第17話
紅蓮の炎が巻き起こり、燃え上がるのは黒く染まった煙と血のかけら。
「《紅き彼岸の円舞曲》!」
糸がめぐり、動く人形。
彼岸の赤い花が散り、風に舞い上がる炎と火の粉。
その火のなかに炎を防ぐ赤い薔薇と白い百合が揺れる。
「美しいわ、真っ赤で。」
「白薔薇様、・・・本当によろしいのですか。」
人形の手によって、人形が傷つけられる。
「何が?」
白い指がその人形の頬をなで、赤い目がつややかに光る。
その言葉に他の人形たちは言葉を失い、その様子を目に焼き付けるようにしてみている。
彼岸の花が野を燃やし、雛罌粟の花びらが鋭く薔薇と百合を切りつける。
守会をしきる白薔薇に逆らうものは誰もいない。
「おや。」
彼岸花に笑顔を向けていた白薔薇は、炎が祓われたのを見て声をこぼした。
その炎の中からはボロボロに焼け焦げ、血を散らす人形が現れた。
「はぁっ、はぁ・・・。」
「白薔薇の姉さま、・・・どういうつもりなの・・!?」
風に揺れながら空に浮く白薔薇に届く、白百合の小さな声。
その声にクスリと笑うと、白薔薇はそっと地上へ足をつき二体の人形の体を捕らえた。
もはやそれは、器というべきか。
途切れそうな糸により、動かされる所々黒く焼け目がついた器。
「白薔薇・・・!」
「面白いことを聞くわね。」
「白百合にまで手を出すなんて・・、何が目的なの?この間のことなら・・私だけで。」
「あははっ。『どういうつもり』?『何が目的』?『私だけでいい』?だから他は傷つけるなですって?」
白薔薇の高笑いが響いた瞬間、地上をかけた棘が白百合と赤薔薇の体を締め付けた。
太陽が空の真上を過ぎていく。その空を黒い煙は未だ漂っている。
「馬鹿ね。そういうのが、汚らわしいのよ。誰かを思う気持ちなんて、人間じゃないのだから。」
「・・ぐっ。」
「愚かね。そんなもので、私たちに楯突くなんて。」
「っ・・」
「人形は人形らしくしていればいいものを。だから変わりに消してあげてるの、汚れをね。紫陽花。」
小さな花が空気に漂い、二人をそっと囲いながらもただ風に揺れて届かぬまま飛んでいた。
その花びらに白薔薇が紫陽花を見た瞬間、強い風が全てをなぎ払った。
紫陽花の花びらも、白薔薇の棘も、空を漂う黒い煙も。
「・・・こんな時間に街の近くで暴れやがって。」
「チッ、人形師。」
白薔薇はバッと地をけり空へと舞い戻った。
あまりに強い風は、ただそれだけで地上に降りた他の人形たちを捕らえた。
その風に揺れたのは、銀の鋏と蒼いローブだった。
「この匂い・・・、そうか、まさかと思ったが白薔薇がいるのか。」
男は払われた花びらが舞う空を見上げて呟いた。
「蒼き風使い。」
蒼い瞳が空に浮かぶ白き少女を映すと微笑んだ。
「このくそ甘ったるい匂い、さっさと消してやるよ。」
「人形師が偉そうに。」
深い青のローブの上を金の大鳥の刺繍が舞うシャンベルシュ家の人形師たちが空へと鋏を向けた。
その鋏に狩られた人形が鈍い音を立てて地へと還ってくる。
その間もただ見詰め合うばかりの赤と蒼の瞳。
そんな二人を見ながら風の縛りを解いた白百合と赤薔薇に鋏が向けられた。
ジャキン―――
その音は鈍く音を鳴らす。
体を交わし鋏をよけた白百合の隣で赤薔薇の右足に大きく挟みが入る。
「あ、赤薔薇!!」
「・・っ!?」
血が真っ赤な花のように散った。
「いい気味。」
白薔薇が空からあざ笑った。その声に一際大きな鋏が空を舞う。
しかし白薔薇はいとも簡単に鋏を交わす。
「ちっ。」
「相変わらず鋏使いが荒いわね。」
「散れ、汚らわしい人形が!」
罵声をはいた男の鋏はそのまま空から降りると、赤薔薇を支える白百合の肩を直撃し、その肩を地上へ縫い付けた。
その瞬間支えを失った赤薔薇も同時に地上へと倒れこむ。
「しっ・・らゆり!」
「いたっ・・い。」
「白百合っ!」
「平気だ・・よ、赤薔薇。」
白百合はそういうと肩に突き刺さったままの鋏を抜こうと触れる。
しかし、それは許されないことだった。
その幼く小さな白い手がその鋏に触れた瞬間、白百合を鋭い痛みが襲う。
その痛みに声にならぬ声が響き、そこらいったいを引き裂く。
「っ・・!!」
「白百合っ・・!無理、よ。・・それは・・」
赤薔薇が白百合の真っ赤に爛れた手をそっと握る。
その手さえ、傷口から血が溢れ真っ赤に染まっている。
「それは人形師の鋏だからな。・・お前のような人形なんかには触ることさえできない。」
そう言う鋏の主は、未だ空に舞う白い花を散らす人形を目で捕らえたまま逃がさない。
しかし腰に手を当てると新たな鋏を取り出した。
「今日こそ・・、逃がしはしない。」
「馬鹿なことを。今までと何も変わりはしない。私がお前から逃れることも。・・そしてこの世界も。」
「死にそこなった・・・人形が。」
蒼い目は白い人形を射る。
その瞬間だった。
駆けてきた馬の足音、聖なる炎の香りが辺りを包む。
「リーク様。」
「・・・何をしている、早く人形の処分を続けろ。」
その間も白薔薇からは目を逸らさずにいる。
「それが・・、」
しかしその目から白薔薇が逃れ、空に浮かぶ赤い炎に目を向けた。
リークの蒼い目もその視線の先を追った。
空に舞う紅蓮の炎。
そこにまたがる男のローブに描かれた文様。
「な・・ぜ・。」
赤薔薇が小さく呟くと、仰向けに倒れている白百合が目を閉じた。
「シャンベルシュ家の方々、ここを明渡してもらえるかな。」
その空に響いたのは、あまりにも優しい声だった。