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puppet play Ⅰ  作者: 乃空
18/23

第18話

風に揺れるのは真紅のローブに棘と交わる鋏の紋章を金の刺繍があらわす、ヴェスタ家のローブだった。

そのローブを纏うライズを乗せた天炎の白虎シザンクルス。


「・・・ライズ・ヴェスタ。」


リークが小さく呟いた。


「あのときの・・、リーク・シャンベルシュ。」

「ロッカの街とその周辺は、シャンベルシュ家の土地だが?ヴェスタ家がなんの用だ。」


蒼い瞳は白い薔薇の匂いに怒りを見せていた。

その目にライズは地へと降り立ち、まっすぐ見つめると言った。


「ここを明け渡してもらいたい。」

「・・は?」

「人形師を全員、引かせてほしい。」


蒼と紅のローブが風にゆれ、人形と人形師は剣を交え争っている。

赤薔薇と呼ばれる人形は白百合の隣で力なく二人を見て、その隣で白百合は目を閉じて風の音を聞いている。

緩やかに時間が流れ、リークはそっと鋏を握りなおす。


「それはどうにも・・できかねる。」


リークの顔が微笑むと、足を止めていた人形師達はいっせいに動き出す。

若き人形師、それがたとえヴェスタ家新当主であろうとも、

たった二人の護衛と、たった一匹の契約獣だけでこの数の人形を殺すことはできない。

それは誰もが思っていることだった。


「Lが揃っていないというのに、迷惑だな。」

「安心してお帰り下さい、ヴェスタ家の主とそのお仲間よ。俺達がすぐに」


リークは笑って言葉を返す。しかし、その目にライズの赤く穏やかな目が微笑んだのが映った。


「それじゃ困るんだよ。」


そう言ったライズの右手には大きな金の鋏が握られ、そしてその瞬間に赤薔薇と白薔薇が座り込む方へと投げられた。

金の鋏が風を切りさき、まっすぐに二人の元へと向かう。


動くこともできないでいる二人が目を閉じた瞬間、

ライズの鋏は、他の人形師が二人を狙って投げた小さな鋏を鋭く貫き地に落ちた。


「そこの二人に手を出さないでもらおうか、シャンベルシュの遣い達。」


ライズは二人に笑顔を向けると大声を放ってそう言った。

その瞬間、それまで盛んに鋏を動かしていた人形師たちが手を止め人形の刃を食らう。


「どういう・・つもりだ、ライズ・ヴェスタ。」


リークはその様子を見て言った。

大声で張り上げられたライズの声に、人形師が逆らい鋏を握ることができない事くらいわかっていただろう。

そう言いたげなリークの声は焦りを見せている。


「シザンクルス。」


ライズはリークの問いに答えることなく空に舞う天炎の白虎に声をかけた。

その瞬間、シザンクルスは一瞬にして空を舞う人形達を炎に包み、地上へと落とした。

聖火を嫌う人形にとって、シザンクルスという存在が脅威なのだ。

そしてそのシザンクルスが放つ炎はたったひと吹きで、命取りとなる凶器。


『哀れな人形。』


人形師は動くのをやめ、そしてその隙をついていた人形も地上へと捕らえられた。

両者が動かなくなり、その場が急に静まると、ライズはまたリークを見た。


「まだLが揃っていないんだ。手を焼かせないでほしい。」


そう言ったライズに気をとられていたリークの背後を、黒い髪の女と小さな少年が捕らえた。

もう誰も動けない状態となったこの場所を、風だけが駆けて行く。

二人の護衛と、たった一匹の契約獣だけでこの数の人形を殺すことはできない。

それは誰もが思っていることだった。


しかしそれは『思っていること』であり、決して『事実』とは違う。


「・・・ライズ・・・ヴェスタ。」

「そう、俺はヴェスタ家の椅子に座る者だよ。なめた真似はやめてもらいたいね。」


そこにある事実は、ライズという男が二人の護衛とたった一匹の契約獣だけで

この場を抑えることができてしまう、ヴェスタの主だということ。

そのヴェスタ家の主はそういうと、そっとその場から一歩踏み出し、赤薔薇と白百合の元へ歩いた。

ゆっくり、地を踏みしめて歩いていくのをそこにいる誰もが静かに見つめていた。


「・・お前・・」


真っ赤な瞳もライズを見つめる。

ライズはその目に優しく笑いかけ、そこにしゃがむと赤薔薇の右足に触れた。


「・・っ!!」

「こんな怪我を負って・・・。どうして人形同士で傷つけあっているんだい。」


その問いに対する赤薔薇の答えを聞かないまま、ライズは立ち上がり白百合の肩に突き刺さる銀の鋏に触れた。

目を閉じてただ痛みに耐える幼い少女を見つめ、バッとその鋏を抜く。


「うっ・・」

「どうして・・こんなに幼い子が、大きな傷を負う?」


静かなその場所で、その答えを返すものはいない。


「なんのために・・傷つけることもしないこの子達を殺そうとする。」


小さなライズの問いかけに白百合が目を開いた時、ライズの背中にリークの声が響いた。


「何のためだと?それが俺達人形師の仕事だ。」

「・・人形師の成すべきことを忘れたか、シャンベルシュ家よ。」


ライズは悲しげな顔をして、リークの方へと振り返る。


「人形師の仕事は、『霜』へと落ちた人形の糸を切ることだ。

履き違えるな、鋏を持ちし者が。・・・お前がしていることは、人殺しと同じではないのか。

誰かを守るためではなく人形を恨むその気持ちから鋏を握り、『守』だと知っていながら切りつける。

それが人形師の仕事だと胸を張って言うお前に、鋏を持つ資格などない。」


そのライズの言葉にリークは口をつぐみ、それからもう一度言った。


「そうだ・・。こいつらが人形で」

「俺達が人形師だから?」


そう、結局そこにある真実は『憎しみの連鎖』でしかないのだ。

人間でなくなった者を殺しても、そこにどんなに醜い感情があっても誰一人として咎める者はいない。

ただ『人形から人を守るために鋏を振るった。』とそう理由をつけて、納得させてしまう。

そうでなくとも人の中にも人形を嫌うものがいるのだ。誰が人形を殺すことを批判する。


憎しみの連鎖によって作り上げられたこの世界で、そんな者は誰もいない。


そしてシザンクルスは言った。

《『私には分かる。きっと今日、全てが動き始めることを。』》と。

今日、この世界が変わり始めるのだと。


そしてわかっていたのだ。

それが誰の手によって



「俺は人形師だよ。だから、この子たちを守るために鋏を握る。」



変えられていくのかを。



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