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イリスの杖  作者: プレオネ
第一章
3/15

大量の埃と木屑を舞い立たせながら立て付けの悪い木製の扉をこじ開け、カビ臭い異臭の立ち込める倉庫へと入る。


朝のまだ夜が明けきっていない薄暗いなか、持ってきた明かりをつけると、ボンヤリとした光の中銀白色に光る細長いそれがズラリと並んでいるのが目に入る。


「............すごい」


少女から見ればその倉庫は、ただの掃除道具置き場にしか見えていなかった。

しかし今見えている光景から、もう二度と見た目で判断するのはよそうかと思えてくる。


「フォッフォッフォ。もう長い間使われていなかったからのう。じゃが錆び防止の結界だけは張っておるから、性能は抜群じゃぞ」


そう言うのは少女の肩に乗った赤い鳥だ。


「ほれ。早速じゃ、その右から5番目の剣を持って出てみい」


少女は言われた通りにその剣を持って外に出る。


「こっちじゃこっち」


カーネルが言った先には白色の人間の形をした人形があった。

どうやら先程召喚したらしく、真新しい綺麗な人形だった。


「これに斬りかかってみ。遠慮はいらん」


「は、はい!」


ホノカは少しひきづるようにして持ってきたその剣を両手で構える。


少女はその時点で少し手に痛みに似た違感を感じていた。

しかし重すぎる、と感じてはいたがそれは自分が慣れていないから、という事だとホノカは言い聞かせていた。


剣を持つ手が震えていた。その手を無理矢理に押さえ込みながら、ホノカは剣を頭上に掲げ振り下ろす。


だが剣が重過ぎた。振り下ろしかろうじて刃が人形に当たったのはいいが、少女の身体が耐え切れずそのまま剣に引っ張られる形で頭から地面に突っ込んでしまう。


「フォッフォッ。重い時は重いと素直に言うべきじゃ。手首を潰してしまえば戦うことすらできんからのぉ」


「す、すみません」


起き上がったホノカは、顔面に付いた槌を落とし、口に入った砂を吐き出しながら謝罪する。


「別に謝ることではない。まだ時間はあるのだから、ゆっくりと探そうぞ」


それから1人と1匹で様々な剣を試していったがどれも重過ぎるか、軽過ぎるかだった。


「フォッフォッ。なんとまぁ。我儘なお嬢様だ」


だがカーネルの方は楽しんでるようで、彼女が地面に減り込むのも、人形を切ることが出来ず、刃が食い込んでしまっている姿も面白そうに見ていた。




そして武器庫の中の剣を全て試したんじゃないかと思える頃、


「おお、そうじゃ。あれがあったのう」


そう言ってしばらくキョロキョロと武器庫の中を見回していたが、やがて一本の剣を指差す。


少女はそれを持ち、武器庫から外へと出る。


陽もすっかり登ってしまった朝。光に照らされたそれは他の剣より一層埃を被っており、とてもみすぼらしく見えた。


だが不思議と少女の手に馴染んだ。まるで昔からそれを使っていたかのように、重くもなく軽くもない。手のひらにピッタリと収まる太さの柄にある程度の刃渡りを持っている。


「フォッフォ。どうやら正解のようじゃな。しかしなんと.........不思議なこともあるものじゃ」


カーネルは不思議じゃ、と何度も呟く。


「あの、何がそんなに不思議なんですか」


ホノカが尋ねるとカーネルは振り向き、真っ黒な目の奥に少女の姿を映し出す。


「よく見て見るのじゃ。他の剣とは違うであろう」


言われるがままによく見てみると、確かに一見して、刀身が少し反っているし刃も片側にしか付いていなくて、刃側が銀色、背中側が黒色だ。


「それはのう「刀」という武器でな、主殿が初めて自分で作った武器なのじゃよ」


「ルークさんが?」


「作用じゃ。あやつの使用している武器は全て自身のオリジナルじゃ。恐らくどこの鍛冶屋の武器とも一線を書いておる。わしは今までその武器が主どの以外の人間に馴染むところなど見たことがなかったが.........刀に選ばれるとはやはりこういうことなのじゃな」


