第12話
闇の中を二つの影が走り、賑わいを見せるその城の中へと入って行った。
幼く見える少年と、この世界では珍しい黒の髪と目を持つ女。
その姿を目にすると、たいていの人は頭を下げ敬礼した。
たった一人、その者達を従える主である者以外は。
「ライズ様っ!!」
広い会場を通り過ぎ、匂いが流れてくるその方向へと足を進ませた二人の前に座り込む男がいた。
金髪の間から金の鋭い瞳が二人を映し、すぐにフッと柔らいだ。
「どうしたのです!」
ニックが大声を上げて駆け寄る。周りには護衛の者も誰もいない。
「あぁ・・ちょっとね。」
シザンクルスの存在さえ感じず、ただ無機質な床に座り込んでいるだけのライズにサラもニックも驚きを隠せない。
ヴェスタ家当主となった今、護衛がいないわけがない。
何よりこんなにも怪我をしているというのに、シザンクルスの存在が傍にないのだ。
「シザンクルスはどうなさったのです?」
サラがニックの横に座り、そっとライズの金の髪に触れた。
「シザンクルスは、・・眠って・・いる。」
「天へと戻ったのですか?」
貴方を置いて?と驚いた眼でサラは問う。
「俺がこの状態・・だろう?・・紫陽花・・にやられてね。天での・・、静養が必要だと俺が言ったんだ。」
「何があったのです!?護衛の者は?」
「・・っ・・今エクターを・・呼びに行って・・いる。」
何があったか、そんな質問を無視し、ライズは目を閉じた。
すると遠くから何かが駆けてくる音がして、二人は音がするほうへと振りかえり、立ち上がって腰に手を沿え構えた。
すると薄暗い廊下からかけてくるその音と共に低く大きな声が響いた。
「ライズ!」
ガチャガチャと色々な小さな音と、大きな足音。
それと共に浮かび上がったその声の主に、二人は警戒を解き笑顔を見せた。
「エクター!」
「ん?二人とも、戻ってたのか?!」
はぁはぁと息を切らせ大きな鞄を抱えて、戸惑う護衛を引きつれたその男が二人に声をかけた。
エクター。そう呼ばれた男はニックの頭を撫で、サラに笑いかけると二人の間を割ってライズに近づきその横に座った。
「お前はまた無茶をしやがって。すごい血だ・・。」
「・・っ・ぅ・ちょ、エクター・っ・・。いたっ・・」
「仕方ないだろう!?どうしてこんなに体をボロボロにする!いつもいつも同じ事を言わせやがって。」
怒りをそのまま治療へと向けるエクターに、ライズは笑いながら呻き声をあげている。
大きな鞄からは包帯やら鋏やら、良く分からない茶色のビンまでたくさんのものが出てくる。
その様子にサラとニック、そしてエクターを連れてきた護衛達は口を閉じ、つばを飲んだ。
「本気で・・いい加減にしろ。」
「・・ぅっ・・エクター・・。」
エクターはヴェスタ家の専属医とは違い、ライズの連れてきたライズの専属医だった。
そのためライズとの間に主従関係などはなく、とちらかと言えばエクターのほうがライズより偉そうだった。
ライズは十八で、エクターは医師の中でもかなり若い二十二歳。
二人が出会ったのは、ライズがサラやニックと出会うよりずっと昔の事だった。
「ったく。ぜってー給料あげろよ。」
二人の会話とその間に交わされている笑顔に、ニックとサラは力を抜いた。
床に大きく広がった真っ赤な血に、不安を抱かずに入られなかった二人だが、エクターの治療の速さにすぐに安心した。
そしてエクターの言葉に笑う。
ライズが怪我をするたびに、エクターはそう言って鞄を閉じていた。
その言葉にいつも二人は安心していた。
そう言って鞄が閉じられた時に、平気だと確信できるのだ。
「・・もう平気なんですか?」
サラがそれでも心配そうに聞くと、エクターはその黒髪にそっと触れて優しく撫でると返事を返した。
「あぁ。お前のご主人様は多少無理しすぎだから、ちゃんと叱っておいてくれ。」
その目にサラとニックはため息をついた。
サラもニックもエクターのことが好きだった。その大きな手はまるで昔なくした懐かしい感じを思わせたから。
ライズからそっと離れたエクターのいた場所に二人は駆け寄った。
「ライズ様!」
「平気ですかっ?」
その姿にエクターはただ上から見ているだけ。
二人がどれほど自分を好いていても、結局のところライズという存在には叶わない。
エクターはそれをよく知っていた。
そしてそれが何故なのか、その理由まで。
「あぁ、平気だよ。心配させてすまない。」
笑ってそういうライズは痛みを隠すようにガラス窓に背中を預けたまま座っている。
二人は彼のその言葉に安堵の息は漏らすが、内心不安でいっぱいだった。
床に広がった真っ赤な血からは、ヴェスタ家の血の香りが濃く漂う。
その血痕は中庭から続いていて、暗がりの中にある中庭の草は所々月明かりに光っていた。
「・・貴方という人は・・・本当に反省なさっているのですか・・。」
「僕達が戻るまで待てなかったんですか!!」
悲しみを見せるサラ。怒りを見せるニック。
どちらも深くライズを想うからこそ現れる感情だった。
ライズは二人のその言葉を半分耳に聞きながら目を閉じて、静かに頷く。
すると少し離れた場所で見ていたエクターは低い声で静かに言った。
「ほら、もう限界だ。そろそろ寝室へ運べ。」
「あ、はい。」
ニックはパッと立ち上がり、エクターの後ろにいた護衛に目を配る。
護衛二人はそっとライズを持ち上げると、サラの付き添いの元、ゆっくりと階段を上がり寝室へと向かった。
その様子を後ろから静かに見つめていたニックが、エクターに静かに声を響かせた。
「・・・何事か、お教え願えますか。」
闇の中を遠くの方から響いてくるのは愉快なワルツ。
このパーティーの主役がこんな事態になっているにもかかわらず、楽しげに話す人々の声。
「俺もよくは知らないんだがな・・・。護衛曰く・・」
そんな音たちはエクターの低い声にかき消され、ニックは静かにその声に聞き入った。
楽しく響くワルツは次第に大きな音となり、そしてプツリと途切れると、そこからは大きな拍手が響き渡る。
主のないパーティーはその明るみの中に包まれ続けていた。