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イリスの杖  作者: プレオネ
第二章
9/15

戦いの中

何度も何度も反響して、鼓膜が破れるかと思えるくらいの音が響く。岩が落ちる。砕ける。それが幾千と繰り返されていく。地面が揺れる。地響きが大地に怒りのように全身に伝わる。




しかもそれがルリちゃんのいる、出入り口の方向から。


見れば入り口が物凄い音を立てて崩れていく。


「く......なんだ?」


ようやく揺れと音が治った時、今度は悲鳴が響き渡った。甲高い、さっきの音よりももっと胸をかき乱して心を抉るような叫び声が。


ルリちゃんの声.........!


「ルリ!!」


エンジくんはもう剣を抜いて走り出していた。カズユキくんも。


私は数秒遅れて走り出した。



ルリちゃんの身体は宙に浮いていた。苦しそうにもがき、必死でそれを引き剥がそうとしている。


それは人の腕だった。ルリちゃんの首を片手で締め上げている、どこかで見たことのある男。


そこにカズユキくんが先に着いた。ほんの一瞬だけ男とルリちゃんを交互に見て、巨大な剣で男に切り掛かる。


でも男は、もう片方の......手.........のような......私には鋭い巨大な爪のように見えるもので受け止めた。


「......嘘」


しかし男はビクともしない。姿勢を一切崩さずに片手で、カズユキくんの攻撃を受け止めている。


カズユキくんはちらっとルリちゃんの方を見る。さっきまで激しく動かしていた手が弱く、ただ引っ掻いているだけのようだ。


「テメェ!離しやがれ!」


続いてエンジくんがカズユキくんの背後から、ルリちゃんを締め上げる手に向かって直接剣を突き出す。


そして腕を貫いた。


「......な......なんで離れないんだ?!」


だけどルリちゃんを締め上げる手は緩むどころかさらにきつく喉元を潰そうとしているようだった。そしてルリちゃんは、まるで魔力が途切れたように身体の動きを止める。


「う......!」


するとカズユキくんが押し負け始め、足を引きずりながら少しずつ下がっていく。



「ちっ!フリクエンス・ブースト!」


エンジ君が叫んだ。


その瞬間、男の腕が血飛沫をあげて吹き飛ぶ。


エンジくんの得意魔法の一つだった。剣を超高周波で振動させ、あらゆるものを斬ってしまう。



「ホノカ!」


「う、うん」


宙に舞うルリちゃん。


「うわっぷ!」


それを受け止める、なんてことはできなくても、落ちてくる無防備なルリちゃんを受け止めるクッションにはなれる。


「ルリちゃん!」


ギュッと身体を押し付けると、心臓の音が伝わってくる。よかった。まだ......


「ホノカさん!ルリさんの喉!」


するとカズユキくんがこっちに向かって叫んだ。


......え?


見ると、切り離された腕がまだルリちゃんの喉元を握り締めている。まるで本体とは違う生き物のように。


引き剥がそうとするけどまるで大岩を動かそうとしているようにビクともしない。刀を突き立ててるけど、血がただただ溢れて飛び散るだけで、何も起こらない。


「ど......どうしたら」


このままだとルリちゃんが......ルリちゃんが、死んじゃう。


必死で刀を動かす。どんな構造をしてようと筋繊維が断絶されれば力は入らない。はずなのに......。


「なんで......なんで!」


力は一向に緩まない。もう服が返り血で真っ赤に染まっている。なのに血は止まらないし、まるでただ血の塊を抉っているだけのよう。


ルリちゃんの顔がどんどん青くなっていく。


どうしよう!どうしよう!