「刀に選ばれる......」



そう聞かされるとなんだか不思議な気分になる。それに何故だが、この武器をどこかで見たことがあるような気がしてしょうがない。確か銀色じゃなくてもっと違う色だった気もするのだが。



「ところで急に話を変えるようで悪いが、時間は大丈夫なのかのぉ。確か午後からのはずじゃが、もう昼間近じゃぞ」


言われて少女は飛び上がる。集中し過ぎて時間が経つのを忘れていた。カーネルの言う通り既に太陽は真上に差し掛かってる。


少女は慌てて刀の鞘を掴み、丁寧に刀を入れる。


「あ、ありがとうございますカーネルさん。それでは行ってきます」


「フォッフォッフォッ。達者でな若者よ」


そうして少女は走り出した。その手に新しい武器を手にして。その後ろ姿はカーネルの目には幼き日の主の姿にも見えた。















その声は、変えているが、口調は女だった。


ルークの目の前には奇妙奇天烈な仮面をかぶった人間。頭部全体を隠すようにしていて、さらにぶかぶかのローブのせいで身体つきもわからない。

ルークはかなり深く沈むフカフカのソファの上に座らされている。正直腰が痛くなってくる。


二人の間にある机には数枚の用紙と出された飲み物。しかし一滴も減っていない。


「以上が我が社長のご意向です。了承していただけますか」


同じ顔を隠した者同士気があう、何てことは決してない。


「不満ですか?これ程いい条件はないと思われるのですが」


「何が目的であの土地が欲しいんだ」


「簡単なことです。あそこは工場の立地に好条件。既に周辺の土地は買収済みなので」


仮面の人間は即座に答える。


「何がダメなのでしょう。言っていただければいくらでも対応いたしますが?」


ルークはフードを少しだけ上げてその仮面を裸眼で見る。その奥にあるであろう瞳は多分鋭い視線を送っている。獲物を狙うネコ科の目だ。


「まだ少し検討する。そうだな、2週間後には必ず」


「ありがとうございます。良い返答をお待ちしています」


仮面の人間はあまりにもあっさりと拍子抜けするほどに、ルークの発言を承諾する。こんなこと、またズルズルと延長することになるだけなんじゃないかと思わないのだろうか。


ルークは疑問に思いながらも席を立ち、扉に手をかける。



「ツケは必ず払ってもらいます」


突然、雰囲気が変わった。ルークは取手にかけた手を止める。


「私達の大切な家族を奪った報いは、必ず。絶対に逃がしたりしない」


ルークは振り返った。しかしそこにいるのはただの仮面の人間。何も変わっていない。雰囲気も元に戻っている。


ルークはそれをマジマジと見つめる。色々な方法でそれを見るが特に変わったところはない。


「どうしました?どうぞこちらです」


ルークが出るように促し、案内されルークはそこを後にした。












剣士ギルド。


そこはこの始まりの街最大の団員数を誇るギルドだ。その理由としてはそのスタンダードな戦い方から、種族や体格、能力の差などが殆ど関係ない事、そして、特に魔導師や神官において顕著な完全な役割分担がなく、同じギルドメンバー同士でパーティーを組むことができること。その上過去において英雄と呼ばれた人間はその殆どが剣士ギルドの人間であったということが挙げられる。


