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― 真琴 ―


社食に来ていつものように辺りを見回した。誰かがもう来ているのではないかと。案の定千彰がいて、もうテーブルに座っていた。


声を掛けようとして気がついた。隣に御園さんがいることに。私は声を掛けるのをやめて千彰の後ろの席に座った。


聞くとはなしに会話を聞いていたら、御園さんが一生懸命におかずのことを話していた。その話している内容に衝撃を受けた。それは昨日、私が作った献立そのままだったから。その説明を受けながら千彰は相槌を打っていた。


そして聞きたくない一言が聞こえてきた。


「美味しいよ」


私は自分のお弁当をそれ以上食べられなくて、蓋をすると席を立ちトイレに向かった。個室に入り一人になると、涙が浮かんできた。


私は千彰に料理を美味しいって言われたことがない。でも、食べっぷりを見ていればわかる。言葉では言ってくれたことはなかったけど、気に入ってくれているのだと思っていた。


だけど御園さんに言っているのを聞いて、違ったのだと思った。


それから回らない頭で考えた。


そうか、御園さんも千彰のことが好きだったんだ。と。


御園さんは普通の身長の女の子だ。それにとても可愛らしい性格をしている。私みたいに可愛げのない背の高い女よりも、よっぽど千彰とお似合いだろう。


「はあ~、意地なんて張らなきゃよかった・・・」


後悔をしているのに、目に涙は浮かんでいるのに、涙が頬を流れ落ちることはなかった。やっぱり涙腺まで可愛げがないんだと、溜め息を吐いてトイレを後にした。



午後の休憩の時間に御園さんが同期の女の子と話している声が聞こえてきた。


昨日の帰りに千彰と会い、千彰が御園さんの手作り弁当を食べたいと言うから作ってきた。お昼に待ち合わせていて、千彰に渡したら食べてくれて「美味しい」と言って貰えたと、声高にしゃべっていた。


それを聞いた御園さんの同期の女の子達がチラチラと私の事を見てきた。それも嘲笑うような視線つきで。


私は表情にださないよう気を付けて、気にしてないふりをした。


けど、やはり気にしていたのだろう。仕事が終わり帰ろうとエレベーターホールに向かう途中で、千彰と御園さんが話している姿を見つけてしまった。千彰はこちらに背を向けていたけど、御園さんは私に気付いたようだ。一瞬こちらを見て目が合ったらフッと笑い、千彰に顔を寄せるように伸びあがった。


それ以上見たくなくて私は足早に通り過ぎて、さっさと帰宅することにした。会社を出たところで、営業課の坂本さんが声を掛けてきた。


「こんばんは、森崎さん」

「こんばんは、坂本さん」


私は挨拶だけして通り過ぎようとした。けど、坂本さんに腕を掴まれた。


「ちょっと待った。何かあったのかい」


私の顔を心配そうに覗き込んでくる。そんなにわかりやすく顔にだしているのだろうか?

坂本さんは辺りを見回すと「こっちへ」と言って歩き出した。


「そんな顔で帰ったら家族が心配するぞ」


と、言われて連れて行かれたのは、隠れ家的なお店だった。店の中は小部屋に別れていて他の人の目を気にしなくて済むような造りだ。


小部屋に落ち着くと坂本さんは「とりあえずご飯を食べようか」と言った。坂本さんは入社して研修の時にお世話になった人の一人で、研修後も私達を気にかけてくれる人。無理に聞きだそうとせずに、明るい話で気持ちをひきたててくれた。


食事を終え店を出て駅に向かう途中。不意に腕を引っ張られてビルとビルの隙間に連れ込まれた。向かい合った坂本さんが真剣な顔で言った。


「森崎さん、俺じゃ駄目か」


突然のことに言葉が出て来ない私に、坂本さんはたたみ掛けるように言ってきた。


「君が福沢のことを好きなのは知っている。福沢も君のことを想っているのだと思っていたんだ。それなのに今日の福沢の態度は許せない。いや、違う。ずっと福沢のことが許せなかった。君から当たり前のように、ずっと弁当を受けとって食べておきながら、全然感謝する様子が見られなかった。だけど、それでも君が満足そうにしていたから、二人のことだと口を挟む気はなかったんだ。だけど福沢は君以外の人の弁当を食べて、『美味しい』だの『作るのは大変だっただろう』とかいうじゃないか。あれだけ君に貰っておきながら、君には一言も労いの言葉はないなんて」

「坂本さん・・・」


いつからこの人は私と千彰のことを見ていたのだろう。でも、違う。社食では言われたことはないけど、二人で話した時に言ってくれたもの。そうよ。なんで忘れていたのかしら。千彰は自分が気に入ったものをちゃんと後から教えてくれた。キノコのオイスター炒めだって、肉団子の餡かけだって、『気に入ったからまた作って』と。


「森崎さん、あんな不誠実な奴のことは忘れて俺とつき合ってくれ」


坂本さんの告白に私は首を横に振った。


「坂本さん、ごめんなさい。気持ちはうれしいのですけど、私は千彰のことが好きなんです。まだ気持ちを伝えていないのに、諦めるつもりはありません」


私の言葉に坂本さんは一歩近づいた。私はつられて一歩下がった。


「森崎さん、これ以上君が苦しむ姿は見たくない。今日のあの様子じゃあ、福沢はあの女に心が移ったんだよ。君が告白してあいつをいい気にさせることはないだろう」

「坂本さん、千彰が御園さんに気があるかどうかなんて分からないじゃないですか。というよりそんなことは関係ないんです。私が千彰を好きなんですから」

「わからない人だな。わざわざ苦しい思いをすることはないって言っているだろう」


もう二歩近づいた坂本さんに、腕を掴まれて引っ張られて抱きしめられた。私は逃げ出そうともがいたけど、拘束は緩まない。


「離してください! 大声を出しますよ」

「やれるものならやってみるがいい」


坂本さんの左手が私の顎を掴み上を向かせると、坂本さんの顔が近づいてきた。唇が触れる寸前に男の人の声が聞こえた。


「ヤダね~、モテないからって無理やりものにしようとするなんてさ」


至近距離からの声に坂本さんはそちらを向いた。


「なんだ、お前は。邪魔をするのか」

「あんたバカ。邪魔するつもりでなければ、声なんて掛けないよ。さっさとその手を離したらどうなの。さっき交番に女性が襲われているって連絡して貰ったからさ、もうすぐここに警官が来るんじゃないの?」


男の人の言葉を裏付けるように歩道のほうで女性が「あっ、こっちです」と言っていた。それを聞いた坂本さんが動揺した顔でキョロキョロとしている。


「ほら~、どうするのさ。警官に釈明するのなら、それでもいいけどね。俺は見たままを言わせて貰うけど」

「俺は何も」

「していないっていうの。でも彼女が嫌がっている時点でそんな言い訳通用するのかな」


男の人の言葉に坂本さんはクッと顔を歪めた。そして私の事を見てきた。


「森崎さん、強引にして悪かった」


そう言って路地を抜けるために反対のほうへと走っていった。


角を曲がり坂本さんの姿が見えなくなったところで、男の人が話し掛けてきた。


「なんか、危なかったみたいだね、真琴さん」

「昴さん、本当に助かりました。ありがとうございます」


昴さんは私にニッコリと笑いかけてくれたのでした。



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