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― 千彰 ―
今日は仕事帰りに森崎家に行った。本当は電話で済ませるつもりだったんだ。
だけど、今日は朝からトラブル続きで、昼の俺の憩いの時間を削られてしまった。それだけじゃなくて、不快な気持ちにまでさせられた。
気がついていない真琴の気持ちを思って我慢していたけど、もうそろそろ限界に近くなっていた。
森崎家に着いて俺の癒しである真琴と顔を合わせたのに、つい素っ気ない態度をとってしまった。くっそー。あの女のせいだ。
「千彰、表情が悪すぎ。そんな凶悪な顔を真琴に見せんなよ」
司が容赦ない言葉を掛けてくる。
「わかっているよ。だけど、いい加減女狐の相手をするのも嫌になってきているんだよ。あ~、真琴とのことをさっさとケリつけて、昴のとこ行きてぇ~」
俺のぼやきに迅さんが笑った。
「相変わらずのようだね、千彰は。それにしても本当に仕事を辞めるのかい」
「はい、もちろんです。昴がただの花屋だけなら俺は必要なかったと思うけど、それ以上になったじゃないですか。俺も自分の言葉に責任を持たないと」
「だけど、今だって昴のことを手伝っているんだろう。その状態じゃ駄目なのかい」
「迅兄。千彰は真面目なんだよ。本当なら最初から昴のところに就職しているはずだったのに、真琴のことが心配であの会社に入ってくれたんだよ」
「それはわかっているよ、司。千彰が真剣に真琴のことを思ってくれているから、かわいい妹のことを託す気になったんだ。いい加減な奴なら、そもそもここにはいられないわけだしな」
森崎兄弟の言葉に俺は顔を赤くしたり、青くしたりした。本当にこの二人には敵わない。
「それで、千彰も覚悟を決めたのかい」
「はい。金曜日に仕掛けます!」
俺の言葉に迅さんと司は顔を見合わせた。
「それってサプライズなのかい」
「勿論です。それに真琴を狙う奴らに真琴は俺の物だって知らしめないと」
また迅さんと司が顔を見合わせた。
「それってやめた方が良くないか」
「どうしてだよ、司」
「真琴の性格じゃあ、いきなりそんなことをされたらお断りの方向にいくと思うな」
「ウッ」
確かに・・・あり得るかもしれない。サプライズを喜ぶ性格ならここまで拗れなかっただろうし。
「うわー、どうしよう。俺、昴に花束頼んじゃったよ。それに同期の奴らにも金曜日にプロポーズするって言っちゃったし」
頭を抱えてそう呻いたら、迅さんがポンポンと肩を叩いてきた。
「今からちょっと行って告ってこい。ついでに押し倒していいぞ」
いい笑顔で顎をクイッと真琴の部屋のほうに向けた。いやそれは嬉しいけど、流石にちょっと・・・。と考えていたら、今度は司に肩を叩かれた。
「押し倒すのはしなくていいから、本当に真面目に告れ。もう酒のことは抜きにしろよ」
「だけどさ、折角の告白を無しにされてるだろ。そこはこだわりたいんだけど」
そう言ったら、司に胸倉を掴まれた。
「いい加減にしないと、逃した魚は大きいになるからな。今日のところはいいにしてやるが、明日、明後日でどうにかしなければ、金曜に真琴に断られるからな」
そう言って俺の事を突きとばすように手を離された。俺は服の乱れを整えながら言った。
「わかってる。俺だって真琴以外と結婚する気はないから」
俺が真面目な顔で言ったからか、迅さんと司の雰囲気が柔らかくなった。
この二人は本当に真琴のことを可愛がっているよな。そんな二人に認めて貰えていることがとても嬉しい。
真琴は見た目が男顔だし背も女にしては高い172センチだ。性格もサッパリしているのに、面倒見が良かったりする。高校の時にはファンクラブがあったそうだ。だから周りは真琴のことを男っぽい性格をしていると思っているだろう。
だけど何人かは気がついている。真琴が本当は女らしいことに。俺へのお弁当だけでなく毎日自分のお弁当を持参しているし、お茶の入れ方が上手い。真琴がいる課では重要な来客の時には真琴がお茶を入れているそうだ。
俺がいるから大っぴらにアプローチをする奴はいないけど、真琴を狙っている奴がいることは確かだ。遠回しに真琴を食事に誘ったりしているとか。まあ、そんな思惑に気がつかない真琴に断られていたけどな。
「ところで千彰。さっき言っていた女狐って、この前言ってた女のことか」
「そう。俺らの1年下で、仕事より男に媚び売るのに忙しくしているやつ。なんか知らんけど、俺をターゲットに選んだみたいでさ、さりげなく真琴より上アピールしてくるんだよ。それだけならまだしも、真琴にも懐いている振りをしてるんだ。今日も帰ろうとしたら話しかけてきて、昼を真琴と食べてついでに間違って持ってきた司の分の弁当を、余らすのがもったいないから食べてやったとか言ってきてさ。それだけならまだしも、自分ならもっとおいしいお弁当が作れるとかいってきたんだ。マジ、ふざけんなよ」
思い出しての腹立ちまぎれにそう言ったら、司の目が据わった。
「千彰、その女に明日会わせろ」
「へっ?」
「ぶん殴る」
「待とうか、司。その女に何かする必要はないから。そいつは真琴にはまだ何もしてないからな」
このあと、俺は言葉を尽くして司をなだめたのだった。
◇
翌、水曜日。今日は仲間内では俺が社食に一番乗りだった。A定食にするかB定食にするか考えていたら、女狐が話し掛けてきた。
「福沢先輩、今からお食事ですか?」
「ああ、まあな」
「えーと、こんな事を福沢先輩にお願いするのは何なのですけど、これを食べてくれませんか」
そう言って弁当を差し出してきた。俺は眉根を寄せて女狐のことをみた。女狐は慌てたように言った。
「あっ、違うんです。これは智菜ちゃんに作ってきたんです。そうしたら今日、智菜ちゃんは体調を崩して休んじゃったんです。せっかく作ったお弁当を余らせたくなくて。なので食べてくれませんか」
しおらしくそう言うけど、魂胆は見え透いているから断ろうと思った。そうしたら聞き捨てならないことを言いだした。
「福沢先輩の好きなキノコのオイスター炒めが入っています。他にも肉団子の甘辛煮とか。如何ですか」
「・・・いただくよ」
俺は女狐と並んで、彼女が作った弁当を食べた。入っていたおかずは俺が好きなものばかり。味付けも真琴の味に似せてある。だけど断然真琴の方が美味い。ということは昨日、こいつが食べたという弁当は真琴が俺のために作ってくれたものだったんだ。トラブルで時間がズレなければ、これのオリジナルを俺は食べれたのか。
そんなことを考えながら食べていた俺は、女狐の言葉に適当に相槌を打っていた。それにムカついていたから、あとでこいつを落とすつもりで「美味しいよ」と言ってやった。そう言ったらこいつは頬を赤く染めて嬉しそうにしていたんだ。
だから俺は気がつかなかった。背中合わせの席に真琴がいたことに。俺と女狐の会話に真琴が傷ついてしまったなんて、思いもしなかったのだ。