第3話
闇の中、一人の人形の元へ知らせが届いた。
闇を照らすのは白く優しい月が届ける太陽の光の欠片。
「ヴェスタ家の当主が席を空けました。」
ヴェスタ、その名を口にするのも嫌な者は多い。
ヴェスタ家は何十代にも亘って人形師の血を継いでいる、人形師の一族。
その力は強大で、貴族としても大きな力を持ち、そのうえ人形師の中では群を抜く力を持つという家系。
そしてあの家にある椅子は、『権威の王座』と呼ばれ、人形師から普通の人間から、欲望にまみれた者が望む椅子。
「・・本当か。」
そんなヴェスタ家の椅子が空いた。その知らせに人形が赤い眼を遣いの者に向けた。
真っ赤な眼、深い真紅に染まる綺麗な髪、少女の姿にして多大な力を持て余す人形。
彼女は人形の中でもかなり力の強い部類にある。しかし彼女自身は群れるのを嫌い、関わる事を好んではいなかった。
そんな彼女を慕うものは多く、こうして知らせを届けてくる。
「しかし、誰も継ぐ者がいないだろうに。」
人形の中でも『守』と呼ばれた最高位のレベルである彼女が、情報を得ているのは当然の事だった。
最近では高位の人形さえ壊す人形師がいるのだ。そのため人形達は人形師の世界の事を理解しておく必要があった。
そしてその情報の中にはもちろん、あのヴェスタ家も入っている。
しかし彼女は眼を落とした。そう。あのヴェスタ家には後を継ぐ者がいないのだ。
年が五十を越えている者が血筋にいない。そんなことはありえないことだったが、それが事実だった。
「いえ・・それが。」
「いるのか?」
「はい。まだ十八の若き人形師がその椅子に座るようです。」
「・・・十八?」
今まであの椅子に座っていたのは、五十年という年月を過ごした者だけだった。
それが何故急に十八なんて若い者がこの地を制するあの椅子に座れるのだ。
彼女は驚きを隠す事ができなかった。そしてその瞬間、頭の端に浮かんだ姿を口にした。
「・・シザンクルスの遣い手、か。」
人形のみならず人形師さえ恐れる、天炎の白虎シザンクルスと契約したという知らせには世界中が驚いていた。
そしてその姿は一度見ると忘れる事が出来ないほどに美しい。
赤く輝く光を纏い美しい白虎を従え、静かに音も立てずに歩くその姿を忘れる事なんてできない。
「はい。ライズ、・・・ライズ・ヴェスタが新当主です。」
「そうか、あいつが・・・。」
実力であの椅子を奪い取ったのだな。彼女はそう心の中で呟いた。
今頃人形の『守』の集まりが動き出そうとしているだろうに。哀れな目で空を見上げる彼女。
そんな姿に人形達は憧れずにはいられないのだ。
どこか人形とは違った、そう、生命の糸で繋がれているだけの存在だとは思えなくて。
「しかたない。・・あいつには借りがある。」
彼女はそう言うと立ち上がった。
月の白い光が彼女の風になびく真紅の髪を照らして影を作り出す。
そしてその影は一瞬にして消えてしまったのだった。