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puppet play Ⅰ  作者: 乃空
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第9話

深く海底のように暗く闇は揺れる。


「人形など、・・この世に生きている必要のない者が!!」


闇を走る人形師の紋章と、月の光に照らされた鋏。

その鋏に交わり茂る、草の蔓。


「死ね、時の中にしか生きられない人間よ。」


草はその鋏を包み込むとその主さえも飲み込もうとしていた。

かみのなかでも強い力を持つ人形の蔓など、ただの人形師の鋏に切れるわけがない。

人形師の男は、パッと距離を開けるが奪われた鋏は壊れ、堅い地面に高い音を立てて落ちる。

そしてその一瞬に人形師の首を捕らえた蔓は、ギュと強くその息の根を止めに掛かる。


そこには何の感情さえない。

ただそこに人形師がいるから、そこに人形がいるから、殺しあう。



ジャキン――――



男の手から力が抜けそうになった瞬間、急に訪れた開放感に男は崩れ落ちた。

そんな男と人形の間に立つ影が一つ。


「城に戻る途中だから、相手してられないんだけど?」


投げられた鋏がその蔓を簡単に切り裂くと、主の手の中へと戻っていく。

その鋏の主は人形である女よりもずっと小さい、まだ少年としか呼べないほどの幼さを見せる者だった。


「・・人形師か、お前。」

「小さいとか、チビとか、そういうたぐいの言葉は受け付けてないから。」


少年はそう言って微笑むと、倒れている人形師にゆっくりと近づいた。

革靴の音が響き、夜の風が吹く。


「守の人形を殺す必要性、ないでしょ?」


少年の手がそっと伸ばされ優しく触れるのかと思われたそれは、人形師の男が羽織るマントの刺繍を力強く握った。

弱ったままの人形師の男に冷たい目を向けながら、月明かりにその刺繍を浮かび上がらせるとさっきと変わらぬ声で言った。


「ふーん。君、バリタンヌ家の人形師か。」


蛇が交差する金の刺繍。それは人形師の家柄でも高位にあるバリタンヌ家を示しているものだった。

しかしそんな高貴な身分の人形師に対し、少年はおどける事もなくまるで馬鹿にしているような目をしていた。


「あ、ごめん。もう行っていいよ。」


少年の赤いローブが風に揺れながら、人形の方へと振り返る。


「・・・お前は・・、」

「僕?名前はニック。ヴェスタ家当主ライズ様に仕える人形師だよ。」


赤きローブに揺れる交わる鋏と棘のある蔓の紋章。

薔薇の茎をかたどった剣と鋏が交じり合う、金の糸で刺繍されたヴェスタ家の家中である紋章。


「ヴェスタの・・。名前くらいは覚えておこう。若き人形師よ。」


バッと一瞬紫の花が散るのにニックが目を閉じ、再び眼を開いた時にはもう女の姿はなかった。

そこに残るのは彼女が散らした桔梗の残り香と、散り終わった儚き花びらだけだった。

月明かりに照らされた花びらを薄っすらと見ていたニックに静かな声が響いた。


「ニック。」


その声にニックは握っていた鋏を元の球へと戻してポケットに詰め込むと、明るい笑顔を作ってその声の方へと振り返った。

桔梗の花びらの中で立ち尽くしていたニックを呼んだのは、ニックと同じ紋章の入った深い青のマントを羽織る女。


「サラ。」


黒い瞳はこの世界でも珍しく、ある地方では気味悪がられる事さえあった。

しかしニックはそのサラの黒い瞳を見るたびに、自然と心の中に落ち着きを得ていた。

黒い髪は真っ直ぐに長く伸ばされ、下の方で緩く編まれて赤い紐で結われている。

その長さは腰にまで及び、風になびく事もなく静かにあった。


「誰です、それ。」


二人が並ぶとまるで姉と弟のように見える。しかし二人は血も繋がらない、赤の他人でしかなかった。

唯一繋がる場所は、ライズに仕えている臣下であるということ。

そんなサラがニックの足元に寝ている男をさげすむように言った。


「ん?桔梗の匂いにやられたみたい。すぐに起きると思うけどね。」

「桔梗、ですか。」


そして二人は共にライズを想っている者。

ライズの最後の一人の臣下であろうとするほどに、ライズを慕う者。

二人の共通点はそのくらいだった。


「あぁ、いい匂いだよね。」

「・・・。ライズ様が待っておられます。先を急ぎましょう。」


二人を繋ぐ者は、ライズという存在。

若き人形師の少年ニックの抱えた物をもろともせず、

美しき人形師の女サラの隠された影と闇をも恐れなかったただ一つの存在。

二人の手を引いたのは、ライズだった。二人はその日のことを思い出すと、いつも思う事があった。


人形を救う手は、ライズの手だろう。

もしも二人があの日ライズと関わっていなければ、二人は人形になっていただろう。

そんな二人を救ったのが、ライズの手だったのだから。


二人にはそう思えてならなかった。


だからこそ、少しでもその手の力になりたいとライズに仕えることを決めたのだ。



それはもう、ずいぶんと昔の事だが。




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