表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イリスの杖  作者: プレオネ
第一章
4/15

訓練

あれから大体週に3回ほどのペースで教習が開かれた。相変わらず教官は厳しく(指導してくれているとは言ってない)、エンジも熱心に指導してくれていたので、ホノカは目に見えて上達していた。ただそれでも実戦で信頼して使えるかと言うとそうでもないし、エンジの剣を吹っ飛ばした時のようなのは一度もできなかった。


やはりきちんとした先生が必要だ、とエンジは何度かホノカに言った。しかしこの武器を作った人は多忙だしあんまり頼りたくないと思う気持ちの方が大きかった。


エンジとホノカは練習に熱中し過ぎてすっかり暗くなった夜道を歩いていた。


「そういやホノカは教習がない日は何してるんだ?」


「最近はずっと採集に.........エリア1だけれど」


エリア1は西に広がる森の中で最も魔物の難易度が低いエリアだ。

どれくらいかと言うと、一番強い魔物でも、大人なら誰でも素手で倒せるというレベル。当然採れるものも価値は低く、普通ギルドの人間が行くところではない。


「ホノカならもっと上のエリアにいけるだろ。なんで行かないんだ?」


「...........................」


するとホノカは押し黙ってしまう。


なんだか聞いてはいけない事を聞いたような気がしたエンジは話題を変え、


「じゃ、じゃあさ、どんなもん採集してるんだ?あそこはあんまり良いもん無いだろ」


「果物とか、薬草とか.........。薬草の価値は低いけど果物の方は味も種類も良いから意外と楽しい」


「そっか〜。最近魔物ばっか狩ってたからそういうところは見てないんだよな。魔物の血を浴びたりすると食欲なんか吹っ飛ぶし」


そう笑いながら少し辛そうに喋っていく。


「それでも遠征したり連続で魔物と交戦することなんかしょっちゅうだから、無理してでも食べれるときに食べて、寝れるときに寝なきゃいけないから結構しんどいんだよ」


「.........そうなんだ」


「それでも強い奴を倒せば報酬も名誉もたくさん貰えるから全然平気なんだよな。そうそう今度俺Bランク昇格試験を受けるんだ。よかったら......」


「う、うん。おめでとう。都合が合ってたら見に行くよ」


エンジが言い終わる前に遮ったホノカの声は不自然に高くて速かった。


「もう送るのも大丈夫だから。ありがとう。また教習の時よろしくお願いします」


その声の不自然さにエンジは気づいていなかった。そしていつも帰る方向とは全然違う方向に行こうとしてるのにも。


「おう。気をつけて帰れよ」


「うん。お休み。それじゃあ」















ポツポツと雨が降り始める。未だ家に帰れていない少女は少しだけ後悔し始めていた。

しかし悪い気分ではない。冷たい雨がさっきまで走って火照った身体を冷やしていってくれるからだ。


劣等感に耐えられなかった。


エンジは少女と同期だ。でもエンジを始め他の人もどんどん強くなっていっている。

未だDランクだなんて少女だけだった。


狭い裏路地を曲がると、街灯の少ない少し広めの公園に出る。地面は芝生で中央に噴水がある憩いの場だ。


少女は噴水の周りにあるベンチに腰掛ける。夜だが街明かりのお陰で見えないわけではない。赤い光が雨雲に反射して不気味に光っている。その雨雲のせいで当然空は見えないが、快晴であってもここでは星を見ることは叶わない。





雨粒が服に染み込んでそれが肌を伝い、肌寒さを感じ始める。


そろそろ帰らないと、そう思った時だった。



目の前に何かがいるということに気づいた。一瞬それはどこかの戦士ギルドの人じゃないかと思った。輪郭だけしか見えないがそれがとても大きい人の形をしてるという事はわかったからだ。