このままだと本当に、死んじゃう。



《感電してしまうと身体が固まってしまう。これは筋肉が電気信号によって動いているからであり、過剰な電流によって筋細胞が痙攣するからである》



頭に過ぎった何かの記憶。言葉?それとも文章?わからないけど、本当なら。


......ごめんルリちゃん。


「我が魔力を喰らいて暗闇を照らす一筋の迅光と成れ!ライトニング・ボルト!」


血に濡れた腕をつかんで、直接電圧をかける。

すると腕はビクビクと陸に打ち上げられた魚のように動き始める。さらにそれは、腕ほど大きくないが、ルリちゃんにも伝わってる。


「ごめんルリちゃんごめん!後でなんでも言うこと聞くから!」


そして電流を止めると、腕は生気を失ったようにぼとりと落ちる。


「ルリちゃん......!」


急いで胸に手を当て、口元に耳を持っていく。


聞こえる。確かにそれが、ルリちゃんの命を伝えるように。


「良かった......本当に」


「ホノカ!ルリは無事か?!」


そこにエンジくんの叫び声が響く。頭が今の状況を再び理解する。


「うん!大丈夫!」


「だったら少し離してからこっちに加勢してくれ!俺とカズユキだと抑えられない!」


エンジくんとカズユキくんは二人で攻撃を抑えてる。それでなんとか互角だ。


「わかった!」


急いでルリちゃんを引きずって壁際に寄せる。


「ごめん。待ってて」


そう言い残すと、血塗れになった刀を右手に持ち直しエンジくんの方向に走り出す。


目の前ではもうすぐ突破されそうに、カズユキくんとエンジくんが歯を食いしばっている。


そこへ、カズユキくんの背中に隠れながら接近する。敵の死角をつき、ギリギリでカズユキくんの大きな身体を避けて切り掛かる。


男は気づいてなかった。その顔がはっきりと目に映る。


この人......!


右肩に向かって刀を突き出す。死角からの奇襲は相手に防御を許さず、敵を捉えた。


だけど感触が全然違った。まるで鉄の塊に斬りつけてるような、鎧とかじゃない。壁みたいに分厚くて重たい金属塊のような感覚が両腕に走る。


その時私は男を、初めてきちんと見た。落ち込んだ瞳。薄汚れた肌。黒くて不幸そうな顔。でもそれは、記憶にあるその姿と全く違う。


真っ赤な鱗がビッシリと男の右顔半分を覆っている。そしてそれは首、肩、そして多分、服に隠れた腕も全部覆っている。


「......この人!依頼主の」


「ああ。.........一旦下がるぞ」


その声と共に、一斉に私達は離脱する。多分1人でも足りていなければ押し負けている。


男の、ロッド・ロイドの爪はとても鋭利で、鋼色をしていた。そしてその表面には、明らかに後からついたのであろう黒いシミ。



「......どういうこと?あの人は依頼主の」


カズユキくんは呟いた。


「......誘い出したってところか。洒落たパーティーを予定してくれたな」


エンジくんが悔しそうに言う。さっき振動剣で切った時のか、頰に返り血が付いている。


私は男の、ロッド・ロイドの言動を思い出した。


「......あの人の依頼、おかしかった。普通黒死病は死ぬ間際に身体が真っ黒になるの。だから黒くなってるなら......もう死んでるはず」


「なるほど。じゃあまあ、ホノカが何も相談しなかったことは置いといて」


エンジくんは剣を両手に持ち直す。

少し、怒ってるようだった。


「......ホノカ、肩を斬りつけた時どうだった?」


「なんか、金属の塊を斬ろうとしてるみたいだった。......どうしよう」


チラッと見るとエンジくんは目まぐるしく考えているようだ。


「左半分には普通に通ったが.........、骨を砕いても筋繊維を斬っても止まらなかった。あれじゃあもう人じゃない」


うん。もう見た感じ人じゃない。でもその表情はイキイキとしていて、地上で見た時よりも人間味があるのは確かだ。


「.........おいあんた!これは一体どういうことだ!」


エンジくんが呼びかける。だけど男は何の反応も見せずに突っ立っている。


「どういうことだって聞いてんだよ!」


エンジくんがさらに大きな声で叫んだ。


すると男はほんの少しだけ重出れる。身体をビクビクと震わせる。まるで蝶が脱皮する瞬間のように。でも再び持ち上げた顔は美しい羽とは程遠い、笑みだった。


「キャハ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!良い!良い!良いよぉその顔!その顔が欲しかったんだよ!まさしく当惑の表情!やっぱリアルなその顔は演技なんかじゃあ絶対味わえないよなぁ!」


不自然に高い、まるで違う生き物のような声で男は笑う。


「騙されたってことに気づいた時のそれは本当にたまんないよなぁ!特にそこの美形な少年!俺の好みだよぉ。幼さを残しながらも果敢に大人になろうとするその顔立ち。きっと辛かったろうね?しんどかったよね?!遊びたかったよね?!!いろんなことを我慢して頑張ってきたんだよね?!!!その顔が真っ赤に弾ける瞬間が限りなく俺を昂らせてくれるんだよ!!!!!」


