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イリスの杖  作者: プレオネ
第二章
7/15

新たな一歩

そこは悲鳴と嗚咽が入り混じっていた。

暗い部屋の中、誰もが虚ろな瞳のまま、もう涙さえ枯れ、苦しみと希望の枯渇に叫び声を上げる。


見渡す限り、人人人。巨大なビーカーの中に浸された者もいれば、空中でダラリと舌を垂らして呆然としている者もいる。気絶は許されていない。延髄に直接埋め込まれたチップが脳の電気信号の全てを支配している。


その中で一際多くのケーブルとチューブが伸びた少女がいた。埋め込まれたばかりのちからは拒絶することなく身体に馴染み、少女の遺伝子を書き換えていく。それはこの数百、数千といるモルモットの中で唯一の成功作品であった。









































「ルリ!そっち行ったぞ!」


深い森の中で、エンジくんは叫んだ。茂みの奥にいてその姿は見えてないけど、剣の音も一緒に聞こえた。


「わかってる!」


私の前にいるルリちゃんも大声で返す。普通よりもやや小振りな剣を取り出し構えた。


「ルリちゃん後ろ!」


その時ルリちゃんの背後に影が近づいてた。

だけどルリちゃんはそれをわかっていたようで、


「大丈夫や、ホノカ。カズユキ!」


その瞬間、毛むくじゃらの巨大な物体が宙を舞う。


ニードルマウス

ヌートリアほどの大きさで全身にビッシリと尖った体毛を生やしている。

低級の魔物だが素早く、硬質な毛は毒は無いものの刺されば大怪我間違いなしの鋭さを誇っている。


ルリちゃんはそっちを見ずにただ、さっきエンジくんに言われた方だけを見ている。

そして、ニードルマウスの棘がルリちゃんに触れる直前、その丸い体躯は血とともに真っ二つに切断される。


「や、やった」


大剣を振り切ったカズユキくんは小さく感嘆の声を上げる。



一方ルリちゃんはもう一匹のニードルマウスに狙いを定め、剣を構えている。

ニードルマウスは身体中に生えた鋭利な棘を向けて空を飛び、突進した。


その瞬間、ルリちゃんは身体を捻りその小さな身体の急所に的確に刃を通す。


ニードルマウスは切られたことにも気付かずにしばらく警戒の目を向けていたが、やがてその目は生気を失い倒れた。





「しっかし、さっきからニードルマウスばっかやんか。こんなんやったら、もっと奥にも進められへんし」


ルリちゃんは手でクルクルと剣を回しながら呟く。


その時、一瞬血が、返り血でない血が飛ぶのが見えた。


「ルリちゃん血が」


そう言って指したところは小さく切り傷になっている。


「ああ、さっきかすったんかな。ええてこんなん。ツバつけとけば治るしな」


そう言って何でもないように離れようとするルリちゃんの手を掴んだ。そして怪我した部分に掌を当て、


「我が魔力を喰ひて無垢の傷を修復せよ。ヒール・ファースト」


若草色の光が傷口を包み、癒していく。


「ルリちゃん」


珍しく強い語調になった気がした。


「......そんなこと.........言わないで」

だが直ぐにでしゃばったかな、と思ってしりすぼみになる。


ダメだなぁ、こういうことってどうやったら言えば......と後悔しているとルリちゃんは感情を察してか優しく微笑み、


「いやぁ、うちはホノカが隣にいるだけでええからなぁ。だって柔らかくて良い匂いがしてほんまうっとりするからなぁ」


そう言って、いつもなら擦り寄ってくるけど今日は頭を撫でられた。






「みんな、大丈夫か」


するとエンジくんが枝を掻き分けながらやってくる。服に棘が所々刺さっているが怪我はしていないようだ。



「大丈夫やで。ただこんだけ多いとえらくてしゃーないなぁ」


「確かに。普通ニードルマウスはもっと奥地で暮らしてるはずなんだけど............何かあったのか?」


エンジくんはそう言って足元に落ちている死骸を見る。


「行ってみる?」


カズユキくんが言った。


「いや、やめておこう。ここまでかなり連戦だったからみんな疲れてると思うし」


「そっか〜。ホノカも辛いやろうか」


「う、ううん。まだ大丈夫」


「無理するなよホノカ。魔法による牽制にカズユキの援護、その上回復までやってたら疲れないわけないだろ」


エンジくんはそう言って剣を収め、服についた針を何本か抜き捨てる。


「さ、帰還だ。ニードルマウスの表皮は高価だから今日は豪勢に食事を作れるぞ」



「やっほい!ホノカ。今日は奮発して使っていいんやって!」


「うん......頑張るよ」


そうして私達はニードルマウスの皮を剥ぎ取り、針が刺さらないように慎重に持って帰った。





























帰還後、辺りは夕日に包まれ始めていた。みんなでニードルマウスの表皮を市場で売りに行った。エンジくんの言った通り、このとげとげしい見た目に反してかなり高価に売れた。なんでも高級なバッグとかによく使われるらしい。最近大量発生してかなり値下がりしていると市場の人は言っていたが、それでも普段倒しているゴブリンやレッドキャップから取れるものよりも数倍の値段だった。