当然ギルド自体も大規模で、街の中心地。人口の最も集中した王都と呼ばれる地域に存在する。

そこは、勿論自由に入れるが、暗黙のルールのようなもので、ギルドの上層部や大金持ち、貴族や王族の人間しか普通立ち入らない。


そして、今フードを目深にかぶった少女が立っているのは王都、ではなく剣士ギルド支部がある西側の地区だ。




「し、失礼します」



門番の人と手続きを済ませ、巨大な門が開かれる。


そこには、だだっ広い茶色い地面が露出した空間があった。


広さは一つの区程あるだろうか。ただただ荒野のように広がった平坦なそこは全く違う場所に行ったかのような錯覚に陥る。


「遅い!志願者はとっくに揃っているぞ!さっさと並ばんか!」


突然響いた怒声に身体がビクリと震え上がる。少女はその声がした方、20人程の男女が整列させられている場所、へと駆け寄る。


少女が一番右後ろに並ぶとその横にいた男が少女を見て、一瞬顔を引きつらせる。

だが教官らしき人が再び怒鳴り声をあげだすと慌てて正面に向き直る。

少女はフードを掴んで、さらに見えないように深くかぶりなおした。


「さて、私がこの訓練の教官を務めるギルティ・ミカルだ。私のモットーは理論だの何だの言う前に実践第一だ!貴様ら気合を入れろ!」


雄叫びのような声が響き、皆背筋を震わせる。

教官はその印象に違わず、筋骨隆々の巨体で、顔には大量の切り傷と火傷跡。左目に縦方向の傷が入っていて、片方は黒なのにそっちは碧眼だ。


背中にある剣はここにいる人から見れば戦士の用いる大剣そのものだがこの教官にとってはそれが通常の大きさなんだろうと思える。


「さあ先ずは.........おいそこの貴様ぁ!!フードを被って受けるとは何事ダァ!!さっさと外せい!」


教官は間違いなくホノカに向かって怒鳴った。

その轟音に再び身体を震わせる。フードの隙間から周りを見れば、みんなが彼女を見つめ、早くしてくれよ、と言わんばかりの表情をしている。


「......できるだけ外でその髪を見せるな。お前もよく分かってるだろ」


少女の脳内で、ギルド長の言葉が思いかえされる。

でも、せっかく、多分ルークさんが手配してくれたのにこんな事で終わらせたくなかった。


少女はそっとフードを外し、その純白にも似た銀色の髪を太陽のもとに露出させる。


その瞬間、一気に空気が凍りついた。さっきまでざわざわとしていた雰囲気が一変し静かになる。

あれだけ雄々しい空気を纏っていた教官も急に萎縮したように狼狽える。


少女は頬を染めて俯く。これぐらいの反応なら別に良い方と言える。汚物を投げられるよりはマシだ。

だけどやっぱり、ひそひそと自分のことを話されるのは嫌だ。


「貴様......あのギルドの......」


「あ!ホノカだよな?!どうしたんだよこんな所で!」


すると突然響き渡る陽気な声。みんながその方向を向けば、教官がいる場所の奥から、教官より随分背の低い少年が走ってくる。


「あ......エンジ君」


その少年は生傷だらけの腕を振りながら駆け寄る。


「久しぶりだな!確か半年ぶりくらいか!調子はどうだ?元気にやってるか?そうだ聞いてくれよ、俺この前初めて未開拓地域に行ったんだけどさ......」


その少年は絶えることのないくらいしゃべり続けられそうな勢いで喋ってくる。


動きやすそうな地味な服装に腰に差した剣と背中に背負った中くらいの盾。顔には教官には及ばないが、たくさんの切り傷の跡がある。


「それでさ、そこでとんでもないやつに出会ってだな。人を取り込んで溶かしちまうスライムって奴が......」


「え、エンジ君!」


するとホノカはエンジの言葉を遮るように大きな声を出す。


「そ...そのみんな見てるから...」


ホノカは周りをキョロキョロと見回す。羞恥から顔は真っ赤だ。


「ああ、悪い。ミカルさんの教習を受けに来たんだよな。あの人、色々うるさいけどなんだかんだ言ってちゃんとしたこと教えてくれる人だから心配いらない......」


「聞こえとるぞタカナシ!邪魔するな!」


その怒鳴り声が再び響いた瞬間、エンジは震え上がる。


「すみません!直ぐに去ります!」


そしてホノカに向かってウインクすると足早に去っていく。


「さあ!早速だが全員剣を抜け!なまくらを使っていないか確認してやる!」


さっきの空気を吹き飛ばすように巨大な声を轟かせ教官は順々に剣を見ていく。


当たり前だが、こういう場所に来ている以上、あまり性能の良い剣は無いようだ。中には教官に「こんなもの武器と言えん。代わりにこの訓練用を使え」と言われ渡された武器は相当年季の入ったボロボロの剣だった。