背筋がゾワゾワして、首筋に冷たいコンニャクを垂らされたみたいな感覚が走る。とにかく、気持ち悪かった。


「なにこの人...怖い」


「大丈夫だ落ち着け」


エンジくんは優しく小さな声で私に声をかけた。そして再び男を見て、


「......言葉が通じるようで安心したよ。それで?お前は一体何が目的なんだ?」


「ん?ん?ん?さっき言ったよね?親切だからもう一度教えてあげる。君達が赤く染まるところが見たいんだよ!」



「......来る!」


エンジくんが言った。


エンジくんよりも、ずっと早い速度で接近してくる。


「もう一度同じ手で行くぞ。ホノカ、次は左足だ」


エンジくんは冷静に相手を見ながら囁く。

それに頷き、一歩後ろに下がる。


「さあ!レッツショータイムだ!」


掲げられた鋼色の爪。それがエンジくんの顔にまっすぐ振り下ろされる。


再び、火花が飛び散るかと思うほどの金属音を立てて、エンジくんとカズユキくんが受け止める。


そして私はさっきのように、カズユキくんの背中から相手の死角をつき、男の左踵を、


「ざーんねーんでした」


男はその場に飛び跳ねた。刀が空を切り、私は完全に無防備になる。


「ほら、油断したらいけないんだ」


男はそのままカズユキくんの頭に向かって膝蹴りをする。


「この!」


エンジくんがその隙に剣を突き出すが男はそれを爪で払うと、もう一度、空中で蹴りを放ち、エンジくんを吹っ飛ばす。


私は動けなかった。みんなが吹き飛んでいくのをただ見てるしかなかった。


「まずは1人目」


その鋭い爪が、幾人もの命を屠ってきたであろうそれが迫ってくる。





「やーめた」


でもそれが届くことはなかった。私の眼球数センチ手前で止められる。


「好きなものは先に食べちゃいたいの」


衝撃が走った。肺から一気に空気が抜け、内臓が揺れる。身体が宙を舞い、何メートルも吹っ飛ばされ硬い地面に叩きつけられる。


ただロイドは蹴り飛ばしただけだった。でもそれだけでとんでもない威力。


「う......く」


頭が揺れる。視界もぐるぐると。息が吸えない。そして喉を突き抜けるような気持ち悪さと酸っぱさに。


「ホノカ!」


嘔吐してしまう。黄色い液体が地面に散乱する。


「だってそうだろう?先に食べたほうが幸せなんだよ。幸せなままの食事はなんでも美味しいって言うしね。そうだろう?暖かい家庭のご飯は貧乏くさくても美味しそうじゃないか」


むせかえるような匂いが立ち込める。まだ、戦える......けど、カズユキくんも今は動けなさそうだし......エンジくん1人じゃ......


「というわけで、先に君を、エンジくんを赤く染めて美味しく食べてあげるね」


エンジくんの方に走っていく男。


まずい。ここだと雷撃魔法も射程圏外......





「我が魔力を喰らいて邪を滅する光となれ。レイ・アブソリュート」


その時声が聞こえた。瞬間、一筋の光が目に入る。明るいこの空間の中でも光り輝く一線の光。それが男にぶつかり吹き飛ばす。


「我が魔力を喰らいて万物を捕らえる光となれ。レイ・キャプチャ」


今度は光が空中で数本に別れ、男の周囲に突き刺さる。


「な、何なんだ一体!」


男は爪で光の筋に当てに行くが、すり抜けた。そしてより一層光り輝き、青色の膜のようなものを発生させた。それがまるでシャボン玉のように男の周囲をすっかり囲ってしまう。


