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花束とプロポーズの第3段です。
― 真琴 ―
「はあ~」
と、つい盛大に溜め息を吐いてしまった。
今は昼休みだ。社食でお弁当を食べているんだけど・・・なんで周り中ピンク色の空気になっているのよ。やるなら他所でやれよ、他・所・で!
そう思ったって悪くないと思うのよね。
「ねえ、まこちゃん。そんなに盛大に溜め息つかないでよ。幸せが逃げちゃうっていうよ~」
私の横でのんびりとそんなことを言うのは、同期の向坂朱音ちゃん。この空気の諸悪の根源だ。おっと、本当はもう、向坂じゃなくて高杉さんだっけ。私はその彼女を横目で軽く睨んだ。
「そうよ、真琴。溜め息はなるべくつかないほうがいいわよ」
その朱音ちゃんの向かいに座る、同期の野崎香子さんまで、そう言ってきた。いや、だから、この空気の諸悪の根源その2が何を言ってくるのよ。
「あ~のさ~、言ってもいいわけ」
「なにが~」
「なにを?」
「言いたいことがあるのならはっきり言った方がいいぞ、森崎」
イケメン課長の小山内さんまで会話に入って来た。こいつも諸悪の根源その3だ。
「だから、はっきり言ってもいいわけね」
「だから~、なぁ~にが~?」
朱音ちゃんがコテンと首を傾げた。朱音ちゃんが可愛い・・・。はっ。いかん。私まで惑わされてどうする。
「えーい、気づいてないとは言わせないわよ。この桃色の空気!」
「あー、そういえばそうだねえ~。ここのところ告白が相次いで、カップルがかなり成立してるんだってね~」
「諸悪の根源が何いってるのよ」
「こうちゃ~ん。まこちゃんが酷いの~」
「真琴、言い掛かりは止してよ」
「何を言うのよ。諸悪の根源その2のくせに。あの盛大な追いかけっこからのプロポーズ。あれに触発された人がかなりいるんだからね」
「いいことじゃないか。それのどこが悪いんだ」
「それを言います? 課長の立場で」
「仕事に支障をきたさなきゃ、何をしても構わんだろ」
「諸悪の根源その3。支障をきたし始めてるから言っているんですけど!」
思わず肩に力が入り力説してしまった。
「落ち着いて、まこちゃん」
「そうだぞ。ミスが増えたとかっていう報告はないからな。逆に効率が上がったという報告なら来ているけどな」
その言葉に小山内課長を睨みつけてしまった。
仕事でいいところを見せようって輩が増えたって事よね。それはいいのよ、そ・れ・は!
その時頭に何かが触った。
「な~に、カリカリしてんだよ、真琴」
「人の頭の上に何を乗せているのよ、千彰」
千彰は私の頭の上に乗せたトレイをすぐに下ろして隣に座ってきた。
「真琴、味噌汁」
「千彰、はい」
千彰が私のそばにお味噌汁を置いてくれた。私は千彰にお弁当を渡した。
「おっ、サンキュー」
「こっちこそ、どうも」
そう言って有り難くお味噌汁を頂いた。ダシがきいていておいしい。
「ねえ、まこちゃん。それで本当に二人は付き合っていないの?」
隣の朱音ちゃんが不思議そうに訊いてきた。前に座っている二人も同じ意見のようだ。
「「付き合ってない」」
千彰と言葉が重なった。
「息もぴったりなのに」
朱音ちゃんの言葉に前の二人も頷いている。
「何度も言ってるでしょう。こいつとはゲーム仲間なの」
「そうそう、真琴が司の妹じゃなけりゃ知り合ってないって」
「でも、お弁当を作ってるじゃない」
「それは・・・」
昨日のことを思い出して思わず拳を握る。隣で千彰がニヤニヤ笑っている。思わず千彰の頭を叩いた。
「何すんだよ」
「あんたの顔がムカつくのよ」
「ゲームに勝てない真琴が悪いんだろ」
「分かっているから約束通りお弁当を作ってきたじゃない」
「お前さあ、すぐに手を出すのをやめろよな。そんなだから彼氏が出来ないんだよ」
「それをいうならあんたもでしょう。あんたが美人過ぎるから彼女が出来ないんでしょうが」
「お前なあ、人が気にしていることを言うなよ」
