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俺の顔を見上げていた真琴がふふっと笑った。
「バカみたい」
「ああ、そうだな、バカみたいだよな。変にこだわって意地張ってさ。そのせいで真琴に辛い思いをさせてたなんて」
「それは私もだし。自分に自信が持てないからって千彰のこと疑ったし」
真琴がシュンと下を向いた。
「いや、それも俺が悪かったんだよ。あの女が真琴を慕っている振りをしていながら、俺にアピってるのをうまく躱せなかったし」
俺の言葉を聞いた真琴は顔をあげて俺の事を見てきた。
「御園さんって千彰の前でもおとなしぶりっこしていたの」
真琴の言葉に笑みが漏れる。
「まあな。でも、目が獲物を狙うようで隠せてなかったけど」
真琴は「ふ~ん」と言って何か考えている。涙も止まったようだしと、俺は抱擁を解くと真琴の頭に手を置いた。
「とりあえず着替えろよ。それから、話は明日で!」
「えっ、待って」
「真琴、明日も仕事だろ。酒を飲んだ次の日は二日酔いで辛くなるだろうが。少しでも体を休めないと」
「だけど、千彰はまたソファーで寝るんでしょ。押し掛けたのは私なのに、それじゃあ悪いもの」
「じぁあ、どうしろと」
真琴が恥ずかしそうに目を伏せながら言った。
「一緒に寝るのは駄目?」
俺は溜め息を吐くべきか、怒鳴るべきか考えた。
「真琴、俺の話聞いてなかった? 一緒に寝るってそういうことになるかもしれないんだよ」
「だから、千彰になら何されてもいいんだってば」
「俺のポリシーは無視ですか?」
「無視とかじゃなくて、信用しているじゃ、ダメ?」
上目づかいで見上げてくんなよー。どこまで俺に忍耐を強いる気だ~!
・・・と言えるわけもないから、俺はとりあえず部屋を出て行くことにした。
「戸締りとかしてくるから、真琴は着替えて」
「戻ってくる?」
「ああ」
部屋を出て扉を閉めると俺はそれに背中をつけてもたれかかった。
「マジ、きつい」
◇
木曜の朝、6時前に目を覚ました俺は真琴にシャワーを浴びさせて着替えをさせる。勿論俺も着替えをした。用意が出来たところで、チャイムが鳴った。
「おはよう、千彰、真琴さん」
「おはよう、昴。朝早くから悪いな」
「おはようございます。昴さん」
顔を見せたのは昴。昨夜のうちにメールで今朝の迎えを頼んでおいたのだ。
「いいから、気にすんなよ」
昴が爽やかに笑っている。
「じゃあ、行こうか」
俺達は迎えに来てくれた昴の車に乗り、高杉家に向かったのだった。
まだ、車が少なくて10分で高杉家に着いた。一度高杉家に上がらせてもらう。向坂が笑顔で迎えてくれて、用意してくれた朝食を頂いた。
「それで、大体は昨夜のメールでわかったけど、本当にやるのか」
昴が俺に訊いてきた。
「もちろん。真琴をコケにされて黙っていられるか。せいぜい甘い夢を見させてから、(地獄へ)突き落としてやる」
俺は昴にニッコリと笑いかけた。副音声もわかったのか昴はいい笑顔で頷いた。そんな俺に向坂が言った。
「もちろん、私も協力するからね。まこちゃんのことは任せてね」
向坂の頼もしい言葉に俺は向坂にも笑顔を向ける。
「よろしく頼む」
「・・・珍しいものをもらっちゃった」
向坂は目をまん丸にして俺の事を見てきた。それに昴が焦った声をだした。
「朱音、よろめかないでね」
「大丈夫だよ~。私には昴君以上のいい男はいないから。でも滅多にない福沢君の全開に近い笑顔なんだもの~。こんないい笑顔のご褒美を先にもらったらガンバラなくっちゃね」
向坂が楽しそうに笑った。朝食を食べ終わった俺はバックを持つと言った。
「それじゃあ、お先に」
「千彰、終わったら連絡しろよ」
「ああ」
玄関まで真琴もついてきた。少し不安そうな顔をしている。真琴を軽く抱き寄せて唇を合わせるとすぐに離れた。
「真琴、今日はブレんなよ」
「うん。千彰も無理しないでね」
「ああ。また、夜にな」
そう言うと、俺は一足先に会社へと向かったのだった。
