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― 真琴 ―


今日は金曜日。私は今1時間時間休を取って朱音ちゃんの家にいる。春奈さんにお化粧をされながら、これから起こる一大イベントの主役になるのだと思うと、気恥ずかしくて仕方がない。


「さあ、出来たわ。とってもきれいで可愛いわよ」


春奈さんが私の肩を押して洗面所に連れて行った。


鏡に映るのは、いつもの男の子っぽい顔立ちの私じゃない。キリッとした中にも甘い感じに仕上がっている。自分じゃないみたいで、照れてしまう。


「春姉~、支度できた~? そろそろ行きたいのだけど~」


昴さんが声を掛けてきた。


「ええ。すぐ行くわ」


春奈さんは昴さんに返事をすると、鏡越しに私に微笑んでくれた。


「それじゃあ、行きましょうか」

「はい」


私はニコリと笑うと春奈さんの後に続いた。



会社に着いて、まずは昴さんが花束を持って降りていく。それを見送って3分後、時計で時間を測っていた春奈さんが言った。


「時間よ」


私達は車から降りると会社の中に入っていく。受付の人が私達に声を掛けようとしてポカンと口を開けたまま通してしまう。


エレベーターで自分の部署の階に向かう。エレベーターの入り口には朱音ちゃん、野崎さん、丹川さんが待っていた。春奈さんを含む私達5人で廊下を進むと、すれ違う人達が何事かと振り返り、立ち止まり、そして、私達の後をついてきた。


私の部署の入り口に着くと茶番が繰り広げられていた。花束を手に部署内を見回す千彰。自分のところに来てくれるのを、今か今かと期待の目で見つめる御園さん。それを見守る人達。


見守る人達の視線は二つに分かれていた。御園さんへ花束を渡すところを期待する、御園さんの同期の子達の視線と、そんなことがあるわけがないだろうという、それ以外の冷ややかな視線。そのうちの何人かが入り口に立った私に気がついて、目もとを綻ばせた。


千彰もそれにつられたのではないだろうけど、入り口に目を向けた。


千彰の変化は一目遼前だった。私がここにいないことを本気でいぶかしんでいたのが、私を見つけてパア~ッと笑顔になった、というように見える表情をして私のそばに速足で近づいてきた。


千彰を見つめる私の目の端に顔色を変えた御園さんが映ったけど、すぐに私の視界は千彰でいっぱいになった。千彰は私の前に来ると跪き左手で花束を抱えると、そっと私の左手を右手でとった。


「真琴、俺の大切な人。今まで待たせてごめん。くだらない意地を張って真琴を悲しませてしまったね。もう、悲しませないと誓うよ。俺は初めて会った時からこの瞳には、真琴以外映らなかった。だから、俺と結婚して真琴の瞳にも俺以外映らないようにしてくれないか」


私は千彰の右手を握り引っ張って立たせた。パンプスを履いているから、身長はほぼ一緒。真直ぐに合う目を見て、私は微笑んだ。


「私も、千彰と会った時から千彰以外目に入らないの。千彰以外の人は要らないわ。あなた以外の人のお嫁さんになりたいと思ったことはないもの。ともに歩いて行きましょう」


そう言って花束を受け取った。

同時に周りから拍手が沸き起こったわ。


「なんで? なんでその女なの? 『美味しい』ってお弁当を食べてくれたじゃない。『いいお嫁さんになるんじゃないか』とも言ってくれたじゃない。『女らしくて素晴らしい。結婚できる男は幸せになれるだろう』とも言ってくれたのに。なんで、私じゃなくて、その女なのよ」


御園さんが私を睨みつけながら、叫ぶように言った。皆の視線が御園さんに集中する。御園さんの同期の女の子達は同情するような視線を向けているけど、他の人は冷ややかどころか、冷笑を浮かべて見ていた。


その中から、この部署になってからずっとお世話になっている三つ上の先輩が、嘲笑を滲ませた声を出した。


「それは福沢君に見る目があるからでしょう」


御園さんは先輩に視線を移して睨みつけた。


「まあ~、怖い。大体な~に? あなたって社交辞令とそうでないかの区別もつかないわけ?」

「あらあら、本当に分かっていなかったみたいね。嫌だわ。どう見ても思い合っている二人の間に割り込もうとするくらいですものね~。本気で福沢君が美味しいといったと思っていたのかしら~」


こちらは五つ上の先輩です。御園さんは今度はこの先輩のことを睨みつけました。

・・・というか、先輩を睨みつけるなんて。後が怖くないのだろうか。


「クスクス。流石仕事ではなく男漁りにきているだけはあるわね。自分のいいように解釈なさって」


楽しそうに笑うのは我が班のチーフ。私より一回り上だけど、美人で仕事もできる上に家庭も大事にする方。その人にまで笑われて、御園さんは顔色を悪くしている。


「私、男漁りなんてしてません。ちゃんと仕事をしてます」

「あら、そういうのなら、何故あなたのデスクの上には資料が広がっているのかしら」

「そ、それは・・・」


御園さんは視線をさ迷わせた。入社1年目の御園さんの指導は私がしていた。本来ならもう手を貸す必要はないのだけど、要領が悪い御園さんについ仏心で手を貸してあげていたのだ。今日は時間給を取った関係で御園さんの仕事には手を貸さずに自分の仕事だけを終わらせたの。


多分、御園さんはいつものように私の事をあてにしていたから、仕事が終わっていなかったのだろう。それとも、千彰のトラップに掛かって自分が花束をもらえると思って仕事どころじゃなかったのかもしれない。


「あらあら、本当に何をしにここにきているのかしら」


先輩方の言葉に眼に涙をためた御園さんは、それでもと千彰のそばに来ようとした。流石にうちの部署の女性達に阻まれて近づくことはできなかったけど。


「福沢さん。福沢さんは騙されているんです。その女に。私がいま呪いを解いてあげますから」


御園さんの言葉にそれまで静観していた千彰がキレた。


「何を言ってんだよ、この女狐。いままでさんざん真琴に世話になっておきながら、その態度かよ。姿も可愛くなけりゃ性根も腐ってんのか」

「なんで? 私の事可愛いって言ってくれたじゃないですか」


御園さんが涙を流しながらそう言ってきた。


「俺が言うわけねえだろ。どんだけめでたい頭してんだよ。てめえに言ったのはこれだけだ」


そう言って千彰はボイスレコーダーを取り出した。聞こえてきたのは周りの喧騒も入っているけど、千彰と御園さんの声。挨拶から始まり御園さんが何か話しかけるのを、千彰は躱して立ち去っているようだ。それから、この3日の会話。間違っても千彰は可愛いとも、好みのタイプだとも、もっと直接的な好きも言ってはいない。


「嘘よ。福沢さんが言ってくれたのを、私は聞いたもの~」


御園さんは流れた内容に絶叫したのでした。


ざまあになったかな?

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