「そっちこそ」
私と千彰は睨み合った。そして同時にフンと顔をそむけるとお弁当を食べだした。そうしたら、また他の人の声が聞こえてきた。
「まーたやってんのかよ」
「いい加減、他のゲームで勝負すればいいのに」
「でも、まこっちゃんのお弁当美味しそうですもの。私も食べてみたいな~」
現れたのは矢作賢太と悠木覚と丹川知夏さんの三人だ。三人も千彰の隣や向かいに座った。座ると同時に矢作が話してきた。
「ところでさ、Gハンターのレアアイテム。どうやってもゲットできないんだよ~」
「どのモンスターの?」
私と千彰と矢作と悠木はゲームの話をしながら食事をした。その様子に小山内課長が訊いてきた。
「お前ら仲いいよな。同期にしたって、もっとこうなんかあっても、なあ~」
それに私以外の女性三人が答えた。
「だってねえ~」
「この状況ですよ」
「ゲーマーには勝てませんよね」
そう、ここに集まった私達は同期入社の同い年。知夏さんが言ったようにゲームのことでより親しくなったと思う。
「おーい、丹川。別に俺達はゲーマーじゃないって。ゲーマーなのはこの二人」
「そうそう。たまたま俺はGハンターにはまっただけだから」
矢作と悠木の言葉に私は憮然とした。
「別にゲーマーじゃないわよ、私は」
「うそつけ。格ゲーあんなにやりこんでおいて、どの口が言う」
「それをいうならあんたでしょ。いくら大学時代にモニターしたからって女性向けの恋愛シミュレーションゲームまでやるかっての」
「それは姉貴たちに頼まれて買いに行っただけだって言っただろう」
「どう~だか!」
また、私と千彰が言い合いを始めた時、私達のそばに可愛い女の子が立った。
「森崎先輩。あの、これ・・・よければ食べてください」
「ありがとう」
顔を真っ赤にして小袋(多分お菓子入り)を差し出すの彼女に、私はニッコリ笑顔で受け取った。彼女はうれしそうに笑った。
「いつも貰ってばかりで悪いわね、御園さん。そうだ、卵焼きは好き?」
「あっ、はい。好きです」
「じゃあ、あ~ん」
自分のお弁当箱から卵焼きを箸でつまんで彼女に差し出した。彼女が口を開けたので卵焼きを近づけた。彼女がそれを食べてモグモグと口を動かした。
「・・・美味しいです」
「そう、口に合ったのならよかったわ」
そう言って笑ったら御園さんはもっと顔を真っ赤にして、それから頭を下げると急いで離れていった。
「お前さあ~、女の子を誑かすの、やめたら」
「向こうから慕ってくれているのよ。無碍にできるわけないでしょ」
「真琴は嫁をもらうきかよ」
「そういう、千彰ちゃんはお婿をもらうのかな~」
私の言葉に千彰が立ち上がった。慌てて隣にいる矢作が千彰を羽交い絞めにする。私はお弁当箱を片付けると立ち上がった。身長がほぼ同じなため、千彰と視線が真直ぐ合う。
「自分がもてないからって僻むなよ」
そう言って私は社食を後にした。
◇
私の名前は森崎真琴。男みたいな名前だけど、れっきとした女だ。そしてさっき言い合いをした相手、福沢千彰は男である。
トイレの個室に入って私は頭を抱えた。出来ることなら声を出して嘆きたい。だけどさすがに誰に訊かれるか分からない所で声は出せない。なので代わりに深々と溜め息を吐いた。
ほんと、何で毎回こうなっちゃうんだろう。売り言葉に買い言葉にしたって酷すぎる。他の女の子みたいに素直に甘えられる性格だったら、今頃・・・。
そりゃあさ、司と双子でそっくりな男顔だけどさ、もう少しさ・・・。
あー、でも、あれは言い過ぎたよな。女顔なのを気にしてるのに、美人過ぎるから彼女が出来ないなんて~。何故言った、私!
・・・それに最後の捨てセリフはないよね~。ちゃん付けにお婿をもらうだなんて。
怒らせちゃったよな~。こんなんでどうやって好きって言えるのよ。
私はもう一度溜め息を吐いた。そして勢いをつけて立ち上がると気合を入れるために深呼吸をした。
「よし」
個室を出て自分の席へと戻ったのだった。