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puppet play Ⅰ  作者: 乃空
11/23

第11話

同じ一つの世界に、二つが存在する理由。

終わりのない時間の中、薔薇の花を一輪握り締め少女はずっと考えていた。

彼女には長すぎる時間の中で散っていく花々を眺め、争う理由を。


「《 薔薇の交響曲シンフォニー 》」

「死にそこないが!」


『死にそこない』その言葉は正しかった。

少女はただ、死にそこなってしまっただけの存在でしかなかった。

神は闇に堕ちた少女に手を差し伸べ、天へ召すことなく、そこに糸をめぐらせた。


「私は・・・。」


生命の糸、その糸だけが人形をこの世界に繋ぐ。


「薔薇の歌姫・・、覚悟っ!!」


向けられた人形師の鋏が太陽の光に照らされ、薔薇の歌姫と呼ばれた少女は目を閉じた。

死にたいと願い闇に堕ちた者を神は生かせた。

人形として目を覚ましたとき、少女は冷たく軋んだ音を立て、常に何かに縛られているような感覚を得た。

それと同時に今まで、少女を自分を目に映さぬようにしていた者達が、

まるで鬼や妖魔でも見るように驚いた目や憎しみの目で少女を見るようになった。


早く―早く―――眠らせて。


少女が願ったのはそれだけ。

仕方なく人形として生きて、そして時折理由もなく全てが嫌になり鋏の前へと進み出る。

しかし無意識のうちに、薔薇の花びらが少女を守るようにその鋏を拒んで、少女は死ねないままそこに生きた。


(私はどうして死なないの。私はどうして、生かされる?)


