地面に植えると、一月ほどでわさわさ育って結構な量の実をつける。
小屋の中でも運動場でも、所かまわず産み立て卵がコロコロ転がるのが一苦労、そのくせ人間が卵を拾おうとすると攻撃してくる、だったら地面で産むなよ!
「こっちだよ! タバサ」
このピサ、嵩増し用に人間用のパンにも混ぜる、けっこうウマい。
俺は前世で稗や粟や蕎麦も、植物として姿を見た事がなかったし、前世のスーパーマーケットでだって健康食品として、外国原産の謎雑穀が存在していたから、食えると分かっていれば良いのだ、知識の無い事を比べても仕方がない。
「坊ちゃま、伯爵様がお料理なんかしちゃいけません! エクルの事もそこら辺に放っといて下さい」
火や包丁が危ないので、背中に負ぶい紐でエクルをおんぶしながら、全員分の昼飯を用意していたんだけど、タバサに小言をもらってしまった。
「それよりも、何か用があって、僕を探していたんじゃないの?」
いつものことなので、タバサの小言はスルー、頃合いなのでオムレツを窯から引っ張り出す。
「ああ、そうです、お客様がいらしておりますよ、なんでも王都から来た商人だそうです」
こんな田舎に?
「王都の商人?」
次回は5月2日予定です