その時、稲妻が走った。


ゾッとする少女。


その人影はとてつもなくデカかった。戦士ギルドの人でもそうそう見ない。

身体はゴツゴツとしていて、何も身につけていないその皮膚は赤褐色に覆われ1本の毛も生えていない。

手にはまるでのような巨大で歪な棍棒が握られている。


少女は息を呑んだ。


そしてそれがこっちを凝視していることにも気づく。その目は何も写していないかのように真っ黒だった。


「.........嘘......なんで......なんで?」


稲妻がてらした刹那の光景も、まるで永久のように少女には感じられた。

再び暗闇に包まれてもその姿を見失うことはない。



「レッドオーク.........!」



気づいた時もう少女は怪物の射程範囲だった。


そいつは牡牛みたいに重い足取りで、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。



また稲妻が走った。


よりハッキリと初めて見たその姿が脳内に刻み込まれる。




身長は3メートルはある。腕も脚も人の胴体ぐらいに太く、岩肌のようにゴツゴツで皮膚が引きちぎれんばかりに筋肉がパンパンに張っている。服は一切何も身につけておらず、赤褐色に全身の肌は染まっている。


手にあるただ巨大な木を切り出しただけのような棍棒は、それだけで少女以上の大きさと質量を感じる。だが顔は異常に小さくその黒目だけの目は本当に見えているのか疑問に思うほど小さい。



そしてその光が消えた瞬間、急にオークは走る速度を上げる。地響きがより大きく近くなっていく。


「......ひ!」


ホノカは急いで逃げようとするが......間に合わない。


目の前は赤色に染まった。耳を劈く破壊音。そしてベンチが爆発した。


その時は体重が無くなったみたいだった。吹っ飛ばされ、かき混ぜられ、グシュグシュに揉まれる。


少女はベンチであった木の破片の中に倒れていた。


何本か破片が刺さり腕から血が出ている。


少女は身体を起こしながら、雨の中でも感じるその威圧感と熱量に背筋を凍らせる。


オークは棍棒をベンチに叩きつけていた。

その息遣いが、白い蒸気となって空気の中に消えていく。


直撃はしていなかった。棍棒の衝撃で吹き飛ばされただけだった。


少女はなんとか立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。震えた手も弛緩した脚も、少女の恐怖に反比例するかのように力が消えていく。


オークがこっちを振り返る。


棍棒が振り上げられ少女を真っ直ぐ見ながら叩き落される。


少女は何もできなかった。傍観していただけだった。関わることのない他人事のように自らの腕が潰されるのを見ていた。


「あ...あ...ぁぁう」


痛みはなかった。筋肉が動かなくなったように、神経もその働きを失ったかのように何も感じない。


グチャリと音を立てながら棍棒が持ち上がる。腕だったその肉片が棍棒にケチャップのようにこびりついている。

地面にはその赤いスープの中に白い欠片が泳いでいた。

不幸中の幸いとは言えない、が少女は生きていた。意識があった。左腕があった根元からは血がまるで噴水のように流れ出ている。


オークは雄叫びを上げる。口角が上がりニンマリと肉の感触を楽しんでいるようだ。


ピリっと何かが脳に走った気がした。その瞬間意識が冴える。だが痛みはなかった。状況を理解することだけができた。


自分の腕であったものを、目の前に広がる血の水溜りを、赤い皮膚に覆われた怪物を。


「う......うぁ......あ...あ!!」


脳がまるで車裂きに引き裂かれるような感覚に陥る。脳が自制していた情報の理解を誰かがそのストッパーを外したかのようにそれの海の中に放り投げられる。


違う。こんなはずじゃ。こんなことにならないために。こんな...こんな。嫌だ違う違う違う違う!!なんのために何がどうなっても違う!現実じゃない。きっと夢の中。きっときっと!!