そしてようやく、少女がその糸との繋がりを断ち切らようとした時。

一つの足音が少女の心に呟かれた言葉とその戦いを遮った。



―――――キィン―



カシャンと音がして、高い金属音が鳴り響き鋏が遠くへと散った。

座り込む少女と人形師の前に立ちはだかる男の手には、金の鋏が握られていた。

人形師の鋏はどれも大きく、大人の男の半分はある。そして鋏の大きさによって、鋏の力の大きさも違った。

しかしその男の握っている金の鋏は、その大きさに見合わないほどの力の存在を感じさせた。



金属の音がコンクリートに転がると、その男は鋏を構えなおし、目の前に驚いた顔をして立っている人形師の男に向けた。

驚いたのは人形師だけじゃない。その後ろで力なく座り込む人形さえ、驚いた。

そしてその驚きの中、鋏を握る男は言った。


「『守』の位にある人形を、壊す理由がどこにある!」


鋭く尖った鋏の刃は、隙なく男の首元に向けられている。

男は言葉を失い何も言えず、ただただその鋏を見て震え上がっているだけ。

そんな男を見て人形師は静かに鋏を下ろすと、冷たい目を向けて突き放すように言った。


「散れ。」


その言葉と共に鋏から紅蓮の炎が小さく燃えた。


「ひぃっ・・!」


その炎を見るなり男は鋏を放り出したまま、その場所から逃げるように走って行ってしまった。

その小さくなっていく背中を見つめ遠くの角に消えたのを確認すると、そこに立つ人形師は鋏を緑の球に変えて片付ける。

その後姿をただ呆然と見ていた少女に振り返ると、人形師は冷たい目を優しく変えてそっと少女の手に触れて言った。


「平気?」


まるで人間を見るかのように。人間に触れるかのように。

その目にその手に、男の声が響く。


「・・お前、は・・。」


糸に繋がれし人形を、ただの人間の少女のように映す瞳が少女の眼に映った。


「怪我はない?」


綺麗な紅の色をした少女の瞳と、明るい金の色に染まる男の瞳がまっすぐに向かい合う。

その瞬間少女の眼に、金の瞳が一瞬揺れたのが映った。

そして気づくとそこには、人形だけでなく全ての存在に恐れられた天炎の白虎シザンクルスがいた。

天に召された炎の神を従える人形師がいる。その言葉をふと思い出し、シザンクルスと男を見合わせた。


「・・お前、ヴェスタの・・若頭」

「ん?あぁ、君はあの薔薇の歌姫じゃないか。」


噂に聞いているよ、と男は笑ってそういうとスクッと立ち上がりシザンクルスの元へと歩いた。


「・・・殺せ。」


昼の太陽の下少女は冷たくそういった。

その言葉に男は足を止め、静かに振り返る。


「何?」

「私を・・殺せ。」


シザンクルスに炎を一吹きさせればそれで終る。

その腰にしまわれた球を鋏に変え、生命の糸を切るだけで終る。


「シザンクルスでも・・鋏でも・・」

「やだー。」

『くくっ』


真剣な少女の言葉に、男はまるで駄々をこねる子供のような声で言った。

その言葉にシザンクルスは笑い声を上げる。


「・・お前、それでも人形師か!」

「そうだよ。ヴェスタ家現当主の直系の孫、ヴェスタ家の人形師さ。」

「人形師の家系に生まれ、人形を壊す役目にあるお前が・・」


怒るように少女が言うと、シザンクルスはますます可笑しそうに笑う。

その声に男は失礼だよ、と笑いながら意味なく注意を促す。


「・・私はもう、・・」


死にたいの、と続く言葉が花びらと共に舞う。

赤い赤い花びらが、世に惑うことなくただ己の意のままに咲き乱れ。



「嫌だ。」



その吹き出る花びらの合間から、男の低い真剣な声が響いた。

真っ赤な花びらが少女から零れるのをやめると、少女の視界に冷たい目を見せる男が映る。


「な・・」

「嫌だ、って言ったんだよ。」


驚く少女にシザンクルスの声が響く。


『この世界は変わるのよ。ライズの手によって、全てが。』


綺麗な声に少女はただ呆然と二人を見ていた。

赤い炎に包まれるシザンクルス。ヘラヘラと笑っていたはずの男の真剣な表情。


「俺は人形に憎しみはない。まして君みたいな女の子に鋏を向ける趣味もないんだ。」


女の子。少女がそう呼ばれたのは、もうずいぶんと昔の事だった。

男が自分を人形としてではなく、ただの人間として会話しているのが少女には分かった。

心地よい言葉と、当たり前に与えられる名称。

少女から奪われたそれが、男によって再び与えられた。



「私は・・人形だ!」


心地いいと同時に少女を襲う哀しみ。人間ではなくなった自分と、人間である男。

時のない人形と、時の中に生きる人間。

そんな当たり前の事が、少女をきつく締め付けた。



「何で私を壊さない!」

「じゃあ逆に聞くよ。・・・何のために君を殺さなきゃならない?」


真剣に揺らぐことなく男の眼は少女を見た。

少女の周りに散った花びらがまるで赤い絨毯のようになっている。

その花びらは静かに風に運ばれて、少女のもとを去っていく。


「ここに人形師がいて、そこに人形がいるから?」


俯く少女に男は優しく問いかける。春の太陽が暖かな風を作り出し、少女を纏った。

ふわりと薔薇の香りと花びらが静かに漂う。


「どうして・・私を殺さない。どうして私は・・死ねないの。」


幾度も願ってきたこと。

ようやく眠れる。そう思っても結局は死ねない。少女はそんなふうに過ごしてきた。

時間もない毎日をただそんな事を考えながら、ずっと。



「君に、生きる価値があるからだよ。」


シザンクルスにそっと触れ、優しくなでながら男は言った。

何でもない、小さな呟きに少女は俯いていた顔を上げ、その背を見つめた。

そんな少女の視線に目を向けてシザンクルスにまたがると、男は目を細め優しく笑った。


「それじゃぁ、またどこかでね。」


空を舞う紅き炎の欠片。

その炎と風に引き付けられ宙に浮かぶ赤い花びらを、聖なる炎が焦がす。

それからシザンクルスはその炎を燃やし、熱風を作り出すとそのまま空へと消えて行った。


答えはないまま、少女はまた針の動かぬ日々に戻った。


何故人と人形が争うのか。

神が創った元は同じ命が、ただ憎しみの連鎖を重ね殺しあうのか。


その問いに答えなど在るのだろうか。


少女は男とシザンクルスが消えた蒼い空に紅い薔薇を散らして見上げた。

青の空に映える赤の花びら。


「生きる価値なんて・・」


誰も聞えない声で少女は静かに呟いた。

心に響いた、彼の言葉を。



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