「誰ですの?こんな血生臭い匂いを出しているのは」


金色の髪がまばゆい光に反射する。


「......エンジ。どういうことだこれは」


夜色のローブを身にまとった冷たい目をした少年が問いかける。


「ジン君......コトネさん!」


多分今まで二人を見てこれ程嬉しいと思ったことは無いと思う。二人の周りには散らばった瓦礫がある。無理矢理崩落した入り口をこじ開けてきたのかもしれない。


「あら、ルリさんは気絶していらっしゃるの?これでは張り合いがありませんわね。ホノカさんは......あらあらまあ撮影したいような光景ですわ」


「ジン君、コトネさん!お願い助けて!」


もうコトネさんの言葉だって気にならない。いや、元々あまり気にしてなかったけど、今はそんなことどうでもいい。


するとコトネさんは、やれやれといった表情を作り、ジンくんはチラッとだけこっちを見た。


「別にお前らを助けに来たわけじゃ無いしする気も無い。目的がここにあるだけだ」


そう言ってジン君は巨大な槌矛を両手に構える。自分の身長ほどもある長い持ち手にはトリガーのような取っ手が付いている。そしてその先には、重厚で堅牢な、藍色に輝く巨大な結晶が取り付けてあった。


「我が魔力を喰らいて邪を滅する光となれ。レイ・リレイト」


光がまるで細長い魚のようにジン君の周りを泳ぎ始める。


「行け」


槌を向けるとその光の魚はまるで意志を持っているようにロッドに向かう。


一方ロッドは光の檻を抜け出そうと鋼色の爪で切りつけ続けていた。しかし恐らく支柱であるひときわ輝いて地面に突き刺さる部分は、爪をすり抜け、ロッドを取り囲む膜のような光は、頑としてそれを通さなかった。


「この!この!出せ!!出しやがれよ!!」


ロッドは必死で叫ぶがどうにもならない。


「うるさい。邪魔なんだよ」


光の魚はほんの一瞬、檻の周囲を漂う。そして一気に襲いかかった。


「熱っ!この、邪魔するな!」


致命傷を与えてはいない。右側の鱗部分には光自体通ってないし、まだ外見は人間の姿を保ってる部分も、貫かれても動き続けている。


でも相手だって神経が無いわけじゃ無い。多分着実にダメージを与えてるはず......。


「......この感じ......ジャヴァウォックの甲殻みたいだな」


ジン君がつぶやいた。


「...まあ、やることは一つだが」


ジン君は槌の先を複雑に動かし始める。


すると二匹の光の魚がピタッと止まり、何かを探しているようにウロウロとゆっくりと動く。


そして再び、止まったかと思うと、比べ物にならない速度で、ロッドに向かう。それは真っ直ぐに、ロッドの瞳に。


「う、うギャァぁぁぁぁぁ!!目が、目がぁぁぁぁぁ!!」


ロッドは叫んだ。


「どんな生き物だろうと、眼球だけは潰すことができる」


ジン君はそう言って槌を下ろす。息を吐き、額にわずかについた汗を拭う。




「......ジン」


エンジくんは少しの間ジンくんを見ていたけど、すぐに目を逸らして私の元に駆け寄る。


「大丈夫かホノカ」


「う、うん。大丈夫......あの......そこ汚いから......」


「ああ、立てるか?」


「うん。ありがとう」


エンジくんの手を借りて立ち上がる。


「カズユキくんは、大丈夫なの」


「ああ、ほら」


カズユキくんは頭をかかえてるけどふらつくこともなく立ち上がった。


「それよりも......あいつら」


エンジくんはジンくんの方を睨みつける。悔しさが瞳に宿っていた。


「あらあら、男の嫉妬は醜くてよ。素直に感謝するのが美しいわ」


コトネさんがやってくる。綺麗な金色の髪がゆらゆらと揺れている。あれだけの洞窟を抜けてきたのだからもっと汚れていてもおかしく無いはずなのに、彼女の衣服は新品同様だ。


「エンジ、翠花はどこにある」


ジンくんが尋ねてくる。エンジくんは多分いつもなら「なんでお前に」と言いそうだけど、今はそんなこと言えなかった。


「ほら、これだよ」


そう言ってエンジくんは、すっかり乾燥して手のひらに収まるほどの大きさになった翠花を放る。


「......お前らはいいのか?」


受け取ったジンくんが不思議そうに聞く。


「ああ、もう必要なくなっちまった」


エンジくんがそう言いながら、檻の中に閉じ込められ、目を押さえ悲鳴を上げている男を見る。エンジくんは悔しそうだった。多分、自分に対して悔しいんだろうと思った。


それを見てジンくんは納得したようで、哀れなものを見るような目でエンジくんを見る。


そしてその目を少しだけ輝かせて、期待を全く込めない目でこう言った。


「エンジ。俺達のパーティーに入らないか?」


......え?今なんて。


エンジくんの方を見ると、無表情でジンくんを見据えている。


「そこにいるカズユキも、ルリも、......ホノカでさえ論外だろお前にとっては。いつまでもこんなおままごとやってる場合じゃないだろ」


論外......