だが、オークの息が吹きかかった瞬間、その熱と匂いによって無理矢理現実に引き戻される。その目を、目の前のおもちゃを壊すような目を合わせられる。ニンマリと笑った口の間から真っ黄色に染まった歯が覗いている。


《どうせなら、下手くそで笑われるような馬鹿みたいな人生を生きてみろ。死ぬよりは......幾分かマシなはずだ》


思い出したいつの日かの思い出。


涙は出なかった。雨に洗い流された。息をしている。生きている。まだ、かろうじて。命のカウントダウンは本当に少なかった。

刹那の状況の中で少女は、恐らく自己防衛本能が、再び脳を意図的に麻痺させていた。

手足に力は入らない。だけど動いた。自分を殺すことによって生に縋り付いた。


棍棒を振り上げる。今度は逃さないとばかりにしっかりと見据えて。


そして叩きつけられた瞬間、少女は刀を抜いて、振り上げた。稲妻が反射する。いや、稲妻が落ちた。少女が抜いた刀に向かって。激しい音と、オークとは比べ物にならない灼熱の吐息が吹き荒れる。


オークは豚のような叫び声を上げ後ずさる。感電はしていなかった。

だがオークが後ずさった理由は他にもあった。


少女の持つ刀。オークの生存本能がそれに警戒を発していた。


少女はゆらりと立ち上がる。その目は何も見ていないよう。だが、少女にはまるで1秒が20秒に見えていた。酷く自分の動きがノロマに感じられ、雨粒が、天井から吊り下げられた模型のように見えた。


億劫だった。オークがこっちに向かって走ってくるのも、怠惰に感じた。


少女は片手で刀を構える。濡れていなかった。水滴がぶつかった瞬間、バチっという音と共に消し飛ぶ。

態勢を低く保ち、オークが向かってくるのをジッと待つ。


オークが薙ぎ払うように棍棒を横に降る。だがそれを少女は、身体を地面にこ擦り付けるようにして躱す。


そしてオークが再び構えるまでに、少女は懐に飛び込んだ。オークは走ってきた勢いのまま突進を続けている。だから少女はただ刀を『置いた』。


少女は真横に逃げる。恐らく普通ならその程度では刀は弾かれるだろう。少女はなんの力も入れておらず、オークの皮膚は頑強だからだ。


しかし、


豆腐を、或いは液体を切るようだった。なんの音もなんの抵抗もなく。刀はオークをすり抜けたようにも見えた。




刀には一切の血が付いていない。オークの身体にも血は付いていない。だが斬られた残痕はしっかりと残っていた。



オークの息が止まった。激しくもがき、胸元をかき乱し、血を口から噴き出した。

オークはそのまま倒れた。まるで銅像が倒れるようにあっけなく。




雨はまだ降り続いている。刀も濡れていた。


少女は刀を落とした。止血しないと、と思った。けど既にもう血は身体に残っていなかった。


視界が揺れる。平衡感覚が無くなっていき、視界がグルグルと揺れる。


少女が最後に覚えているのは、芝生の地面と水の溢れた噴水。そして銀色の光だけだった。














たくさんのゴブリンが襲ってくる夢を見た。ただ誰も私を助けようとはしなかった。




少女は何度か目を覚ましていた。その度に誰かが隣にいて、食事を口に運んでくれていた。不思議な味だった。例えるなら甘いのに旨味がいっぱい入った、もっと言えばコンソメに生クリームが物凄く調和して入ってるみたいな味だった。