その後みんなでそのまま食材を買った。普段よりもかなり豪勢にたくさん。私とエンジくんで珍しい食材、一見食欲の湧きそうにないものを買い、ルリちゃんとカズユキくんがちゃんとした食材を買った。ルリちゃんの目利きは物凄い。




料理をするのは私とルリちゃん、時々カズユキくんの役目。剣士ギルドの共用キッチンでいつも調理してる。


気合いを入れるため、髪の毛を縛ってポニテにして食材を並べる。


いつもと違う食材を使うのは楽しみの一つだ。以前まではエンゲル係数ばかり減らそうとして、余計なものばかり買う誰かさんの方針で殆ど同じ食材ばかりだった。別に嫌ではなかったんだけど、やっぱり新しい食べ物は面白い。


鱗が硬すぎて鍛冶屋さんの粉砕機を使わないと調理すらできないシェルターフィッシュ。

肉質がゼリー状になってて触れるだけで崩れるけど加熱するときちんとした肉になるゼリーミート。

極彩色のどう見ても人工物色を持ったマジカルバナナ。


どれも時々しか市場に流れない希少品。その価値を知ってる人は少ないけど調理方法を知ってればとてもおいしくなる。

でも切るととてつもない奇声をあげるマンドラゴラという食材だけは二度と買わないようにしようと誓った。






「ホノカ、これで終いやんな」


大きな魚の頭の入った鍋を持つルリちゃん。その口元にはソースがついてる。


「うん。それじゃあみんなを呼びに行ってくるね」


そんなルリちゃんが微笑ましく思いながら、休憩室にいるエンジくん達の元へと歩いて行った。





エンジくん達がいる部屋までもう少し、という所で廊下の奥から何人かの女子の集団がやって来る。

一番前の真ん中で喋っている人は体が一番大きく荒々しくて、髪は輝くような金色。その周りの人もみんな金髪で、化粧なんかもゴテゴテにしている。


.........どうしよう。


真ん中の人は私と同室の人、クラサさん。力が強くて人望も厚い。次期Bランク昇格を一番期待されている人。



でも私はあの人が苦手.........。ううん、怖かった。


「お!」


私を見つけると、宝物を見つけた少年のような目をして、周りの人に目配せして笑い出す。


嫌な予感しかしなかった。こういう状況は、この寮に入ってから一ヶ月も経った今となっては何度もあった。


クラサさんは私の方にずんずんとやってくると、


「よぉホノカ。どう?クエストは上手くいってる?あんたのことだからゴブリンみたらチビってみんなに迷惑ばっかかけてんじゃない?」


そう言って周りの人も一斉に笑い出す。


「ほら、あんたこのギルドに来る前、有名な荒らしだったそうじゃない。何でも役立たずの白髪なんて言われてたらしいじゃん。いまでもその調子で足引っ張ってんでしょ?」


ズキリと心が痛んだ。そのあだ名は後になってから知った。知ったら、それが周りのあらゆる場所で言われてることにもすぐ気付いた。


「そうそう、あたしらこれから食事に出かけるんだけどあんたもこない?あんたの英雄伝がきっと華をもたせてくれると思うんよ」


口角を上げ、取り巻きと笑いあうクラサさん。逃がさないとばかりに私の腕を握りしめる。ものすごく硬い手のひらで強く握られて、振り払えない。


「私...これからみんなと食事に......」


「はあ?!私らのせっかくの誘いを断るっていうの?!」


唾を飛ばしながら叫ばれる。


「何様のつもり?ちょっと良いパーティーに入ったからって調子にのるなよ!」


胸ぐらを掴まれそのまま持ち上げられる。足が宙に浮く。ものすごい膂力で必死に足掻いてもビクともしない。


「ねえクラサ。そのへんにしときましょ。食欲なくすわ」


取り巻きの女子がそう言った。クラサさんは一瞬噛み付くような視線をその人に向けたが直ぐに止めて、


「ヤダ、ちょっと怒っちゃっただけよ」


ただ誘っているだけ、と付け加えてから私を床に文字通り、落とした。