その言葉がまるでスプーンでメロンをくり抜くように、心を抉りとる。


劣等感が膨れ上がる。《役立たずの白髪》という言葉が自然と思い出された。


わかっていた。わかっていたけど。エンジくんがどこか私達に合わせてるような気がしていたけど、でも......。


「嫌だ......」


「え?」


ジンくんとエンジくんがこっちを振り向いた。


わ、私何言って......!そんなこと言える立場じゃ無いのに。エンジくんが望むなら、エンジくんが望むとおりにしてあげなくちゃ。私には何か言う資格なんて......。


「ありがとうな。ホノカ」


「ふぇ?」


エンジくんの目はとっても、嬉しそうだった。まるで生まれて初めて褒められたように。


「ジン。その全然ありがたく無いお誘いは遠慮しておくよ。今はお前の目にはそう映っていても、いつかは俺らのパーティに入れてくれって泣きついてくるようになる」


エンジくんは自信満々に言い切った。


するとジンくんは眉一つ動かさずに、ほんの少しだけ肩を落とした。だけど特に何も思っていないようだ。ある程度この展開を予想していたようだった。


「......そうか。まあそれでも......だからこそ、ホノカにとっては......いいのかもしれないな」


「ジン。早く出ましょうこんなところ。髪の毛が湿気てしまうわ」


コトネさんは自分の髪を愛おしそうに撫でながら呟く。


「......おい、この男はどうするつもりだ」


エンジくんは尋ねた。流石にここに放っておくわけにはいかない。いずれジンくんの光魔法は解けるだろうからまた被害者が出るかもしれない。




「そうだな......賞金首になっていれば良いんだが......だが......連れて行くのは難しいな」


ジンくんは悩ましげに言った。


「コトネ。魔力を吸収できないか。嫌ならそれでも......」


「嫌よ。こんな魔力私は取り込みたくありませんわ」


コトネさんは遠慮のえの字もなく即答する。


「......ならそれで良い。こちらで処理する」


そう言ってジンくんは光の檻の中に近づいていく。


檻の中では視力を失った男が必死に抜け出そうと爪をふるっている。だがそんな事をしてもジンくんが作った光は一切壊れることがなかった。


「この甲殻を破壊するには、やはり......あれしか無いか。試してみるのもちょうど良い」


ジンくんは槌の先を地面につけて、目を瞑る。


「我が魔力を喰ひ、その加護の元に我に全てを照らす力を分け与えよ」


詠唱していくと槌が輝いていく。しかも今度は青白い、スパークのような光だ。


「我が骨を喰ひ、力に形を与えよ。我が肉を喰ひ力を現空間に現出させよ」


エネルギーがさらに高まり、まるで小さな太陽のように輝き出す。


「我が命を喰ひ、我が力となれ」


ジンくんは槌を天井に向ける。その瞬間、光の塊が天井近くに移動し止まる。

本当にそれは太陽。いや、青白い分、もしかしたらもっと高密度で高エネルギーかもしれない。


「ホノカ、これ、前のお前のとこのギルド長が使ってた」


......え?


「ホーリー・レイ・レイン」


その瞬間、その光が、太陽がそのまま星屑に分解されたように、その塵一粒一粒が太陽のように、小さく細い粒子となる。

綺麗だった。まるで空満点に星空が瞬いているようだった。

そして、一気に、流星群の如く全ての粒子が、目を潰されその光景すら見ることのできない男に向かって無慈悲に、或いは一瞬で葬るという意味では慈悲深い光が、襲いかかった。



やっぱり私はそれを綺麗だと思った。不謹慎だけど、ロッドは絶対に死んでしまうというのに、それがどこまでも。あれがもし、あの光のもとで照らされるのが彼なら。もしかしたらフードさえ貫くような光が、彼の素顔をきっと。



