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― 真琴 ―


「あっ!」


洗い物をしていたら千彰のお弁当箱を回収してくるのを忘れたと、思い出した。


「どうかしたのか、真琴」

「ううん。大したことじゃないから、別にいいや」


司の問いに軽く返しておく。


「ところで、真琴。真剣な話があるんだけど」


珍しく固い声でいう司のことをチラリと見る。


「なに?」

「座って話したい」


ちょうど洗い物が終わったのでタオルで手を拭きながら言った。


「何か飲む?」

「今はいい」


その言葉に何も持たずにダイニングテーブルに行き自分の席に座った。


「真琴、迅兄が春奈さんにプロポーズしたみたいだ」

「本当。やっとね。よかったわ」


私は司の言葉に笑顔を見せた。


「それで、前に言ったように俺もこれを期に家を出ようと思うんだ」

「そう。じゃあ、私もこの家を出る準備を始めないとね」


笑顔のままそう言ったら司が真剣な目で私の顔を見つめてきた。


「真琴、迅兄がお前が一人で暮らすのを許すと思うのか」

「・・・でも、新婚の二人の邪魔者になる気はないわよ」

「なら、お前、千彰とどうなっているんだよ」


司の言葉に頬が赤くなるのがわかる。その私の様子に司の眉間にしわが寄った。


「お前もいい加減素直になれよ。千彰だってあれだけアピールしてるんだぞ。あとはお前が頷くだけだろ」


司の言い分はわかる。・・・わかるけど私の中でも譲れないものがあるんだから。


「お前がそんなだと強硬手段を取るからな」

「強硬手段って?」

「お前を千彰の部屋に婚姻届け付きで送り届ける!」

「何それ!横暴じゃない」

「そんぐらいしなきゃ、お前は素直にならないだろ。千彰もそこまでお膳立てすれば、お前を食べてくれるだろうし。俺だって一歌いちかさんを落とさなきゃならないんだからな。お前たちにこれ以上つき合えるか」

「司、一歌さんとつき合ってるんじゃないの?」

「・・・つき合っているつもりだけど、結婚の話をしたら逃げようとされた」

「一歌さん、歳の事気にしているのかな」

「俺は気にしない!」

「それ、言ってあげたわよね」

「言った。だけど一歌さんのほうが気にしてる」

「う~ん、じゃあ一歌さんのことを呼び捨てにしてみるとか?」


そう言ったら、司が口をつぐんで私のことを見てきた。


「おい。俺の事じゃなくて、お前のことだ! お前の。本当にいい加減にしないと千彰も他の女に目がいくかもしれないだろう」


司の言葉に私は頬を膨らませた。


「わかっているわよ」


不貞腐れたように言う私に司はヤレヤレという感じに笑った。


「まあ、今更素直になれないのはわかっているけどな。・・・なあ、俺から千彰にいうのは」

「ダメ! 言わないで! 絶対!」


私の言葉に司は顔をしかめた。だけど私の顔を見て何か言いかけた言葉を止めた。代わりに立ち上がりながら私の頭をポフンと触った。


「とにかくもう時間が無いのは覚えとけよ」

「うん」


司はリビングを出て行った。私はキッチンに戻りお皿を布巾で拭いて片付けながら、どうしようかと考える。


いまさら実はすべて覚えているだなんて、千彰に言えない。でも、もう、時間がない。

私は冷蔵庫の中身を確認して、明日のお弁当の献立を考えた。



火曜の朝。いつもより気合を入れてお弁当を作った。昼休みにこれを渡して話をしようと思ったのに、結局それは叶わなかった。


社食で珍しく他の皆と同じ時間にならなかった。私はいつも通りの時間だったけど、他の部署でトラブルがあったと聞いた。それで皆と遇わないのかと思った。


お弁当を前にどうしようと思う。流石に二つも食べれない。勿体ないけど、持って帰って捨てるしかないかと思いながら、自分の分のお弁当を開いた。


「森崎先輩? お一人ですか?」


声を掛けてきたのは御園さん。お財布を手に持っているからこれからランチを選ぶのだろう。


「珍しいですね~。他の方達は?」

「う~ん、まだ切りがいいところまで終わらないんじゃないかしら」

「えっ? いつも約束しているわけじゃないんですか?」

「違うわよ。大体は誰かがここにいて、そのそばが空いていればそこに行くだけよ」

「そうだったんですか~。えっ、でも、今日もお弁当を作ってきたんですよね。福沢さんに渡すためじゃないんですか」


御園さんに無邪気な笑顔で聞かれて、私はとっさに嘘をついてしまった。


「これは違うのよ。急いでいたら兄の分を持ってきてしまったのよ」

「え~、本当ですか~」

「本当よ。ほら、千彰に渡すお弁当箱と違うでしょ」

「あ~、本当だ~。・・・でも、先輩。これ、どうするんですか?」

「そうなのよ。どうしようかと思って。誰かに食べててもらおうと思ったのだけど、みんなが来ないのじゃそれも無理よね」


そう云って笑ったら、御園さんが真面目な顔をして言った。


「あの、こんなこと言うとずうずうしいのですが、私にそのお弁当を頂けませんか。いつも美味しそうだなと思っていたのです。昨日の玉子焼きも美味しかったですし、出来れば他の料理も食べてみたいです。勿論ただでとは言いません。お金をお支払いします」

「いや、お金はいいのだけど。本当にいいの?」

「はい。是非!」


なので、御園さんにお弁当を渡し、二人並んで食べることにした。


「うわ~、美味しい~。これキノコをオイスターで炒めたものですよね」

「ええ、そうなのよ。これなら覚めても美味しいでしょ」

「はい。本当ですね」


そう料理のことを話しながらお弁当を食べ、私は空になったお弁当箱を持って社食を後にした。



その夜、千彰がうちに来た。兄達に用があったみたいで、私との会話は一言だけ。


「真琴、これ」

「うん」


と、空の弁当箱を渡された。きちんと洗って乾かしてくれたようだ。お弁当箱を渡したら用はないとでもいうように、さっさと司のところに行ってしまったの。その背中を見送りながら、ここでかわいい対応ができれば違ったのにと思ってしまったのだった。


お弁当箱をしまう前に一応中を確認をするために蓋を開けた。蓋を開けて口元に笑みが浮かんできた。


中には可愛い袋に入ったクッキーとメッセージカード。


『言い過ぎた

 ごめん


 千彰』


の文字。


「ずるいよな~」


本当に。これじゃあ、素直になるタイミングが掴めないじゃないか。



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