「ねえクラサ。これ持ってこさせたんだけどどう?」


クラサさんの後ろで、何故か鼻をつまんで話す取り巻きの1人。その背後には両手でバケツを持った気の弱そうな女の子。同じように鼻を塞ぎたいのか、顔が歪んでいる。


それを見てクラサさんは何かを察したように高らかに笑い出した。


「それじゃあ。ほらさっさとしなさいよ」


そう言ってバケツを持った女の子の後ろに回り、背中を蹴る。


バケツを持った女の子は躊躇しているようだった。笑っているわけじゃない。申し訳なく思っている表情。


だけどクラサさんに何か耳打ちされると、ギュッと目をつぶって、バケツをひっくり返した。





「うっわー。あんたも残酷ねえ。食欲なくすわ」


異臭が立ち込めた。冷たさが身体を走る。


クラサさんは気持ち悪そうにほくそ笑んでいた。


「ねえ見てよクラサ。こいつ剣だけは大事そうに抱えてる」


取り巻きの言葉にクラサさんは私の刀に目を向ける。子供をかばうみたいにギュッと胸の奥に埋めて、絶対にかからないようにした私の宝物。


「あんたみたいな雑魚にそんなもの必要ないでしょう?よこしなさいよ。そんななまくら売れるかわかんないけど、私らが有効活用してあげる」


そう言って私の刀をつかんで.........、



「.........何よ。離しなさいよ」


さらに強く引っ張られる、けど絶対に......


「この......生意気な.........!」


「生意気なんはどっちやブスゴリラ」


音もなかった。何の気配もしないままの声は一瞬幻聴かと錯覚させた。でもそこには確かに、


「手離しい。せやないとゴリラの喉が引き裂かれるで」


ゾッとするぐらい低く、重い声で、囁くように耳元に送り込む。


取り巻きの人達も驚きで声が出せない。


クラサさんも一瞬固まったが、すぐに無理矢理恐怖を押し込んだような表情で、


「馬鹿だね。私は次期Bランク筆頭候補よ。それに仲間もいっぱいいる。お前に勝ち目は......」


「ああそうわざわざ自己紹介ご苦労さん。ついでに、1人だとウチにすら勝てないって事を勝手に吐いていただいて感謝感激雨霰や」


そう言って、彼女はクラサさんの首元にそれをそっと当てる。


「ただなぁ。いくらあんたがブスでカスでゴミ屑のクソゴリラでも、烏合がいくら集まろうとも、ウチが頸動脈切る方が速い」


クラサさんがびくりと震えた。それを見て彼女はほくそ笑んで、


「頸動脈切れたら噴水みたいに噴き出るで。そうや、それで壁に絵画でも作ってみいひんか?のたうち回るだけで勝手に綺麗になるで」


「.........くそっ」


クラサさんは私の刀を離して取り巻きたちとともに去っていく。



「......あ、ありが


「大丈夫か?!ホノカ!」


ルリちゃんは私の言葉を遮り、思いっきり抱きしめてくる。いっぱいに広がるルリちゃんの匂い。ほんの一瞬だけ、眠りたくなるような安らぎを覚えた。でもすぐに自分の状態に気づく。


「る、ルリちゃん......やめて......汚いから......」


「そんなわけない!ウチはブスゴリラの臭い匂いをこうして払ってるだけや!」


怒るように言われてますます強く抱きしめてくる。頰がルリちゃんの柔らかい胸に当たる。匂いに包まれる。優しいあったかい匂いに。


「怪我ない?痛いとこは?他にもなんかされた?」


「ううん。大丈夫......」


私はちょっとだけ痛む足を隠して言った。するとルリちゃんはホッと息を吐き、


「じゃあ湯浴みしに行こ。エンジたちは待っててくれると思うし」


ルリちゃんは私を支えてくれて、そしてまるで恋人みたいに腕を絡ませて。そうやって私たちは湯浴みをしに行った。浴場に着くまでの歩く時間。普段は抵抗したであろうその格好が嫌ではなかった。




















