第8話
「どうする?まだやる?」
赤い薔薇を従えた少女は言った。
その声に白い花びらを散らす女は舌打ちをして手をかざした。
「《 白き野薔薇の交響曲 》!」
白い薔薇の花びらが鋭く少女を突き刺すように飛び散った。
しかし少女に当たりかける寸前、緑の葉がその刃をくい止める。
「白百合・・お前まで・・っ!」
「私はもともと赤薔薇についてるの。守会の人でも、人形でも、関係ない。
赤薔薇を敵にするなら、私が相手になるよ。―――白薔薇の姉様。」
少女はそういうと鋭く尖った剣を握り、空中で白き薔薇に向かい合った。
「・・・今日は帰るわ。」
その一言で白百合はスッと力を抜いて剣を消した。
それから地上に眠っている人形達を眺め振り向いた、その時。
「《 白薔薇の狂詩曲 》ッ!」
白い薔薇の花びらが鋭い棘を持つ茎と混じるように吹きながら、白き幼い少女を狙った。
真っ赤に染まる真紅の薔薇の花びらを飛ばし、その刃を封じようと試みた赤薔薇の防御を掻い潜り
白い花びらは白百合の元まで一気に突き進んだ。
赤薔薇はその地を蹴り、白百合の場所まで飛んだ。しかし追いつくわけもない。
棘のように鋭く今にも白百合を切り裂こうとしていた茎が、何かに鈍く突き刺さった。
ドス・・
鈍い音と声にならない声があたりに響く。
そして直ぐに響いたのはゆっくりと確かに茎が切られる音だった。
ジャキン――
「・・ッく」
『ライズ!!』
ライズに突き刺さり動きを封じられた棘が、ライズの鋏によって切られた。
しかしライズはその痛みに耐えながら、襲い来る白の花びらに背を向けて白百合を抱きしめた。
漏れるような悲鳴と、痛みを絶える声、それからその声と比例するように響く鈍く突き刺さる音。
「・・っ・う・・ぁっ・・」
『ライズッ!』
「人形、師・・?」
ライズの名を呼ぶシザンクルスと、紫陽花の花びらを散らす人形の声。
抱きしめられたままの白百合は、ライズの腕の中から彼の顔を見上げた。
するとその目に気づいたライズが、痛みを耐える辛そうな顔から優しい笑顔に変えて言った。
「だい・・じょ・・ぶ?・・じっ、と・・して、て・・。」
途切れる声の合間に優しい言葉が並ぶ。白百合は何も言う事ができなかった。
自分を守るその姿に、何も。そして赤薔薇もそれを見ていた全ての者が言葉を失った。
白き花びらが散りきったとき、ライズから大きなため息が漏れ、その体はグラっと白百合に崩れた。
その背中には血が滲み、それでも決してその場所を動かなかった証が刻まれている。
「どう、し・・て。」
白百合は呟いた。
「ん゛・・、はっ・・ぁ。」
その言葉に苦しそうに息を漏らし、ライズはそっとその手を白い頬に寄せた。
その手を嫌う事も逃れることもなく、白百合はただ心地よさそうに受け入れた。
「・・泣かない、でよ。」
フワリと呟かれた言葉に、少女は自分の頬に冷たい涙が伝っているのに気づいた。
「わた、し・・、泣いて・・?」
「もう、平気。だから・・泣かないで。」
「・・どうして、どうして私なんか助けたの・・?」
その涙を拭って、ライズの手が小さな頭を撫でた。
「君は傷ついちゃいけない子だからね。」
汗が滴るその顔に白百合は顔を落とした。赤薔薇の少女も地上へ降りて二人の元へと駆ける。
その瞬間バッと紫陽花の花が散り、地上で眠っていた人形達が一瞬にして姿を消した。
見上げたそこに人形達はもういなかった。
ようやく紫陽花に開放されたシザンクルスがライズの元へと飛ぶ。
『ライズ!!』
「シザンクルス・・っ・・、平気かい?」
『どうしてあんな無茶を・・!』
「そうするのが一番だと思ったからだよ。」
そういったライズの目は座り込んだままの白百合に優しく向けられた。
ライズの眼に映ったのは座り込んだ人形ではなく、俯いたままの少女。
心という一番繊細な場所に、大きな傷を背負って生きる少女。
「薔薇の歌姫。・・悪いんだけど、その子をよろしくね。 俺は・・ちょっ、と・・傷の手当してくるから。」
ライズは眩暈を抱えてゆっくり歩いて中庭への入り口へと近づいた。
シザンクルスは二人に警戒しながらも、ライズの傍を寄り添う。
「ヴェスタの人形師。」
夜の中小さく美しい声が彼に届いた。
「何?」
赤い薔薇がその夜風に儚く舞う。
「・・どうしてこの子を助けてくれた?」
真紅の瞳は真剣に金の瞳を見つめる。
静かな風が二人の間をすぎたとき、金の瞳は細く笑った。
「前に、も言ったでしょ?・・君達には、生きる価値がある・・んだ。」
その微笑に赤い薔薇は哀しみの眼を浮かべた。
その目に気づいた者はいないだろう。すぐ傍でそれを見ていた白百合でさえ。
涙は零れない、いや、零せない。そんな目は俯き、そして呟いた。
「・・人形師、ライズ・ヴェスタ。一つだけ、貴方の頼みを聞く。」
少女の心の中にある後悔の欠片。作っていた借りを、返しに来たはずだったのに、逆に傷つけたという後悔。
その後悔に彼女が選んだのは、彼の願いを叶えることだった。
その言葉にライズは軽く笑って、芝生をゆっくりと足を戻して彼女の傍へと近づいていく。
足を動かすたびに傷口からは赤く濃く染まる血が流れ出る。
それでも足を止めずに進むライズを、少女達は警戒することなく自分の傍へと受け入れた。
少女の目の前に立ったライズは白百合を撫でたように、そっと手を伸ばし赤薔薇の少女の頬に触れると笑って言った。
「なら、俺と一緒に生きてくれないか。」
白く清らかな白百合と、赤く華麗な赤薔薇。少女達は美しい花を咲かすと、その男の手に触れ花を手渡す。
一輪の白百合と一輪の赤薔薇が彼の手に収まった。
その花を渡すと少女達は立ち上がり、そっとライズから一歩引き下がる。
「ライズ。私、・・傷ついちゃ駄目って言ってくれて、嬉しかったよ。」
泣き出しそうな声でそういうと、白百合の少女は微笑んだ。
ゆっくりと闇へと続く扉を緑の百合の葉が作り上げ、少女達の背で揺れた。
「白百合を守ってくれてありがとう。けど。」
風に揺れる、ライズの手の中に握られた二つの花。
「私達は人形。貴方は人間であり、人形師。・・互いに交わる事はできない存在。」
「それは間違ってる!」
ライズの嗄れたような声が大きく響いた。強くもない風に少女の髪は静かに揺れる。
その風と共に髪を揺らすように少女は首を左右に小さく振った。
「たとえそうでも、・・・私は人形師を好きにはなれない。」
「それなら俺は・・っ!」
「貴方が人形師をやめるなら、私はもう二度と貴方の前に姿を見せない。」
「・・・薔薇の歌姫。」
「約束する。貴方に助けてもらった借りは、必ず返す。」
夜の風が二人を引き裂くように走って行く。
その風に少女は哀しそうな顔をして、闇へと消える扉を静かに潜った。
その背に痛みを耐えて叫んでいる、ライズの声を聞きながら。