顎に垂れた汁をスプーンですくわれた時は少しくすぐったかった。


だがすぐにまた眠ってしまった。それを何度も何度も繰り返した。



やっと少女の意識がはっきりしてきた。


するとその日は不思議な味のするスープではなく普通の食事が持ってきてあった。


そして一番少女が驚いたのは、今までそうやって世話をしてきたのがルークであるということだった。


ルークは、少女が眠っていた時は当たり前のようにしていたんだろう、スプーンで野菜をとって少女の口元に持っていく。


「あ、あの...自分でできますから......」


少女は顔を真っ赤にして、口元を布団で隠しながら呟く。


「おいおいホノカ。今更何言ってんだよ。これぐらいやらせりゃ良いんだよ」


彼の隣でバジルがいった。


「大体な、お前の服変えたのだってルークだし、そもそもお前の排泄を世話していたのも......」


だがその言葉は最後まで言い切れることはなかった。


バジルは首根っこをルークに捕まれそのまま部屋の外に放り出される。そしてバジルが反論してくる前にドアをバタン!と閉じた。


ルークが振り返るとそこに少女はいなかった。正確には布団の中に潜り込んでしまっていた。


その光景を見てルークはため息をつき、


「安心しろ。別にお前の裸を見たところで何も思わん」


「お、大きなお世話です!!でも......でも.........!」


少女は布団の中でもごもごと言った。

泣きそうな声だった。


「そんな事よりも、いい加減何があったのか聞かせろ」


ルークは少しイラつき気味に言った。


少女は少しの間黙っていたが、やがて布団に潜ったまま思い出すように話し出す。


「私......公園に行ったんです。あの噴水のある」


いくら引きこもりの彼でも流石にわかるだろう、と思う。


「それで......





少女は話していく。そして自分の左腕が潰された光景を思い出した瞬間、急に表情に涙を浮かべ、


「わ、私...腕が......」


慌てて左腕を確認するが、そこにはきちんと前のままの少女の華奢な腕があった。


「な、なんで?」


しかしその腕をよく見れば、つなぎとめた跡がくっきりと残っている。

つまりあれは幻想でも夢でもなく現実。そして、


「あの...一体誰が」


聞けばルークはなんとも言えない表情を作り、


「腕くらいなら......Aランクの神官なら作れる。頭は保証してやれないが」


「ルークさんが......?」


するとルークはため息をつき、バツの悪そうな顔をした。


「レッドオーク、あれは西の森のエリア9以上に出現する魔物だ。一応聞いておくが、どうやって倒したか覚えているか」


ルークは無理やり話題を変えた上に、覚えていないだろうといわんばかりだ。


少女はそれに肯定しかできなかった。腕が壊された所までは覚えている。だけどそこから先がプツンと抜け落ちたように存在していない。


するとルークは少しだけ考えて、


「......雷雨...いや、まさか」


それは彼自身にも経験のあることだった。しかしこの幼い少女にそんなことが、果たして偶然であっても可能なのか、と疑問になる。


「あの、一体何が?」


「レッドオークとの遭遇時、何か周りにいなかったか?」


ルークはまた唐突に聞いてくる。ダメだ、会話できない、と少女は思い、素直に答えるだけにする。


「いいえ。あの公園にいたのは私だけでした」


「.........そうか」


そう言ってからルークはしばらくの間黙っていた。




「...あらかた傷は治ってる。明日からでも教習に行ってこい。ただ午後からだ。午前中には少し話がある」


「話し......ですか?それなら今......」


するとルークは苦々しい表情を作って、

「......警察隊の尋問だ。......そんな心配しなくていい。あんな奴らの質問なぞ...


「それはどういう意味かしらルークちゃん?」


突然だった。響き渡る高い女性の声。同時に床に足がトンとつく音が聞こえ、辺りが一瞬シーンとなる。

はじめに匂いが立ち込めた。きつい、香水の匂いだ。


「初めまして、ホノカ・アマギさん。それと久しぶりルーク」


女性は長い髪を後ろに払い、横に長い瞳孔はホノカ、ルークを順に見る。派手でカラフルで、胸元が大きく開いた服。その奥の素肌はまるで白いマシュマロのように柔らかそうで一切のシミが無かった。



「お前......誰も入っていいなどと言っていない」


ルークは食ってかかるように威圧的に言う。それを女性は指輪や刺青でゴテゴテな手で、鬱陶しがるように払う。


「脆弱。これがギルドを守る結界だなんて。戦士ギルドでもまだマシなの使ってるわよ」


そう言ってさっきまで何も握っていなかった手から、緑色の丸いガラス玉のようなものを取り出す。そしてそれをいとも簡単に砕く。


「ああ、弁償はしてあげるわ。なんなら私が張ってあげても良いのよルークちゃん。その方がその子の安全にも繋がるんじゃないかしら」


「いつからいた」


ルークは女の言葉を無視して質問する。


「最初から。ああ、そうだホノカさん。私今警察隊の隊長やってるの。だから不法侵入じゃ無いわよ〜。あと録音もしておいたからもう尋問の必要もなーし。覚えていないんじゃどうしようもないよね」


