第10話
朝日が街を明るく照らし始めると、人形達は闇に隠れ静かに眠った。
もちろん人形の全てというわけではない。ただ人形のほとんどは闇に生きることに慣れるために、そうなるのだ。
人形の中にはもちろん昼型もいる。姿を隠して街にいくこともあるし、普通に生活している者もいる。
しかしそんな人形でも、やはり人への恨み辛みは大きく存在している。
「あの人形師・・」
朝日が似合う白い肌に蒼い目の白百合は言った。
赤薔薇はフワリとその少女が座っている時計台の上へと舞い降りて彼女の言葉を拾う。
茶色のレンガでしっかりと組み建てられた、時を刻む街の大きな時計台。
100年以上昔から建っている時計台は、今までにただの一度も止まった事はないという。
狂うことなくその時をただ刻々と刻み、人に時の長き短きを訴えて、正確に精密に針を動かす。
その上に座るとレンガはひんやりと、少女を受け入れた。
「もうすっかり傷は癒えていた。さすがはヴェスタの血を継ぐ者。」
心配する事はない、そんなふうに赤薔薇は静かに言った。
あの日から何日か遠巻きにライズの様子を窺っていたのだ。
「そっか。」
短い返事をする白百合の声はどこか安堵を見せる。
人形師を守り、人形師に守られた人形。その噂は一日という時間を費やす事もなく、人形達に広まった。
もともと変わっていると思われていた二人は、人形達の恨みさえかうようになっていた。
「気になる?」
「え?あ、そういうわけじゃないよ。・・・て言っても分かっちゃうよね、赤薔薇には。」
そういって白百合は可愛く笑った。そんな彼女に風が吹く。
朝日に愛された春の風が、人間に愛された暖かな風が、生きとし生けるものを愛して。
「生きてくれないか、と言った。・・一緒に生きてくれ、と。」
「人形と人間がかかわり合う事なんて、無理なのに。」
「そう。・・そんなことありえない。憎みあうもの同士が共に生きるなんて。ただの理想社会でしかない。」
時計台の針がカチンと大きな音で動いた。
「死ね、と言わない人形師だったね。」
白百合の言葉に赤薔薇は花びらを舞って言った。
「生きてくれないか、と言う人形師。・・・あいつはあの時からずっと。」
「あの時?」
彼女から舞った花びらが風に吹かれて飛んでいく。
蒼い空に映える赤く小さな花びら。
「そう。」
朝日に照らされた時計台、時を司る者。人形とは関わり合うことのない存在。
闇に堕ちたその日から、時間を奪われ、時を刻むことなく生きる人形達。
「初めて会ったあの時から。」
そんな人形である彼女に、時を刻む人間が触れた。
大きくしっかりとしていて、その手には無数の傷があり、人間なのに少し冷たい優しい手が。
『君に、生きる価値があるからだよ。』
死にたいと願い続けた少女に囁かれた言葉が、少女の中で何度も何度も響く。
赤薔薇は静かに目を閉じて、その男と出会った時のことを思い浮かべた。
全てが変わると言ったシザンクルスに、ほんの少しの期待を寄せたあの日を。
その耳の奥に彼の望みを聞きながら。