『ホノカ!何ボーッとしてるの!』


すると突然心の奥から響くような声が聞こえてくる。


「キリカ?どうしたの。慌てて」


『どうしたもこうしたも!すごく黒いのが近付いてる!信じられないくらいにどす黒くて真っ暗な奴が!』


「黒いって......一体何が......」


その時、一瞬だった。気づいたのは、その事象が起きたからだった。

目の横をかすめる黒い筋。余りにも早過ぎて何だったかは認識できていない。

でもその瞬間、まるで光を包もうとするように、突然、空間が暗く染まる。


刹那、見えたのは、光が落ちる瞬間に見えたのは、巨大な穴だった。黒く暗く混沌とした深い闇を持った巨大な穴。平面にできた穴じゃ無い。球体の、空間上にできた3次元の穴だった。


直後、視界が暗転する。闇があらゆる光を、神々しい、太陽のような青白い光でさえ飲み込んだ。



『ホノカ。しっかりして!見えなくなったわけじゃ無い!』


その声にハッと我に帰る。何度か瞬きすると、確かに見える。ルリちゃんが最初に打ち上げてくれた光はまだある。


隣を見れば、エンジくんとジンくんが信じられないものを見るような目をして、消えていった光があった場所を見つめている。


「......みんな!あそこに!」


カズユキくんが指差す。カズユキくんだけがコトネさんも含めて誰よりも動けていた。既にルリちゃんを抱えて、指差した場所から遠ざかっている。


「......馬鹿な......最上級魔法だぞ。それが、こうもあっさり」


だがジンくんと茫然自失といった表情で、自分の手と槌を見つめている。彼はそれが、彼自身だからこそ、最上級魔法を破られるということがどれだけのことか理解してる。


「......!ジンくん後ろ!」


彼の後ろに爪を構えてまっすぐ突き進む人影。


......なんで?見えてないはずなのに。


それは間違いなくジンくんを狙って突き進んでいた。

ダメ......私だと間に合わない。





「......!!馬鹿!後ろを......!ちゃんと見とけよジン!」


受け止めたのはエンジくんだった。


「ん?ん?ん?エンジくん??!この臭いはもしかしてもしかすると確実にエンジくんだ!!もうこの際見えなくてもいいから、その感触と血の味だけ楽しませてくれ!」


男はギリギリとエンジくんを押し込んでいく。


「おいジン!ボサッとしてないで......!」


その瞬間、ロッドの周囲に暗闇が出現する。それを感じたロッドは恐怖に身体を震わせる。


「ま、待て!まだ......!」


ロッドは叫んだ。まるで何かの審判が下るかのように。


するとロッドは闇の中に包まれ消えていった。


「......ジン、お前がやったのか?」


剣を下ろし振り返るエンジくん。だけどジンくんはゆっくりと首を振る。




「「お遊びはここまでだよ」」


突然、いやカズユキ君が指差した方向から声が響き渡る。


完璧に同時に言ってるけど、二人。それも声質が異常な程に高い。それはまるで、小さな子供の声。


そしてその側にロッドもいる。恐怖に身体を打ち震わせ、やめてくれやめてくれ、と口ずさんでいる。


「ロイド。君の役目は回収だったはずだ」


「なのに殺し方ばっかり固執しちゃって」


「もうちょっと遊び方を......じゃなくて効率の良い回収方法でも見つけようと努力しようよ」


「でも、ちょっともういいかな。ノルマは達成したし。この場所にはお別れだ」


薄暗くて見えにくい。でも...


「双子の子供?そんな方がどうしてこんな場所にいらっしゃるの?」


コトネさんが言った。目の色が変わっている。多分強化魔法で視力の強化を行っている。


「「ん?」」


こっちを振り向いたようだった。


すると、ようやく私にも見えてきた。そこには確かに小さな、白い髪をした小さな、本当に小さな双子の男の子が立っていた。見分けがほとんどつかないくらいに酷似している。そして纏っている服はボロボロで、まるで奴隷用の服みたい。