「......ん?なんだ貴様のこの剣は。ふざけているのか」


するとホノカの抜いた剣.........刀を見て教官は声を上げる。


「なんだこれは。片側にしか刃がない上にこんな反りを持っていて。これでは敵を貫くことなどできはしない!こっちの剣と替えるのだ」


そう言って教官は古い練習用の剣を差し出す。


だがホノカはそれを受け取ろうとはしなかった。それどころかより一層手に持った武器を握り締める。


「貴様!さっさとせんか!!」


教官が痺れを切らして叫ぶ。だがホノカは、剣士ギルドの誰もが恐れ戦くその声にガンとして耳を貸さなかった。


「こ......これは、私の大切な.........ぎ、ギルド長さんから貰ったものです。か、刀が私を選んでくれたんです。だから......」


そうしてホノカは意を決し、涙を少し浮かべながら、教官の目を睨みつける。

鋭い眼光がぶつかり、一瞬怖気付く。しかしルークが作ったこの武器を馬鹿にされるのは許せなかった。


「ふ、ふざけてなんていません!これは私の武器です!何かと取り替えるなんてできません!そ、そっちこそそんなボロボロの剣なんかとこれを一緒にしないでください!」



そう言うと、まるで時が止まってしまったかのように人の声が無くなる。風の音も鳥の声もここぞとばかりにその音色を奏でるのをやめてしまう。


全員が二人を凝視していた。


ホノカは言ってしまってからとてつもなく後悔し始めていた。

今ここでそんなこと言ってしまって本当に正しかったのか。確かにこの武器を貶されるのはルークさんを貶されるのと一緒のように思える。だけどせっかくそのルークさんが手配して下さったのをみすみす追い出されるようなことになってしまえばそれこそルークさんに失礼なんじゃないか。


「貴様......」


頭上から怒りに震えた声が下りてくる。

そして次に落ちてくるであろう裁拳に、両目を固く閉じる。



「なんと生意気で愉快な小娘だ!!このギルティ気に入ったぞ!貴様、剣士ギルドに入って我が部下になりはせぬか?歓迎するぞ!はッハッハッハ!!」



しかし下りてきたのは、まるで気前の良い居酒屋の店長のような声だった。


拍子抜けしたようにホノカは彼を見上げる。


そこには、ニカっと笑う教官の顔があった。


「剣士にとって剣とは正しく身体の一部。それを取り替えろと言われて取り替えることこそ軟弱者の証!最近の若い者はすぐに大人が言う方に行こうとするが......。いや、貴様くらいの自我があってこその剣士だ。失礼なことをしたな。謝罪する」


そう言って教官は頭を下げる。


正直、全く見当はずれな行動をしてくれる教官にどんな反応を示せば良いか全然わからないホノカ。


するとそうして戸惑っているうちに教官は顔を上げ、全員に向かって言葉を発する。


「さあ貴様ら!ボサッとしている暇はない!2人1組を作って向かい合うのだ。急げ!」



いきなり轟いた大声に思わず耳を塞いでしまうホノカ。



そうして皆2人1組を作っていくのだが、行動が遅く恥ずかしがり屋な少女は組むことができず途方に暮れていた。


「おーいホノカ。俺と組もうぜ」


「エンジ君......」


するとエンジが笑顔でホノカの方に走り寄ってくる。


「くらぁ!!タカナシ!貴様は違うだろうが!」


そうするとそれを見つけた教官が怒声を放ってくる。

ホノカは正直どうしようかと思った。しかしエンジは笑って、「心配すんなって」と言い、教官の方を向く。


「このエンジ・タカナシ、ミカル教官の教習を受けたいと思いここに馳せ参じた所存でございます。どうか私めに剣術とはなんたるかを教えて頂きたく存じます」


エンジは下手くそな演技で下手くそを絵に描いたようなお辞儀をする。そんなもの嘘八百だと教官本人もわかってはいるのだが、この教習は誰でも受けることができるので断ることができないのだ。