「ふう、ちょっとのぼせてしもうたなぁ」


ルリちゃんは少し赤い頬で天井を見上げながら呟く。

ここは剣士ギルドにある浴場。寮にいる人たちによって管理されていて、無料で汗を洗える場所だ。

普段はクラサさんたちが牛耳ってるんだけど今日はいなくて人が賑わってた。


「しっかしそれにしても暑すぎへんか?剣士ギルドってのは我慢強いやつが多いんやなぁ」


「ルリちゃん......ありがとう」


唐突に私は言った。ルリちゃんは「やっぱ筋肉の違いかな〜」とか言っていたけど慌てて噤んだ。


「来てくれなかったらきっとついて行ったと思うし......」


言って自分で情けなくなった。そんなこと助けてくれた人に言うことじゃない。


「そうやなぁ、ちょっと怒るかもなぁ」


ルリちゃんはそう言った。言葉とは裏腹に愉快そうに笑っていた。


「ホノカはウチらを頼ってくれへんの?」


不思議な口調で言った。ルリちゃんの目と合う。何か.......隠してるような....変な感じで。


「ホノカは頼られるのが辛いことだと思ってるんやろ」


そう言われて、少し考えてから頷いた。


辛かった、というのは本当だったのかもしれない。頼るとは違うけど、みんなから期待された。あなたはきっとできる、上手くいく、大丈夫。そのあと失敗すればどうすれば、どんな顔をすれば良いか、ずっと考えていた。それを辛くないと言えばきっと嘘になる。


「でもなホノカ。頼られないってのも辛いんやで」


ルリちゃんはこっちを見てくれない。


「仲間なのに、支え合うのが当たり前やのに、それをしてくれないってのはな、とっても辛くて悲しいことなんやで」


ルリちゃんはそれだけ言って立ち上がった。お湯が音を立てて落ちていく。


「さ、もう上がるか。これ以上いたらほんまに倒れてしまいそうやし」


浴槽から上がり、歩いて行った。いつもは待ってくれるのに、まるで何かを見られたくないように足早に。












「ごめんなホノカ...........ほんまにごめん」














「あ、やっときた......お前らなんで湯浴みなんか行ってんだ?」


「ごめんな〜。まあええやん、まだ食べてないやろ?」


「そりゃあ...........まだだけどもう冷めちまったぞ」


「ごめんなさい...........」


「ああ、いやホノカに言ったわけじゃねえよ。文句なんて俺は言えねえし...........」


「ああん?ウチには文句言えんのか?」


「お前はどうせつまみ食いしてるだけだろうが」


「ムカっ。ウチだってちゃんと手伝ってるし!少なくとも持ってる皿を片っ端から破壊する人とはちゃうねん」


「あ、あれは事故だっただろうが!しょうがねえだろ、あの時はホノカも...........」


「ふ、二人とも、もう辞めよう?僕達結構ここにいるから周りにも迷惑だよ」


そうカズユキくんがいうと、二人とも渋々睨み合いながら椅子に座った。


そして夕ご飯を食べ始めた。冷めてしまってもとっても美味しかった。きっとそれは食材が良いからだけの理由じゃないと思う。
















『ホノカ、なんで入らないの?』


「え?」


思わずキョロキョロと周りを見回してしまう。ここは寮の私の部屋の前。誰もいないはずなのに誰かの声が耳に入った。


『もう!いい加減慣れてよ!キリカよ!なんで入らないのか聞いたの!』


声の主は私のフードから出てきて、肩を伝い鳥のように腕の上に立つ。


『...........ホノカ、キリカはあなたと感情を共有してるからわかる。それがとっても痛くて辛いってこと。でも...........開き直らないとやっていけないよ』


励まして、もしくは慰めているんだろう。


「...........ありがとう」


そうつぶやいて、中に入る。


そこは予想通り、まるで泥棒が入ったかと思えるほどに色んなものが散乱し、ベッドは引き裂かれ、私物はバラバラにされていた。


...........クラサさん達しかないよね。


その証拠にクラサさんの方は一切何も起こっていない。



『...........はぁ、やっぱりキリカもルリに賛成。あいつの喉に水詰め込んでやりたい』


「ううん。私はキリカに賛成。開き直らないと」


そう言って片付け始める。元々本当に大切なものは身につけてる。だから特に痛くはなかった。ちょっと辛かったのはみんなと撮った写真が破られていたこと。だけどまた撮ればいいから。


いろいろと片付けていると立方体の箱が目に入る。


これ...........壊れてない。


中身がなくなったというわけでもないし箱には傷一つ付いていない。見逃した、とは考えにくかった。私のものは片っ端から壊されていたから。


しばらく見つめていたけど別に開けようと思う気持ちもなくてその場に置いておいた。そして刀を掴んで、


『練習する?私は準備万端』


「うん。行こう」


少し夜風に当たりたかった。ついでに練習もできたらと思った。



















「うーんそうねぇ。憑依っていうのは契約した子と心を通わせるだけじゃダメなのよぉ。心を通わせるんじゃなくて完璧にリンクさせる。気持ちも思いも考え事も何もかもを同一化するの。それで初めて憑依ができるのよぉ」