「ああ、そっか。ロイドが呼び出した人達か」


「凄いね。特にそこの黒いローブを着たお兄さん」


「最上級魔法なんて食べたの本当いつぶりだろ」


「美味しかったよ。だけどちょっと重すぎ。戻しそう」


「うん。だからごめん古典的な方法で」


「「殺すしか無いや」」


その声は低く、残酷で容赦の無いものだった。腰から小さな、ルリちゃんが使っているのよりもさらに小さなナイフを一つずつ取り出す。


『気をつけてホノカ。あいつなんか......嫌な予感しかしない』


キリカは震えた声で言った。言われなくても気づく。それぐらい私も怖かった。




「待ってくれ!!あれを殺させてくれ!あれの赤い血を浴びたい!飲み干したいんだ!」


男は必死に、まるで魚が水を求めるように訴えた。


「うーんどうする?」


「ちょっと気持ち悪く無い?」


「激しく同意。でもちょっとぐらい情けをあげても」


「まあサージェがそう言うなら」


すると一方の男の子が1本の黄色い液体が入った注射器を取りだす。


そしてもう一方の子が両手を動かすと、ロッドの後ろに黒い球体が現れ、ロッドを取り込む。


その瞬間、目の前に突然黒い球体が現れその奥からロッドが這い出てくる。


「さあさあさあさあ!!僕が綺麗にスライスしてあげるよ!脳も肺も骨も肉も何もかも!僕が全部......」


「えい!」


勢いよく投合された注射器はピンポイントでロッドの首筋へ。


「え?」


ロッドはほんの一瞬わけがわからなかったようだった。だけどピストンが勝手に動き、体内に注がれた瞬間、突如悲鳴を挙げる。


「「あれ?分量間違えた?」」


双子の男の子は笑った。



「ひぎゃあああ!!やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!た、頼むから助けてぇぇぇぇ!!!」


男の姿がみるみるうちに変わっていく。身体が鱗の部分も含めて、ぐずぐずのスライムのように溶け出していく。口から、目から、鼻から、灰色の液体が溢れ出てきて止まらない。


「なんですのあれは。気味悪い」


コトネさんが口元に手を当てている。私も酸っぱい味が再び口内を満たしていくのを感じた。


「だず.........げ.........で」


骨がなくなったかのように、身体が崩れていく。皮膚も爪も歯も内臓も、何もかもが灰色のドロドロの粘液の中に取り込まれその姿を消していく。



「なにほおけてる!攻撃するぞジン!コトネ!」


その声と共にハッと我に帰る。そうだ。今倒さないときっと一層悪い状況になる。


「フリクエンス・ブースト!」


エンジ君が右斜め下に斬り払うと、その粘液の塊は確かに真っ二つに切れる。でも、すぐに何事もなかったかのように融合してしまう。


「我が魔力を喰らいて邪を滅する光となれ。レイ・アブソ」


「そんなことさせない」


突然現れた黒い球体。その中から、双子のうちの一人がナイフを構えて現れる。


そのナイフの切っ先が当たる瞬間、紙一重でジン君はナイフを躱す。だけどまだ、追撃がくる。


「うあああああ!」


「...!カズユキ」


カズユキくんが大剣を、二人の間を分断するように叩きつける。男の子は余裕で躱したけど二人の距離は離れた。


私も戦わなくちゃ。


ドロドロの液体が射程距離に入ってる。エンジくんの攻撃には干渉しなかったけど、ジン君の魔法は妨害した。ということは魔法攻撃なら有効のはず。


「我が魔力を喰らいて暗闇を照らす一筋の迅光と成れ。ライトニング・ボルト」


雷撃が放たれる。


「我が魔力を喰らいて眷属の力をなせ。グロース・ファースト」


その横から一瞬信じられなかったけど、コトネさんが魔法を放った。

魔法陣が私の放った雷撃の直線上に発生し、通った瞬間、雷撃が増幅した。


直撃し、灰色の液体から一気に白い蒸気が発生する。


それと共に鼻をつくような刺激臭が辺りに立ち込める。


「やったのか?」


エンジ君がつぶやいた。もくもくと立ち込める煙が晴れていく。


「う、うがあ”あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁ!!!」


ドゴン!と地面が揺れうごく。


もうそこに人の姿はなかった。赤い鱗に半身を覆われた半人間ですらない。ドロドロの灰色の液体の塊が、カズユキくんの何十倍もの大きさになってそこにいた。

それはまるで巨大なスライム。だけど決定的に違うのは、形がスライムのように球形でなくゴツゴツとまるで岩肌のよう。そして目は無く、口のように、液体を動かして叫んでいる。


そこにいたのはただの怪物だった。


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