教官は少しの間突っ立っていたがやがて諦めたように溜息をつく。しかしすぐに元の調子を取り戻し、


「さて、貴様らは剣術は初心者だろう。だが私が直接指導することはほとんど無い!あるとすれば脇を締めて相手をしっかり見ろということぐらいだ。それ以外は実践あるのみ!なに、多少の傷くらい回復魔法の使い手がここにはおるから安心せい!」


そして教官は首にかけたホイッスルを思いっきり吹き鳴らす。

正直教官の声を聞いた後では、雀の声のようなものだった。



「ほら、ホノカ。遠慮しないでかかって来いって」


エンジは左手に盾、右手にホノカの刀より長いロングソードを持って構える。


対するホノカも、今朝始めて握ったその武器を片手に構える。

重心を低くし脇を締め相手の目を見る。


習ったわけでもないのにホノカには何故かそれがわかっていた。


そしてそのまま足を踏み出し剣先を相手に向かって突き出す。



勝負は一瞬でついた。


額を抑えながら地面で蹲る少女。それを上から少年が心配そうに覗き込んでいる。


「ごめん。つい本気になって...」


ホノカの突きはエンジの剣の平らな部分で簡単に受け流され、そのまま前に出たホノカの顔面に向かって盾を押し出したのだ。


「う......うん。大丈夫」


そうつぶやいてホノカは起き上がる。額には大きなタンコブができていた。


「やっぱり基本からやったほうが良いよ。訓練用の人形持ってくるからさ」


そう言ってエンジはものの数分でそれを調達してきた。


そして殆どワンツーマンで突きや斬り付けの基本を習った。

エンジは初めてにしては筋が良いよ、と言い、特に斬り付けに関してはかなり上手いと賞賛した。




「多分、その刀っていう武器は突くより斬るほうが向いてるんだろうね」



午前中いっぱい基本的な技を練習すればホノカは汗でびっしょりだった。


あまり自分が見られていないと思ってか、衣服の襟元を持って仰いでいる。


「うん......でもやっぱりこれが一番手に馴染むから......」


勿論、剣を使った戦い方にも斬る技というのはある。しかし形の違う刀で行おうとするとどうしてもうまくいかない。


「いやいや、別にホノカがこの武器を使っちゃいけないって言ったわけじゃないよ。ただやっぱりこれをしっかりと使える先生がいるとは思うんだ」




そうして午後になり、再び練習の時間になった。エンジはもう一度俺とやろうか、と言ってホノカとエンジは向かい合う。


ホノカは刀を抜き重心を低くして構える。不意に刀の背に映る自分の顔が目に入った。


ホノカはなんの気もなく、そこにそっと触れてみる。


ピリッ!