女は背筋がぞわりとするようなウインクをホノカに投げる。

ホノカは一瞬で顔を真っ赤にし、目を反らす。


「あらヤダァ。可愛い〜〜。こんな子を1人で所有するなんてズルイぞルークちゃん。自分の色に染め上げ放題じゃない。ねえ、ルークちゃんともうどこまでやったの?」


ホノカは少しの間女が何を言ってるのかわからなかった。


だけどすぐに理解し、顔を火が吹いたように真紅に染める。


「あらヤダァ。ルークちゃんってばそれくらいの教育を、」


「何の用で来た。無駄な話をするなら今すぐ出て行け」


ルークはホノカと女の間に立ち、片手を向ける。これはいつでも魔法を打てるという意味だ。


しかしその瞬間、ルークですら対応しきれないスピードで彼の腕が捕まれ、下に無理やり向けられる。




「......くっ!」


「あらあら、あんまり興奮しすぎちゃダメよ。レミア。まだ、攻撃されたわけじゃないんだから」


レミア、と呼ばれた少女。女の半分ほどの背丈で質素な服を着たどこにでもいそうな少女だった。

しかしルークは女を見たとき以上に驚きに満ちている。


その理由はルークが今までその存在を認識できなかったこと。そして、


「いいでしょ。最近買ったの。なかなかいい値段したけどいい買い物したと思ってるわ」



ルークは少女の腕を振りほどき、一歩下がる。


「悪趣味が...」


「あなたも似たようなものじゃない。ホノカさんとね」


「............」


「ま、いいわ。というわけで話戻すけど、警察隊の仕事はもう終わり。これは剣士ギルド長としての連絡」


そう言って女は一枚の用紙を取り出す。


「ホノカさんは剣術もやるのよね。じゃあこれ招待するからぜひ参加してね」


ルークを避けるようにしてホノカに投げる。


「では皆さま御機嫌よう」


その声とともに女と少女は消える。後に残ったのはきつい香水の匂いだけ。



「あのルークさん。あの人達は?」


少し経ってからホノカが話すとルークはイラついたように椅子を蹴飛ばす。


「剣士ギルドギルド長兼警察隊現隊長、ベルデギウス・リオン。この始まりの街で最強の女だ」













次の日にはホノカは動けるようになっており、朝から剣士ギルドの所に行っていた。

もしかしたら昨日の女性がいるかもしれないかと思ったが、杞憂に終わった。いつも通りの男の暑苦しい声しか響いていなかった。


「剣士ギルド長?どういう人かって聞かれてもなー」


午前中、いきなり激しくはできないと基本のおさらいだけやって休憩に入ったホノカとエンジ。エンジはかなり心配していたが、ギルドでは他人のことに首を突っ込まないのが暗黙の流儀。だから深くは聞いてこなかった。


「俺も一度だけあったことあるが......まあなんていうか、妙に色っぽいっていうかケバい姉ちゃんというか......」


「うん。とっても綺麗で......本当に綺麗な人だった」


ホノカはボーッと思い出す。あんまり良い印象は持てなかったけど美しい人だった。身につけた装飾が、女の魅力を最大限に引き上げてるみたいだった。


「んでなんでよりにも寄ってこっちのギルド長なんかに?」


「これ渡されて」


ホノカは渡された用紙を見せる。

それは剣士ギルドが主催するコロシアム戦への招待だった。


「あーこれか......。まあ......そうだな」


するとエンジは微妙な表情をする。あまりいい感情を持っていないみたいだ。


「出たいのか?これに」


「うん。もっと、強くなりたいから」


エンジ君やルークさんみたいに、と心の中で付け足した。そういえばエンジはホノカが眠っていた間にBランク昇格試験に合格したらしい。これでエンジは名実共に一流になったということだ。