「はぁはぁはぁ...........って言われたんだけどけど...........」


演習場には誰もいなくて、1人私の息が上がった、独り言が響いていた。


『私も...........かなり疲れた...........ちょっとタイム』


憑依は全然上手くいかなかった。ほんの一瞬だけリンクしたと思える瞬間はあっても直ぐに解除される。

これじゃ実践に使えなかった。


『ホノカは普段どんなこと考えてるの?』


「普段...........、普段は...........どうやったら強くなれるのかとか、クエストのこととか」


『そうなんだけどそうじゃなくて...........もっとこう女らしいというか...........ホノカって好きな人とかいるの?』


「ふぇ?」


好きな人....そう言われて何故か頬が熱くなってくる。


『あ、やっぱりいるんだ。心がとってもブれっちゃってる』


「そ、そんな事ない!好きな人なんて...........」


その時ふとフードを被った人が、


「うわあああああああああ!!」


『な、何!びっくりしたぁ』


違う違う私はあの人なんか何にも無いし好きでもなんでもなくて....


『あ、あのねホノカ、気にしなくていいのよ。ただ心を通わせるのにお互いの事もっと知った方がいいと思っただけだから』


「あ、そうだったの...........ごめんなさい変な声出して」


でもまだ熱は冷めきらなかった。


「...........そんなこと考えてられないよ...........もっと強くなりたいから。強くなって、強くなって。それで...........」


それで。


その次の言葉が続かなかった。初めて気がついた。私は強くなる事に、強くなるという目標を与えていただけだったということに。






















すっかり夜遅くなった頃、もう流石に寝ようと思って寮に向かっていた。門からは誰も入ってきていない。つまりクラサさん達はまだ出かけているということだ。


それは私にとって嬉しいことだった。彼女がいて安眠できたことなど一度も無いから。


するとどこからか二人の男女が言い争っている声が聞こえてくる。寮の裏手の影になった場所からだ。


何処となく情事の諍いに聞こえた。


あんまりこういうのは聞きたく無いし、関わりたく無い。そう思って頭から音を締め出して歩いていく。でも寮の入り口で、ふと立ち止まってしまった。


「ホノカ」という言葉を言い争う二人の声の中に聞き取ってしまったからだ。


その近くまで行けば言い争う声が誰か、ということもわかってしまった。


「どうしてわからへんの?!こんなこと続けてたって意味無いやんか!」


ルリちゃんが、感情を表に出して激しく怒鳴っている。


「ホノカだって絶対知りたい......ううんウチやったら知らされないなんて耐えられへん!」


「......ホノカはお前じゃ無い」


返答するエンジくんの声は疲れているようだった。


「あの時約束しただろう。それでいいじゃないか。お前だって前まではそれでいいって言ってただろ」


「せやかて......あんなの辛い......辛いに決まってる」


「......そんなこと思わない。そうだろ。プリンを知らないのにそれを欲しがることなんて無いんだから」


「知らないのが幸せなん?ウチらがホノカに知らせへんことがホノカの幸せなん?」


ドン!という音が突然響く。エンジくんが机を叩いたのかもしれない。


「あいつの幸せを決めるのは俺でも無いしましてお前でも無い!ホノカが自分で決める、それで良いだろ!俺だって何がホノカの幸せなんてわからない。けど!.........今はこのままで良いだろ。いつか時期が来たら、俺たちにはきっと使命があるはず。それがわかれば.........その時に......」


エンジくんの声はどんどん小さくなっていった。確証がなくて不安で、グラグラと揺れるトランプタワーの上に立っているような、そんな雰囲気だった。


少し間を空けてからルリちゃんが言葉を発した。


「......それは自分の幸せやないん?ホノカに知らせないから自分は守れてるって。幸せに浸りたいんやないん?」


打って変わって静かな口調だった。まるで自分もそうであるから、と言わんばかりに。


「.........どっちだろうと、俺らには責任がある。あんなことさせた.........それだけで理由は十分だろ」


「.........ホノカ泣かせたら許さへんで」


「......ああ。いつでも頸動脈切られる覚悟はあるさ。......カズユキも、もう遅いし寝ようか」


そうして二人の声は消えた。そして三人分の足音が遠ざかっていった。


扉が閉まった時、私は胸を押さえて、さっきまでの会話を反芻していた。

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