第5話
世界はそのニュースを、一言目は『ありえない』と、そして二言目には『ヴェスタも堕ちた』と言って迎えた。
ヴェスタは人形師の中でも最も大きな権力を持つ家柄だ。
貴族でなおかつ、国王にも信頼を得ていて、敵は皆相手にならないほど非力になる。
願うなら、国を滅ぼす事でさえ簡単にこなせる。それがヴェスタの椅子だ。
その血筋の者は皆、当主が病気や何かにかかると、一気に表立って争いを始める。
それまでは見えないところで潰しあっていたのが、急に戦争のように大事となる。
そしてその争いに勝ち抜いた者が、当主となり、その椅子に座りこの地の権力全てを手に入れるのだ。
それは人形にとっても大きなニュースだった。
若い人形師が新しく当主になった。今なら、人形師界のボスを潰せる。そう考えるのは当然だった。
「白百合。」
闇の中から美しい声がすると、その声の主が影から姿を表わす。
「わあ、薔薇の歌姫!」
「そう呼ばないで。」
真っ赤な目が少しだけ細くなった。
「人形師は呼ぶよー?」
「だから、呼ばないで。」
「まあいいや。ねっ、いくのー?」
「ついて来てくれる?」
赤い薔薇の花びらが風に吹かれて少女の体から舞う。
そんな花びらをそっと白い手に取り、少女はフゥと息を吹いた。
「珍しいねー。赤薔薇が、『守会』の手伝いするなんて。」
『守会』と呼ばれたそれは、人形の中でも『守』のレベルにある人形の集い。
人形師を殺す事を生きがいとし、人形界でも恐れられた存在だ。
もちろん薔薇の少女がその会に勧誘されないわけがないが、彼女はそれを断り続けているのだ。
そしてその傍らで可笑しそうに笑う白百合も同じだった。
群れる事を嫌う彼女達を、守会もあまり好んではいなかった。もちろん彼女達も彼等を好んでいるわけがなかった。
「違う。」
今夜、今朝から続いているあの祝いの席で人形達はダンスを踊る。
人間を傷つけ、殺すために美しい舞を。
「やっぱりねー。赤薔薇は意地悪いから、あんなの見て楽しむんだね。」
「違うよ、白百合。」
それも悪くない。少女はそう思った。
しかし、今夜は手伝いでも見学でもどちらでもない。
「え?」
「少しだけ、人形達を手こずらせるの。」
そう、今夜の目的は人形達『守会』の邪魔。
それを聞いた白百合は眼を開いて、閉じて、忙しく表情を変えていた。
「それって・・?それって・・!」
「・・・」
「人形師を守るってこと・・!?」
そういうことだった。
「人形師なんてどうでもいい。私はほんの少し、あの少年を手伝うだけ。」
「少年って、あの・・シザンクルスの主・・?」
「借りを返すだけ。白百合は嫌なら来なくていいよ。」
そういうと彼女は振り返り、もと来た闇へと帰ろうとした。日は暮れ始め、じきに夜が訪れる。
赤い花びらをそっと撫で、白い指がその闇への入り口を遮るように葉を茂らせて彼女の足を止めた。
そして立ち止まって振り返る少女に、白百合と呼ばれた一体の人形は言った。
「そんなの、できないの知ってるくせに。」
「白百合。」
「赤薔薇放っておくなんて、できるわけないでしょー!」
「ありがとう。」
赤い薔薇の花びらが白い人形の周りに絨毯のように敷かれた。
その全てを包み込むようにユリの緑の葉が囲った。
そして二人は静かに闇へと消えたのだった。