「そうか......ホノカが出たいって言うならそりゃ俺には止めれないが......」


エンジは言葉を濁した。やはり出て欲しくないようだ。


「何かあるの?」


そう聞けばエンジは真っ直ぐホノカを見つめて、


「色々あるんだが......一つはこれがギルド単位で行われる団体戦だって事だ。つまり、剣士ギルドは剣士ギルド。魔導師ギルドは魔導師ギルドでチームを作り戦う。ということはホノカは1人で出ないといけない。そうはいっても、1人で出場する奴もいるからそれはあんまり問題じゃなくて」


エンジは一度言葉を切る。まるで自分自身が、その考え方を受け入れられないような表情だ。


「問題は、敵の魔物を倒さないとコロシアムから出られないってところ。だから極端に言えば殺されても文句は言えない。その上助けることができるのは同じギルド員だけだからホノカは......」


エンジは心配そうにホノカを見る。言いたいことはホノカにもわかる。あのギルド長が観戦に来てくれるかどうか疑問だというとことだ。


「もちろんレベルを落としたら十分いけるよ。それにホノカ、めっちゃ強くなってるじゃん。行けるいける!」


そう言ってエンジはホノカの背中を叩く。


そんなエンジにホノカは精一杯の笑顔を作って、


「ありがとうエンジ君」


「お、おう」


エンジは急に頬を赤らめ目を逸らした。その意味がホノカにはわからなかった。けど、頑張ろう、頑張って強くなって、できるならルークさんに来てもらって、と思うことができた。













「なあルーク、カーネル。ホノカのこと本気でするつもりか?」


バジルの声は珍しく静かな怒りに震えていた。


「本気だ。こうでもしないとどうしようもない」


ルークはすでに伝えていた。それに納得するかどうかは彼ら次第。ミクルンは協力しないと意思表示していた。


「納得しないなら協力しなくていい。元々俺たちはそういう契約だったろう」


「バジル殿よ。この始まりの街にレッドオークまで出てくるとは、明らかに狙っておる。遅かれ早かれ手は打つべきじゃった。今がその時なだけじゃ」


カーネルは諭すように言った。もう決定事項だった。そしてそれにカーネルは協力すると言ったのだ。


「......安全の為には危険を犯さないといけない時もある。わかってるだろ」


ルークはそういった。そしてもう話は終わりだとばかりに立ち上がる。


「待ちやがれ、ルーク。てめぇ、カーネルを連れて行くつもりか?」


「......ああ」


「だったら俺を連れて行け。俺の方がくそ鳥より多くの攻撃オプションがある。どんなじょうきょうになるか分からねぇなら 俺の方が有効なはずだ」














「......少しだけ話がある」


ルークは剣士ギルドが経営するコロシアムへと行こうとするホノカを呼び止める。

普段話しかけてくることのないルークの声に驚きを隠せず振り返るホノカ。


「勝つ気を捨てろ」


「......え?」


突然言われ、言葉を失うホノカ。


「コロシアム戦では十中八九格上の敵がくる。そうなったら攻撃を加えるより逃げることを優先しろ。できるだけ長い間逃げ続けろ」


「でも......」


ホノカは疑問に満ちた目でルークを見つめる。ルークはいつも、逃げ道がないなら戦え、と言っている。攻撃は最大の防御とまでは言わないが、何も手を打てないよりはマシだからだ。

なのに今言ってるのは殆ど真逆のことだ。


「......Sランクのギルド員でも、レッドオークの攻撃をまともに受ければ致命傷だ。いくら戦闘能力が上がっても種族からは逸脱できない」


ルークは迷いを抑え込むように話す。


「魔物に勝つには、どうやって敵の攻撃を躱すかが最優先になって来る。躱して、カウンターを狙え。......お前には基本を教えていなかった。それだけは後悔している」


その言葉にホノカは胸が掻き乱されるような感覚を得た。

どうしてそんなことを言うのか。これじゃまるでもう会えないかのような。


「もう時間だ。早く行っておいたほうが良い。あそこは混む」


そう言ってルークは背を向け、自室へと入っていく。

その背中はどことなく寂しげだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