突然走った痛みに手を引っ込める。


「どうした?静電気でもきたか?」


「うん...多分......。あ、気にしないで。始めましょう」



ホノカは再び武器を構える。


するとさっきと何かが違うという事を感じた。視界が鮮明になり、刀の重さが、重いという不快感とは別に、ハッキリとまるで腕の一部になったかのように敏感に感じ取れる。


ホノカはエンジの懐に飛び込んだ。最初にやったように刀を前に突き出す。


それをエンジは同じように防御し受け流す。しかしそれでホノカの体勢が崩れることはなかった。相手の盾の動きを読み取り隙をついてもう一度突きを繰り出す。


それをエンジはバックステップをしつつ剣で下に抑え込む。


ホノカは再び追撃する。


相変わらずエンジはホノカの攻撃を受け流していたが、けど、表情が変わった。

エンジは真剣な表情で気合いを入れて攻めてきた。


ーーエンジ君の動きが......見える。


だが、それでもホノカは攻めきれない。刀を重く感じ始め、徐々にバランスを崩し始める。


するとその時、ホノカの頭に全く違う情景が浮かんだ。一人の人間が刀を使い、剣を叩き落とした瞬間だ。


それがどうしてホノカの頭にあったかは彼女自身にもわからない。だけど必死な彼女はまるでその動きをトレースしたかのように動き出す。


ホノカの突きの後、相手のカウンター。その瞬間、ホノカは回り込むように右側真横に躱し、そして刀を両手で持つ。


エンジが行っていたのは直線的な攻撃を主軸にしたものだった。だからその動きは意外だった。


そして慌てて防御に入った剣の根元に向かって、全体重を乗せて打ち込んだ。


金属同士がぶつかり合う金切音が響き、火花が散る。


ガシャン!と地面の上に剣が落ちる。ホノカは既に刃先を彼の喉元に向け、残り数センチというところだった。


一瞬、静けさが辺りを支配した。気づけば周りの人間が、教官や他の剣士ギルドの人達もこっちを見ている。


「ご、ごめんなさい」


いたたまれなくなって刀を降ろしそう呟く。


エンジはしばらく固まっていたが、


「ごめんだって?おいおいスゲぇじゃねえか!もう一回見せてくれよ!」


だが二回目は話にならなかった。エンジが飛び込みそれが刀にぶつかった瞬間、ホノカの刀が吹っ飛び、地面に落ちる。




「ビギナーズラック?」



一人の見つめていた男が呟く。


その横で教官が難しい顔をしていた。


「.........そうかもしれない。でももしかしたら......ちゃんとした先生に習ったら......」


エンジがそう呟く。ホノカを見つめる目がガラリと変わっていた。




「もう時間だ。これにて終了。また後日開くからその時は遅刻しないように来るように」













その日の夜12時近く。ギルドのリビングで一人と3匹が集まって話し合っていた。

いや、1人は用紙に何かを書いている。



「それでどうだったのよバジル。ホノカちゃんの活躍っぷりは」


ミクルンが元気な口調で眠そうなバジルに話しかける。身体はエメラルドに輝いていて、気分が良い証拠だ。


「......ああ、別にいつものように必死な顔で食らいついてたぜ」


「本当に?」


ミクルンは嬉しそうに反応する。


「よかったぁー。男の群れなんかに入れて何かあったらどうしようかと思っていたから」


「フォッフォッフォッ。それでホノカ殿は何か成果を挙げれましたかな」


カーネルがバサバサとバジルの周りを飛び回りながら話しかける。


「鬱陶しいんだよ。焼き鳥にすっぞ。......まあいつものようにダメダメだったが............ああ、そういえば一度だけ。ルークの技と殆ど同じようなのを決めてたなぁ。偶然だと思うけどさ」


バジルは特に重要なことを言ってるつもりは無いようだった。しかしカーネルは机に降り立ち、主はペンを止める。


「フォッフォッ。それはまた.........。やはりあの武器を持たせると違うという事じゃな。しかしいきなり発現させて成功させるとは。いや、なかなか豪快なお嬢様じゃ」


「ん?何々、どういうこと??」


ミクルンがよく分からず質問する。


「偶然じゃねえってのか?まさか眠れる力が目覚めたとか言うわけないよな」


「雷撃魔法適正者の特徴だ」それに答えたのはペンを置いた主人の方だった。

「生物というのは普通、電気信号で身体に命令を送っている。雷撃魔法というのはそれを増幅させて発生させている」


主人は人差し指と親指の間でバチバチと放電させる。


「ただ、そのせいで生体電気の強弱が起きやすくなっていて、それを無意識に止めるために身体が自身に元来備わっている増幅魔法にストッパーをかける。そのせいで脳内の情報伝達速度にも弊害が起こることがある」


「へぇ〜。で、そのストッパーが外れて普段より感覚が冴えたってことか。それじゃあなんでいきなりそのストッパーは外れたんだ?」


「............可能性は色々あるが、状況的に.........強い電圧が少しでも流れれば外れることは十分にあり得る」


彼は再び用紙に目を落とし熱心に書き込み始めた。


「例えば......静電気とかじゃな」


カーネルが言葉を受け継いで言った。だが、それ以上は言わなかった。






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