◇
今日もある意味最悪な一日だ。朝から女狐が俺に擦り寄ってきた。昨日俺が「美味しい」と言ったから、今日も弁当を作ってきたと言われた。なので昼休みに一緒に食べることを約束した。
昼休み、女狐が作ってきた弁当。はっきり言って俺の口に合わなかった。ミニハンバーグを主菜としたものだったけど、何の捻りもなくておいしくなかった。まずハンバーグに味がない。それに冷めて固まった脂が舌触りを悪くしている。ケチャップは蓋に張り付いてしまっているし。付け合わせの野菜には味付けがされていなかったし。彩りだけはいい弁当に文句を言言いたくなるのを我慢して、女狐の気分がよくなる言葉を言ってやる。
「いいお嫁さんになるんじゃないか」
この言葉に女狐は頬を染めていた。だけど、時々社食の入り口を見ていることには気がついていた。きっと真琴にこの様子を見せつけたいのだろう。だけど、いつまで待っても真琴が現れないから、いぶかしんだ顔をしていた。
何とか食べ終わり女狐と別れたら、矢作と悠木がそばに来た。そのまま一緒にトイレに向かった。流石にここなら女どもに聞かれることはないだろう。
「水臭い」
「手伝わさせろ」
それぞれ端的に一言だけ。向坂が上手く動いてくれたようだ。
「なんもないぞ」
「なんかあるだろ」
と言いながら、矢作が紙きれを渡してきた。その内容を一瞥して、俺は笑った。昨夜推測した通りのことが起こっていたようだ。
「そんじゃあ、昴んところで」
「「了解」」
俺達はトイレを出ると、それぞれの部署へと散っていった。
◇
夕方、今度は俺から女狐のほうに近づいた。そして、さりげなく女狐が『女らしくて素晴らしい。結婚できる男は幸せになれるだろう』と言っておく。女狐が頬を染めて『そんな~』とか言っていた。自分で仕掛けておきながら、茶番に笑いたくなったけど我慢した。女狐は意を決した顔で俺の事をみて『私なら、福沢さんを幸せに出来ます』と言ってきた。そして期待を込めて潤んだ瞳で見上げてきた。
一瞬ギクッとなった。だけど、ここで何もしないのは疑いを招くだろうと思い、額にでも軽く触れればいいかと顔を近づけた。
「福沢~、こんなところにいたのかよ」
もう少しで触れるというところで、声が掛かった。後ろを向くと矢作と悠木がいた。どちらも真面目な顔で俺の事を見ていた。俺の陰にいる女狐に、近づいたことで気がついたというように言葉を続けた。
「悪い、邪魔したか」
「だけど、高杉さんを待たせるわけにいかないって言ってたろ」
「花束を頼むんだよな~」
「あっ、し~」
俺は女狐から離れると二人に内緒なんだというように唇に人差し指を当てながら近づいた。そして女狐を振り返った。
「ごめん。約束があるんだ。また、明日」
俺は矢作と悠木の肩に手を掛けると、二人を連れ出すように歩き出した。
「はい」
遅れて、女狐から返事が返ってきた。振り返って笑顔に見える顔を女狐に向けて、俺はその場を後にした。
◇
そのまま二人と会話がないまま昴の家に行った。玄関を入りリビングに通されると、俺はへたりこんだ。
「あっぶなかった~。助かったよ、矢作、悠木」
「なんの、なんの」
「あれなら、餌としてよかっただろ」
矢作と悠木が人の悪い笑顔でそう言った。
「十分だよ。というか、なんであそこにいたんだよ」
「そりゃあなあ~」
「今まで見守ってきた二人の危機なら力を貸すのは当たり前だって」
返事になってない言葉に俺は苦笑を浮かべた。入社してから1年半、見守ってくれていたのはわかっていたからな。
「二人に知らせたのは知夏ちゃんよ」
向坂がリビングに入ってきながらそう言った。
「そうか。で、その丹川は?」
「こうちゃんと一緒にまこちゃんについていったわよ」
少し大げさになってきた気がしたけど、まあいいかと思うことにした。
この後、昴が車を出してくれて何故か合流した小山内課長共々、森崎家に向かったのだった。
さあ、下準備は出来た!
そして、決戦は~! 金曜日!!
という感じ?




